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私と彼女の物語 -Travelers of the Far Green Road-  作者: ORSBN.shu
第二部・青陽
39/50

2-14

ニックの背後に見える壁面から、パラパラと音を立てて小石が転がり落ちた。

皆一斉にそちらを向く。

地面が揺れた気配はない。廃鉱が崩壊するような兆候も感じられない。何の衝撃もなく、けれども確かに小石は落ちた。


オリーとフレアが耳を澄ませ意識を集中する。

壁の向こう側から、土砂を掻き分け岩を削るような、まるで穴を掘り進めてくるかのような音が聞こえてくる。

それは鈍く重く、振動が身体を震わせるような音だった。


「土竜にしては可愛げがないな」


ニックが軽口を叩く。しかし、その声には明らかに緊張が感じられた。

壁を見つめながらも、三人は出口に通じる坑道の方に後ずさった。得体の知れない現象を前に、すぐにでも退去できるよう、体勢を低くして駆け出す用意をする。


「この調子だともうすぐ壁に穴が開くわね……」


オリーの言う通り、その異様な音はなおも続き、次第に近付いて来ているようだった。ものの数分もすれば壁は破られるだろう。


「知覚遮断かけるわね」


オリーがそう言いながら魔法の用意をする。他者の視覚、聴覚、嗅覚の知覚する感覚から身を隠す。

村人なら幸い。しかし、おそらくはそもそも人ではない者との邂逅になるだろう。


「これは絶対に先生達じゃないですね」


フレアの言葉にオリーが小さく頷く。

何かあったにせよ、アウギュリエスが廃鉱を掘って戻ってくるとは考え難い。掘るにしたところで、こんな奇妙な音を立てることはしないだろう。

さらに考えれば、この異様な音が近付くのが早過ぎる。土竜にしたところでこれほど早く掘り進むことは不可能だろう。


「バウルの採掘方法かもしれんが、ツルハシでこんな音は出せないだろうな」


ニックもその音が人が出す音では無いと感じているらしい。

穴を掘り進む音など聞いた覚えがあるかも怪しいが、想像できるツルハシの音はこんな音ではない。


ニックが言い終えたのとほぼ同時に、オリーの知覚遮断の魔法が効果を発揮した。

互いの姿が薄ぼんやりとした光の歪みのようにも見える。術者が同じであれば表情程度は視認できるが、他者からすれば完全な無色透明無音無臭である。

余程の魔法の使い手でもない限り見破られることはない。


そして、いよいよそれが広場に到達すると思われた直前、廃鉱の出口の方から聞いたこともない咆哮が響いた。


「ヴォアアアアア」


三人の背筋がゾクリと粟立つ。

明らかに人の声でなければ、動物の鳴き声でもない。全く見当もつかない、ただただ不気味なだけの咆哮だった。

壁はその声に呼応するかのように、ガラガラと瓦礫が散乱する音を響かせ、大きな穴を開けた。

……壁が崩壊した。


舞い上がる土埃が魔法の明かりを遮る。

穴の向こうから何が出てくるのか、見えるようになるまではまだ時間がかかりそうだった。

その反対側、背後の廃鉱出口へと続く坑道からは、ヒタヒタと裸足で地面を歩く音が徐々に近付いてきていた。


逃げ道は奥へと続く坑道だけとなった。

相手がたとえ人であったとしても、それが友好的であるという保証はなく、先程の咆哮から考えればあれはやはり人でなく、そして、おそらくは威嚇に違いない。

知覚遮断魔法を掛けているとはいえ、見破られる可能性も考慮すると、広場内で得体の知れない相手を待ち構える必要もない。そう判断した三人は互いに顔を見合わせてから、慎重に廃鉱の奥へと続く坑道の入口まで進んだ。


