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私と彼女の物語 -Travelers of the Far Green Road-  作者: ORSBN.shu
第二部・青陽
31/33

2-6

正午近く、日が真上に差し掛かった頃、村の中央にある広場に七つの人影があった。


「あぁ、ルミア様が倒されて……。精霊石も無くなっておる……」


グロムが倒れた石像を慎重に起こす。オリーとフレア、ニック達もそれを手助けする。

なんとか元の位置に戻した石像を愛おしそうに眺めた後、「どうしてこんな事に……」と呟きながら、壊された箇所を手に持ち哀しげな表情でそれに視線を落とした。


「バウル族は私達とは違って、女神ではなく精霊を信仰しています」


グロムを横目に、アウギュリエスがこっそりとオリーとフレアに伝える。

アウリスフレランスで見かけたバウル族も、確かに女神像へ跪くことも、礼拝に行くこともしていなかったように思う。

それが、精霊を信仰しているためだということは、初耳だった。


アウギュリエスの声はグロムにも届いていたのか、グロムがこちらを向いて鼻を鳴らした。


「精霊を見限って女神なんぞに尻尾を振る輩め」


その一言は皆に向けたものというより、アウギュリエスを通してネルヴ族に対して言い放った言葉のように聞こえた。


「ずっとずっと昔の、記憶する者もいない、記録にも残っていない時代の話です。

 ネルヴがバウルやタウトラ、ヘイムに精霊信仰を布教したにも関わらず、いつからか精霊ではなく女神を信仰するようになったと……」


その遺恨が今のネルヴとバウルの対立を形作っていると、少し困ったような表情を浮かべながらアウギュリエスが教えてくれた。

長い年月を掛けて染み込んだ、ある意味でバウルの文化のようなものなのだと理解した。

けれども、タウトラやヘイムが女神信仰であることには、バウルは遺恨は無いものなのかと不思議に思ったが、そのことについては語られなかった。


「『耳長』という侮蔑も、それが元でしょう」


アウギュリエスは笑みを浮かべながら付け加えた。

そのやり取りを背中越しに聞いていたグロムが、視線だけこちらへ向けて呟いた。


「アウギュリエスといったか、あんたは話の分かる耳長のようだ。

 あんたをそう呼ぶのはこれで最後にしよう」


そう告げて、誰も居ない家々に視線を向けた。

アウギュリエスはそれに軽く会釈で返し、特に言葉を発することもなかった。


「今のところ、謎が一つ増えただけで何も解決してないわね」


マーニが腕を組んで小さなため息を吐く。

その言葉の通り、この村に立ち込める暗雲は未だ少しも晴れてはいない。

異臭に漁獲量の減少、謎の体調不良と村人の失踪、そして精霊ルミア像の精霊石。

因果関係は確実にありそうな事から、大元が分かれば全てが自ずと白日の下に晒されるはずであった。


「グロム爺さんは、普段この村にいないのか?」


ニックが問いかける。

確かに、普段からこの村に住んでいるのであれば、異変が起きればその時点で気付くはずであった。しかしグロムの第一声は、『村の連中に何をした』である。


「わしは普段、東の外れにある鉱山で採掘をしておる。

 滅多に村まで降りて来ん。ここに来たのもぶりくらいになる」


職人の採掘士であれば、採掘のために鉱山に入り数日戻ってこないという話は全く聞かない話では無い。酒場などでもその手の自慢話はよく耳にする類であった。

たまたま、運良くと言うべきか、運悪くと言うべきか、偶然にも同じ日に村に来たという事になる。


「石像が倒されて精霊石が紛失したとなれば、盗まれたって事なんだろうが……」


続く言葉が出ないのか、ニックは額に手を当てて天を仰いだ。

ニックが言い淀んだ続きはおそらくこうだ。『盗まれたとして、いったい誰が精霊石を盗んだというのか』そしてそれは、村人や家畜まで奪っていく必要があったのか、という新たな謎を生み出す切っ掛けでもあった。


