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私と彼女の物語 -Travelers of the Far Green Road-  作者: ORSBN.shu
第一部・朝暘
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12/104

1−11

準備を済ませ、昼前には冒険者協会に戻ったオリーとフレアは、ちょうど用事を済ませて協会に戻ってきたルルト達と合流した。

出発前に協会の食堂で軽い昼食を取り、ベルトン牧場の荷馬車に乗り込んだのは、正午の鐘が街に響く頃だった。

街の南砦を出て、しばらく見通しの良い開けた街道を進んでいた荷馬車は、それから程なくして、木々の葉の隙間から、午後の日差しが差し込む林道に入っていた。

この道は、南の小大陸ザラス・エリシムにある、アイゼサント王国に繋がる主要な幹線街道であり、道の隅々までよく整備されていた。

整備はされていたが、アウリスフレランスの南東に広がる未開の森の西端をかすめるため、林道内は常に薄暗く、時折盗賊や狼が出没するという噂もあった。

そのため林道の中間地点には、アウリス領の騎士による駐屯地が設けられており、昼夜を問わずに街道を巡回し、道行く人たちの安全を確保していた。

つい今し方も、その騎士達とすれ違ったばかりだった。


「つまり、この森に住む狼が牧場にやってきているのですね」


荷馬車に揺られ、ウツラウツラと眠気に襲われている顔をしながら、フレアが森の奥に視線を向ける。

牧場までは2時間ほどかかるらしく、木々の合間から覗く遠くの丘陵地帯や、一面に広がる草原を目にしていると、否が応でも眠くなってしまう。

狼討伐は夜が本番であり、それまでは休んだほうがいいとルルトにも勧められたが、荷台に横になっては見たものの、思いの外揺れが激しく、眠気はあるのに落ち着いて眠れないという板挟みにあっていた。

いっそのこと、荷馬車を降りてあの草原に寝転んでしまえば、最も容易く眠りに落ちることができるだろうにと、二人は恨めしい顔で遠くの草原を眺めた。


「荷馬車に乗り慣れていないと眠れないわよね」


ルルトが優しい笑顔で二人を眺める。


「生まれたばかりの、双子の赤ちゃんが家で待っているのだけど、あなた達を見ているとまるで娘達を見ているようだわ」


赤ちゃんが待っていると聞いて、フレアが驚いてルルトに問い掛けた。


「ルルトさんは、お母さんなのですか!?」


頷いて答えるルルトに、オリーも驚いたような表情を見せる。

見た目には自分達とそう変わらない年齢のようにも見える。タウトラが大人になっても幼年の容姿だと言われるのがよくわかった。

そのフレアの言葉に勘付いたのか、ルルトが話を続けた。


「タウトラだから幼く見えるかもしれないけど、年齢で言ったら、確実にあなた達の親御さんより年上よ」


そう言ってニコリと笑って見せた。

はっきりと年齢は教えてもらえなかったが、本人が言うのだから、間違いはないだろう。

タウトラは見た目では判断できないものだと改めて思った。


そうして、寝ることを諦めた二人は、ルルトとの会話で道中を過ごした。

気が付けば、二人を乗せた荷馬車はいつの間にか林道を抜け、前方には広大な農業地帯【アウリスフレランスの食糧庫】がその姿を現していた。



日が落ちる前に目的地の牧場に到着した。

その足で、「明るい内に」と広大な牧場の敷地内を案内してもらい、被害が絶えない鶏舎や、足跡が見つかった羊舎の場所、そして、狼が現れるであろう牧場と森の境界を確認した。

その後、日が傾き始めた頃になって、まるで小さな村のような、屋敷が立ち並ぶ通りに入った。

普段街で見慣れている建物よりも少し背が低い、しかし、一軒一軒が広い敷地を持った、タウトラ様式の家々が二人を出迎えた。

通りを進み、突き当りに建つベルトン邸は、庭先の円蓋の休憩所が長閑な風景によく馴染んだ、絵になるような綺麗な屋敷だった。


屋敷の中に通され、天井の低さに違和感を覚えた。

オリーやフレアでさえ、背伸びをせずとも天井に手が届きそうだったが、むしろそれが丁度いい高さだと感じた。

いずれこのまま背が伸びていけば、いつかは頭が突っかえて生活に支障が出るようになってしまうのだろう。

ヘイムとは難儀なものだと、タウトラの屋敷にいながら見当違いの考えが思い浮かんだ。


牧場主の主人とルルトの夫の二人は、農園の会合に出向いており、今晩は泊まり込みで戻らないらしい。

ルルトの母親と双子の姉妹は、別室で休んでいるらしく、後程夕飯時に挨拶すると伝えられた。道中の話で聞いた、双子の姉妹に是非とも会いたいと思っていただけに、二人ともお預けを食らった気分ではあった。

