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私と彼女の物語 -Travelers of the Far Green Road-  作者: ORSBN.shu
第二部・青陽
30/42

2-5

「村の連中に何をしたぁっ!」


背丈の低い男が、筋骨隆々の腕の先に巨大なツルハシを振りかざし、焦茶色の長髪を振り乱しながら猪のように一直線に走り寄ってくる。

そして次の瞬間、巨大なツルハシが微塵の躊躇いもなくニックの首筋目掛けて振り下ろされた。

一撃はニックを捉えたように見えた……。


しかし、振り下ろされたツルハシはそこに無く、実際には金属がぶつかり合うような凄まじい音を立てた後、男もろとも後方に勢いよく弾け飛んでいた。

ツルハシを振り下ろした側も、振り下ろされた側も、一体何が起きたのかとしばらく呆然として互いを見つめ合った。


オリーは目を伏せ、フレアは口を開けたまま固まっている。マーニの悲鳴ともとれる叫び声が鳴り響く中、ヤーシーは素早く戦闘態勢を取った。

ただ一人、冷静な表情で事の成り行きを見守っていたアウギュリエスが、突進してきた男に淡々と魔法を掛けていた。

無言で男に手を向ける。

その掌から、青い光の波が発せられるように広がり、その波を追うように蔓が静かに地を這い男の足に絡みつく。蔓は幾重にも絡まりつき、次第に男の全身を拘束した。


もがく男を尻目に皆が一考する。何故この男は一人で弾け飛んだのか……。

冷静になるにつれ思考が明瞭になり、程なくして皆同じ回答にたどり着いた。なるほどあれがアウギュリエスが掛けた分厚い障壁魔法の効果なのだ……と。

そして、実際のところあれは防御魔法に見せ掛けた反攻撃魔法なのではないかと、感心しているところに、男の喚き声が耳に入ってきた。


「おのれ耳長、この蔓を解け!」


男は絡み付いた蔓を何とか振り解こうと身じろぎするが、それがかえって余計に自らを締め付けた。

その姿から視線を外さずにアウギュリエスが無言で歩み寄る。男はそれをジッと睨み返し、今にも噛みつきそうな顔でアウギュリエスの出方を伺う。

それを意に介さず、男に近付きながらアウギュリエスが口を開いた。


「ニック、少し気を抜き過ぎですね。

 標的にされた瞬間、何か感じたはずでは?」


不意の指導に戸惑いつつも、「いや、しかし……」と何か言い掛けて直ぐに「面目ない」と素直に反省を口にした。

自分が仲間を守る盾であることを改めて思い出したのだろう。

自分が倒れれば、後の攻撃を引き受ける者がいなくなる。ニックは剣の柄を力強く握り、深く首を垂れた。

「気を付けてください」と付け加えながらも、アウギュリエスは男に近寄る。

そして、男が手に届くか届かないかの距離まで進んだところで、ようやくもがく男に話しかけた。


「まずは落ち着いてください」


様子を探るようにしながらも、その声色は諭すように柔らかなものだった。


「あなたは、バウル族のグロムですね?」


名を問われて一瞬ピクリと眉尻を上げた男は、アウギュリエスを訝しげな顔で眺めた。

何故名を知っていると言いたげな表情に、アウギュリエスは、「神殿の司祭に聞きました」と事も無げに伝えた。


「私は冒険者協会のアウギュリエスです。連れは皆冒険者です」


ニック達がすかさず冒険者証を取り出して見せる。

オリーとフレアも慌てて自分の冒険者証を取り出し、グロムと呼ばれた男に見えるようにかざした。

こちらの素性を明かす。身分を明かしてどうこうなる話ではないかもしれないが、相手の出方を見るには定石と言えるだろう。

実際その行為は功を奏したようで、冒険者証を見てからグロムは幾分大人しくなったように見えた。


「確かにわしはグロムだが、冒険者協会?

