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私と彼女の物語 -Travelers of the Far Green Road-  作者: ORSBN.shu
第二部・青陽
43/66

2-18

村の中央に灯された焚き火が、閑散とした広場を暖かい色に染め上げていた。

すこしでもその場から離れるだけで、宵闇に飲まれそうな感覚に陥るのは、ほとんど沈まりかけている日の傾きのせいだろう。


「逢魔時……」


オリーがぽそりと呟いた。

数刻前に邂逅した怪物の顔を、今でもはっきりと思い出せる。

今更になって手が震えているのは、一瞬とはいえ死の淵に立たされたことも関係するだろうが、正直に言えば、あの怪物自体に恐れを抱いているからに他ならないだろう。

あれは恐怖というよりも、『絶望』そのものだったかも知れない。

とはいえ、あの怪物が本当に敵であったのかどうかわからない。

確かにあれは自分達に敵意を向けて来たが、それはこちらが先手を打ったからではないだろうか。

まるで霧の中を彷徨っているような、すっきりとしない感情は、刺さった棘のように心の何処かにわだかまっていた。


廃鉱の入り口で合流を果たした後、ニックの状態を知ったアウギュリエスは取るものも取りあえず村へと走った。

応急処置のおかげで大事には至らなかったが、村に着いてマーニの回復魔法を受けるまで、完全に安心することはできなかった。

村への到着を出迎えたマーニは、瞬時に状況を理解したのか、駆け寄るとすぐにニックに回復魔法をかけた。

それを見てようやく心の底から安心し、身体から緊張が抜け出るような大きなため息を吐いたのだった。


それからしばらくして、皆が少し落ち着いた頃を見計らって、広場に集まった面々がそれぞれに得た情報を交換し、焚き火を囲みながら次の行動について話し合った。


「状況から判断して、この場所に長居は無用です」


アウギュリエスが自身に言い聞かせるように呟く。

持ち寄った情報などから導き出された回答は、「撤退」の一言に収束した。


村の異臭は、すぐそばの水屋の洞窟から漏れ出たもので間違いないだろう。それはおそらく廃鉱の洞窟と繋がっており、地形の影響などによって村に滞留していたものに違いない。