「ここでウダウダしてても何も変わらねぇ。もう少し範囲を広げよう」


ヤーシーがボソリと言う。

皆思考が行き詰まっているのだ。言う通り考えあぐねているだけでは何も変わらない。ヤーシーの提案に皆賛成だった。

各々が思い当たる節に動き出そうとした時、オリーが「はい」と言いながら手をあげた。


「思ったんだけど……」


フレアとアウギュリエスに一瞬視線を投げる。


「村の人達が身の危険を感じて隠れようとしたら、どこか向かう場所はあるかな?」


オリーの言う通り、村人が何処かに逃げ仰せた可能性は十分にあり得た。

皆一斉にグロムを見る。当然のこと、この村の事情を知っているのは彼だけなのだ。

注目を浴びて一瞬怯んだようにたじろぐグロムだったが、即座に髭を撫でながら熟考する仕草を見せた。


「爺さん、また肩透かしは勘弁だぜ」


ニックが冷やかすが、グロムは全く動じていなかった。


「黙っておれ小僧……」


そう告げてからもなお考えを巡らせている。


「そもそも、この村が賊なりに襲われる理由ってあるのかしら?」


石像を見上げ、腕を組みながらマーニが独り言つ。

言葉だけを聞けば失礼な話ではあるが、誰しもが思い当たる疑問ではあった。


「ここで獲れる魚はレイフォルスでも獲れる。

 わしが採掘で取る鉱石も、銅鉱や鉄鉱程度で希少なもんは無い。

 自慢じゃないが、言ってしまえば賊に襲われるような村じゃあない」


グロムは踏ん反り返るようにして鼻を鳴らす。

確かに自慢するような話ではなかったが、その言葉が示すのは、賊に襲われる理由を否定するものであった。


「物盗りじゃなければ、あと考えられるのは……誘拐か精霊信仰?絡みか」


ニックが言葉に出しながら整理する。

オリーとフレアは『誘拐』という言葉を聞いて胸中が騒ついた。つい先日のベルトン邸双子誘拐未遂事件を想起させたのだ。

幸い双子は無事に保護され、誘拐犯であるランク10冒険者達は現在アウリスフレランスに幽閉中のはずだ。

時間的な制約を考えれば、彼等ランク10冒険者達の仕業ではないだろう、何よりも奴らの狙いは幼い子供達だった。


「村に何人いるか知らないが、全員を誘拐するのは無理があるだろう」


ヤーシーが否定する。

仮に村人が30人程度だとしても、誰一人逃さずに誘拐する事は、統率の取れた賊であっても容易いことでは無い。


「正確には覚えちゃいないが、60はおったと思う」


グロムは空を仰ぎながら、村の住人達の顔を思い浮かべているようだった。


「それと……」


一同に向き直り言葉を続ける。


「この村はヘイムの村だ、精霊を信仰しているもんはおらん。

 村の年寄りも綺麗な石程度には知っていても、あれが精霊石だったとは思わんだろう」


裏を返せば、村の外に精霊石の情報が漏れ出ることはあり得ないという事になる。まして、滅多に他所から人が来ない村の精霊石のことなど、他に知れようがないのだった。

実際、誰一人としてそのことを知らなかったのだから……。

全ての手掛かりが潰えたように見えた。全方位が霧で視界を絶たれ、完全に八方塞がりのように感じて、皆一様に頭を抱えた。


「まぁ、精霊信仰に仇なすとすれば……」


グロムがちらりとアウギュリエスを見る。

しかし、その視線に気付いたアウギュリエスは首を振った。


「私が知る限りですが、ネルヴは精霊信仰を否定していません。

 むしろ、その教えを学ぼうとしています」


一瞬掴みかけたと思われた望みも、その全てをことごとく否定された。他に手掛かりになりそうな案も事象も思い当たらない。

万策尽きたと思われたところで、ニックが思い出したようにグロムに問い正す。


