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私と彼女の物語 -Travelers of the Far Green Road-  作者: ORSBN.shu
第一部・朝暘
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13/106

1−12

牧場内の通り道は、等間隔に配置された魔光灯のおかげで、明かりを持たずとも進むことができた。

屋敷の通りを過ぎて、少し歩いたあたりで、前方に魔光灯の明かりにぼんやりと照らされた鶏舎が見えてきた。

狼はまだ現れていないようで、鶏舎周辺は至って平和そのものに見えた。


鶏舎に近付くと、カサカサっと音がして、何処からかワイルドラビットが顔を出した。

あれが噂の『牧場の守護者』かと思いつつも、守護者には知覚遮断魔法が効かないのかと、顔を見合わせた。

気配は察知されたようだったが、こちらに気が付いたというわけではなさそうで、たれ耳の少々無愛想な顔立ちの白い守護者は、辺りを見回した後、巣穴と思われる場所へと姿を消した。


ちょんと不意に肩を突かれて、フレアの方を見る。

フレアが鶏舎の隣りにある小屋を指さし、そちらに隠れようと合図を送ってきた。

そそくさと小屋に入ると、中は薄ぼんやりとした魔光灯が点けられており、何かに足を取られて転んでしまうような心配はなかった。

小屋の中には、農具や鶏の飼料などが置かれており、この建物が物置小屋であることが一目でわかった。


オリーが知覚遮断魔法の効果を解く。

効果時間を把握していなければ、大事な場面で丸見えになってしまう。使い勝手の難しい魔法ではあったが、オリーが掛けると逆に効果時間が長過ぎて、いつまで経っても効果が切れなかった。


「野生の勘は侮れないですね」


フレアが一頻り感心する。牧場の守護者の行動に驚嘆しているのだ。

魔力を持たない相手であれば、絶大な効果が認められている知覚遮断魔法を施していても、ワイルドラビットには気配を察知された。

となれば、狼に対しても重々警戒して臨む必要がありそうだ。

守護者によって野生動物の勘を見せ付けられた二人は、当初考えていた、『鶏舎で待ち伏せる』戦法ではなく、小屋で待機して、『側面から叩く』戦法に切り替えることにした。

幸い小屋の窓からは、鶏舎を挟んで森の境界まで望むことができた。

遠くは流石に霞んで見えたが、平飼いである程度整地された場所のため、視界の邪魔になる物もなく、異変が起きればすぐに気付くことができるだろう。


「一応、もう一度掛けとくね」


そう言って、オリーが知覚遮断魔法を掛け直した。

目を閉じて魔法書をパラパラパラッとめくる、魔法書から淡い白色の光と、緑色の光が溢れ出し、煌々と輝き出したところで右手を宙にかざす。

光は二人と一匹を包み、体に吸い込まれるようにチカチカと瞬きながら消えていった。


瞬間、オリーが目を丸くしてフレアを見た。

正確には、フレアの左肩を見た。釣られてフレアも自分の左肩を見る。

左肩には、先程ちらりと姿を現した、無愛想な顔の『牧場の守護者』が、何食わぬ顔で乗っていた。

フレアが何か言っているようだったが、知覚遮断魔法の効果のせいで、何も聞き取ることができなかった。

表情を見るからには、驚いていると言うよりも、どちらかと言えば喜んでいるようにも見える。肩に乗られて嬉しいのだろう。

しかし、テイマーホイッスルを使用したわけでもなく、何もせずに肩に乗って来るというのは、守護者に余程警戒心が無いのか、あるいはホイッスル所持しているだけで効果を発揮するのか、はたまたフレアの特性なのか、真意はわからないが、いずれにしても心強い仲間を獲得したような気がした。


