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私と彼女の物語 -Travelers of the Far Green Road-  作者: ORSBN.shu
第二部・青陽
28/46

2-3

食後に出された果実茶で一息つきながら、これまでの道程や特別授業の話をしていると、隣のテーブルで食事をしていた、冒険者らしい三人組から声を掛けられた。


「旅の人達、突然済まない。

 聞くつもりは無かったんだが、話が耳に入ってきてつい声をかけてしまった」


短い金髪を後ろで軽く括った青年が、申し訳なさそうな顔で、椅子に腰掛けたまま視線をこちらに向けている。

テーブルには他に、赤茶色の短髪の青年と、薄青色のボブカットの女性が同席していた。皆エールを飲んでいたようで、少し赤らんだ顔でこちらに笑みを向けている。

身に付けている衣服や装備品から、彼らが剣士、格闘家、修道士であることが推測できた。

剣や杖の持ち手、盾の擦れ具合を見るからに、高ランクとは言えないまでも、ある程度はランクの高い冒険者かもしれない。


「俺はニクラウス、ニックって呼んでくれて良い」


金髪の青年は言いながら白い歯を見せた。

果たして今後彼をニックと呼ぶ日が来るのか、疑問に思いながらも彼の続く言葉を待った。


「手前はヤーセンディル、奥の女神様はウマーニュだ」


名前を呼ばれて二人が軽く会釈する。悪い人達ではなさそうだと、オリーもフレアも少しばかりではあるが警戒心を解いた。

その変化を見て取ったのか、ニックが椅子をずらしてこちらのテーブルに寄ってきた。


「アウリスフレランスから来たと聞こえたんだが、それは本当か?」


ニックの質問に、二人は無意識にアウギュリエスの顔を覗き込んだ。

相変わらず笑みを湛えたアウギュリエスは、まるで『彼等は大丈夫』と言っているようで、二人の気持ちを落ち着かせた。


「ええ、アウリスフレランスから来ました」


アウギュリエスが答える。しかし、聞かれた事だけを答え、目的地が王都であると言わない所を見ると、完全に彼らを信用しているわけでは無さそうだった。


「そちらは、冒険者ですね?」


アウギュリエスから質問が返される。

エールを飲んでいた所為か、元々そういう性格なのかは判断しかねたが、ニックはニコリとして、軽快に身元を打ち明けた。


「俺達はユースガリア所属のランク4冒険者、アウリスフレランスに向かう途中なんだ」


ニコニコしながら振り返り、仲間達と顔を見合わせている。ヤーセンディルと紹介された男の表情は変わらなかったが、ウマーニュという女性は、オリーとフレアに向かって小さく手を振って見せた。

その三人の様子を見る限りでは、特段嘘をついているようには見えなかった。


「私のことはマーニって呼んで。

 こっちの厳つい顔の彼はヤーシーで良いわ」


言いながらウマーニュが会話に参加する。

彼女にどこか懐かしさを覚えたのは、その髪色と、エルメリアが着ていた修道服に似ていたからかもしれない。


「実は……」


マーニが言葉尻を濁し小声になる。


「アウリスフレランスで、冒険者が不祥事を起こしたって聞いたんですけど……」


そこで言葉を切って、こちらの返事を待つような仕草を見せる。

表情は笑顔のままだが、その目は笑っているように見えなかった。こちらを値踏みでもするかのような視線から、マーニという修道士は交渉術に長けているように思えた。


アルメアの冒険者、キエロス・クュンメネンと、その仲間のランク10冒険者達が引き起こした『ベルトン邸双子誘拐未遂事件』、アウリスフレランスから10日も離れた距離にある、ここレイフォルスでもすでに知られている。

目の前の冒険者達がいったいどこまでの情報を持っているのか、探りを入れて、場合によってははぐらかす必要があるかもしれない。

オリーとフレアの顔に、仄かに緊張の色が見えた。


「ええ、私達が立つ少し前に大騒ぎになっていましたよ」


すかさずアウギュリエスが話を繋いだ。元冒険者である彼ならば、場数を踏んだ受け答えができるだろう。下手に口を挟まずに、何より自分達がそれを阻止した当事者であることは決して知られないように、アウギュリエスに任せようとオリーとフレアは目配せする。


