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私と彼女の物語 -Travelers of the Far Green Road-  作者: ORSBN.shu
第二部・青陽
33/41

2-8

日の光は全く届かなくなった。

足元を照らす僅かな明かりだけが頼りの、ほぼ暗がりと変わり無い心細い坑道を進むのは、誰にとってしても苦労を強いられることだった。


「これって魔光灯……じゃないよな」


ニックがぽつりと呟いた。

常に気を張り、盾を構えたまま前方に注意を払い先頭を切って進むのは、気苦労も相当な物だろう。

それを聞いたグロムが鼻を鳴らして答える。


「こいつは光虫の尻だ。

 鉱夫にとっちゃ常識だが、不思議なことに一度毟って放っておけば数年は光っておる」


弱々しい光は、時折明滅しながらその橙がかった明かりを坑道に落としていた。

明かりだけを見れば儚い色をした綺麗な情景ではあった。しかし毟ると聞いて、オリーとフレアはその工程を想像して途端に気持ち悪さが湧き上がった。

二人はあからさまな嫌悪感を顔に浮かべてそれを眺めた。


「なぁに、尻を毟られても光虫は元気に飛んでおる」


グロムの一言は、余計に気持ち悪さを助長しただけだった。

光虫の話を聞いたからと言うわけではないだろうが、心なしか、ぬめっとした生臭さが鼻についた。それが何の臭いかは見当もつかなかったが、それでも村の異臭に比べれば我慢できるものではあった。


「光虫ってのはこれ以上明るくならないのか……」


ニックがぼやく。

薄暗さにもだいぶ目は慣れてきているだろうが、時折足を止めて眉間に手を添えているところを見ると、湖畔道といい坑道といい、すでにニックの目には限界が近付いているに違いない。


「叩けば一瞬だけ目が潰れるほど光るぞ。その後は消し炭みたいになっちまうがな」


ニックの独り言にグロムが答える。

ニックは「んー」と唸りながら歩きはじめた。

一瞬明るくなったところで、歩き辛い事に変わりはないどころか、その後明かりを奪われては歩き進むことが不可能になる。

良くは見えなかったが、ニックは顔をしかめているように見えた。


「その曲がり角の先が広場だ。……だった、と言うべきか……」


グロムの話では広場の大半は水没しており、大勢が留まっていられるほどの広さは無いらしい。

誰か人が居たとしても数人、それ以上になれば曲がり角を超えて人影が見えるだろう。


「物音ひとつ聞こえない、誰も居ないのか?」


ニックが立ち止まる。

その言葉の通り、曲がり角の先にあると言う広場からは、人の話す声どころか息遣いさえも聞こえてこなかった。人がいるのならば明かりを点けていそうなものだが、その様子も見られなかった。