坑道の影に身を潜め広場内を観察する。

破られた壁穴からは未だ何も出てくる気配はない。ヒタヒタと足音を響かせる主の姿も、まだ目に見える場所までは来ていない。

早鐘を打つ鼓動の音が相手に聞こえてしまうのではないかと、胸を抑えてただ状況を見守るしかなかった。

ニックは盾を構え、オリーとフレアも広場に侵入してくる何者かに備えて、手に持つ魔法書や杖を持ち直した。

杞憂ならばそれで良い。それに越したことはない。


次第に大きくなる足音は、広場の入口の、曲がり角の辺りで足を止めたようだった。

二本の足で歩行する足音。爪の打突音がしないことから、狼や獣などの類でないことは明らかだった。

以前読んだ書物で、遠く南方に二足で歩行する動物がいることは知っている。しかし、それらであっても、人と同じような足音をさせて歩く生き物だとは記述されていなかった。

人の歩行は特殊だ。

ゆえにその侵入者の姿を見て、三人は絶句を強いられたのだった。


壁穴から瓦礫が蹴り飛ばされたように、大小の石が転がり出る。

その後に、侵入者である生き物が顔を出した。

その大きさから、はじめは村の子供かと錯覚した。すぐに違うと気が付いたのは、その病的なまでに異様な肌の青白さからだった。

次に目に入ったのは長く垂れ下がった両耳。そして、飛び出さんばかりに膨れ上がった黄色く濁った両の目。骨の浮いた体躯と細長い手足。腰に巻かれたボロ衣。鼻の奥にまとわりつく、肉の腐ったような甘ったるい臭い。

人ではない……怪物だ。


ヘイムの子供程の背丈をした怪物は、壁穴から次々に姿を現した。

合わせて六体。

大きな鉤爪のような手をした者や、周囲と比べて耳や目が大きな者もいる。着衣から知性があるとは感じられなかったが、それでも衣を腰に巻く程度には発達しているのだろう。

いずれにせよ、この甘ったるい不快な臭いが、村で嗅いだ異臭に酷似していることに悪寒が走った。


怪物は頭上を浮遊する魔法の明かりを指差し、訝しげに目を細めて睨みつけている。

何かを話しているように見えたが、その言葉も内容も、何ひとつ理解することはできなかった。ただ一つ、その明かりが怪物にとって、この上なく邪魔なものなのだろうということだけは、その表情で理解することができた。

形容から地下で生活しているようにも見える。だとすれば、明かり自体が怪物にとって忌諱の対象なのかもしれない。


少しして、広場の入り口で立ち止まっていた怪物が姿を現した。

姿形は先に広場に入ってきた怪物と大差なかった。異様な青白い肌、垂れ下がった耳、膨れた眼球、体格も同様だったが、背丈がヘイムの大人と同じか、それ以上に長身に見えた。

実際長身なのだろう、手足も異様に長く、小さな怪物が見上げる魔法の明かりを難なく手で掴むと、まるで熟れた果物でもあるかのようにそれを握り潰すように消し去った。


その光景に、オリーとフレアは息を呑んだ。

明かりを掴んだように見えたのは、単にそう見えただけで見間違いだろう。何故なら、魔法の明かりには実体がないからだ。

しかし、問題はその明かりを消し去ったということ。それは、怪物は魔法解除の術を心得ているということに他ならない。

他者の魔法を解除することができるのは、人であってもある程度高位の魔術士に限られる。だとすれば、長身の怪物は魔法を使う者であり、高位の魔法を扱える可能性が高い。知覚遮断の魔法でさえも、あの怪物に対しては効果が無いかもしれない。

そう考えるだけで、真っ暗闇の中を歩き回る怪物達の足音は、異常な程に恐怖心を煽るのに十分だった。


……明かりが欲しい。

明かりさえあれば、このまま坑道を進んでアウギュリエスと合流できる。

彼ならばきっとこの危機的状況を難なく突破することが出来るだろう。しかし、この場に彼の姿は無く、明かりを点けて坑道を進むことも出来ない。明かりを点けること自体が愚策、自らの居場所を知らしめるだけに過ぎない。

かといって、明かりも無しに歩き回るのは不可能だった。せめて光虫の明かりがこの先の坑道にも灯っていれば……。

詮無い事を考えては頭を振る。


怪物達は辺りを物色しているのか、広場を歩き回っている様子だった。

何も無い広場で何を探しているのか見当もつかないが、足音だけで判断するのは早計とは思いつつも、いずれ広場から出てくるであろう怪物達に対して、なんらかの手段を講じなければならないのは事実だった。


