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私と彼女の物語 -Travelers of the Far Green Road-  作者: ORSBN.shu
第一部・朝暘
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1−1

窓掛けの隙間から陽の光がのぞく。

二階の角部屋の窓辺から、鳥達の鳴き声が聞こえた。朝が容赦なくやって来た。

少女にはまだ寝続ける余力があったが、それを許してくれそうにない、幼馴染の声が聞こえてきた。


「オリー!早く支度しないと遅刻ですよ!」


部屋の扉が勢いよく開いた。

幼馴染の少女はその勢いのまま部屋に入り込み、一直線に窓際に進むと、陽光を閉ざしていた窓掛けを大きく開いた。


朝の光が少女の部屋を照らし出す。

光を写して舞う光芒が揺れる。

書棚に収まりきれず、乱雑に積み上げられた本に囲まれたベッド。魔力が無くなり光を失った、チェストの上の魔光灯。昨夜読んでいた、読みかけのページで伏せてある本。

若葉色の髪の少女オリーは、声の主に背を向ける様に寝返りを打った。


「また夜中に本を読んでいたのですか?

 お日様の下で読まないと目が悪くなるんですよ?」


両手を腰に当て、少し前屈みになりながら母親の様な説教をする。

起こしに来たのか、夜間の読書を注意しに来たのか、目的を見失った深緑色のボブヘアの少女は、腰に付けたポーチから懐中時計を取り出した。

時刻を確認した後で、慌てた様子でオリーが包まっている寝巻きを剥いだ。

勢い付いたオリーは、そのままベッドから転がり落ちる格好となった。

少女がクスクスと笑っている。

落ちた勢いで本に頭をぶつけたのか、オリーは頭をさすりながらようやく身体を起こした。


「フレア、今から豪華な夕食の時間だったのに……。

 大皿に盛られたアルメアシュリンプが魔法書に化けたわ」


不貞腐顔で幼馴染を一瞥する。

夢と現実の間を行き来する頭で、フレアの服装と手荷物を認識する。

白のミニ丈ワンピースチュニック。その上に羽織った、チュニックより長い膝上までの緑色のケープコート。それを、天風の女神アウルの紋章が浮かび上がる、翠色の宝石を嵌めこんだブローチで胸元を留めている。

使い込まれた肩下げバッグの隙間からは、魔法学校の革装本が顔を覗かせていた。


……制服だ。


おおよそ10歳を迎える子供達は、その身分を問わず、騎士や戦士を目指す養成学校や、魔術士や魔導師、研究者を目指す魔法学校、職人を目指す訓練学校など、街に設立されているいずれかの学校に進む。

読み書き計算などの基本教育と専門技術を五年の間学び、その後、騎士見習いや魔術士見習いなどの上のクラスに進むか、または、傭兵団や各協会に所属して、より専門的な技術を身に付けることができる。

この街には戦士養成学校と、鍛治・皮革・裁縫・錬金・調理の訓練校、そしてアウリス魔法学校があり、二人は今日アウリス魔法学校を卒業する。


はたと立ち上がり、オリーは疾風の如き速さで身支度を開始した。

一通り済ました後で、鏡を見ながら指差し呼称で身形を確認する。

それを後ろから見ていたフレアも、オリーに合わせて一緒に指を差して確認する。


「制服オーケー、バッグオーケー、魔法書オーケー!」


そう言ってから、フレアにも確認してもらうために彼女の方に向き直る。

どうだ!と言わんばかりに自信ありげな表情で見つめるが、フレアは笑顔で首を横に振ってから近付いた。

オリーの肩に手を置き、くるりと反転させると鏡台の前まで歩かせる。

椅子に座らせ、櫛を手にとって若葉色のボサボサの髪をとかすと、手慣れた様子で二つに束ねた髪の毛先を編み込んでいく。

それから、ビューローに置かれたブローチを取り上げて、オリーに手渡した。


「これが無いと次に進めないです」


手渡されたブローチでケープを留めて、もう一度鏡の中の自分を見る。

入学時に渡されたブローチは、学内への入場許可証の役割を担っている。

関係者以外の侵入を防ぐために張り巡らされた結界は、このブローチに施された魔法によってのみ通ることを許される。

ブローチと所有者が学校長の魔法により結び付けられるため、盗難にあっても他者は中に入ることができないらしい。

そして、その魔法をブローチから解放し、アウリス魔法学校の卒業証明証に役割を転化するのが、今日の卒業認定式の目的である。


目を閉じて軽く指でブローチに触れる。今までの学校生活に一瞬思いを馳せた後で、勢い良く立ち上がりフレアの手を取った。


「行こう、フレア!」


部屋を出て、鏡のように磨き上げられた三部屋分の板張り廊下を足早に走り抜ける。

突き当たりに飾られた花瓶を倒さない様に、ひらりと身を翻し、折り返して階段を一段飛ばしで駆け降りた。


「朝食を食べていきなさい」


居室からオリーの母親の呆れたような声が聞こえてきた。両親は食事の真っ只中だ。

黒パンの焼ける香ばしい匂いと、紅茶の香りに後ろ髪をひかれたが、残念ながらゆっくり朝食をとっている時間はなかった。


「ごめんなさい母様、食べてる時間ない!父様、道中気を付けて行ってらっしゃいませ!