誰もいないのか、あるいは息を殺して隠れているのか、どちらにせよ、その答えは目と鼻の先にあった。


ニックが盾を持ち直し、中段に構えた剣を握り直す。

チラリと後方に視線を投げて声を掛けた。


「準備は良いかい?」


奥にいるのが村人なら申し分ない。そうでない場合のほうが問題だ。

皆は一様に各々得物を構え直し、ニックに見えるように大きく首を縦に振った。


ニックの短く吐く息の音がした後、彼は勢いを付けて曲がり角に身体を乗り出した。

それに続いて皆一斉に広場に入っていく。


「閃光!」


ニックの声の後で、パリパリッという音を響かせて、広場に白く眩い光が溢れた。

奇襲する上でこれ以上に有効な魔法もないだろう。相手の目を潰すことが出来れば、主導権はこちらのものである。


手に汗が滲むのがわかった。

閃光魔法の残光が徐々に明るさを失っていく中で、姿を現したのは、ガランとした【広場】そのものであった。

あまりの眩しさに目を回したのだろう、壁に張り付いていたと思われる虫の類が地べたに仰向けで蠢いている。不快ではあったが、それら以外に動いているものはなかった。


「ふむ……」


グロムが気の抜けたような声を出す。

それは、村人が居るのではないかという微かな期待が裏切られた、失望とも取れる弱々しい声だった。


「虫しかいないです……」


緊張感から解放されたフレアが、虫に顔をしかめながら辺りを見回す。オリーも同じように広場を見渡すが、フレアの言う通り辺りには蠢く虫しか確認できなかった。


人の影は無い。それどころか、足跡一つ見当たらない。

一月後に慰霊祭が行われる場所ならば、少なくとも道具や資材の搬入くらいはしてあってもおかしくないはずだった。現に廃鉱の入り口には慰霊祭の資材が用意されていた。

オリーはフレアと顔を見合わせながら、どうにも腑に落ちない状況に頭を傾げた。


「グロム、この広場の大半は水没していたと言いましたね」


アウギュリエスが広場の奥を眺めながらグロムに問いかけた。グロムもまた広場の奥を眺めながら彼に答えた。


「ああ、去年の慰霊祭の時は、すぐ手前に祭壇を設けるくらいしか隙間はなかった……」


グロムの説明とは裏腹に、その場所はゆうに20人は入れるほどの広さを持ち、まさしく広場と呼ぶにふさわしい空間だった。

水没していた形跡を見て取ることはできず、水が抜けて月日が経っているのか、広場が泥濘んでいるということもなく、地面は乾いた状態だった。


「……水が引いたか……」


グロムが恐る恐るといった足取りで慎重に広場の中央へ向かう。

それを視線で追いながら広場を眺めて見れば、グロムの言っていた事に嘘はないのだと判断できた。

祭壇を設けていたであろう場所までは光虫が付けられていたが、それより先、水没していたと思われる場所には、光虫は存在していなかったからだ。


「地面が乾いているとはいえ嫌な湿気だな」


そう言いながら、ニックが鞄から取り出した布切れで首元を拭う。ジメッとした嫌な空気が肌に纏わりつくような感覚を覚える。

水が抜けたとはいえ一度は水没した鉱山、異常な湿気に満ちた内部に、この場に留まることさえ躊躇わせる。


「この先は?」


アウギュリエスの声が響く。

閃光魔法の明かりも消え、辺りがすっかり闇に呑まれた中で、グロムはその重い口をゆっくりと開いて答えた。


「奥の坑道を進んだ先に採掘現場がある。

 ……事故が起きた場所だ」


『この先は』という問いの後に続くのは、進むか進まないかの選択になるだろう。

グロムが親や仲間を失った場所。

おそらくグロムは葛藤していた。事故が起きた場所に行くべきなのか、それとも、その場所に立ち入っても良いものなのかを……。


そんなグロムの心中を察しているのかいないのか、ニックが素直な疑問を口にした。


「入口の足跡は廃鉱の中に向かっていた。そんで、広場には誰もいない。

 てことは、入った連中はこの先にいるんだよな?」


言う通りだった。そうでなければ、足跡の説明が付かない。

何者かは全く想像がつかないが、廃鉱入り口で見た足跡は、その全てがこの中に向かって伸びていた。

目的地であった広場に人影はなく、足跡の持ち主はさらに奥へ進んだ以外に考えられない。村人である保証は全くない。しかし、それが村人である可能性がほんの少しでもあるのならば、接触を試みる以外に選択肢はなかった。


広場より先は明かりも無い真っ暗闇である。松明でも持っていなければ進むことを躊躇うだろう。そして、村の有り様を思い返してみれば、松明など持って廃鉱に入る用意などしていないはずであった。