 冒険者連中がこんな辺鄙な村に何の用向きだ」


依然睨みを効かせたままではあったが、どこか強張りが解れたようにも見えた。その表情だけで判断するのは早計だったが、敵対する意思は無いように感じられた。


「誤解を解きましょう。

 私達は先程この村に着いたばかりです。村の状況を見て分かるように、この有り様は私達が原因ではありません」


淡々と説明する。

グロムもその話に腑に落ちたようで、睨みを解いて村の家々に目を向けた。


「耳長は信用ならんが、言ってることに間違いはなさそうだな」


言いながら、肩を落とすように大きなため息を漏らした。


グロムと呼ばれた男。

バウル族は西方の端にある、ザーローン王国を本拠地とした種族である。タウトラ族と共に生き、山岳地帯と荒野に生きる、荒々しくも屈強な種族として知られている。

オリーもフレアも、バウル族自体はアウリスフレランスで何度も見かける事があった。それは冒険者であったり、行商人であったりもしたが、こうして直接対峙するという機会には恵まれていなかった。

成人しても背丈はタウトラ族と同じくヘイム族の子供位の大きさにして、それでいて体躯は恰幅が良く頑強そのものと言って良い。

顔立ちは自分達ヘイム族とそれほど変わらないように見えるが、聞くところによれば、バウル族は生まれながらにして顔の半分を覆うほどの髭を蓄えているという。それが本当かどうかはわからないが、グロムという男は、髪の色と同じ焦茶色の長い顎髭を三つ編みにして左右に流していた。

その髭のおかげか、全体の見かけに寄らず可愛らしくもあった。


「可愛いお髭のおじいちゃんです」


フレアが屈託の無い笑顔でバウル族の感想を漏らす。


「誰がおじいちゃんだ!わしはまだ200にもなっとらんわ」


二人のやりとりを見て、一行の緊張が少しだけ解けたような気がした。

互いを信用し切ったわけではないが、決して分かり合えない仲ではないと直感した。


「それで……」


グロムがアウギュリエスに視線を移して声をかける。その声には、つい先程まで感じられた怒気は含まれていなかった。

フレアの無邪気さに充てられて、気が抜けてしまったのかもしれない。


「この蔓を外す気はあるのか?」


言いながら上体を起こし、グロムはあぐらをかいた姿勢で座りなおした。

無理に解こうとすることで、蔓が締め付けられることに気が付いたらしい。機転が利く男のようだった。


「二、三答えていただければ、すぐにでも」


そう言って、アウギュリエスはグロムと同じ目線になるようにその場に座り込んだ。

グロムもそれを見て「答えられるもんならな」と返した。


「まず、私たちがこの村に来た経緯ですが、ルーミレル湖に異変が起きていると聞き、その調査のために来ました。

 突発的な調査のため、正式な冒険者協会の依頼ではありません」


グロムは黙ったままアウギュリエスの話を聞いた。冒険者協会や冒険者が普段何をしているかなど知ったことではないというふうではあったが、とりあえず話を続けるようにと頷いて促した。