見方によっては完全に詰んでいるとも取れる。

そんな状況下で、不意にフレアの掌に微かな明かりが灯った。それは、広場に着けられていた光虫の明かりだった。

いつの間に、という感想を抱くよりも先に、良くやったと声を掛けそうになり、思わず口を手で覆った。いずれにせよ、フレアの好奇心に救われた気がした。


光虫の明かりに照らされた、三人の顔が暗闇に浮かぶ。

ほとんど聞こえない小さな声と身振りを交えて、置かれた状況の打開案を練る。この明かりを頼りに坑道を進むか、得体の知れない相手に打って出るのか。

決断を出すまでに与えられた時間は少ない。ほぼ無いと言っていい。


「俺があいつらの気を引く。その間に廃鉱を出るんだ」


ニックの提案は無謀にも取れたが、この窮地を脱するにはそれしか無いようにも思えた。

怪物と意思の疎通ができるならば何とかしようもあるだろうが、現状では到底それは無理に思えた。遭遇即戦闘の気配が濃厚な今、出来得る限りの手段でもって戦うしか無いだろう。

一対七とは分が悪いどころの話ではないが、何とかするには何とかするしか無いのだった。


オリーがフレアに目配せする。

ニックは自らを犠牲に二人を逃がそうとしている。冒険者の盾とはそういうものなのかと、疑問が浮かばないわけがない。二人にはニックを置き去りにすることなどできなかった。

