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私と彼女の物語 -Travelers of the Far Green Road-  作者: ORSBN.shu
第一部・朝暘
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14/104

1−13

オリーとフレアを送り出し、双子を寝かしつけたルルトは、パルルと共に就寝前の一時を過ごしていた。

狼が現れるのは深夜から朝方になるだろう。二人が戻ってくるのは、きっと明日の朝になると思われた。

二人からも、「戻るのはいつになるかわからない」と言われていたため、母娘は早めに就寝して、早朝に帰ってくるであろう二人に、朝食を用意しようと話し合っていた。


程なくして、ルルトはえも言われぬ違和感を感じた。

気を抜けばすぐさま眠りに落ちてしまいそうな、強い睡魔が襲ってきたのだ。

眠くなるにはいつもより随分と早い。普段の就寝時刻にはまだまだ及ばない時間だった。

何よりこの睡魔は、あまりに唐突だった。

アウリスフレランスへの荷の運搬は毎日のことであったし、冒険者協会への依頼も、その程度で疲れが溜まるとは思えない。

二人の冒険者を家に招いたから?沢山の夕食を用意したから?

疲れの原因を考えてみるが、どれもこの眠気に繋がるとは思えなかった。

そんな、唐突な睡魔と闘うルルトの目の前で、パルルが大きな欠伸をした。


「あの子達に眠りの魔法でも掛けられたかね?」


パルルがそう言って笑っている。

睡魔はルルトだけが感じていたものではなかったらしい。

二人が同時に強い眠気を感じている事実からすると、パルルが言った魔法というのも、あながち虚言では無さそうだと考えた。

しかし、あの二人が自分達に魔法を掛けていく理由に心当たりが無かった……。それも、わざわざ時間を置いて発動する魔法など……。

強烈な睡魔に抗いながらの思考は、全くもってまとまることも無く、ふと視線をパルルに向けると、すでにテーブルに突っ伏して眠ってしまっていた。


「うーん、これは無理……」


ついにルルトも睡魔に抗いきれず、テーブルに倒れ込む様に眠りに落ちた。


・・・


カチャ……。


ベルトン亭の玄関が開く音がした。

足音のしない人影が玄関ホールを抜け、ルルトとパルルが眠る部屋に入ってくる。

突っかえそうな頭をかばうような姿勢の侵入者は、二人の様子を伺い、完全に眠りに落ちていることを確認した後で、他に人影がないかとぐるりと周囲を見回した。

部屋にいるのがルルトとパルルだけなのを確認すると、侵入者は部屋に灯された魔光灯の明かりを素早く消すと、後方で待機していた仲間に声を掛けた。


「どんだけ時間掛けるんだよ。

 お前ほんとに魔術士か?使えねえな」


悪態を吐きながら、先程までの慎重さを欠片も感じさせない大胆な態度で、づかづかとテーブルの傍まで近付いていく。


「……すみません」


少し不貞腐れたような声で、後から入ってきた仲間が謝罪する。

その謝罪に短く舌打ちで返す。

さらにその後から、身を屈めてドスドスと音を響かせて大男が入ってきた。


「まあまあキエロス君、彼女もここに着くまで何度も魔法を使って疲れているんだ。

 寝たんだから良いじゃない。

 ね、君も謝らなくて良いんだよ」


そう言いながら、大男は下卑た笑みを浮かべて術者の頭を撫でる。

ビクッと身体を強張らせた術者は、凍りついたような笑みを浮かべながら、大男のされるがままに頭を撫でられた。


「おいジジイ、仕事中に名前を呼ぶなっつってんだろ。」


ジジイと呼ばれた大男は、「すまんすまん」と言いながらも、全く悪びれる様子はない。