「異変というのは、今あなたも感じているであろうこの臭いのことです。

 そして、おそらくはこの臭いの元が原因で、ルーミレル湖は不漁となっており、わずかに獲れた食材を食した人が、体調を崩しているようなのです」


そう言われて気になったのか、グロムはスンスンと鼻を鳴らして辺りの臭いを確認した。

オリーとフレアも、それにつられてつい真似をしてしまい、改めて異臭が鼻の奥に纏わり付くような感覚に襲われた。


「お前さんが言う通り、確かに臭いな」


グロムの顔が歪む。

皆『今更か』と思わずにはいられなかったが、口には出さずに互いの呆れ顔を見合わせた。


「わかる範囲で構いません。

 この異臭の原因や、この村に何が起きたのか。そして、村人達はどこに行ったのか。

 何か知っている事はありませんか?」


アウギュリエスの問いに、グロムが目を閉じて考え込む。

その様子から、グロムもまた、問われたことに対する回答を持ち得ていないのだと察することができた。

それでも、一行はグロムが口を開くのを待った。

しかし、なかなか返答しないグロムに痺れを切らしたのか、ヤーシーからボソリと呟く声が漏れた。


「あんたが何かしたとは思っちゃいねぇ」


グロムがヤーシーを睨む。『当然だ』と言わんばかりに鼻を鳴らすと、ようやくその重い口を開いた。


「悪いが、何もわからん。わしもさっき村に戻ったばかりだ」


熟考していた様子から、何か重要な情報が語られるのではないかと淡い期待を抱いてはいたが、結局何も得られず、見事に肩透かしを喰らった。

一同の顔に落胆の色が滲んだ。


「とにかく、村人が失踪したことは領主に伝えないといけないわね」


マーニが静かに独り言つ。

マーニの言う通り、領民が村一つ分居なくなったとなればただ事では済まないだろう。異変についてはユースガリア王国への報告も必要になってくる。

ならば、これらの事態についてもっと情報を集める必要がある。領主への報告はその後だ。


「……わかりました。

 嘘をついていないのは、あちらに置かれている道具から見ても間違いはないでしょう」


アウギュリエスが答える。

その視線の先には、無造作に放置された採掘の道具らしき物が見えた。

村に着いたグロムがその異変に気付き、村の中央に集まる人影を見て、荷物を置いて様子を伺う行動に出たのだ。

そして、何が切っ掛けだったかはわからないが、村の異変の張本人だと勘違いし、ニックに突撃したのだろう。

その結果、あわや勘違いによって人命が奪われる事態ではあったが。


期待した回答は得られなかったが、アウギュリエスは初めに約束したように、グロムに巻きついていた蔓をまるで幻想だったかのようにスゥッと消し去った。

その瞬間、ニックが盾を構え剣の柄に手を添えた。

襲われた張本人としては、未だグロムを信用し切ってはいないのだろう。

マーニがそれを止めに入ろうと手を伸ばし、ヤーシーもまた、二人の衝突を回避しようと間に入り込もうとしたその時、グロムが地に響くような低い声でニックに問いかけた。


「小僧、名を何と言う」


ゆっくりと立ち上がるグロムから視線を逸らさず、ニックは臨戦態勢を崩さない。


「……ニクラウス」


名だけを告げると、ニックはすり足で距離を取った。


「ニクラウス、勘違いとはいえ本気で命を取りに行った。……すまない」


そう言ってグロムは深々と頭を下げた。

その姿勢は相手に生殺与奪を委ねる、完全に無防備な姿勢だった。


沈黙が辺りを支配する。

皆それぞれにニックの出方を注視する。

何か起こそう物なら、飛び付いてでも止めるつもりでいるのがありありと分かった。張り詰めた空気の中、オリーとフレアは固唾を飲んで見守るしかなかった。


数刻時間が流れたかのような感覚に襲われた。実際は数秒も経っていないだろう。

グロムを睨み付けるように見つめるニックの目から、敵対する光が薄れたように見えた。


「いやまぁ、アウさんの言う通り、俺も気が抜けていたのは事実。

 冒険者として常に危険と隣り合わせなのは承知している。ましてやここは知らない場所」


話しながら剣の柄を離し、態勢を崩す。


「それに、いつもの俺なら爺さんを返り討ちにしていただろう。

 命のやり取りならお互い様さ。頭を上げてくれ」


そう言って、ニックは白い歯を見せて笑いながらグロムに右手を差し出した。

和解の握手ということだろう。グロムはその手をしっかりと握り返し、眼光を光らせながらフンと鼻を鳴らした。


「ぬかせ小僧。

 今仕留めなかったことを後悔することになるぞ。

 シュタールグリフ一族の名にかけて、今度は正々堂々勝負だ」


ニヤリと笑うグロムの言葉が、本気か冗談か真意は掴めなかった。しかしその一言で、凍り付くように張り詰めていた空気が、一気に溶解したような安堵感が皆を包み込んだ。


「おじいちゃん謝れて偉いです!」


フレアが満面の笑顔でグロムを見つめる。オリーもその隣でウンウンと首を縦に振る。

多少の不満はあるかもしれないが、ひとまず誤解が解けたことで次に進む準備ができたような気がした。


「誰がおじいちゃんだ!」


フレアに返すその顔には、笑みが含まれているようだった。

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