 あとルディに頑張れって伝えておいて!」

「おじさま、おばさま、行ってまいります!ルディちゃんにもよろしくです!」


足早に出がけの挨拶を済ませる。

勢い良く迫ってくる二人に、慌てて玄関扉を開ける使用人に笑顔で手を振って、そのままの勢いで玄関を飛び出した。



朝の陽に照らされた街の景色が、目が眩むほどに輝いて見えて一瞬立ち止まった。

街を一望できる高台から、十字の渓谷都市の街並みを眺める。

朝食の時間ということもあって、街道はまだ人がまばらだったが、陽が登るにつれ、街はこれから次第に騒がしくなっていく。

谷の上層、陽層と呼ばれる区から学校までは、一度学校とは反対側に回り、坂道を下って影層と呼ばれる下層まで降りる必要がある。歩けば一時間ほどの距離だ。

歩いていては到底間に合わないが、走れば何とか間に合うだろう。そう判断したフレアは、学校へ続く道へ進もうと足を前に出した。


「準備は良い?」


オリーの声に、前に出した足のせいでバランスを崩した。

振り返って首を傾げながら、オリーの顔を覗き込む。

肩幅程度に開いた両足で地面を踏み締め、取り出した魔法書を、目を閉じてパラパラパラッとめくりはじめる。

魔法書から淡い緑色の光が溢れ出す。

やがて、煌々と輝き出したところで右手を宙にかざした。


「フロート!」


次の瞬間、光は二人を包み、体に吸い込まれるようにチカチカと瞬きながら消えていった。


「先生が言ってたでしょ?魔法は想像力!」


そう言ってにこりと微笑んだかと思うと、両手を地につき、両足を前後に開いて屈む姿勢をとる。

遥か前方に小さく見えるアウリス魔法学校を見据えている。

俊足の魔法だと思い込んだフレアだったが、オリーの視線の先を見て、慌ててオリーと同じ姿勢をとった。


体が軽くなったような気がした。いや、実際本当に軽くなっているのだ。

まるで風に吹かれたら飛んでいってしまう羽毛のように。


「着いてきて!」


言うが早いか、タッ!と軽い足音が聞こえると、オリーは高台を飛び降り、一段下の建物の屋根の上に降り立っていた。


「えぇぇぇぇ」


でたらめな光景を見て、フレアは驚きの混じった不満げな声を漏らした。

想像力の一言で片付けられる代物ではない。オリーの底知れぬ魔力があればこそだろう。

半ば呆れながらもどこか誇らしげに彼女を見つめると、同じように地面を蹴って、先を行くオリーに追い付かんばかりに高台を飛び降りた。



街の中央にある大きな泉は、四方に伸びる十字街道を流れる水路が繋がる、街の重要な水源であり象徴でもある。

陽層から歩いて降りてくるだけでも、普段であれば30分以上はかかる道のりであったが、高台を飛び降りた二人は、数分もかからずにその場所に到着していた。

大きく時間を短縮できたことは喜ばしいことではあったが、影層に着いたと同時にオリーの魔法が解けたものだから、ややもすると、道中で壁なり屋根なりに激突していたのではないかと、今更ながらに足がすくんだ。

そんなフレアの心配をよそに、笑みを浮かべて自慢げに歩き出すオリーは、つい数十分前に目覚めたばかりとは思えないほどに元気だった。


「ここからは歩くけど十分間に合うね」


学校までまだ距離はあったが、オリーの言う通り、道のりの半分を短縮した今であれば、多少寄り道をしても歩いて間に合うだろう。

よこしまな考えを浮かべつつ、オリーに並んでフレアも歩き出した。


街は一日の始まりの準備を始めていた。

立ち並ぶ店々では、その店の主人がそれぞれ開店の支度をしている。そんな朝の風景を眺めながら、のんびりと学校までの道のりを歩く。

丁度街一番の鍛冶屋の目の前に差し掛かった所で、店の主人が欠伸をしながら軒先きに出てくるのが見えた。

二人が元気よく朝の挨拶をする。

急な挨拶に驚きながらも、二人の姿を確認すると、鍛冶屋の主人は大きな声で挨拶を返してくれた。


「おはようお嬢さんがた、晴れて卒業だな、おめでとう」


腰に手を当て、筋肉質な体を揺らしながら豪快に笑う。

フレアが主人の真似をして、腰に手を当てながら同じように笑う。

しばらく二人で笑い合っていると、主人はふと何かを思い出したのか、「そうだ」と言って店の中に入っていった。

それから数分もせずに戻ってくると、折りたたんだ紙を手渡してきた。


「これを二人の先生に渡してくれるか」


その申し出を快く了承し、オリーはその紙を受け取ってポーチに仕舞い込んだ。

主人はそれを見届けると、「いってらっしゃい!」と言って二人を送り出して、開店準備に戻っていった。

そんなやり取りをしながら、二人は卒業式へと向かった。

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