先頭を歩くキエロスと呼ばれた男が、寝室のドアを開けながらブツブツと独り言つ。

寝室には、小さな寝息を立てて眠る二人の赤ん坊の姿があった。

キエロスは、無遠慮に小さなベッドで眠る赤ん坊達に近付き、値踏みするような視線を向けて、「ガキども、せいぜい高い値を付けて貰えよ」と呟いてニヤリと笑った。


「さっさとずらかるぞ。

 ジジイは赤ん坊を運べ、お前はもう一度睡眠魔法だ」


言われるが早いか、大男は手慣れた様子で赤ん坊二人を大判の布で包み、両脇に抱えて玄関口に向かった。

魔術士がルルト達に向けて再度睡眠魔法を掛け、足早に玄関口に向かう。

全員が玄関口に集まったのを確認すると、キエロスが玄関の扉を小さく三度ノックした。

そのノックに応じて、外から同じように三度ノックが返ってくる。

手際の良さが際立つ。

「行くぞ」と言って、キエロスが玄関扉を開け屋敷の外に出た。

続く魔術士と大男、全員が屋敷を出たところで、キエロスが足を止め大きな溜息を吐いた。


「お前よぉ、その目は節穴か?」


キエロスが、呆れたような口調で見張り役の仲間を罵る。

視線の先に、数人の人影らしきものがぼんやりと蜃気楼のように見えた。

不意に、「ライトッ!」という声が響き、頭上に白い光球が現れた。辺りが薄っすらと照らし出される。


「剣士の姉さんは、俺達に全く気が付かなかったようだな」


黒色の長髪に、素肌に鋼の鎧を着込んだがっしりとした体躯の、いかにも戦士といった風貌の男が声を上げた。

隣には、同じく黒色の長髪に、薄茶色のローブを羽織った痩身の、いかにも魔術士といった風貌の男が、杖を片手にキエロス達を牽制している。

後方には、新調したばかりの革鎧を身に付けた剣士が、同じくらいの背丈の修道士を守るように、盾を構えて防御態勢を取っていた。


「少しばかり悪い噂を耳にしたんで、この辺を見回っていたんだ。

 火の無い所に煙ってのは立たないもんだな」


戦士が立て続けに声を上げる。


「今なら、王都の騎士団にお前らの身柄を引き渡すだけで済ませてやってもいい。

 怪我する前にその赤ん坊を屋敷に戻しな。

 ……大人しく言うことを聞いたほうが身のためだぜ」


言い終えると、戦士は背負っていたジャイアントハンマーを振りかぶり、両手に持ち直してから戦闘体制を取った。

隣の魔術士も、それに合わせるように杖を前に突き出し、戦闘態勢を取る。

その二人の姿を見て、後方の剣士が小声で問い掛ける。


「団長……、戦闘は避けるんじゃ無かったんですか……」


しかし、団長と呼ばれた男の耳には、その声は届いていないようだった。

四人を目の前に、キエロスは鼻で笑うような仕草を見せると、まるで挑発するかのように団長の前まで近付いてきた。


「お前らが誰か知らねえけどさ、俺らがランク10だって知っててやってる?

 勇ましいのは結構なんだが、その感じ、……死ぬよ?」


人差し指を立て、鼻先で左右に小さく揺らす。

薄ら笑いを浮かべ、見下すような視線で団長達を見た後で、後方に大きく跳躍し仲間の元に戻った。


「出しゃばると痛い目見るんだよなあ」


キエロスの高笑いが聞こえる。

見張りをしていた女剣士が、キエロスの前に立つ。大盾を構え、剣を抜いて団長達を見据える。その後方では大男が防御魔法を展開していた。


「物理結界!それからぁ、魔法結界!」


野太い声が周囲に響く。


「ランクの数字なんてのは、強さとは何の関係もない。

 俺に言わせれば、高ランクってのはどれだけ国に飼い慣らされているかの指標さ」


戦士がニヤリと口角を上げながら答える。

そして、すぐさま後方の剣士と修道士に指示を出す。


「エルメリア!こっちも防御魔法だ!

