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私と彼女の物語 -Travelers of the Far Green Road-  作者: ORSBN.shu
第一部・朝暘
23/59

1−22

会長の重い口調に、皆緊張して顔が強張る。

今回の一件に対して、冒険者協会から厳しい叱責があるのではないかと身構える。

とかくバカランディア冒険団にしてみれば、無謀な行動を取った自覚がある。浅はかな行動を取ったと、自責の念に駆られているのは事実だった。


「ランク10冒険者達じゃが、彼奴等は今、別棟の地下牢に幽閉されておる。

 数日もすれば騎士団が到着して、王都まで移送するじゃろう。それまでに幾らかでも話を聞き出そうと思っておったのじゃが……」


険しい表情のまま会長は話を続ける。


「誰一人として、まともに話ができる者がおらなんだ。

 彼奴等がランク10冒険者達というのは、聞き間違いだったかのう」


そこまで言って、会長の表情が少しだけ和らいだ。


「今回の一件、お主らが動くには少々向こう見ずな行動じゃった。

 ……まぁその点は目を瞑るとしよう」


言いながら、会長は懐から何やら書状を取り出して、にこやかに冒険者達の顔を見渡した。


「今回の皆の働きに、六王国冒険者協会から特別褒賞が贈られることになった。

 本来ならば、他の冒険者の励みになるよう大々的に式典を開くところなんじゃが、バカランディアやアフォードの身体のこともあるからして、この場で授与することにした」


会長が書状を両手に持ち替え、一つ咳払いをした後で、仰々しく読み上げる。


「バカランディア冒険団のバカランディア、アフォード、エルメリア、アルノルド、並びに、冒険者オリビア、フレイア、以上の6名は、アディリア六王国冒険者協会に対し、著しい貢献があったことを認め、ここに特別褒賞を贈る。

 今後の活躍と、冒険者協会隆盛への、益々の貢献を期待するものである」


目線を冒険者達に戻すと、皺の深い顔をクシャリとさせて笑顔を向けた。


「元はと言えば、冒険者協会の不手際が原因ではあったが、ランク10を相手に、皆ようやってくれた」


ホッホッホと笑いながら、孫でも見るような目で皆を眺める。その目に映るのは、未だ事態を把握していない、押し黙って会長を見つめる冒険者達だったが、会長には、彼等を咎める様な表情はなかった。


「にしても、バカランディアの耳の早さは、冒険者として特筆すべき強みじゃのう」


会長が若かりし頃は、それなりに名の通った冒険者だったという噂があったが、今目の前にいる冒険者協会会長は、何処にでも居るような、白髪の老人であった。


「褒賞の品は後で受付で受け取るといい。

 貰って損するもんでは無い、これからの冒険に役立つものじゃ」


ニヤリと悪戯っぽい笑みを見せた後で、部屋の出口に向かう。そして、「また後で来る」と言って部屋を後にした。


突然の特別褒賞授与に、バカランディア冒険団は皆呆気に取られた顔をしていた。受け取る側の誰しもが、まったく予想してない出来事だった。


「……気が引けるな」


アフォードがポツリと呟いた。

アルノルドもエルメリアも同じ心境なのか、はたまた、事態を飲み込むのに時間が必要なのか、しばらくの間反応が無かった。

反面、オリーとフレアに至っては、勿怪の幸と言わんばかりに、顔が緩んでいるのが見てとれた。

フレアが不意にアンセルマに問い掛ける。


「これは前にアンセルマちゃんが言っていた、『例外として、【冒険者協会への著しい貢献】ていう、条件があやふやなもので点数が加算される場合がありますけど……、狙ってできるものでは無いので、説明は省略しますね』と言っていたやつですね?」