「アルメアの冒険者が、赤ん坊の誘拐を図って未遂に終わったらしいですね」


起きた事実だけを伝える。余計な情報を与えるつもりは無いようだった。

オリーもフレアも、その返答に合わせるようにコクコクと頷いてみせた。

その様子を見てニック達は顔を見合わせた。そして、自分達が得た情報に間違いがないと分かり、合点がいったような表情を見せた。


ニックがこちらに振り返り質問の意図を明かす。


「冒険者が集まる街で冒険者が不祥事を起こしたとなれば、住人からの当たりが強くなるんじゃないかと心配していてね」


頭をかきながら、少し照れを隠すように笑ってみせる。

無理もない。これから向かう街で、冒険者の肩身が狭いとなれば出鼻を挫かれるようなものだろう。

彼らの心配は分からなくもなかった。


「それなら心配いらないでしょう。

 アウリスフレランスは『冒険者の始まりの街』です。その程度で冒険者を見限ったりはしないでしょう」


アウギュリエスが、優しく諭すように返す。

事実、あの一件以降に、アウリスフレランスの住人から冒険者がきつく当たられたという報告はなかった。

むしろ『ランク10冒険者のことなど気にするな』と、励まされる方が多いと聞いていた。

それはアウリスフレランスを立つ前日までのことで、今現在どうかはわからない。しかし、ある意味で冒険者によって建てられた街である以上、彼等を排斥することなどあり得ない事でもあった。

問題なのは、アウリスフレランス以外の街や村での対応の方だ……。


ニックや、隣のテーブルで話を聞いていたヤーシーとマーニは、アウギュリエスの言葉に心底安心したように椅子にもたれかかっていた。

その様子から、ベルトン邸事件が冒険者達に大きな影を落としていると思い知らされた。

とはいえ、心配事が解決したのかニック達は多少こわばっていた表情を崩し、残りのエールを勢いよく飲み干して、給仕に新しいエールを注文していた。


そんなおり、今まで黙して何も語らなかったヤーシーが不意に口を開いた。


「なあ……、そろそろ腹の探り合いも面倒になってきた」


鋭い目線をアウギュリエスに向ける。場が一瞬凍ったような、空気が張り詰める感覚が辺りを覆った。

その目線を追うようにオリーもフレアも無言でアウギュリエスを見つめた。


「マーニのやり方は無礼で品が無くて、真意が伝わって無かったと思う……。

 あんた、かなりの手練れとみた。冒険者なんだろ?」


口調は荒々しいが、おそらくは同業と見て同じ立ち位置で話がしたいという、彼なりの表現の仕方なのだろう思った。

給仕が運んできたエールの一つをアウギュリエスに渡す。その所作はヤーシーの人柄と、礼の尽くし方を象徴していた。


はじめは面を食らったアウギュリエスだったが、広角を少し上げてから返答した。


「すでに現役ではなく、『元』ですがね」


その言葉にヤーシーがニヤリと笑う。

事態の進展を固唾を飲んで見守っていたニックとマーニは、アウギュリエスの返した言葉に安堵するように胸を撫で下ろした。

アウギュリエスを『元』とはいえ、冒険者であると見破ったヤーシーの洞察力に対して、オリーとフレアはまるで静止画のように動きが止まっていた。

ランク4の冒険者とはここまで人を見る目があるのか、ニックやヤーシー、マーニという冒険者の素質は侮れないものである。


「あぁ、『元』でも何でもどっちでもいい。

 ちょっとした『仕事』のような話なんだが、ルーミレル湖の異変に興味があってね……」


周りを置き去りにしたまま、アウギュリエスとヤーシーは話を続けた。


ヤーシーが言う。

このところのトラウトの不漁。拡大し始めている原因不明の体調不良。そして、レイフォルスの北にある村の異変。

冒険者の勘が何かあると告げていると、ヤーシーはアウギュリエスに説明した。


「……そういうわけで、俺達は明日朝早くに北の村に向かう。

 この街には冒険者協会が無い。つまりこれは、俺達の独断専行だ」


ヤーシーの発言を端的に現すならば、何かあった時の保険か、あるいは彼等との同行の申し出だろう。それ程までの危険があるのか計り知ることはできなかったが、豪胆に見える彼から滲み出る慎重さに、冒険者とはかくあるべきを教えられるようだった。


一通りの話を聞いて、アウギュリエスは静かに頷いた。それから少し辺りを見渡して、ヤーシーに問いかけた。


「冒険者は他にもいらっしゃるようですが」


その顔にはどこか悪戯めいた雰囲気が宿っていた。勿論、その言葉が本心で無いことはヤーシーにもすぐに伝わったようだった。


「失礼」


くすりと笑ってアウギュリエスが続ける。


「お話はしっかりとお聞きしました。

 ただ……、今の時点では『お気を付けて』としか言いようがありません」


そう言って、受け取ったエールのジョッキを軽く上げて無言の乾杯をした。


「ああ、これも何かの縁だ」


ヤーシーもジョッキを上げてそれに応えた。

それを見てニックが元のテーブルに戻る。「仏頂面で何格好つけてるんだよ」というニックの言葉は聞こえなかった事にした。

きっと彼等は自分達以外にも声をかけているだろう。それが冒険者というものだ。



すっかり冷めた果実茶のカップを手に、張り詰めた緊張感から解放されたオリーとフレアから吐息が零れる音がした。

冒険者同士の会話はこれまでにも幾度となく耳にしてきたし、自分達もまた、冒険者として様々な場面をくぐり抜けてきたと思う。しかし、ここまで張り詰めた空気の中で交わされる言葉に立ち会ったのは、おそらく初めてのことだった。