 アルノルドはエルメリアを守れ!」


しかし、アルノルドからもエルメリアからも返事はなかった。


「……遅いですよ」


女魔術士が呟く。その言葉にチラリと後ろを確認する。

アルノルドとエルメリアは、その場に崩れるように倒れ込んでいた。

女魔術士の杖に、魔法を使用した残光が尾を引いて見えた。魔法を使用したことに、全く気が付けなかった。


「アフォード、二人を起こせるか?」


団長が魔術士に囁く。先手を打たれ、全てが後手に回り出した。


「やってみる。

 多少痛い思いをすると思うが……魔法をぶつければ起きるだろう」


言いながら、アフォードは即座に攻撃魔法を用意する。初歩の攻撃魔法ならば少しは痛手を食らうだろうが、その痛みで目を覚ますだろう。

キエロス達から死角になるように、団長の後ろで魔力を込める……。


ダッ!


何かが、アフォード目掛けて突進してくるのが見えた。

次の瞬間、アフォードの左半身に、勢いよく壁にぶつかる様な強い衝撃が走った。

視界がチカチカと瞬き、一瞬頭が真っ白になる。何が起きたのか思考が追いつかないでいると、つい先程まで自分が立っていた場所で、女剣士が大盾を構え直す姿が見えた。

『突き飛ばされた……?』起こった事実を整理しようとするが、未だ思考がおぼつかない。何よりも、衝撃のあった左半身が徐々に熱を帯び始め、次第に耐え難い痛みが襲って来た。

居ても立ってもいられず、アフォードが呻き声を上げる。


「へぇ、そいつのシールドストライクくらって意識あるとか根性あんじゃん。

 お前、手加減してねえよな?」


女剣士が、驚きが混じったような表情でアフォードを見下ろす。

手加減などしていないと言いたげに、キエロスの問い掛けに静かに頷いて答えた。


「でもまあ、その様子じゃもう何の役にも立たねえな」


キエロスが嘲笑する。確かに、アフォードにはもう何かを為すことは出来そうになかった。

おそらく、左半身の骨という骨が砕けているだろう。


一連の出来事はあまりにも早過ぎた。

自身の真横で起きたにも関わらず、何も出来ずにいた団長がようやく我に帰る。


「アフォード!!」


名前を呼ぶことしかできない。

たかが一撃、しかし、圧倒的な実力の差を見せつけるには十分な一撃だった。

下位ランクの魔術士とは言え、アフォードは場数を踏んだ冒険者だ。アルノルドやエルメリアのように、駆け出しの冒険者とは比べ物にならないほどの物理耐性があるはずだ。

それが、たったあの一撃で、半死半生の状態に追い込まれた。

同じ攻撃をアルノルドやエルメリアが受ければ、そのまま絶命していてもおかしくはない。

……正直、ここまでの格差があるとは思いもしなかった。


ランク10冒険者達四人を前に、ただ一人単身となった。状況は進退窮まっている。

この農園まで来て何をしたかと問われれば、ランク10冒険者を前に軽口を叩いただけ。

これ以上の犠牲を出すわけにはいかない。

特にもまだ若い二人には、生き延びてもらわなければ夢見が悪い。

命乞いもやむなし……。

心に決め口を開きかけたところで、キエロスがそれを見透かすように話しだした。


「戦士くんさぁ、今更命乞いしようとか考えてねぇよな?」


思わずアルノルドとエルメリアに視線を送る。

キエロスは団長のその仕草を見て、フンッと鼻を鳴らして話を続けた。


「さっきの煽り文句だけどな、お前の言ったことは半分正解で、半分不正解だ」


妙なことを口走ると思い、振り返ってキエロスを睨みつけた。


「ランクが国に飼いならされた指標ってのは、国から見た冒険者のことだ。

 冒険者からしたらどうだ?考えたことがあるか?

