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何かがおかしい。
オリーはそんな漠然とした感覚を感じていた。同じように、フレアも薄々異変に気付いている様子だった。
鶏舎に向かった際には辺りを照らしていた魔光灯が、屋敷が立ち並ぶ通り道に差し掛かったところから、全て不自然に消えていた。
街灯として設置される魔光灯は、日暮れを感知して点灯し、陽の光を浴びると消灯する。まだ深夜の時間にもかかわらず消えているのは、封じ込められた魔力が尽きたか、あるいは人の手が加えられない限りありえない。
魔力の注入を怠ったと言えばそれまでになるが、屋敷の通り道の、その一帯の魔光灯だけを忘れることなどあるだろうか。
振り向いて見れば、鶏舎へ続く道筋にある魔光灯は、今もなお明かりを灯している……。
「そんなことってある?」
ついオリーの口からこぼれた。
言いたいことが何であるか察したのか、フレアも同調するように深く頷いた。
オリーが魔法書を開く。
「一応ね」
そう言ってオリーは、知覚遮断魔法を使用した。
周囲を見渡せば、明かりが消えているのは魔光灯だけでなかった。
屋敷の明かりすらも消えている。深夜であったとしても、明かりが全く点かない屋敷などあるだろうか……。
まるで何かを隠すために、誰かが暗闇を作ったとしか言いようのない状況だった。
少しの月明かりだけを頼りに、周りを確認しながら慎重に一歩ずつ前に進む。
ベルトン邸まではまだ距離があった。
少しずつ目が闇に慣れ、おぼろげながらも通りが確認できるようになった頃、不意に前方から、風を切るような音が聞こえてきた。
それはすぐに、金属が潰れるような、弾け飛ぶような、重量のある物が落ちたような鈍い音を立て、前方に何かが落ちたことを知らせた。
あまりの音の大きさと衝撃に思わず耳を塞ぐ。驚いた拍子に知覚遮断魔法も効果を失った。
オリーが胸に手を当て、鼓動を落ち着かせているのが見える。急な轟音に心臓が飛び出る思いをした。
数十歩手前に落ちたそれは、地面にめり込んでいるようにも見えた。
薄い月明かりでは、それが何であるか、ひと目見ただけでは確認できなかった。
……慎重に歩み寄る。
得体の知れない物体に、恐怖心と好奇心がせめぎ合う。近付き過ぎず、かと言って遠過ぎもしない距離で、物体を見定めようと窺う。
微動だにしないと思われたそれは、突然大きく息を吸い込み、そして激しく咳き込んだ。
咳き込んだ後で呼吸が落ち着いたのか、寝返りを打つようにうつ伏せの姿勢になると、のろのろとした動作で立ち上がろうともがきだした。
その状態になってやっと、フレアが得体の知れない物の正体に気付いた。
「あれは、ランク10冒険者達の無口な木偶ですね」
無口な木偶……。
商団の護衛でアウリスフレランスに滞在している、ランク10冒険者のことを思い出した。
オリーにとっては初めて見る相手で、薄暗い中では、雰囲気を感じ取ることしかできなかったが、あれが無口な木偶の剣士なのだと認識した。
しかし、その剣士が一人でここにいる理由も、まして、なぜ空から降ってきたかも、何もかもが謎であった。
事実を客観的に見るに、ただ事ではない何かが起こっている気配は感じ取った。
どうにかこうにか立ち上がった女剣士は、周りを確認することもなく、直ぐにベルトン邸のある方へ向かって歩き出した。
片足を痛めたらしく、剣を杖代わりにしてぎこちなく歩いている。
「ねぇフレア、守聖って凄いのかな?」
あれ程の轟音を立てて落下しておきながら、その実、足を痛めただけで済んでいるように見える。『守聖』と呼ばれる称号を獲得するまで、弛まぬ研鑽を重ねた結果なのだろうか。
オリーは、不思議な物を見るような目で女剣士を見つめた。
「守聖さんは、六つの内の上から三つ目ですね。中の上です」
冒険者協会で渡された冊子を、月明かりで照らしながらフレアが答える。
アンセルマの話では、剣士はランク7だったはずだ。剣士という職業のことなど何もわからないし、称号の獲得方法についても、今のところ何の情報も持ち得てはいない。
ただ、視線の先でぎこちなく歩く女剣士の異様な姿が、オリーの目には不気味に映った。
「助けたほうが良いかな?」
どうするのが正解なのかわからず、オリーから言葉だけが漏れた。
女剣士はこちらに全く気付いていない様子で、歩を進めていた。
「頑丈そうだし大丈夫じゃないですか?
それに、『冒険者は状況を把握するまで静観するのが鉄則』と、父が言っていました」
フレアが小声で答える。
フレアの言う通り、下手な手助けをして、取り返しのつかない事態に巻き込まれては命が幾つあっても足りない。
相手は冒険者なのだから、多少の怪我は日常だろう。
どういう経緯で空から降って来たのか、理由がわからないうちは手出し無用だろう。後々謂れのない非難を受けてはたまったものではない。
納得したところで少し距離をおいて二人は女剣士を追った。
足を庇うようにして歩く女剣士の歩みは、子供が歩くよりも遅かった。
見た目以上に身体を痛めているのだろう、思うように動かないと思われる四肢を、それでも何とか引きずるようにして前に進んでいた。
何かブツブツと言っているようであったが、気付かれないように距離を取っていたため、何を言っているか聞き取ることは出来なかった。時折舌打ちのような音が聞こえるあたり、何か苛立っているようではあった。
程なくして事態は一転した。
通りの突き当りの方角、ベルトン邸がある方向に、突如として大きな爆炎が出現した。
半瞬して物凄い爆音が響き、肌を焼き付けるような、凄まじい突風が二人を襲った。
前方を歩く女剣士も、立ち止まってその光景を眺めていたが、風が止むと、今までの歩調がまるで嘘であったかのように駆け出していた。
距離を保ちつつ二人も後を追う。
ベルトン邸の庭先に到着すると、辺りからぷすぷすと燻る様な音が聞こえ、何かが焦げるような臭いがした。
薄明かりに照らされた、数人の人影らしきものが目に入る。
手前で尻餅をついている二人には見覚えがあった。
同じ日に冒険者となり、その日のうちにとある冒険団に入団した、剣士と修道士、アルノルドとエルメリアだ。
二人がここに居る理由は知れなかったが、冒険団として行動しているのは間違いがないだろう。ならば団長とアフォードも居るはずなのだが、二人の姿は見えなかった。
二人は駆け出しそうになるのを堪えて、事の成り行きを見守った。
そして、事態が大事だということを知る。