現地の確認も済ませ、狼の活動時間帯まで時間の空いた二人は、夕食の時間まで部屋で休んでいるように言われ、広間脇の客室に通された。

用意されていたベッドに横になると、荷馬車に揺られていただけとはいえ疲れが溜まっていたらしく、まるで気絶するように眠りに落ちていた。


・・・


どれほどの時間眠っていただろうか、目が覚めると、魔光灯の温かい光に照らされた室内が目に入った。

部屋に入った際には気づかなかったが、植物を模した意匠の家具が並ぶ室内は、一見すると少女趣味のようにも映ったが、屋敷の外観とも合っていて、何とも居心地の良い部屋だと感じた。

無論、あつらえられた家具のすべてはタウトラサイズであり、ヘイムであれば、子供部屋に丁度良さそうではあった。


隣のベッドで寝息を立てているフレアは、まだまだ起き上がりそうにはなかった。

夕食の匂いでもしてくれば、お腹を空かせてパッと目が覚めるだろうと、そう思っていた矢先に、タイミング良くルルトが、夕食の準備ができたと二人を呼びに来た。

その言葉に反応したのだろう、寝ぼけた目を擦りながら起き上がるフレアを見て、込み上げてくる笑いを抑えながら、「今行きます」と返事をした。


夢現でフラフラと歩くフレアの手を引いて客室を出た。

食欲をそそる香りと、賑やかな声のする方へ向かうと、ベルトン母娘が丸いテーブルに料理を並べている姿が見えた。

二人を見付けたルルトが、笑顔で手招きしてくる。


「こっちへいらっしゃい」


たまたま依頼を受けただけの冒険者に、寝床も食事も用意してくれる。

依頼主の全てが、ルルトのような人達ではないとはわかっている。きっと、依頼を受けたのがオリーとフレアでなければ、ここまでの待遇はなかっただろうとも思う。

だからこそ、至れり尽くせりなこの状況に、些か恐縮しながら、促されるまま素直に従い席についた。


二人が席に着いたのを確認した後で、二人に向き合うように、ルルトとルルトの母親も席についた。

ルルトのすぐ後ろには、小さな手押しのベッドが置かれており、そこには、小さな寝息を立てて眠る双子の姿が見えた。

来る途中でルルトが話してくれた、彼女の子供達だ。

目深に被った毛布のせいで、顔を見ることはできなかったが、起こしてしまうのは可哀想だと思い、話題にするのは控えた。


「男衆がいないから、今日は華やかな夕食ね」


ルルトの母親が笑いながら言う。

男衆のことはともかく、ルルトの母親が言う『華やか』とは別の意味で、テーブルの上に用意された料理は、実に華やかなものであった。

羊肉の腸詰めや、自家製の羊乳チーズ、近くの野菜農園から譲られたという野菜をじっくり煮込んだスープに、牧場のそばを流れる川で採れたマスの蒸し焼き、香草を詰めた鶏肉の丸焼きと、口直しの氷菓子に、果樹園からの差し入れの果物などなど……。

二人が眠っている間に、これだけの料理を用意するルルト母娘に感嘆の声が漏れる。


「挨拶がまだだったわね、ルルトの母のパルルよ。

 狼のやつらをとっちめてやってね、なんせうちの生活がかかってるんだから」


自己紹介をしながらルルトの母親が笑う。

ルルトと姉妹だと言われても、容易に信じてしまいそうな程に若々しい姿で、言葉の端々から、その明朗闊達ぶりが垣間見える。

おそらく、沈んだ空気の場所にあっても、全て払拭してくれそうな、暖かくて頼りがいのある人柄だった。


パルルの笑い声で目を覚ましたのか、双子の姉妹も楽しそうな声を上げていた。

それに気付いたルルトが、手押しベッドをテーブルに近付けて、彼女達を紹介してくれた。


「明るい髪の子がお姉ちゃんのルトトで、濃い髪の子が妹ちゃんのルトラよ。

 ルトト、ルトラ、オリビアお姉さんとフレイアお姉さんよ」


ようやく顔を拝めた双子に、二人は笑顔を向けて、「よろしくね」と声を掛けた。

なんとはなしに、双子が笑顔で答えてくれたような気がした。

ぼんやりと、今日の出会いを覚えていて欲しいなと思ったが、生まれたばかりの赤子が、ただの一晩世話になった冒険者のことなど、覚えているはずもないだろうなと、少し可笑しくなってクスリと笑った。


