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私と彼女の物語 -Travelers of the Far Green Road-  作者: ORSBN.shu
第二部・青陽
32/38

2-7

その道は、湖を迂回するように北の村とレイフォルスを繋いでいた。

整備されているとは到底言い難い、砂利を敷き詰めただけの湖畔道は、両脇を背の高い雑草や木々に覆われており、数歩先の、曲がり道の奥でさえ見通すことが困難だった。

村から離れたからだろうか、異臭は明らかに薄らいだ気はしたが、鼻腔にこびりついた残り香は、一帯が異常であることを忘れさせてはくれなかった。

目的地の廃鉱へ至る脇道には、目印に小さな立て看板があると言われていたが、初めて通る道な上に、草木に遮られる視界によって、慎重を強いられる行軍となっていた。

先頭を歩くニックは、目を皿のように開いて注意を払っている。時折立ち止まって目頭を抑えているのを見るに、だいぶ疲れが溜まっているのだろうと想像できた。

道に慣れたグロムを先頭にして進めば良いのではないかと、素直な疑問がふと頭を過りもしたが、賊と出会さないという保証もない以上、一行の盾である剣士のニックが先頭を歩くことは、必然と言わざるをえなかった。


「ところで、爺さんが言ってたシュタールグリフってのは、由緒ある戦闘家系とかそういうやつか?」


休憩がてらに足を止めたニックがグロムに問いかける。

汗ばむ程の暑さではないが、真上に昇った陽の日差しから逃れるように、額に手の甲を当てて顔を覆っている。


「氏族の名も知らんとは、学の無い奴だ」


グロムが鼻を鳴らす。

言い返せない腹いせか、ニックはオリーやフレアの方を向いて、グロムに見えないように小さく舌を出して見せた。その仕草に思わず吹き出しそうになったが、二人はなんとか堪えて平静を装った。


「シュタールグリフというのは、バウルの探窟家系の名です。

 他に鍛治、彫金、警護、戦技、記録の合わせて六つの氏族が、血統による王とタウトラの元老院と共にザーローンの国王を支えています」


アウギュリエスが淡々と説明する。


「バウルと付き合いが無ければ、知らないのも無理はないでしょう。

 付き合いがあったとしても、彼等はそれをあまり口にしません」


ザーローンを離れるバウルは、いずれの氏族にも属さない者が多いそうだ。ゆえに、氏族については口を閉ざす者が多いという。

付け足すように語られた、「ザーローンを離れるバウルは少し特別です」というアウギュリエスの言葉から察するに、氏族に属しているにも関わらず、ザーローンを離れたグロムは、何か特別な事情があるのだろう。


アウギュリエスの言葉に気を良くしたのか、ニックは何故か勝ち誇った様な表情でグロムを見下ろしていた。

知らないのも無理はないという言葉は、彼を調子付かせてしまったようだった。


「探窟家系が冒険者と一騎打ちか、余裕だな」


軽口を叩くニックと、「やるか?」と応戦気味に前に出るグロムを前にして、仲が良いのか悪いのかと、呆れるオリーとフレアだった。

当然そんな寸劇を楽しんでいる時間の余裕もなく、日が暮れる前に廃鉱の探索を終わらせてしまいたい一行は、短い休憩を切り上げて先を急いだ。



グロムが言っていた小さな立て看板は、あまりにも小さく、「程度ってもんがあるだろ」と、ニックがぼやく程のものであった。それは一見ただの木の棒に見えなくもない、到底看板とは思えないような代物だった。

