2-21
「昨晩の情報を共有しましょう」
そう言って、切り出したアウギュリエスが説明を始めた。
レイフォルス領主への報告により、領として正式に北の村の調査を行うことに決まったようだ。
調査には王都の魔法学園にも協力を仰ぐらしく、アウギュリエスにその依頼状が託されていた。故に、旅程を変更して急ぎ王都へ向かう必要があった。
他にも、村への騎士団の派遣と街の警護の増員、湖岸を周回する部隊も編成するらしい。
事態は村や街の内部で解決できる状況ではなくなっていた。
「それから、後ほど騎士団がヴォアについて話を聞きにくる手筈となっています。
私達は王都に向かうため、ニックに対応をお願いしたいのですが、構いませんか?」
アウギュリエスに視線を向けられたニックは、齧り付いた黒パンを慌てて咀嚼し、喉奥に流し込むのと同時に大きく頷いてから答えた。
「大丈夫だ、問題無い」
少し咽せ気味のニックの返答に、マーニが背中を軽く叩いて落ち着かせている。
その様子を優しく見守りながら、次の報告を待った。
「じゃあ、次はわしから」
そう言ってグロムが鼻を鳴らす。
配膳された朝食はすでに平らげた後のようだった。
司祭への廃鉱の毒に関する報告は滞りなく済んだらしい。
グロムが到着する前に、オリーとフレアからあらかた内容を聞いていたために、司祭は特段驚いた様子もなかったようだ。
治療に来る人の数は、ルーミレル湖で獲れた食材を食べなければいずれ減るだろうと、聖堂から飲食禁止の触れを出すことになったらしい。それは、ルーミレル湖が浄化されるまで続くとのことだ。
名物を口にすることができなくなるのは残念ではあったが、短期的には軽いとしても、長期的に摂取すれば命に関わるものらしい。最善の策だろう。
言い終えてからグロムは目を閉じて頷いた。
「ちなみに、目の前のトラウトが食い納めだ。味わって食うといい」
フンと鼻を鳴らして、目の前の空になった自分の皿を見つめていた。
「ニックは見ての通りよ」
マーニが口を開いた。
見ての通りという言葉が、大丈夫なのかそうでないのか、それはマーニの表情で推測するほかなかった。
おそらくは、大丈夫だと言いたいのだろう。
ニックとヤーシー、マーニの三人の冒険者は、アウリスフレランスへの旅程を変更して、しばらくレイフォルスに留まることに決めたらしい。
ニックの回復を待つ意味もあるようだったが、何よりも、片足どころか両肩まで浸かってしまった北の村の調査を続けたいようであった。
始めたからには、最後まで見届けようという想いの強さを感じた。
「それは丁度良かった」
マーニの報告に、アウギュリエスが声を上げた。
「今回の北の村の調査について、冒険者協会から正式に依頼を出そうと考えていました」
昨日の調査については、冒険者協会は一切関与していない。
それが、冒険者協会の案件として正式な依頼になるということは、依頼を受ける冒険者は協会から報酬が出るということだった。
おそらくニック達は、自分達の想いのままに調査を続けるつもりだったのであろうが、アウギュリエスの提案によって、無報酬の善意ではなく、冒険者の仕事として調査を続けることができるようになるのだった。
「受けていただけますか?」
アウギュリエスの問いに、今まで無愛想に黙々と食事をしていたヤーシーが答えた。
「願ったり叶ったりだ」
予想していなかった方向からの返答に、皆一様に驚きを隠せないでいた。
ただ、ニックとマーニだけは、ヤーシーの返答に心底同意しているように、首を縦に振って要望を受け入れる意思を示していた。
「正直な話、ここに留まると決めたのは良いけれど、これから先どうやって生活しようか悩んでいたところなの」
マーニがヤーシーの返答を補足するように話を続けた。
悩んだ挙句に、ヤーシーとマーニはレイフォルスで働き口を探すという話にまで発展していたようだった。
「良かった。
それでは協会からの正式な依頼書は、後日届けさせるようにします」
アウギュリエスはそう告げると、オリーとフレアの方を向いて口を開いた。
「ベアトリクスの件はどうでした?」
一同の視線が、オリーに抱かれたベアトリクスに注がれた。
未だ目を覚まさない金髪の少女は、まるで安心しきっているかのような、安らかな寝顔を覗かせていた。
「聖堂の司祭様に診てもらった分には、呪術の類ではないそうです」
ただ眠っている。
身体的にも何も問題無い、いたって健康体である。しかし、司祭の話では女神の加護が人よりも強い。それが何を意味しているのかは、司祭も計り知れない。
「ベアちゃんは北の村の子でも、レイフォルスの子でもないそうです」
フレアがベアトリクスの髪を撫でながら付け加える。
グロムが言っていた通り、北の村の子ではない。微かな期待を込めていた、レイフォルスの子でもなかった。
そして、ベアトリクスのこれからについて、相談を持ちかける必要があった。
「レイフォルスの孤児院では、この子を受け入れる余裕がないそうです」