「さあ、冷めないうちにいただきましょう」


ルルトがパンッと両手を合わせて、テーブルに向き直り食事の祈りを捧げる。

ルシアの祈りの言葉を初めて耳にする二人は、母娘を真似て目を閉じ祈りに集中した。


「女神ルシアの慈しみによる、この食事を感謝して頂戴します。

 明日を生きる為の糧となりますように……」


半瞬してパルルが、「食べましょう」と祈りが終わったことを告げた。


「お残しされると困るから、遠慮せずに全部平らげてね」


顔は笑ってはいたが、その言葉はきっと本気だろう。

テーブルに並ぶ、食べきれないと思われる量のご馳走を目の前にして、狼討伐の前哨戦が始まった。

意を決して、料理の討伐に臨む二人だった。


・・・


食事を終え、一旦客室に戻ったオリーとフレアは、夕食後の眠気に襲われながらも、鶏舎へ向かう準備をしていた。

「もう食べられないです」とお腹を擦るフレアを横目に、オリーも満腹で動きが緩慢になっていることを自覚する。


「こんな状態で狼討伐なんてできるかな……」


鞄を背負い、ため息混じりに独り言つオリーの隣で、フレアも鞄を背負って準備を整える。


「早く牧場の守護者さんに会いたいです」


夕食の際にルルトが話してくれた、『牧場の守護者』と呼ばれる存在に、フレアの気持ちが逸っているようだった。

ルルトの話では、鶏舎の一角に現れたワイルドラビットに餌付けしたところ、巣穴を作って住み着いたらしい。

そのワイルドラビットは、まるで恩義に報いるかのように、狼が襲来するたび警衛のごとく鶏を守るという話だった。


「卵を守る用心棒です」


フレアの目がキラキラと輝いている。守護者やら用心棒やら、そういった言葉が好きなのだろう。

そのフレアの首元に、見慣れない笛のようなものが掛かっていた。オリーがそれを不思議そうに見つめると、フレアは手にとってオリーに見せるように前に出した。


「父の倉庫から持ってきたのです」


悪びれる風でもなく言ってのけるフレアに、親の物を勝手に持ち出してきたのかと、一瞬眉間に皺が寄る。

その意味を察したのか、フレアが弁明しつつ、それが何であるかを教えてくれた。


「冒険者になったお祝いに、倉庫の中の物は何でも使って良いと言われたのです。

 それで、これは『テイマーホイッスル』、動物を使役するための道具だそうです」


お祝いが倉庫の物品使用権とは、なんとも冒険者一家らしいなと思った。

そして、おそらく沢山の色々な物がある中から、狼討伐と聞いてその道具を持参するあたりは、冒険者の血統は侮りがたしと言ったところであろう。


「それで狼を手懐けようってこと?」


オリーがフレアの意図を探る。

『御明答』と言いたそうな表情で、フレアが笑顔を返した。

正解のようだ。

狼を討伐するだけならば、現れたところを魔法で一蹴することができるだろう。

しかし、それを敢えて使役しようとする考えについては、フレアの思考を推し量ることができなかった。


「手懐けて、帰らせる?」


一か八かで、思ったことを聞いてみる。

手懐けて帰らせたところで、次の日にはまた襲来してきそうなものだが、フレアには何か他の考えがあるのかも知れない。

黙ってフレアの返事を待った。


「わかんない!」


……フレアの答えに肩を落とす。

わからないものは仕方がない。わからないのだから。

とはいえ、一時的に追い返しただけでは、依頼を達成したとは言えないだろう。倒すか、あるいは、二度と戻ってこないように何らかの手を打つか、そこまでしてようやく、依頼達成となるはずだ。

まして、テイマーホイッスルを使用して狼に懐かれても、今後狼と共に冒険することなど想像できない……。

……少し楽しそうだな、とは思いつつも、とりあえずテイマーホイッスルの使用は、状況を見て判断しようと提案して客室を出た。


ベルトン邸の玄関口で、ルルトとパルルに見送られる。

鶏舎への移動中に狼に気付かれないように、「行ってきます」と言った後で、予めオリーが知覚遮断魔法を掛けた。

余程の魔法の術者でもなければ、二人を視認することはできない。二人が発する音も全て掻き消され、完全に無臭状態である。

女神レイアと、女神アウルの合せ技である。

それを見ていたパルルが、「魔法は怖いね」と言っていたのがなんとも印象深かった。

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