「で、隠れる場所に充てはあるのか?」


皆グロムに視線を戻す。グロムが忘れているか黙して語らぬ何かがあるのか、彼の口から語られる手掛かりに、最後の望みをかける想いだった。

答えの如何によっては完全に詰んでしまう。

黙ったままのグロムに多少ヤキモキしながら、皆彼の口が開かれるのを待った。


「村のもんしか知らん式典があるんだが……」


ようやくグロムから放り出された言葉に、一同思わず視線に力がこもった。


「年に一度、西の外れにある廃鉱で慰霊祭がある。

 広い場所ではないがその中に式典を開く場所があってな、もしかすれば……」


その場所に村人が居るとは語られなかったが、一縷の望みが示されたのは事実だった。

そこに村人が逃げ込んでいれば、ここで起きている異変の全てが解決されるだろう。一同を包み込んでいた沈んだ空気が、少しばかり晴れた気がした。


「動く先は決まったな」


ヤーシーがゆっくりと腰を上げると、それに釣られるように皆も腰を上げ、身体を解すように動き始めた。


「万が一、村の誰かが戻って来た時のために、誰か残っていたほうがいいんじゃない?」


マーニが思い付いたように口にする。

その一言は一理あった。全員で移動してしまっては、仮に誰かが戻ってきた場合に、互いの連絡が途絶えてしまう。

仮に廃鉱の調査が無駄足だったとしても、帰還した村人から情報を聞き出せばいいのだ。

一同は互いを見返した。


「そうなると問題は誰が残るか……だな」


ニックはぐるりと一人一人の顔を見回した後で、両手を広げ首を傾げて見せた。


「戻ってくるのが村の人間とはかぎらんな……」


ヤーシーの不穏な言葉に、緩んでいた空気が再び張り詰めた。

戻ってくるのが村人ならば何も問題はない。問題があるとすれば、一度は可能性から消えかけた賊か、あるいは獣の類だろう。


「俺が残る」


そう言って、ヤーシーが上げた腰を再び下ろした。

彼の実力の程は全くわからなかったが、格闘家であることを考えれば、それは最適解であると判断できた。

仮に村にやってくるのが賊か、はたまた獣の場合だったとしても、それらを返り討ちにすることは可能だろう。

逆に村の人が戻ってきた際にはどうだ。ヤーシーでは役者不足なのは目に見えた。彼の愛想の無さは『敵』と判断されても仕方がない。


「ヤーシーだけだと色々心許ないわね。私も残る」


マーニがそう言いながらヤーシーのそばに歩み寄る。

何とも心強い申し出だろうと誰しもが思った。

マーニであれば村人が戻ってきた際にも円滑に交渉できるだろうし、たとえ賊や獣に襲われたとしても、多少怪我を負ったところで立ち所に回復してもらえる。

しかも、外見の愛想の良さに隠された、強かさのようなものも感じる。

この二人ならば安心して任せることができると、口には出さなかったが、皆同じような事を考えていた。

おそらくマーニにしてみれば、ヤーシーの無愛想を懸念して、率先して『残る』と言い出したのだとは思うが……。


「それじゃあ俺らは廃鉱に行こうか」


ニックはグロムを促すと、「村は頼んだぞ」と言いたげに、サッと片手を上げてヤーシーとマーニに挨拶して歩き出した。

グロムも膝に手を付き立ち上がると、採掘道具の一式を背負いニックの後に続いた。

オリーとフレア、アウギュリエスも先を行く二人を追うように廃鉱を目指して歩き出した。

廃鉱に村人がいるのか、村に誰かが戻ってくるのか、先の分からない不安を抱えながら、オリーとフレアは一瞬振り返り、ヤーシーとマーニに小さく手を振って、束の間の別れを惜しんだ。

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