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私と彼女の物語 -Travelers of the Far Green Road-  作者: ORSBN.shu
第二部・青陽
38/44

2-13

最奥の採掘跡地に人影は無かった。

一縷の望みを抱いてここまで来たが、期待は脆くも裏切られてしまった。


「残念ですが、村人が居た形跡はありませんね」


落胆するグロムを気遣うようにアウギュリエスが声をかける。とはいえ、グロムもここまでの道すがら、村人がいるという期待は潰えてしまっていたようではあった。


ぐるりと採掘跡地を見回す。この場所も随分前に水が抜けたようで、地面は完全に乾いた状態だった。

光虫の明かりも無く、誰かが火を焚いた跡もない。あるのはがらんとした空洞で、土埃が踊るように魔法の明かりに舞っている。


「アウギュリエス、奥を照らしてもらえるか」


グロムの声に魔法の明かりを奥へ向ける。

地面に横たわる錆び付いたツルハシの先、おそらく事故の原因となった場所は、大人一人が余裕で通れるほどの大きな穴が開いていた。


「あの場所ですか……」


語りかけるわけでもなく、ただその事実を口にするように、アウギュリエスは大穴を見つめた。

グロムは黙ったまま頷くと、ツルハシを拾い上げてからゆっくりとその穴に歩み寄った。

そばに立つグロムとの対比で、その禍々しい穴の大きさがありありとわかる。


「地下湖の横っ面を叩いたんだな……。

 こんな大穴を開けるほどの水量だ。間に合うわけがねえ」


想像を絶するような地下水が流れ込んだのだろう。一瞬の出来事に、成す術もなく飲み込まれたのだと容易に想像できた。

グロムが手に取ったツルハシを眺めながら話し続ける。


「半人前だったわしは、当時親父の手元をしとってな。

 たまたま、運良く入り口の広場に道具を取りに行っとったんだ」


足元の石ころを拾い上げて大穴の先に投げ入れる。

少し間を置いて、石が地面に落ちる音が聞こえた。大穴の先も既に水が抜けているようだ。

頭だけを入れて穴の中を覗き込む。途端に冷たく重い空気が肌に纏わりつくような感覚に襲われる。心なしか、村と同じような異臭も感じた。

見た目には真っ暗闇で全貌を把握することはできなかったが、投げ入れた石が地面に落ちる時間と響きから、この先は大渓谷並みに広いと容易に想像できた。


「一応、中も見てみるか」


グロムが身を乗り出して足元を確認する。穴の先に足場は無く、斜面を滑り降りるしか方法はなさそうだった。

ゆっくりと腰を下ろして両足を穴に入れる。幸い斜面は緩やかに下っていて、転がり落ちる心配はなかった。


その時、今までどこかに姿を隠していた小鳥が、けたたましい声で鳴きながら頭上を旋回し始めた。何かを察知したのだ。

水流か崩落か、それとも他の危険が迫っているのか。

二人は咄嗟に大穴から離れ身構えた。

当時の事故のような水流であれば、身構えたところでひとたまりも無いのは分かり切ってはいたが……。


少しして、小鳥はグロムの頭上を軽く旋回した後で、鳴くのを止めて何事も無かったように頭の上に着地した。

小鳥の察知能力を疑うわけでは無かったが、辺りは特段何の変化も起きていなかった。二人は互いに視線を合わせ小首を傾げた。


「何か、異変が起きたのでしょうか?」


姿勢を戻しながら辺りを見回す。水の音も聞こえず、崩落の兆候も感じられない。

他に何を感じて、小鳥は警鐘を鳴らしたのだろうか……。


「こいつは使役した相手に忠実だ。使役者の身に危険が及びそうなら鳴き喚く。

 あの時もわしの周りで鳴いとったな……」


言いながら大穴の先を見る。

グロムに危険があったとすれば原因はこの先だ。中に入ろうとしたことが原因なのかもしれない。


「中に明かりを入れてみます」


そう言うとアウギュリエスは指先をパチンと鳴らし、新たな魔法の明かりを灯した。そしてそれを、大穴の先に軽く投げ入れるように放った。


真っ暗だった内部が照らし出される。

……空洞。

かつて大量の水が湛然と満ちていた場所。今は乾いた自然の洞窟が姿を現した。

予測していた通り、天井は遠く高く、底までの距離も同じくらいに深い。横幅もまた、暗がりの中で際限なく続いているように見える。

その巨大な穴蔵のような洞窟のそこかしこには、黄色い結晶が露見しており、それが明かりに照らされて幻想的にさえ見えた。

この場所に不穏な気配を感じるのは、小鳥の警告があったからだけではないだろう。


「あいつは硫黄だな。

 どっからか毒が漏れとるか……。中に入れば一瞬であの世行きだな」


目には見えない毒が充満しているかもしれない。小鳥はそれを察知して危険を知らせたのだろう。どういう理由かはともかく、毒が穴のこちら側に漏れ出していないのは幸いだった。

しかしそうなると、流石にこの中に入るのは自滅行為といえる。

これ以上進むのは無謀であり、進んだ所で村人がいる可能性は皆無だ。


「異臭の原因の一つは、こいつで間違いなかろう。

 どこから漏れたかわからんが、確かにあの臭いは硫黄のそれだ。

 しかし硫黄か……」


グロムが独り言をこぼす。

どこか腑に落ちないといった表情を浮かべながら、振り返ってアウギュリエスに告げる。


「これ以上ここに居ても仕方ない。戻ろう」


歩き出したグロムを追うように、坑道に戻ろうと振り返ったアウギュリエスの視界の端に、揺らめきのような何かが映った。

そこは洞窟の奥、高台のように競り上がった小さな岩場だった。

人だという確証は無い。しかし確実に何かが揺らめいた。それが光か影か、ただの見間違いか……。


「グロム、待ってください」


その声にグロムが振り返る。

洞窟の奥を見つめるアウギュリエスの姿に、失いかけた希望をまた抱きそうになる。しかしそこは、毒が充満した洞窟の中だ。たとえ村人がいたとしても無事でいられるはずがない。

そうは思いつつも、グロムはアウギュリエスの元に駆け寄った。


「競り上がった岩場の上……」


アウギュリエスが指差す場所に眼を凝らす。けれども、その場所に何があるかを確認することはできなかった。


「何も見えんが、あの場所に何かあるのか?」


視線を逸らさず、少しの違和感も見過ごすまいと、アウギュリエスは岩場を見つめ続けた。

視線を外した瞬間に、それが幻になってしまうような気がしたのだ。


「確証はありません。

 ……見間違いかもしれませんが、あの場所で何かが動いたような気がします」


その答えに、グロムも再度目を凝らして岩場を見つめる。何かが動くような気配はない。

魔法の明かりも岩場までは届いておらず、はっきりとその場所を確認するものは難しい。しかし、洞窟の底から競り上がった場所。……可能性はある。


「風がなければ毒は下に溜まる。あの場所に毒は届いておらんかもしれん」


洞窟から見れば、今いる採掘跡地は丁度中腹辺りにある。その場所に毒が漏れ出していないのであれば、同じような高さのあの場所にも毒は到達していない可能性がある。

グロムの言葉を聞いて、アウギュリエスが何か閃いたような顔を見せた。


「要は下を行かなければ良いのですね」

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