2-13
最奥の採掘跡地に人影は無かった。
一縷の望みを抱いてここまで来たが、期待は脆くも裏切られてしまった。
「残念ですが、村人が居た形跡はありませんね」
落胆するグロムを気遣うようにアウギュリエスが声をかける。とはいえ、グロムもここまでの道すがら、村人がいるという期待は潰えてしまっていたようではあった。
ぐるりと採掘跡地を見回す。この場所も随分前に水が抜けたようで、地面は完全に乾いた状態だった。
光虫の明かりも無く、誰かが火を焚いた跡もない。あるのはがらんとした空洞で、土埃が踊るように魔法の明かりに舞っている。
「アウギュリエス、奥を照らしてもらえるか」
グロムの声に魔法の明かりを奥へ向ける。
地面に横たわる錆び付いたツルハシの先、おそらく事故の原因となった場所は、大人一人が余裕で通れるほどの大きな穴が開いていた。
「あの場所ですか……」
語りかけるわけでもなく、ただその事実を口にするように、アウギュリエスは大穴を見つめた。
グロムは黙ったまま頷くと、ツルハシを拾い上げてからゆっくりとその穴に歩み寄った。
そばに立つグロムとの対比で、その禍々しい穴の大きさがありありとわかる。
「地下湖の横っ面を叩いたんだな……。
こんな大穴を開けるほどの水量だ。間に合うわけがねえ」
想像を絶するような地下水が流れ込んだのだろう。一瞬の出来事に、成す術もなく飲み込まれたのだと容易に想像できた。
グロムが手に取ったツルハシを眺めながら話し続ける。
「半人前だったわしは、当時親父の手元をしとってな。
たまたま、運良く入り口の広場に道具を取りに行っとったんだ」
足元の石ころを拾い上げて大穴の先に投げ入れる。
少し間を置いて、石が地面に落ちる音が聞こえた。大穴の先も既に水が抜けているようだ。
頭だけを入れて穴の中を覗き込む。途端に冷たく重い空気が肌に纏わりつくような感覚に襲われる。心なしか、村と同じような異臭も感じた。
見た目には真っ暗闇で全貌を把握することはできなかったが、投げ入れた石が地面に落ちる時間と響きから、この先は大渓谷並みに広いと容易に想像できた。
「一応、中も見てみるか」
グロムが身を乗り出して足元を確認する。穴の先に足場は無く、斜面を滑り降りるしか方法はなさそうだった。
ゆっくりと腰を下ろして両足を穴に入れる。幸い斜面は緩やかに下っていて、転がり落ちる心配はなかった。
その時、今までどこかに姿を隠していた小鳥が、けたたましい声で鳴きながら頭上を旋回し始めた。何かを察知したのだ。
水流か崩落か、それとも他の危険が迫っているのか。
二人は咄嗟に大穴から離れ身構えた。
当時の事故のような水流であれば、身構えたところでひとたまりも無いのは分かり切ってはいたが……。
少しして、小鳥はグロムの頭上を軽く旋回した後で、鳴くのを止めて何事も無かったように頭の上に着地した。
小鳥の察知能力を疑うわけでは無かったが、辺りは特段何の変化も起きていなかった。二人は互いに視線を合わせ小首を傾げた。
「何か、異変が起きたのでしょうか?」
姿勢を戻しながら辺りを見回す。水の音も聞こえず、崩落の兆候も感じられない。
他に何を感じて、小鳥は警鐘を鳴らしたのだろうか……。
「こいつは使役した相手に忠実だ。使役者の身に危険が及びそうなら鳴き喚く。
あの時もわしの周りで鳴いとったな……」
言いながら大穴の先を見る。
グロムに危険があったとすれば原因はこの先だ。中に入ろうとしたことが原因なのかもしれない。
「中に明かりを入れてみます」
そう言うとアウギュリエスは指先をパチンと鳴らし、新たな魔法の明かりを灯した。そしてそれを、大穴の先に軽く投げ入れるように放った。
真っ暗だった内部が照らし出される。
……空洞。
かつて大量の水が湛然と満ちていた場所。今は乾いた自然の洞窟が姿を現した。
予測していた通り、天井は遠く高く、底までの距離も同じくらいに深い。横幅もまた、暗がりの中で際限なく続いているように見える。
その巨大な穴蔵のような洞窟のそこかしこには、黄色い結晶が露見しており、それが明かりに照らされて幻想的にさえ見えた。
この場所に不穏な気配を感じるのは、小鳥の警告があったからだけではないだろう。
「あいつは硫黄だな。
どっからか毒が漏れとるか……。中に入れば一瞬であの世行きだな」
目には見えない毒が充満しているかもしれない。小鳥はそれを察知して危険を知らせたのだろう。どういう理由かはともかく、毒が穴のこちら側に漏れ出していないのは幸いだった。
しかしそうなると、流石にこの中に入るのは自滅行為といえる。
これ以上進むのは無謀であり、進んだ所で村人がいる可能性は皆無だ。
「異臭の原因の一つは、こいつで間違いなかろう。
どこから漏れたかわからんが、確かにあの臭いは硫黄のそれだ。
しかし硫黄か……」
グロムが独り言をこぼす。
どこか腑に落ちないといった表情を浮かべながら、振り返ってアウギュリエスに告げる。
「これ以上ここに居ても仕方ない。戻ろう」
歩き出したグロムを追うように、坑道に戻ろうと振り返ったアウギュリエスの視界の端に、揺らめきのような何かが映った。
そこは洞窟の奥、高台のように競り上がった小さな岩場だった。
人だという確証は無い。しかし確実に何かが揺らめいた。それが光か影か、ただの見間違いか……。
「グロム、待ってください」
その声にグロムが振り返る。
洞窟の奥を見つめるアウギュリエスの姿に、失いかけた希望をまた抱きそうになる。しかしそこは、毒が充満した洞窟の中だ。たとえ村人がいたとしても無事でいられるはずがない。
そうは思いつつも、グロムはアウギュリエスの元に駆け寄った。
「競り上がった岩場の上……」
アウギュリエスが指差す場所に眼を凝らす。けれども、その場所に何があるかを確認することはできなかった。
「何も見えんが、あの場所に何かあるのか?」
視線を逸らさず、少しの違和感も見過ごすまいと、アウギュリエスは岩場を見つめ続けた。
視線を外した瞬間に、それが幻になってしまうような気がしたのだ。
「確証はありません。
……見間違いかもしれませんが、あの場所で何かが動いたような気がします」
その答えに、グロムも再度目を凝らして岩場を見つめる。何かが動くような気配はない。
魔法の明かりも岩場までは届いておらず、はっきりとその場所を確認するものは難しい。しかし、洞窟の底から競り上がった場所。……可能性はある。
「風がなければ毒は下に溜まる。あの場所に毒は届いておらんかもしれん」
洞窟から見れば、今いる採掘跡地は丁度中腹辺りにある。その場所に毒が漏れ出していないのであれば、同じような高さのあの場所にも毒は到達していない可能性がある。
グロムの言葉を聞いて、アウギュリエスが何か閃いたような顔を見せた。
「要は下を行かなければ良いのですね」