 冒険者としてのランクが上がるとな、俺等は貴族と肩を並べることができる。その意味がわかるか?」


ニヤニヤとしながらキエロスが話し続ける。


「高いランクの依頼ってのは、それだけ実力が認められるってことだ。

 低ランクのお前らとは、踏める場数が違うんだよ。踏んだ場数が多いほど、そいつの強さになる。

 結局、強さの指標なんだよなぁ」


笑いながら話し続けるキエロスを、団長は目で追うことしかできなかった。


「それにな、ランクが上がるほどそいつの要領の良し悪しが重要になる。

 依頼の後に仲間が不慮の事故に遭うなんてこともあるわけでさぁ、そうなると、報酬も貢献も、全部一人の物になっちまうんだよな。

 まぁ、それだけ命のやり取りをしてきた結果なんだよ。……言ってる意味わかるか?戦士くん」


その言葉の意味に、思わず身震いする。

このキエロスという男には、冒険者としての筋が通っていない。


「喋りすぎたなぁ。

 あぁ心配すんなって、そっちのガキ共は生かしておくから」


キエロスの言葉に翻弄され、混乱する思考の中で、それでも、「生かしておく」という言葉に一瞬安堵しそうになった。

しかし、続く女魔術士の発言で背筋が寒くなる感覚を覚えた。


「……私、あの男の子貰います」


『貰う』という表現に、おぞましさを感じずにいられなかった。

一見大人しそうな物言いだが、何か得体の知れない気持ち悪さを体現しているようだった。

女魔術士がアルノルドに視線を向け、ニヤリと笑ったように見えた。


「気持ち悪い奴だ……。

 まぁ、メスガキの方は見てくれも悪くねぇし、それなりの値は付くだろう。臨時収入にしちゃ当たりだな」


キエロスが不気味に笑う。

団長は言い返すことさえできず、嫌悪感を露にした。

アルノルドとエルメリアさえ助かれば、自分はどうなろうと構わなかった。万に一つでも可能性があるならばと考えたが、キエロス等に捉えられれば、生き長らえる方が余程辛い、生き地獄が二人を待っているだろう。