一言一句、そのまま真似するような問いに、アンセルマが面食らった表情でフレアを見つめ返す。

少し考え込んだ後で、慌てた様子で頭を掻きながら「そうね」と言って笑って誤魔化した。


「まあ確かに、説明は難しいかもしれませんね」


アウギュリエスが笑いながら援護する。

「そうですよね」と言いながら、アンセルマが胸を撫で下ろしている。

説明していなかったことをフレアに問い詰められるのではないかと、内心穏やかではなかったようだ。


「褒賞品が何かはわからないけど、【冒険者協会への著しい貢献】にはそれに応じてポイントが与えられるはずよ。

 もしかすると、ランクが上がるかもしれないわね」


アンセルマが咄嗟に話をすり替えた。

フレアの追求を免れるのに必死なようで、いささか滑稽だった。

とは言え、ポイントが与えられるとして、昨日の今日でまたランクが上がるかは半信半疑であった。

そんなやり取りの中、アンセルマが、「少し席を外す」と言って立ち上がった。


「旅の用意を進めてくるので、バカランディアさんのこと、よろしく頼むわね」


立ち去る前に、バカランディアの手を取って少しの間顔を覗き込む。豪傑なバカランディアが、今の状況を目にしたら赤面くらいはするものだろうか。

オリーとフレアは、そんな他愛もないことを想像した。


アンセルマが部屋を出たことで、しばしの沈黙が訪れた。

午前中の、まだ優しい陽の光が窓から差し込んで、少しだけ開けた窓の隙間から、時折柔らかい風が草木の匂いと一緒に入り込んでいた。

つい先日、激しい戦闘を潜り抜けてきたとは思えないほど、穏やかな時間に感じた。

そんな微睡んだ空気の中、少しだけ眠気に誘われそうになったところで、オリーが先程聞き漏らしていたことを思い出した。


「ところで……」


前置きをしてから、エルメリアとアルノルドの方を向く。

話しかけられたエルメリアとアルノルドは、問われる内容を察したのか、身を正してオリーに向き直った。


「エムちゃんとアルノルドはどうするの?」


どうするの?というのは、つまりは、二人は今後どうするのかを問うているのだ。

何かしら特別な事情があるのだろうとは思ったが、先程の蒼風商会との北方行きに同道出来ないという事情が気になっていた。


その問いにアルノルドが、「僕らは……」と言いながら、アウギュリエスに視線を向けた。

それに気が付いたアウギュリエスが、アルノルドからその回答を引き取った。


「エルメリアとアルノルドについては、私から話しましょう」


そう言うと、オリーとフレアにソファーに座るように促した。

二人がソファーに腰を下ろしたのを見届けると、アウギュリエスは静かに話し始めた。


「二人は、『優しい王様』という物語を知っていますか?」


尋ねられた内容に少し戸惑ったが、知っているかどうかで答えるのであれば、二人ともその物語は幼い頃に読んだことがあった。

二人はアウギュリエスに頷くことで返事をした。


「その物語の一編に、『小さな旅人』という話があります」


記憶を辿り、話の内容を思い出す。

それは古くからある児童書の一つで、遠い昔の、ある王国に住む王様の物語であった。

何者かに命を奪われた王様が、旅人の少女の歌によってその命を取り戻す。簡単に言えば、そういう内容だったと記憶している。

思い出した内容をアウギュリエスに話すと、アウギュリエスは頷いて言葉を続けた。


「王様の命を取り戻した歌。

 旅人の少女が歌ったその歌は、話の中で『命の音色』と呼ばれています」


朧げな記憶を辿る。

その歌は確か、少女が神獣に教わった歌だった気がする。


「エルメリアがアフォードに唱えた蘇生の言葉。

 それは、『命の音色』だったのではないかと思われます」


物語の話を現実に持ち出したアウギュリエスを、二人は訝しげな顔で見つめた。

二人が目の当たりにしたのは、塊炭から生まれ出たアフォードだった。物語の描写とは随分とかけ離れているようにも思えたが、それを蘇生というのならば、確かにあの時、エルメリアはアフォードを蘇生させたのだろう。