村人の可能性は限りなく低い……。


「村の連中には鉱山は危険な場所だと言ってある。

 余程の事でもなければバウルの言いつけは守るだろう」


つまるところ、村人が広場を超えて先に進むことはあり得ない。グロムはそう言っているのだった。

シュタールグリフ。

探窟家系の氏族の名を村人に告げていたかは定かではないが、バウルの、採掘の専門家の言う事を蔑ろにする事はないだろう。


「余程の事があったなら、入ってしまうことも有り得ますよね?」


オリーがアウギュリエスに声をかける。それは暗に、奥の探索が必要であることを促していた。冒険者然とした、至極真っ当な問いかけだった。

何が起きたのか手がかりさえ掴めていない現状において、調べられるものは全て調べる必要がある。


アウギュリエスは逡巡した。

放置されて年月の経った廃鉱などいつ崩れるかわからない。しかも一度水没していることを考えれば、坑道は水の侵食によって予想以上に脆くなっているはずだ。

……冒険というには危険が多すぎる。

村人の捜索を優先するのならばオリーの言うことはもっともで、冒険者の責務とも言えるだろう。

自分一人であれば躊躇うことなく奥へと進み、廃鉱の全てを確認して回る。

しかし……。


なかなか返答しないアウギュリエスの考えを察したのか、グロムが手元のランタンに灯をつける用意をし始めた。

彼は彼なりに腹を括ったのだろう。


「こっから先はわし一人で行く」


その声にハッとしたように顔を上げると、アウギュリエスはようやく返答した。


「失礼……。

 少し考え過ぎてしまいました」


何を考えすぎてしまったのかは言わなかった。

だがおそらく、二人の心配をしていたのだろうと、オリーもフレアもそうであると確信していた。


気を取り直したようにアウギュリエスが行動を開始する。

グロムのランタンを下げさせ、指先をパチンと鳴らして魔法の明かりを灯す。眩しくはない暖かい陽光に似た光が広場を照らし出した。


「グロムは私と廃鉱の奥へ。

 オリビアとフレイア、ニックはここで待機してください」


迷いなく指示を出すその姿が安心感を生む。


「何かあったら直ぐに外に避難を」


アウギュリエスが優しい表情でオリーとフレアに語りかける。

気持ちは奥に進みたかった。しかし、村に来る前にアウギュリエスと交わした約束を守り、二人は素直に「はい」と返事をして、広場を灯す明かりを用意した。


オリーの掌から仄かに光を纏った光体が浮かび上がる。それは明るさを増しながら上昇し、やがてオリーの頭上に魔法の明かりが灯った。

アウギュリエスの魔法の明かりと隣り合い、広場がさらに明るく照らされた。まるで陽の光に包まれた屋外にいるような錯覚に陥るが、光源が二つあることでそれが魔法だとわかる。


その様子を見てアウギュリエスが頷く。

ひとまず広場に残る三人はこれで問題ないだろう。アウギュリエスは、奥へ進むべくグロムに声を掛けた。


「行きましょう」


グロムは魔法の明かりに見惚れていたのか、声を掛けられたことにハッとしてアウギュリエスに返答した。


「……ちょっと待っておれ」


そう言って懐から小さな笛のようなものを取り出し、口に咥えて息を吹きつけた。

想像したような音はしなかった。ただ、空気が通るスーッという音だけが広場に響いた。

オリーもフレアもその笛のようなものに見覚えがあった。ベルトン牧場の野犬討伐の際に、フレアが用意した『テイマーホイッスル』と同じものだった。

あの時は結局使うことは無かったが、今目の前でその効果を見ることができる。それは、グロムが使役した動物を呼び出したということに違いなかった。


しばらくして、と言っても、ものの数十秒にすぎなかったが、広場に飛び込んできた小鳥がぐるりと旋回した後で、グロムの頭の上に降り立った。

体全体が黄色の羽毛に覆われ、頭頂に緑色の長い羽を立てている。それは手のひらに乗る程に小さな小鳥だった。


「採掘作業の案内人だ。危険があればこいつが教えてくれる」


言いながら掌に餌と思しき穀物を載せて小鳥に与えている。ついばむ姿に思わずホッコリとするが、小鳥は有害なガスや崩落、水脈に当たるのを察知して教えてくれるのだという。

それならば、過去の事故も防げたのではないかと一瞬頭を過ったが、それは口にしないでおいた。


「よし、行こう」


グロムの声を合図に、二人が広場の奥へ進む。坑道に入る直前に振り返ったアウギュリエスがニックに声をかける。


「ニック、二人を頼みます」


ニックは無言で頷き、オリーとフレアの三人で、二人の後ろ姿を見送った。

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