そのニックを全く意に介していないのか、グロムは黙ったまま脇道へと入っていった。

道と呼んで良いものか迷いが生じるほどに、雑草や木々が生い茂ったその場所は、差し詰め獣道と称されて然るべきものであった。

その道を何の迷いもなく突き進むグロムは、やはりこの村の住人なのだと納得した。


「最近人が通ったような跡はありませんね」


注意深く観察しながら歩いていたアウギュリエスが、ふと立ち止まって辺りを見渡す。足元には自分達が残した足跡しかない。

周りの草木も人が通れば倒されていて当然だろうが、それらを倒しながら先頭を行くグロムを見れば、そこが紛れもない未踏であることを裏付けている。


「この道以外わしは知らん」


言いながらも前に進む歩を緩めない。どこかしら焦りを感じているようにも見えた。

村人がいるかもしれないという淡い期待が、期待のまま潰えてしまう。その現実を目の当たりにしてか、グロムの声は僅かに意気消沈しているようにも聞こえた。


「爺さんが知らないだけで、他の道があるかもしれないだろ。

 とにかく、廃鉱まで行ってみようぜ」


まるでグロムを元気付けるかのように、ニックは明るい調子で声を上げた。

グロムが鼻を鳴らして返事をする。オリーとフレアにはそれが、『小僧が気を遣いおって』とでも言っているように思えた。

出会い方は最悪だった。しかし、この二人はきっと馬が合うのだろう。何となく祖父と孫の二人が歩いているように見えなくも無かった。


獣道をひたすら進み、少ししたところで開けた場所に出た。

ちょっとした広場と言えなくもないその場所は、前方に廃鉱の入り口と思われる洞穴と、左手には、大きな岩を削り出した石碑のようなものが見えた。

片隅には何かしらの様々な材料が積み上げられている。

その材料を眺めていたグロムから独り言が漏れた。


「後一月もすれば慰霊祭だったんだがな……」


この廃鉱で起きた何かしらの事故。グロムはその事故に心を寄せているのかもしれない。

肩を沈めたグロムを横目に、広場の脇に建てられた石碑に目を向けた。


ーこの地、この鉱山にて採掘作業中、

 地下水脈に到達し、坑内は瞬時に水没。

 五名の尊い命が失われた。

 ここに、事故の記憶と、二度と繰り返さぬ教訓を刻む。

 そして、全ての犠牲者に、心からの哀悼と祈りを捧げる。

 安らかに眠りたまえ。

 汝らの労苦に、永遠の感謝を。ー


口に出して読み上げながら、オリーは石碑に近付いて手を触れた。

両手を広げてなお両端に届かないほど大きなそれは、鏡と見紛うばかりに磨かれた表面と、意匠の凝った細かい彫りの装飾が施されていた。

事故の犠牲者に向けた石碑であり、彼らを偲ぶ墓標のようだった。


「このお名前は事故に遭った人達ですか?」


石碑の裏に回っていたフレアの声がする。

裏には事故で命を落とした人の名前が彫られているのだろう。


「……みんなシュタールグリフさんです」


その言葉に、自然とグロムに視線が集まる。


「ああそうだ、事故に遭ったのは全員わしの身内みたいなもんだ……」


言いながら石碑を眺める。その目は、かつて採掘を共にした仲間を見ているようだった。


「親父や従兄弟、近所の爺さんらと故郷を出たのは何十年も前だ。

 シュタールグリフなんて大層な名を受け継いではおるが、氏族と言ってもわしらは末席も末席。本家筋のもんには名前も顔も知られん連中さ。

 親父も他の連中も、一旗あげようなんて気はまるっきし無かったんだがな……」


堰を切ったように言葉が溢れてくる。石碑を見て思うところがあったのかもしれない。皆一様に黙ってグロムの話を聞いていた。


「村でも話したが、あの村はヘイムの村だ。

 ルミア様とヘイムの若者が『共に生きた場所』なんていう伝承のある場所なんだが、たまたま流れ着いたわしらバウルを受け入れて、事故の後も弔ってくれた」


石碑に近寄り碑文を指でなぞる。


「連中には足を向けて寝られん……」


静まり返った空気を振り払うように、グロムは頭を振ってから皆に向き返った。


「だからというわけでもないが、あいつらの恩に報いてやりてぇんだ」