しかし、この状況を打破する術は思いつかない。思い付かないが、何とか一矢報いてやらなければ気が済まなかった。


……一瞬で頭を整理する。


すぐそばにいる女剣士は、絶妙な距離を保ってこちらの出方を伺っている。攻撃が届いたとしても、あの大盾相手には有効な一撃を与えることは期待できないだろう。

かといって、女魔術士や大男の修道士に向かって走り出したところで、距離を詰めるまで生きていられるかわからない。

残るもう一人、キエロスは行動が読めず対処が思いつかない。しかし、おそらくは斥候だろう。一撃を入れられさえすれば、勝機はあるかもしれない。


戦士である自分に残された最後の手段。形振り構ってはいられない。

正気に戻れる保証はないが、自身を鼓舞し、理性を排除し、感情に身を任せる……。


「……それじゃ戦士くん、覚悟はいいか?」


キエロスが問い掛ける。

その声は団長の耳に入りはしたが、言語としては処理されていなかった。


「聞こえてんのか?」


不機嫌そうな顔で団長の顔を覗き込む。


「まあ良いや。

 そっちの魔術士は、半殺しにしたお前が責任持ってやっとけよ」


そう言われて、女剣士はアフォードのそばに歩み寄った。


自分の技を受けても絶命しなかった、稀有な魔術士。

せめてもの情とばかりに、一撃で仕留めるように喉元を見据え、右手の剣を逆手に持ち替え頭上に振りかぶった。


その瞬間、突如として、辺りに唸るような呻くような声が響いた。

声の出どころは、首を垂れた戦士、団長が発した物だということに気付くのに、時間はかからなかった。


「めんどくせえ、狂戦士かよ」


キエロスが舌打ちする。

黒色の長髪が赤みを帯びて逆立ち、全身から湧き出した怒気が、まるで目に見えるかの様に逆巻いている。

怒りの感情に身を任せ、狂戦士と化した団長は、ジャイアントハンマーを片手で引き摺りながら、一歩、また一歩と前進した。


「おい!止めろ!」


キエロスが女魔術士に指示を出すが、返ってきた返事は期待に沿うものではなかった。


「さっきから何度も掛けてる!」


苛立っているのが反抗的な口調でわかる。

続けざまに足止め魔法を連発しているが、一向に効果が現れていない。

その様子を隣りで見ていた大男が、状況を察知して、すかさず防御魔法を掛け直した。


「それ以上近づけんな!」


誰に言うでもなくキエロスが叫んだ。

顔を上げた団長の口元は、歪んでいるようにも、笑みが浮かんでいるようにも見えた。その視線は焦点が合っていない。


刹那、女剣士が勢いよく飛び出し、団長に渾身の一撃を加えた。

アフォードを半死半生に追い込んだシールドストライクが、一切の躊躇いなく団長に襲いかかった。


金属と金属がぶつかり合う激しい音が響いた。

確実に団長を捉えた女剣士の盾は、その衝撃でビリビリと微振動を起こしていた。

誰しもが、吹き飛ばされた団長を思い描いた。

それほどまでに激しい音だった。

しかし、盾を叩きつけられた団長は全く微動だにせず、女剣士の一撃を背中で受け止めていた。


目を白黒させて、女剣士が団長を見上げる。

団長は全く意に介していないように、ゆっくりと振り返ると、信じ難い光景を目の当たりにし、呆けている女剣士の肩を掴み上げた。

メキメキと、肩当てが潰れる音がする。

金属に圧迫されていく肩に激痛が走り、女剣士は思わず盾を手放してしまった。

団長はそのまま、重厚な板金鎧を身に付けた女剣士を軽々と片手で持ち上げると、まるで小石でも放るように、遠方へ投げ飛ばした。

……遥か遠くで、ガシャリと女剣士が落ちる音がした。


「でたらめだろう……」


狂戦士の規格外の力に圧倒され、キエロスが声を漏らした。

向き直った団長は、なおも前進を続ける。

女魔術士が、足止め魔法や睡眠魔法を幾度となく仕掛けるが、一向に効果が現れる様子はなかった


「何とかしろ!」


キエロスから怒号が飛ぶが、事態は何も変わらない。

その様子に業を煮やしたキエロスが大男の背中を蹴り飛ばした。不意のことに、前のめりになりながらもかろうじて転ぶのを免れた大男だったが、四歩、五歩と前進を余儀なくされ、思いの外団長に近付いてしまった。


「キエロス!何をする!」


団長との距離が近付いたことで、大男は身の危険を感じて怒声を上げた。

その怒声もどこ吹く風かと、キエロスは淡々として答えた。


「お前『癒し手』だろ、自分で回復できるんだ、囮になって時間を稼げ」


そう言いながら、懐から薬品を取り出して何かを準備しだした。


意に反して団長と距離が縮まった癒し手の大男は、背負っていた小型の円盾を手に取った。

小型と言っても、常人からして見れば十分に大型であり、木で作られたそれは、見事な彫刻と細やかな金の装飾が施された、豪奢な儀礼用の盾であった。

大男が盾を構えて団長を迎え撃つ。

団長との距離は十歩もない。


「回復職が肉弾戦など聞いたこともない。

 まして盾役など前代未聞だ……。この貸しは大きいぞ」


ブツブツと言いながらも、団長の一挙一動に神経を集中する。


団長が不意にジャイアントハンマーを振り上げた。

まだ攻撃が届く間合ではない。振り上げたジャイアントハンマーの軌道を予測して、大男が盾を構え直した。

防御魔法は掛け直したばかりで効果は十分だ。例え狂戦士の攻撃だとしても、最悪一撃は耐えられるだろう。


「それなりに良い思いもしたし、やはりここいらが潮時か……。

 魔術士を手放すのは惜しいが、命あっての物種だ。一発耐えてとんずらするか」


大男がボソボソと言う間にも、ジャイアントハンマーを振り上げた姿勢のまま、団長が後数歩という所まで迫った。

そして、団長が踏み込むのが見えた。

大きく一歩を踏み出し、ジャイアントハンマーが大男の頭をめがけて振り下ろされる。

それは、大男の予測した通りの軌道であった。少し身を引いて、両手で盾を頭上に構える。

大男の顔がニヤつく。


ゴッ!