緊張のせいで乾いた口を冷めた果実茶で潤す。

どう切り出すべきか、オリーとフレアが視線で互いの意思を確認し合う。

冒険者として、この流れに乗らないわけにはいかない。アウギュリエスもきっと、口ではああ言っていたが、気にならないはずがないのだ。


「冒険ですね?」


フレアがその目を爛々と輝かせてアウギュリエスを見つめる。


「冒険でしょう」


間髪入れずにオリーが続く。その瞳にも期待が込められた光が見えた。

将来どうなるかはわからない。しかし、現時点で言えば二人は冒険者だった。その上、レイフォルスに着くまでの淡々とした日々……。二人がどれほど新しい刺激を求めていたのかがありありと伝わってくる。


二人の視線の強さに、アウギュリエスは普段はあまり見せることのない、困り果てたような表情を浮かべ、少しの間思案するように目を閉じた。


冒険者として経験を積むのは大事なことではある。

高ランクの冒険者ならば、自己責任だと言って放任することもできるだろう。

しかし、オリーやフレアのようにランクが低い冒険者は、冒険者協会が下調べをし、ランク毎に割り振った依頼を自身のランクに応じて受けるものだ。

それによって協会も冒険者も安心して依頼をこなすことができるし、万が一の場合には協会が依頼書を辿って救援に向かうこともできる。

今回の話はその前提が存在しない。

不漁や拡がる体調不良、村の異変といった事実があるだけで、他に情報と呼べるものは一切ない。冒険に臨むのならば情報収集は命に関わる。安易に『冒険だ』と口にすることはできない。低ランク冒険者という理由もあるが、愛弟子達をできる限り危険に晒したくないという、利己的な思いも存在する。

ニックやヤーシー、マーニに至っても決してランクが高いとは言えない。本来なら止めるべきところなのだろう。

まして現在の目的は、オリーとフレアを無事に王都へ送り届けることである……。


「一つ、約束をしてください」


アウギュリエスが重い口を開いた。

いつにない真剣な眼差しに、オリーもフレアも一瞬たじろぎそうになる。

張り詰めた空気の中、救いを求めるようにアウギュリエスの次の言葉を待った。


「絶対に私の指示に従うこと」


その一言で、自分達が向かおうとしている場所が、決して生半可な気持ちで訪れて良い場所ではないのだと気付いた。

無意識に二人の喉がゴクリと鳴る。

けれど、こんな機会はそうそう訪れることはないだろう。二人は意を決して返事をした。


「「はいっ!!」」


そんな二人の決意を見て、アウギュリエスはいつも通りの笑顔に戻り静かに頷いた。


「突発的な事態の時こそ、本来は現地へ向かう前にできるだけ情報を集めるものです……」


笑みを浮かべてはいるが、その口調は真剣そのものだった。


北の村へ向かう前に可能な限り情報を集めるが、それはアウギュリエスが単独で行う。

状況がまったく掴めていない以上、不測の事態に備えて明朝早くに出発する。

オリーとフレアはこの後すぐ宿に戻って休息をとる。


「……まずは、この三つの指示に従ってください」


単純で、迷いようが無い、至って明確な指示が出される。

だがそれは、アウギュリエスの決意そのものだと受け取ることができた。

その決意に応えるためにも、オリーとフレアは元気よく「はい」と返事をし、指示通りに早々に宿へと戻った。

可能であれば情報の集め方も見ておきたかったが、明日の朝は早い。休息は冒険者にとって大事なことだった。


二人を見送り、一人残ったアウギュリエスはエールを手に席をたった。チラリと隣のテーブルを見て、ゆっくりと近付く。

三人は明日の相談中でこちらに気付いていないようだった。


「ニック、少し話があります」


声を掛けられてニックが振り返る。アウギュリエスの顔を見て、すぐに何の用事かを察したようで、空いている椅子を引いて座るように促した。


「俺達は湖畔を徒歩で移動するつもりなんだが……」


アウギュリエスが席に着くより先に、ニックが前のめりになって話し始める。

話が早くて助かる。

用意された席に腰を掛け、アウギュリエスは北の村の異変について情報を集め始めた。

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