肩から降りた守護者の頭を撫で回すフレアを、呆れ半分感心半分でオリーが見つめる。

わしゃわしゃと撫でられて満足したのか、守護者は小屋の隅の方に空けられた穴から、外へと出て行ってしまった。

余程嬉しかったのか、フレアが満面の笑みを見せている。

オリーとしては、フレアの肩に乗った守護者に驚きもしたが、自分が掛けた魔法が、野生動物にも効果があったことに、ことさら驚いた。


・・・


小屋に潜伏してしばらく経ち、夜の闇が深々と辺りを包み込む深夜になった頃に、森の境界に蠢く影が現れた。

月明かりと魔光灯に照らされたそれは、パッと見ただけでも十数頭からなる、狼の群れであるとわかった。

群れは辺りを警戒しながら、身を屈めるように低い姿勢で近付いてきた。

先頭を進む二頭の狼が、時折頭を上げて周りを確認する素振りを見せる。一息で近付いてくることはなく、少し進んでは止まり、周りを確認しては進むことを繰り返している。

個々が勝手な動きをすることもなく、まるで、訓練された軍隊のように整然と行軍しているようだった。

群れの奥に見える、一際大きな体躯の狼が、我が物顔でゆっくりと歩いてくるのが見えた。きっとあれが、群れのボスなのだろう。


あの数の狼が襲来しているというのに、被害が卵だけで済んでいるのは、狼が卵にしか興味がないのか、あるいは、牧場の守護者が一騎当千の強者なのか、どちらが正解なのか興味を惹かれた。

守護者と呼ばれるからには、おそらく正解は後者なのだろう。下手をすれば、自分が餌になるというのに。

ウサギらしからぬウサギである。


当の守護者といえば、いつの間にか鶏舎の屋根の上に姿を現し、まるで獲物を狙うかのような、鋭い視線で狼の群れを睨みつけていた。

守護者には知覚遮断魔法が掛かっている。夜目が効くとはいえ、狼からは守護者の姿は見えないだろう。しかも、匂いも音も遮られている。

狩る側と狩られる側が、逆転した世界を垣間見た気がした。


小屋の中で狼が近付くのを待つ。

遅々として進まない行軍に焦れったい気持ちになるが、効果的な一撃を打ち込むには、もうあと数歩、近付くのを待つ必要があった。

我慢に我慢を重ね、狼の群れが射程内に入ったその時、二人は知覚遮断魔法の効果を解き、同時に魔法を放つ態勢に入った。


その二人の目に、月光に照らされた白い飛翔物体が飛び込んできた。

牧場の守護者が、屋根上から高々と跳躍し、月と重なった。

身体を前転させながら、守護者は弧を描くように、ボスに向かって落下していく。


ッスパーンッ!


