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私と彼女の物語 -Travelers of the Far Green Road-  作者: ORSBN.shu
第二部・青陽
37/44

2-12

不意に走った風に吹かれて、陽に熱った体が心地よく冷まされるのを感じた。風に煽られたからだろうか、心なしか異臭も薄らいだ気がする。

思い返してみれば、この村に到着して以来風らしい風は吹いていなかったように思える。

身体中に染み込んでしまった臭気をこの風でどうにかしようと、髪に手櫛を通して衣服を払い、久しぶりの新鮮な空気を目いっぱい肺に取り込んだ。


「気持ちいい風……」


無意識にマーニは口にした。

風上に目をむける。

村の北側、傾斜の急な坂の先は盆地の外縁であり、以前地図で見た限りでは、その先は山々が連なっていた。

この場所は風が通りにくい場所だと誰かに聞いたような気もしたが、あの坂を下ってきた風を受けたということは、全く吹かないということもないのだろう。


上の空で景色を眺めていたマーニだったが、ハッとしてヤーシーが向かった水屋のある方を向いた。

決して鼻が利く方ではない。随分と長い間この村に滞在しているせいで、異臭にも慣れてしまっているのは確かだ。それでも、先ほどの風で村の異臭は明らかに薄らいだ。

風は、山側からまっすぐ駆け降りてきた。

それはつまり、臭気はこの場所に滞留していただけであり、異臭の原因が村の中には無いという結論に至る。


その気付きとほぼ同時に、ヤーシーの声が広場まで聞こえてきた。


「マーニ!こっちに来てくれ!」


普段大声を出さないヤーシーの声が村の広場まで聞こえてきた。ただならぬ気配に焦燥感がマーニを襲う。

彼女は一目散に彼の元に駆けた。


……異臭の大元はこれだ。


坂道の中腹に湖を見下すように建てられたそれは、村人の生活用水として利用する水を守るため、洞穴の入り口を覆うように建てられた簡素な小屋だった。

壁には苔が生え、風雨にさらされた木材は黒ずんでいる。本来なら固く閉ざされているはずの扉は、内側から何者かに破壊されたのかのように無惨に散らばっていた。

水屋に近付くほど臭いが強くなる。おおよそ水屋の前に辿り着くのは不可能なほど、それはまるで、人が近付くのを拒んでいるようにも思えた。


手前で待機しているヤーシーの場所まで行くのでさえも躊躇ってしまう。眩暈がするほどの強烈な異臭が辺りに充満していた。

ツンとした刺激臭。腐敗した卵のような臭い。そして、その匂いに混じる生臭く甘ったるい臭い。人の本能に訴えかける強烈な嫌悪感。

おそらく、水屋の周辺は息を吸い込んだだけで命に危険がありそうだ。


どうにかこうにかヤーシーの元に辿り着いたマーニだったが、息を整えることさえままならない状況に、空嘔が止まらなかった。

マーニの背中を摩りながらヤーシーが確信めいた口調で呟く。


「異臭の元はあそこで間違いないな」


まるで意味がないと分かっていながらも、口元を袖口で覆いながら呼吸する。早々に臭いを遮断する魔法を掛けたいところではあったが、残念なことに修道士のマーニではその魔法を使うことができなかった。


「他にも色々学んでおくべきだったわ……」


肩で息をしながらマーニが言う。

何のことか直ぐにはわからなかったヤーシーは、ただ首を傾げながらマーニを見つめた。


「臭いを遮断しても、毒を吸い込んだら元も子もないわね」


マーニの独り言で彼女が言わんとしている事を理解したのか、「ああ、そうだな」と相槌を打って水屋を睨みつける。

あの水屋の中から異臭がしているのであれば、扉を閉じることで臭いが広がる事を止めることはできるだろう。しかし、扉は破壊されており、それに変わる物が周辺にあるわけでもなかった。

何よりも、異臭の原因が何かを突き止める必要があった。

原因はあの中にある。やるべき事はわかってはいる。水屋の中を確認するのだ。しかし、体が言う事を聞いてくれそうになかった。


二人が少しの間考えあぐねていると、ヤーシーが意を決したように口を開いた。


「とりあえず俺が水屋の中を確認する。

 マーニはすぐに解毒できるように用意しておいてくれ」


言うが早いか、ヤーシーは鞄から取り出した布切れで鼻と口を塞ぐと、一歩一歩慎重に小屋へと近付いた。

その様子を見てマーニも解毒魔法の用意を始めた。両手で杖を握り直して意識を集中する。体内に巡る毒を排除するイメージ……。

ヤーシーの一歩一歩を注視する。異変があればすぐにでも発動できる。

杖の先端が微かに青白く光を帯びる。

……用意はできた。


その時、また風が吹いた。先ほどとは異なる湖を渡って傾斜を登る風だった。その風を感じたヤーシーが一気に小屋へ駆け寄る。そして、破られた扉跡に手をかけて声を上げた。


「洞窟だ」

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