そうは思ったが、どこか腑に落ちない表情だったのだろう。アウギュリエスは二人の様子を見た後で、エルメリアに視線を移した。

それに気付いたエルメリアが、小さく頷くと口を開いた。


「私は孤児で、成人するまで教会でお世話になっていました。

 父親代わりだった神父様には、赤子の時に、揺籃に入れられて教会の入り口に置かれていたと聞いています」


そう言いながら、胸元からペンダントを取り出した。


「私にその頃の記憶はありません。私が成人した時に神父様から聞いた話です」


取り外しペンダントを、アルノルドに渡す。


「その揺籃の中に、そのペンダントと、一通の手紙が入っていたそうです」


アルノルドはそれを、そっとオリーに手渡した。

受け取ったペンダントは、親指ほどの小さな燻んだ金の板で、何か文字のようなものが刻まれていた。

古い言葉のようで、オリーには読むことができなかった。

フレアも首を傾げながら眉間に皺を寄せていたが、同様に読むことができないようだった。

そんな二人の様子を眺めていたアウギュリエスが、その文字の答えを口にした。


「それは、今は使われていない古い文字で、『クイルリンド』と読みます」


クイルリンド、聞き覚えのない言葉であった。

二人は一度顔を見合わせた後、アウギュリエスに視線を戻して次の言葉を待った。


「クイルリンドとは、今の言葉で『命の音色』を意味します」


二人は驚きのあまり、開いた口が塞がらないといった表情で、アウギュリエスとエルメリアの顔を交互に見た。

物語の蘇生の歌は『命の音色』という名である。それは、幾度となく読み返した物語に、しっかりと記されたものだった。

そして、エルメリアが持つペンダントに刻まれた、『クイルリンド』という文字が、命の音色という意味だとするならば、物語とエルメリアの間には、何かしらの因果があると思うのは、当然の帰結だった。