木に鉄を打ち付ける鈍い音が響いた。衝撃が体を貫く。

予想通りの攻撃ではあったが、あまりの衝撃に盾を持つ手が酷く痺れるのを感じた。

ジャイアントハンマーを打ち付けられ盾は、装飾が見るも無残に潰され、大きく亀裂が走ったそれでは、おそらく二度目は防げないなと直感で悟った。


「安い物では無いのだがね」


皮肉を言った大男であったが、その顔には焦りの色が見えた。

両手だけの痺れだと思ったが、両腕、両肩、果ては両足までも侵していた。身体中が痺れて身動きが取れない。

逃げ出そうとあれこれ算段していたが、そのいずれをも実行に移すことが不可能であった。

……これは不味い。

そう頭をよぎった時には、大男の目の端に、団長の追撃が迫るのが映った。


一発、二発、三発、ジャイアントハンマーを右から左に力任せに振り回す。

一発目は辛うじて盾が間に合った。

しかし、衝撃を受けた盾は木っ端微塵となり、跡形もなく砕け散った。

二発目は咄嗟に身体を庇った大男の左腕を砕いた。

肉の千切れる音がして、左腕が遥か向こうへ飛ばされるのが見えた。

三発目は大男の脇腹を直撃した。

ジャイアントハンマーが肉の中に埋もれ、同時に骨の砕ける音と、臓物が破裂する不快な音が響き渡った。


口から大量の血を吹き出しながら、大男が前のめりに倒れる。

自己回復が可能だと言っても、絶命してからでは魔法を使うことなど不可能であった。

他に回復魔法が使える者が居れば状況は変わったかも知れない。

しかし、彼等の仲間に、それに該当する者は居なかった。

……大男は生き絶えた。


「チッ」


キエロスの舌打ちが聞こえる。

それと同時に、団長に向けて短弓を構えた。ヒュッと短い音を立てて放たれた矢は、大男の骸の前で仁王立ちする、団長の胸に突き刺さった。


「これで止まらねえなら、後は知らねえ」


キエロスが弓を下ろして成り行きを見守る。

女魔術士も魔法を打つのを止め団長の様子を窺っている。


静寂が辺りを包んだ。

風の音すらしない無音の中で、ただ立ち尽くしていた団長の手から、滑るようにジャイアントハンマーが落ちた。次いで片膝が落ち、最後は雪崩れるように倒れた。


「貴重なもん使わせやがって……」


キエロスから安堵とも取れるため息が漏れる。

放った矢には強力な薬品が塗られていた。

その効果は絶大で、巨竜でさえ数年は眠りにつき、常人に使用すれば、二度と目覚めることはないと言われる程の昏睡薬であった。

滅多に手に入る物ではない。錬金術師が一生を通じても目にすることすら叶わない、神代の遺物とまで言われる代物であった。

それを使わざるを得ないほど、逼迫した状況であった。


「クソが!何もかもクソだ!」


唾を吐き捨て、倒れた団長を蹴り上げる。

強力な昏睡薬で眠っているとは言え、ともすれば、突然目を覚ます可能性も全く無いとは言えない。

それ以上の追撃はせず大男の亡骸に近寄っていく。


「赤ん坊だけ拐って帰るぞ」


言いながら、大男の懐から金目の物をせしめる。

女魔術士が居た堪れないような顔でそれを見つめるが、その顔にはどこか溜飲が下がったような表情が見て取れた。


「……男の子達は?」


視線をアルノルドとエルメリアに移し、女魔術士がキエロスに問い掛ける。


「ジジイがいねえんじゃガキ共は無理だ。

 埋めるなり切り刻むなり、好きなようにしろ」


キエロスは、まるで興味無さげに吐き捨てるように答えた。

オモチャが手に入る機会を逸しただけに、女魔術士の表情は酷く残念そうではあったが、倒れている二人に近付きながら、魔法の準備を始めた。


全てを燃やし尽くすほどの豪火を想像し、それを成すための膨大な魔力を全身からかき集める。

強力な魔法を想像するほど、魔力を集めるのに時間を要する。

少しの時間をおいて、後は魔法を発動するためのきっかけを与えるだけとなった。

そして、女魔術士が手に持った杖を頭上に掲げた……。

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