そう言って、ニックの真似をするように歯を見せる。

オリーもフレアも、アウギュリエスもニックも、グロムのその言葉に深く頷いた。



改めて廃鉱前の広場を観察する。

広場の奥に見える、坑道の入り口と思われる洞穴は、簡素な板で封鎖されるように閉じられていた。

どこか乱雑に閉じられたように見える板の戸は、その端が僅かに開いているようだった。それはつまり、何者かが急いで閉じたものだと考えられなくもなかった。

アウギュリエスは足元を慎重に確認しながら、その板戸に近付いた。


「グロム、村の人達はヘイムだと言いましたね?」


ぴたりと足を止めて足元を凝視する。

その様子を遠目に見ながら、グロムが「そうだ」と言葉少なに答えた。


「ヘイム以外の種族はいませんでしたか?……例えば、タウトラが10人ほど」


続け様にアウギュリエスはグロムに質問を飛ばす。

怪訝そうな顔でアウギュリエスを見つめるグロムが、廃鉱の入り口に近付きながら答える。


「知ってる限りじゃヘイムしかおらん。

 ……いったい何を見ておる」


近付いてくるグロムを片手で制止するような仕草を見せ、アウギュリエスは自身の足元に視線を投げて知らせた。

廃鉱の入り口、板戸の隙間付近に沢山の小さな足跡が残っている。

歩く向きもその大きさもまばらで、アウギュリエスの見立て通り、パッと見でも一人や二人の足跡ではないことがわかった。


「全部裸足だな」


ニックが足跡を見ながら顎に手をやる。


「村の人は靴を履いていないの?」


オリーが小首を傾げながらグロムに問いかける。「そんな馬鹿な」と言いながらも、グロムも小首を傾げた。

少し泥濘んだその場所に残された足跡は、何度見返しても裸足のもので、指の跡までしっかりと残っていた。そのため余計に、それぞれの大きさが異なっていることがはっきりとわかるのだった。

おそらく村人のものでは無いと直感する。


「乾いてるってことは、数日は経ってる感じだな」


ニックの言葉にアウギュリエスが頷く。

廃鉱の入り口は窪んだ洞穴になっており、日が当たる場所ではなかった。そのことを考慮すれば、一日程度で乾くということはないだろう。


「グロム、この中は?」


アウギュリエスが要点だけ問いかける。

顎髭に手をやって一瞬考えた後に、グロムはすぐに答えた。


「入って少し行ったところに、荷物置き場にしていた広場があるが、事故の後そこから先は水没しておる」


足跡は全てが廃鉱に進んで伸びている。廃鉱から出てきた足跡が見つからないとなれば、この足跡の持ち主達は廃鉱に入っていき、未だ内部に潜んでいるだろう。

グロムの話からすれば、おそらく潜んでいる先は少し入った場所の広場。そこまでの距離は分からないが、それは目と鼻の先と言っても過言ではないかも知れない。


「村の子供達の足跡であればいいですが、それ以外だとすると厄介ですね。

 タウトラの賊など聞いたこともありませんが、仮に賊の類ならば辺りに斥候を配置していたことでしょう。まるで正体がわかりませんね……」


首を傾げ、少し考え込んでからアウギュリエスは話を続けた。


「ニックはグロムと先達を。

 オリビアとフレイアは……、私から離れずに後に続いてください」


内部に潜んでいる者が村の子供達である可能性もある。だとするならば、救出は最優先だ。

皆アウギュリエスの指示に首肯し、廃鉱への突入を決意した。


廃鉱の奥に潜む者が何者かもしれない今は、可能な限り侵入を気取られてはいけない。音を立てないように慎重に板戸を外し、足音にさえ気を使った。

仮にそこに敵がいるとするならば、こちらが先手を打つためにも慎重に慎重を重ねる必要があった。


ぽっかりと口を開いた廃鉱の入り口が、一瞬冥夜のような闇を纏って一行を出迎えた。

奥まで見通すことはできず、目を凝らしてようやく、等間隔に明かりが灯っているのが確認できた。その明かりは随分と心許ないもので、足元を照らすだけの弱々しいものであった。


足音を抑え、話す声も最小限に、一行は廃鉱の一本道を慎重に進み始めた。

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