現実を突きつけられた一同は、互いに顔を見合わせてベアトリクスの行く末を案じた。
戦争もない平和な時勢にあって、それでも親を亡くすこともあれば、親に捨てられることもある。それ故に王国の街や村には聖堂や教会が建ち、そこに孤児院が併設される。
猫や鳥のように、愛玩動物のやり取りでもあるまいし、身内の居ない子だからといって、おいそれと他人に引き渡すようなことがあってはならない。それこそ、奴隷商に引き取られたら目も当てられない。
可能な限り信用ができる相手に預けたいと思うのだが、だからといって、グロムが引き取って育てるというのは現実的ではなかった。
鉱夫である以上、鉱山に入ってしまえばいつ帰ってくるかわからない。年端も行かない子供を放っておくわけにはいかないだろう。
そういう意味で言えばニックやヤーシー、マーニの三人も冒険者である以上それは同様であり、職業柄生活が安定しているとは言い難いのが現実だった。
もちろんのこと、オリーやフレアにベアトリクスを育てるということは、不可能に近い選択肢だった。
皆頭を抱え唸り声を上げるような気分だった。
そんな中、腕を組んで目を閉じていたアウギュリエスが、「では」と前置きしてから、暗中模索していた一同に解決の糸口を示した。
「私の知り合いに託しましょう」
一斉にアウギュリエスに振り向く。
元冒険者であり、元魔法学校の教師である彼の知り合いであれば、間違いなく信用のおける人物なのだろうとは思えたが、なにぶん唐突な申し出だったことで、一同はしばらく混乱が収まらなかった。
「翠緑の森に住む、古い友人に頼んでみます」
その言葉にグロムは、「森の連中か」と悪態を吐きこそしたものの、他に当てもないことから、仕方あるまいといった表情で深く頷いた。
「しかし、翠緑の森では他種族を受け入れないと聞くが……」
食後に出された茶をすすりながらヤーシーが呟く。
ヤーシーの言う通り、翠緑の森はネルヴの国であり、首都のシルエリン・アルールは、特にも排他主義的な一面が見られる国ではあった。
国事以外で森の外に出るネルヴは異端と言われることもあるらしく、ユースガリア内でも、アウリスフレランス以外ではほとんど見かけることはない。
タウトラやバウルも多く見かけることはないが、それでもネルヴは極端なほどであった。
「確かに、森へのネルヴ以外の立ち入りは基本的には御法度です。
しかしながら、友人はユースガリアの国境付近に住んでいます。中央の目も誤魔化せるでしょう」
翠緑の森の、シルエリン・アルールの内情を知ることはできない。他種族が森に立ち入った際に、どうなるのかを知る由もない。
けれども、終始微笑みを絶やさないアウギュリエスを見て、心なしか安心させられるのは、彼の人徳なのだろうとオリーとフレアは感心した。
結局のところ他に当てがあるわけでもなく、ベアトリクスを安心できる相手に託すという面においても、アウギュリエスの友人に頼るしかないのが実情であった。
「まあ、アウさんの友人なら心配ないだろう。
無理やり誰かに頼み込むよりは、よっぽど安心できる」
ニックが一同の気持ちを代弁してくれた。
ベアトリクスにとって何が最善の選択なのかはわからない。無理を承知で、今一度司祭に聞くことも選択肢としてはなくはないだろうが、先んじて受け入れられないと言われたことを思い返せば、相当に切羽詰まった状況なのだとわかる。
無理強いする必要はないはずだ。
「王都に向かう途中、少し翠緑の森に寄ります」
アウギュリエスがオリーとフレアに伝える。
王都まではまだ10日はかかる距離にあるが、レイフォルス到着までに二、三日の猶予は稼いである。少しの寄り道がどの程度の時間かはわからないが、おそらくは問題ないだろう。
二人はアウギュリエスに向かって「はい」と返事をして、ベアトリクスをあやすように顔を覗き込んだ。
まるで微笑んでいるかのような寝顔に、胸の内側が温かくなるような気持ちになった。
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朝食を終えた一同はファングェンリングを後にし、それぞれの向かう方向へ歩き出した。
「グロム、くれぐれも気をつけて」
アウギュリエスの言葉に、振り返りもせずに片手を上げて去って行く。バウルらしい別れ方だと、アウギュリエスはクスリと笑った。
ニックはヤーシーの肩を借りて、マーニと共に宿のある方面へ向かって行った。正式な冒険者協会の依頼と、レイフォルス騎士団の到着を待たなければならない。
「リヴィ、レイ、また会おうな」
ニックが去り際に掛けてくれた言葉がとても嬉しかった。「アウさんもね」と後付けしたのには、ニックなりの冗談が効いていると思った。
そして、オリーとフレア、アウギュリエスも、ベアトリクスと共に王都に向けて出発した。
第二部前半終了です。
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