オリーの合図を受け取ったフレアは、ニコリとして静かに頷いた。

幼少の頃から互いを良く知った長い付き合いの二人は、それだけで互いの意図を読み取ることができた。

ニックの提案の半分は受け入れるが、もう半分はお断りだ。


ニックに視線を投げて返事をする。

小さな頷きの後、ニックは勢い良く広場に踏み入った。


「閃光っ!!」


大声が広場に響く。

それと同時に腰に帯びた剣を抜き、正面に盾を構えた。

ニックが放った閃光の魔法が激しく明滅する。相手の注意を引きつつ目眩しの効果も期待できる。

その眩い光は、広場に居た怪物達を容赦無く照らし出した。

強烈な光に怯んだ影が揺らぐ。くぐもった呻き声が聞こえる。効果はあったようだ。


「よそ見すんなよ!」


すかさずニックが声を張る。

出口の反対側、怪物が開けた穴の方へ走りながら剣を盾に打ち付ける。その音に反応して、怪物達の視線がニックに注がれる。

走った勢いのまま、手前に居た小さな一体に、盾を前面に押し出しながら体重を乗せて体当たりを浴びせた。

怪物はまるで小石のように軽々と吹き飛ばされた後、奥の壁面に叩きつけられて全く動かなくなった。

続けざまにすぐ横に立っていた一体に、振り向きざまに剣を横なぎに振り払い、肩口に強烈な平打ちの一撃を食らわせる。

骨が軋むような音を立てて、怪物は意識を失うように崩れ落ちた。


怪物の視線がニックに釘付けになる。

ここまでは作戦通り、後は二人が体よく廃鉱を出てくれれば作戦は大成功だ。

ちらりと、出口に通じる坑道に視線を送る。二人の姿を確認することはできなかったが、怪物達がこちらに集中している以上、知覚遮断魔法を見破られることもないだろう。


ニックの顔に余裕の色が見えた。

最初の二体がまるで手応えがなかったこともある。あの程度の相手ならば、残り五体くらいどうということも無いだろう。

全て倒した後で、村に戻ってヤーシーとマーニに自慢話の一つでもしてやろう。

剣の柄を握り直し、盾を構えて姿勢を落とした。


ニックの表情が変化したのはその後すぐだった。

倒した怪物の様子に思考が混乱する。壁に叩きつけられた怪物と、剣を叩きつけた怪物が、まるで灰のようにチリチリと音を立てて霧散したのだ。


「……こいつら一体何なんだよ」


つい心根が口を吐いた。

しかしここで思考を止めるわけにはいかず、怯えを抑え込み自らを奮い立たせ、残る怪物を挑発する。

怪物といえど所詮は小さな相手。力の差で圧倒すれば良い。


「へい!こっちだ怪物!」


ニックの挑発が広場に響く。


直後に、それが浅はかな思い違いであり、幻想だったことを思い知らされる。

倒され霧散した仲間のことなどお構いなしに、小柄な怪物の一体が両手を振り上げて飛翔する。

小さな体躯であることを侮っていた。

盾で防いでしまえば良いと考えた。

体格差に乗じて軽くいなし、逆に弾き飛ばしてやろうと考えた。

少し身を沈め、盾を怪物の攻撃に合わせる。怪物の手が盾に当たる瞬間に身を引いて横に流そうとした。

完璧なイメージはできていたはずだった。しかし、完全に慢心していた。

聞こえてきたのは想像していたものとは違う音。金属製の盾が引き裂かれるガリガリッという音と、ドチャッという液体の塊が地面に落ちた音だった。


視界の端に、怪物に引き裂かれ真っ二つになった盾と、肉が抉られて力無くぶら下がる左腕が映った。


「……っぐ」


声にならない呻きが漏れる。それと同時に激痛が走る。

今までの冒険でここまでの激痛を味わったことは無い。気を抜けば意識を失い、放っておけば命を落とす。直感がそう告げていた。

何とかこの場を凌ぐ手段はないか、混乱しそうになるのを頭を振って集中させる。

しかし、閃光魔法の残光はもう既になく、広場は暗闇に呑まれようとしていた。もう一度魔法を使おうにもまだもう少し時間が要る。

完全な闇になれば敵の位置を把握できないうえに、おそらくは目の前の怪物に蹂躙されるだろう。

身体中に汗が吹き出し、足元がガタガタと震える。

焦りがニックを覆い尽くす……。


そして、広場は完全な闇となった。

暗闇の中で真っ赤に光る点がニックを捉えている。理屈はわからないが、それが怪物の目だということはわかった。

その光から殺気が伝わってくる。

起死回生の一手は、……残念ながら思い付かない。


「リヴィとレイが無事なら良いか……」


思いがけず口にした独り言に反応したのか、怪物が空気を震わせるような咆哮を上げた。


「ヴォアアアアアアア!」

「かかってこいよお!」


力を振り絞り負けじと声を上げるニックの耳に、その声は確かに聞こえた。


「目を瞑って!」


既に廃鉱から脱出したはずの少女の声。

この声は深緑色のボブヘアの方、「レイ、逃げろ……」声になっていたのかはわからない。既に意識は朦朧としていた。


声に反応したからか、それとも勝手に瞼が降りていたのか、いずれにしてもニックは目を閉じていた。

足元で何かが弾けて破裂するような、ビチャッという音がした。それは決して耳触りの良い音ではなかった。

次の瞬間、ニックの視界が真っ赤に染まった。それは瞼を通る血の色だとわかった。

直後に怪物の断末魔のような雄叫びで何が起きたのかを察した。

強烈な閃光が目の前で弾けたのだ。


「明かりをつける!」


オリーの声にニックは目を開けて状況を確認する。

強烈な閃光の残光と、魔法の明かりの中で、二人の少女が怪物の後方から魔法を放っているのが見えた。

五体いたはずの怪物達は、背の高い一体を残し、チリチリと音を立てて灰のように散っていく。


「……だから、こいつら一体何なんだよ」


無論その問いに答えられる人物がいないことはわかっている。


霧散する怪物の跡から、残る一体に視線を移す。既にフレアの足止め魔法が発動したのか、怪物の両脚に緑色に淡く光る蔓が絡みついていた。

あの魔法は見た記憶がある。先刻アウギュリエスがグロムに使用した魔法と同じだ。もがけばもがくほど絡みついて、仕舞いに身体中を締め上げる魔法。

案の定、怪物が絡まる蔓を解こうと身を捩るたびに、蔓は伸び絡まり、ますます怪物を締め上げていた。

ああなればもうこちらのものだ。

怪物の実力の程はわからないが、身動きできない相手一体に冒険者が遅れをとることは無いだろう。

ニックは内心ホッとして、地面に膝を落とした。


「あとは頼ん……」


言い切る前にニックの意識は途絶えた。

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