蘇生の歌『命の音色』は『クイルリンド』であり、『クイルリンド』はエルメリアのペンダントに刻まれた言葉。

古い物語とエルメリアが繋がったように思えた。

オリーもフレアも、声を発することすら出来ずにいた。


「ペンダントと共に入れられていた手紙ですが、そちらも古い文字で書かれていたため、私も読むことが困難でした。

 全てを解読したわけではありませんが、しかし、一節目に書かれた文字は、ペンダントに記された文字と同じ、『クイルリンド』で間違いありません」


言いながらエルメリアを見る。


「神父様も、その手紙を読むことはできませんでした。

 でも、何となくですが、私には読めるような気がするんです」


エルメリアは手紙に視線を落とし、それをそっと撫でた。


「生まれて間もない頃の遠い記憶の中に、神父様の声ではない、誰か、女性の声で聞かされた、子守唄のような歌の記憶があるんです。

 その歌を口遊みながら、手紙の文字を追うことができます。

 そしてあの時、無我夢中で咄嗟にアフォードさんに唱えたのは、その時の記憶の歌です」


その様子を眺めながら、アウギュリエスが話を続ける。


「あくまでも憶測ですが、手紙に書かれているのは『命の音色』の歌そのものでしょう。

 それを誰かがエルメリアに託し、蘇生の歌を継ぐ者としたのではないでしょうか」


アウギュリエスの言葉に、オリーもフレアも何を言って良いものかと混乱してしまい、言葉を失ったままだった。

無理も無い。聞かされた話の全てが、突拍子も無い話だったのだから。


「と、ここまでは前置きです」


アウギュリエスが一呼吸置いて、一旦話を区切る。

今まで語られた内容は前置きであり、さらに続きがあるということに、思考が追いつくものだろうかと不安になる。

これ以上衝撃的な話だとしたら、二人とも卒倒してしまうかもしれない。

しかし、肝心のエルメリアとアルノルドのこれからについては、まだ何も聞かされてはいなかった。

二人は少し前のめりになりながら、アウギュリエスを急かした。


「二人が目の当たりにした蘇生という術は、二人だけに限らず、今まで誰も見たことがないとされる奇跡です。

 私も実際に目にしたことはありません」


オリーとフレアがゴクリと喉を鳴らす。

誰も見たことのない奇跡、それを垣間見たという事実に煽られた好奇心を、必死に押さえ込もうとした。


「誰かにとって有益なものは、往々にして別の誰かにも有益なものです。

 まして、蘇生術という人の生にとってこの上なく有益な事象であれば、尚更誰しもが手に入れたいと願うでしょう」


人を生き返らせることができる術があるのならば、誰であっても欲しいと思うはずだ。

それが個人の願いというならば、まだ可愛い物かもしれないが……。


「エルメリアが行った蘇生術は、あの場にいた全員が目にしたはずです。

 ランク10冒険者の存命な三人、オリビアとフレイア、そしてアルノルド。

 既に冒険者協会も、蘇生術の存在について把握しています。ゆえに、いずれこのことは世界中に広まって行くと考えます」


世界中に広まるという言葉に、薄っすらと感じていた不安が、輪郭を持って確かな恐怖として頭の中に思い描かれた。

鼓動が早鐘を打つのがわかった。


「エルメリアの意思に関係無く、世界は彼女を手に入れることに奔走するかもしれません」


アウギュリエスがぼんやりと濁した言葉が、決して優しい世界では無いと容易にわかった。

希望が絶たれたとしか思えない未来を、エルメリアは突き付けられているのだ。

今まで通り冒険者として生活していくことは、至極難しいことだろう。

そして、それがために、エルメリアはバカランディアと共に北方へ向かうことができないのだろう。

オリーとフレアは、エルメリアの顔を複雑な面持ちで覗き込んだ後、アウギュリエスの次の言葉に救いを求めた。


「エルメリアを、私の旧友の庇護下に置きます。そして、アルノルドにはエルメリアの護衛に就いてもらいます」


アウギュリエスはエルメリアとアルノルドに視線を移し、意思の確認でもするかのような仕草で頷いた。

アウギュリエスのそれに、二人は迷いなく首肯した。

彼等が自身の理想や願望を叶えることは確実に遠のくだろう。しかし、それでも二人の意思は固まっているらしい。

オリーとフレアはそれを見て、少しばかりだが不安が解消された様な気がした。


「このことは、私の友人とアウリスフレランス冒険者協会長、それと、今ここに居る者しか知りません。

 表向きは特命と言う形で、冒険者協会から依頼が出されたことになります」


大筋の話は出来上がっているようだった。

バカランディア冒険団の三人は、一度団長の顔を見た後で互いの顔を見合わせ、これから先の、全く見当のつかない未来に、まるで互いの健闘を祈るように頷き合った。


「彼等については以上です」


過酷とも取れる内容の話を聞き終えた疲労感からか、オリーとフレアからため息が漏れた。

そんな重い空気をどうにかしようとしたのか、アフォードが天井を眺めながら呟いた。


「まあ、これが今生の別れとは思ってはいない。健在ならばいずれまた会えるだろう」


エルメリアもアルノルドも、その言葉に励まされたように表情を引き締めた。

願わくは、バカランディア冒険団の四人に平穏な日常を。

そう思わずにはいられない、オリーとフレアだった。


「それで……」


心の平穏が訪れる間も無く、アウギュリエスが手を組み、前屈みになりながらオリーとフレアに視線を移す。


「オリビアとフレイア、二人は近々王都に向かうと思いますが……」


優しい声色の中に、幾ばくかの緊張感を湛えた声で二人に語りかける。


「今の話でわかるように、今回の一件に関わりのある二人にとっても、状況はあまり芳しいものではありません」


話題の矛先が自分達に向いたことで、オリーとフレアは緊張を強いられたように姿勢を正して、アウギュリエスの続く言葉を待った。


「ですので、二人の王都行きに、私も同行しようと考えているのですが、お二人の意見を伺えますか?」


まるで予期していなかった申し出に、オリーもフレアも間の抜けた顔でアウギュリエスを見返した。

アウギュリエスが言うように、エルメリアに関わりのある者には、今後何が起きるかまるで予想できない。

王都に辿り着く前に、何者かに襲われる危険が無いとは言えなかった。

考えるまでも無く、その申し出は願ったり叶ったりなことで、二人には断る理由など何一つ思い浮かばなかった。


少なく見積もっても、20日は掛かる旅程である。

乗合馬車を乗り継いで行くとしても、成人したばかりの女性が二人だけで移動するのは、何かと危険が着いて回るだろう。

魔法に長けた二人ではあったが、アウギュリエスが同行してくれるのならば、竜が翼を得たようなものであった。

二人はしばしウンウンと頭を縦に動かした後、同時に返事をした。


「「是非お願いします!です!」」


その答えを聞いて、アウギュリエスの顔に笑みが浮かんだ。


「良かった。実はもう馬車の用意も済んでいます」


アウギュリエスの答えに、応接室がようやく重い空気から解放されたように感じた。

この日初めて、心の底から笑顔になれた、そんな瞬間だった。

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