そして、水屋の奥の洞窟に見えた家畜の死骸や、湖面に浮かぶ魚の死骸の臭いと合わさることで、ツンとした刺激臭と腐敗臭を漂わせていたのだろう。

オリーとフレアの話を加味すれば、家畜を殺めたのはおそらく怪物の仕業であり、村人の失踪も、その怪物によって引き起こされたものだと想像できる。

怪物といえども怪しげな術を操ることができる知性があるのならば、村人を連れ去ることもできるだろうし、あるいは家畜同様に……。

ニックの負った傷が、アウギュリエスの物理障壁魔法が有ってなおの重症だったこと考えれば、村人の防衛など赤子の手を捻るようなものだっただろう。

そして、その怪物は水屋奥の洞窟から這い出て、今まさに我々に襲いかかってきてもおかしくはない。

非常に緊迫した状況であると判断できた。


もう一つ、謎の少女ベアトリクスの存在。

グロムはその少女に見覚えが無いと言った。

数ヶ月に一度とはいえ、度々村に顔を出していたというグロムが、二つか三つになる村の子を知らないというのは不自然だった。

村の子でないとすれば、どこから来て、何故あの場所にいたのか……。

不可解さだけが残っている。


「怪物の目的が分からない以上、滅多な行動は取るべきではないでしょう」


アウギュリエスは、焚き火に照らされた面々を見るとも無しにぐるりと見回した。

皆状況を理解している。無意に何かしらを具申してくるということはなかった。

そんな折、不意にフレアが碧い宝石を取り出して見せた。


「ヴォアがこの宝石を持っていたのです」


それは、怪物が持っていた杖の先端に嵌められていたものだった。怪物が杖を落とした時に外れたのか、ニックを担ぐ直前にでも拾っていたのだろう。

焚き火の光を浴びてもなお深い青色の中に、緑がかった光を反射させる宝石は、自ら淡く輝いているようにも見えた。

その宝石をみつめるグロムの胸元で、黄昏色の光が淡く灯った。


「そいつはルミア様の精霊石じゃないか!?」


自身の胸元から取り出した宝石と、怪物の宝石を交互に見ながらグロムが声を上げる。

二つの宝石はまるで呼応するかのように互いに光を強め、広場を暖かな光で包んだ。


「石像の精霊石ってことか?」


ヤーシーがフレアが持つ宝石を眺めながら呟いた。すぐそばでグロムは言葉無く頷くことでヤーシーの問いに答えた。

懐かしむような柔らかな表情で宝石を見つめるグロムに、フレアは両手で優しく包むようにしながらそっと手渡した。

失われた精霊石が、この瞬間に村に戻って来たのだった。


精霊石は怪物が持ち去っていた。

ただ珍しがって持ち去ったのか、何かしら理由があって石像を壊してまで手に入れたのか。どちらにせよ、真意は怪物に聞いてみるでもしない限りわかりようが無かった。


「ヴォアはその宝石に水を吸い込ませて攻撃してきたのです」


フレアの説明は、精霊石が術の触媒となっているようにも思われた。しかし、オリー以外は皆ピンと来ない表情をしていた。

宝石が水を吸い込むなどという話は聞いたこともないし、実際にそれを見たこともない。

怪物が術を行使する場面を直接見ることがなければ、そのこと自体を理解するのは難しいだろう。


「仮にそのヴォアとする怪物が、攻撃手段の触媒として精霊石を奪うために村を襲ったのだとすれば、遠からず取り返しに来ると考えられますね」


アウギュリエスは半信半疑といった表情を浮かべつつも、二つの精霊石を眺めた。

決めつけることは避けるべきではあったが、やはりこの場に長居することは、無防備に危険の真っ只中にいることに変わりないのだった。

現状では、怪物が精霊石を奪い返しにくる可能性は非常に高い。その事実を目の当たりにして、広場に集まった面々は声も出さずに互いの顔を見合わせて、意思を確認するように頷き合った。


「その少女、ベアトリクスの今後も考えなくてはなりません。

 皆一度レイフォルスに戻りましょう」


オリーに抱かれて眠っている少女に視線を向ける。

洞窟で発見して以来、村に到着してもまだ目を覚ましてはいない。

時折り寝返りを打つ仕草を見れば、昏睡状態というわけでは無さそうだった。それでも、何かしらの呪術によって目を覚さないという可能性も考えれば、一度司祭に診てもらう必要があった。


「そちらの冒険者の方々も宜しいですね?」


不意に声を掛けられた冒険者達は、戸惑った表情でアウギュリエスを見つめ返した。

昨夜ニック達に声を掛けられ、湖を迂回してやって来たために遅れて村に到着した彼等は、互いに顔を見合わせて何やら相談しているようだった。

夕刻間際にようやく村に着いてみれば、マーニによって村の状況を知らされ、挙げ句追い討ちと言わんばかりに得体の知れない怪物の話を聞かされた。

何もせずに街に戻るのは釈然とはしなかったが、単なる調査と高をくくって軽装でやって来たのが失敗だった。

現在の装備で太刀打ちできる相手では無さそうだと判断したのか、彼等は「問題無い」とだけいって撤退に同意した。


それから数刻もせずに、湖の畔の小さな漁村は完全に人気を無くした。

その全てが宵闇へと飲まれた。


・・・


レイフォルスの船着場にはすでに人影が無かった。

夜が街全体に覆いかぶさってはいたが、それでも、街灯の明かりのおかげで心細さを感じることは無かった。

水道橋を流れる水の音が懐かしく感じられた。たった一日とはいえ、異常な状況に身を置いたからなのだろう。

この街の全てが暖かく感じられた。


レイフォルスに戻ってすぐ、一行は一息つくこともせずに、それぞれの役割を全うすべく行動に移っていた。

アウギュリエスは独りレイフォルス領主の居城へ馬を走らせた。

領内で発生した異変が、小さな漁村だけで収まるものではないと直感していたのだった。事態はユースガリア王国にとどまらず、アディリアの、世界の安寧を揺るがしかねない破局を孕んでいた。

ヤーシーは後続の冒険者達と共に、レイフォルスの西門の警護に向かった。

村からの陸路は街の西門に続いている。ヴォアの明確な目的は掴めていないが、仮に精霊石の奪取であるならば、グロムが持っているそれを奪いに来る可能性はある。

とはいえ、それはヴォアが陸地を移動するのが前提の話であり、何らかの方法で湖を渡って来た場合の備えは用意できていなかった。

マーニはニックを休ませるために宿へ向かった。

回復魔法によって怪我自体の治療は済んでいたが、それでも、失った血肉の回復にはまだ時間が必要だった。

ニックには早期の回復が望まれていた。それはオリーとフレアが王都に向かった後、怪物についての証言をするという大役が待っているからだった。

一晩休めば意識もはっきりするだろうというマーニの言葉を信じて、グロムがニックを担いで後を追っている。

そのグロムはニックを下ろした後で、街の大聖堂にある治癒院へ向かい、廃鉱と硫黄の毒について詳細を知らせる事になっていた。

この街で起きている体調不良の原因が、廃鉱から漏れ出た毒素である可能性を考慮すれば、治療の方法などについて、今後どう対処するべきか検討する必要があるだろう。


そして、オリーとフレアは、グロムより一足先に大聖堂へと向かっていた。

廃鉱の先で見つかった謎の少女、ベアトリクスが未だ目を覚ましていない原因を診てもらうためだった。

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