破裂音のような音を立てて守護者が着地した。強烈な蹴りの一撃であった。

かろうじて直撃を回避したボスだったが、鼻先を掠めたようで、フラフラと後退りしながら頭を振るう。

もうもうと立ち込める土煙の間から、守護者が顔を見せた。舌打ちしたかのような音を立てた後、後方に大きく跳ねると、ボスとの間に距離を取った。


状況を把握できていない周りの狼たちは、呆気にとられたように身動き一つしなかった。

少しして、ようやく状況を理解したのか、辺りをキョロキョロと見回し、ボスを襲った守護者を探し出そうとし始めた。

動きが緩慢になっている。

その隙を見逃さず、小屋から飛び出したフレアが、オリーに声を掛けた。


「オリー、足止めお願いです!」


フレアの声に応じて、即座に狼の群れを覆うほどの広さの足止め魔法を発動する。

前方にかざした魔法書のページをめくる。

淡い青色の光が魔法書から溢れ出し、眩い光となったところで、狼の群れに向けて手をかざした。

フレアもオリーの魔法が完成するのを待たず、自ら魔法を展開する。


「少しだけ痛めつけます!」


右手に携えた杖を前方に構える。

淡い黄色の光が杖の先端を覆い、フレアの周りに指先程の無数の石礫が浮遊し始める。杖先が煌々と輝き出したところで、杖の先端を狼の群れに向けた。


オリーの放った青い光は、群れの足元に波のように広がり、その波の後から急速に伸びた蔓が、狼達の足に絡みついた。

逃れようともがくにつれ、蔓は容赦なく狼の体を締め付けていく。

そして、身動きが取れない狼達に、フレアが放った無数の石礫が飛来する。

ゴツゴツッ、と石礫が狼に被弾する音と、呻き声にも似た狼の悲鳴がこだました。

唸り声さえ上げず、完全に戦意を喪失した狼の群れは、強引に蔓を噛み切って森の境界へ走り去っていった。


後に残されたボスが、牧場の守護者と対峙する。


先手を取られて面子を潰されたボスは、身を屈めて唸り声を上げながら、低い姿勢で守護者を見据えている。

守護者も負けじと低い姿勢を保ったまま、次の一手を思案しているようだった。


「この勝負、手出し無用ですね」


フレアがポツリとこぼす。

守護者とボスの一騎打ちを邪魔するなということだろうか。

確かにこの二者には、何かしらの因縁めいたものを感じないわけではない。手を出すのは無粋というものなのかもしれない。

しかし、ここで守護者が負けてしまった場合、狼の群れが勢い付いてしまわないか、多少心配ではあった。

そう思い、遠巻きに二者の様子を伺う群れに目をやると、先ほど散々な目に遭わせられたからか、その心配はなさそうにも見えた。


ゆっくり観戦、という雰囲気では無かったが、二人は勝負の行く末を見守ることにした。


先に動いたのはボスだった。

低い姿勢で溜め込んだ力を、四つの脚のバネで一気に開放し、距離を詰める。

前脚を振りかざし、鋭い爪でもって守護者を狩ろうと飛びかかる。

巨体とは思えない素早い動きで、守護者を捉えたかのように見えたが、守護者もまた、強力な後ろ脚で軽々と真上に飛び上がってその攻撃をかわした。

攻撃をかわされたボスは、着地と同時にしなやかな体捌きで飛びかかった勢いを逃すと、即座に翻って、頭上に浮かぶ守護者を喰らうように大きな口を開けて再度飛びかかった。

空中で逃げ場のないはずの守護者は、まるでそこに足場があるかのように、くるりと体を反転させると、遠心力を利用して、迫りくるボスの顔をめがけて後ろ足の蹴りを繰り出した。

大きく開けた口の下顎から、強烈な蹴りを喰らって吹き飛ばされたボスは、受け身を取ることもできずに地面にしたたかに背中を打ちつけた。

それとほぼ同時に着地した守護者が、肩越しに落下したボスを確認する。

強烈な蹴りと地面への落下で、相当な痛手を負ったボスは、すぐに次の動作に移れる状態ではなかった。

それを一瞥した守護者は、天高く飛び上がって鶏舎の屋根に降り立った。

何とか立ち上がろうともがくボスを見下ろし、一瞬、上空に視線を移したかと思うと、守護者はそこからまた天に舞う様に跳躍した。

月と守護者が重なる。

そして、身体を前転させながら、弧を描くようにボスに向かって落下していく。


ッスパーンッ!!!


強烈な破裂音を響かせて守護者が着地する。

立ち込める土煙が、風に流される。

徐々に露になるその場所には、頭部に強烈な蹴りを受け、ぐったりと横たわるボスと、それを見下ろすように仁王立ちする牧場の守護者の姿があった。


「勝負あり!」


フレアが宣言する。

守護者は、動かなくなったボスに礼でもするかのように頭を下げた……ような気がした。

目を輝かせて守護者を見つめるフレアの隣で、オリーはすぐさま群れを警戒した。

ボスが落とされた今、逆上した群れが襲いかかってこないとも限らない。

森の境界へ視線を移したところで、それが杞憂であることを悟った。

二者の勝負を遠巻きに見ていた群れは、尾を下げて森の奥へと去っていった。ボスが敗れたことで、統率する者がいなくなったのだ。

これで、守護者がいる限りは、狼が牧場を襲ってくることはないだろう。


結果的に、ボスを討伐したのは牧場の守護者ではあったが、狼退治には成功した。【ベルトン牧場狼退治】依頼達成である。


「戻ってルルトさんに報告です」


ボスの亡骸に手を合わせ、二人は帰路についた。

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