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私と彼女の物語 -Travelers of the Far Green Road-  作者: ORSBN.shu
第二部・青陽
41/60

2-16

グロムは目の前で展開される光景を黙って見ていた。それは、アウギュリエスの身体を包み込んだ淡い緑色の光が、彼の身体に吸い込まれるようにチカチカと瞬きながら消えていく様子だった。

言われなくとも魔法であることはわかっている。村の人間にも魔法を使う者は何人もいた。ただし、村で目にしたそれらは、炎の種火や魔法の明かりのような、生活補助の魔法がほとんどだった。


「そいつも女神どものインチキ技か」


そう言いながらグロムは、さもあらんとばかりにフンと鼻を鳴らした。その様子はバウルの頑固さの象徴のようであり、アウギュリエスは苦笑いするしかなかった。


「女神から授かった力の一つを、オリビアが見つけたものです。

 『フロート』と呼んでいました」


見つけたと聞いて興味を持ったのか、グロムは目を見開いてアウギュリエスを見た。

その目を前にして、これを機に魔法、ひいては女神信仰にも多少なりとも理解を得られればと、そう思わなくも無かったが、アウギュリエスはすぐに頭を振った。


「見つけるとは、また妙な事を言いおるわ」


グロムのその言葉は全てを語っていた。

魔法を使用しない者からすれば、魔法自体が不可思議なものだろう。

普段から魔法を使用する者であったとしても、魔法に精通していなければその原理を知ることは無い。

そして、魔法に精通しているからといって、魔法を創造できる者などほとんどいない。

見つけるという言い方には語弊があったかも知れないが、オリビアは既に魔法を創造している。彼女がその事に気付いているかどうかは別として。


「オリビアってのは、小さいのの片方だったか」


グロムはそう言って、オリビアとフレイアを思い出そうとするような仕草をした。

(くう)を見つめる視線の高さが、自身の背丈よりも高い。彼女達はグロムより背が高い。「小さいの」という言葉に違和感を覚えたのは、そのせいだったのかもしれない。

グロムにしてみれば背丈の問題では無く、年齢の話なのだろう。実際彼から見れば二人は孫か曾孫に見え、実年齢からすれば玄孫以上に離れているのだ。


「バウルにも魔法を使う職があったはずですが」


オリビアとフレイアの区別がつかないのか、ブツブツと何か独り言つグロムに話しかける。

「ん?」と首を傾げてから、話しかけられた内容がようやく頭に入ったのか、呆れたような顔をして返答した。


「祈祷師か。あいつらはインチキ技を使う名も無い連中だ」


名も無いというのは、氏族に属さないバウルを指すのだろう。氏族社会の中で爪弾きにされる、ザーローンでも行き場のない者達だ。


「その祈祷師によって、怪我や病気の治療をされるのでは?」


いくら頑強なバウルであっても怪我もすれば病気にも罹るだろう。たとえ長命なバウルだとしても、それを放っておけばいずれ死に至る。

とはいえ、少々意地の悪い質問をしたかとグロムの顔を窺った。

しかしまるで気にしていないのか、豪快に笑いながらグロムは答えた。


「バウルは元から身体が強い。怪我も病気も一晩寝ればすぐに治る」


余りに豪快な笑いっぷりとその豪胆な思考に、アウギュリエスですらつい釣られて笑いそうになったが、その治癒の力が金剛の女神ルシアの加護であるということは、黙っておくことにした。


「それで、さっきの魔法でどうやってあの岩場まで行く?」


アウギュリエスの魔法と岩場までの移動方法について、グロムの頭の中ではそれらが繋がってはいないようだった。

それもそのはずで、魔法の効果が判らなければ答えを導くことができないのは、当然のことではあった。


「先ほども言いましたが、洞窟の下を進まなければ良いのです」


言いながら洞窟の内部を再確認する。

幸い洞窟の天井は高い。大きく跳躍しても天井に衝突することは無いだろう。


「ここで待っていてください」


言うが早いか、アウギュリエスは二、三歩後退したすぐ後に、タッ!と足音を立てて洞窟内部に向かって大きく飛び出した。


距離は申し分ない。高さも……少々勢いをつけ過ぎた感もあるが、岩場のそばで効果をきればいい。

そして、……難なく岩場に到着した。


「そんなに動ける奴だったとはな!」


穴の向こうでグロムが叫ぶ声がした。


遠目に見ていた以上に岩場は広く、大人でも五、六人は余裕で立っていられる程だった。

中央が窪んだ、まるで台座のように競り上がった岩場は、見ようによっては何かを祭る祭壇のようにも見えた。

そして、その岩場の中央に、揺らめいた正体が横たわっていた。


「グロム!」


無意識のうちに声を上げていた。

それは希望が繋がったことへの安堵の声だったのかもしれない。

岩場の中央で横たわっていたのは、金色の髪をした幼い少女だった。

息はある。怪我は無さそうだ。うなされている様子も見受けられない。自分自身岩場に立ってみて、硫黄の臭気や毒気を感じていない。

目を覚ますまで容体はわからないが、おそらく無事だろう。


「何かあったか!?」


グロムの声にハッとして我に返った。

自ら声をあげたにも関わらず、目の前に横たわる少女に意識を捉われてしまっていた。

まるで自らを守るかのように、淡い光が少女を包みこんでいるように見えたからだ。それが幻であると理解はしていたが、どこか儚げなその光景は、この世のものではない神々しさを纏っていた。


見た目に大きな特徴が無いことから、少女はヘイムと思われた。

歳は二つか三つ位か、襟にひだ飾りがあしらわれた、決して豪奢ではないが、仕立ての良い淡い撫子色の長丈のチュニックに身を包んでいた。

短い金髪が顔に掛かっていて確認し辛かったが、穏やかな表情を見るに、眠っているだけのようではあった。


「小さな女の子が一人!」


状況を知らせる為に声を張りあげる。

廃鉱の最奥まで足を運び、徒労に終わりかけた最後の瞬間に、微かな光を掴んだ。しかし、冷静に考えてみて、まわりに足場の無いこの岩場に人が登ることは難しい。ましてこんな小さな子が登れるはずはない。

有り得ないと思いつつも、今はその事を熟考している状況ではないと即座に判断した。


襟の刺繍に目をやる。『ベアトリクス』、この少女の名前だろうか。

アウギュリエスはそっと少女を抱き上げ、自身に魔法をかけ採掘跡地へ向かって岩場を蹴った。


ふわりと地面に足を付いたその瞬間だった。

咆哮とも雄叫びとも取れる、聞いたことも無い声が廃鉱の広場の方向から聞こえてきた。

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