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足音が聞こえて、強引に意識を引き摺り出されるような不快感を感じた。
日が昇り始めたばかりで、辺りはまだ薄らとした闇の中にあった。
「ガシュルか……」
聞き覚えのない、年老いた女の声がした。
「そっちはこの辺の輩ではないね……」
誰かと話をしているのか、その内容から自分たちの事だということはわかった。
「迂闊に近付くな、おそらく魔術士だ」
鳥馬の羽毛にくるまっているというのに、まるで見えているかのようだった。
何か特別な力を持つ人物なのか……。
「おい、起きろ」
離れた場所で男の声が聞こえた。
老女の仲間だろうか、ナイザが起こされている気配を感じた。
昨日の逃走劇で精神まで疲弊していた。
眠りに落ちた後、一度目を覚ました時にはまだ辺りは闇の中にあった。
今に至るまで、深く眠り込んでしまったのは不覚だった。今となっては、主導権は相手にある。
「不用心にも程がある」
老女がそう言いながら笑い声を上げている。
「あんたたちは……」
目を覚ましたナイザが、老女に話しかけている声が聞こえた。
その声に、警戒の色は感じられなかった。
「まだ冷える、火に当たりなさい」
昨夜の断ち消えた焚き火に火をつけたらしい。
「そっちの娘も目を覚ましているのだろう」
オリーが目覚めていることに気付いているらしい。只者ではなさそうだ。
大人しく従った方が良さそうだと判断し、羽毛から這い出し、老女とその仲間と対峙した。
老女が一人と、若い男女が二人、皆白い頭巾を目深に被っていて、その表情を見ることはできなかった。
老女の後ろに控えた二人が、抜き身の曲刀を手にしている。それに反射する焚き火が、まるで獲物を狙っているようにも見えた。
「ガシュルがこんな場所に何の用向きか……」
老女のそれは、話しかけるというよりも、独り言のようにも聞こえた。
少しの沈黙のあと、ナイザが老女に質問を投げかけた。その口振りから、老女が位の高い者なのだと想像がついた。
「ネフザードがなぜここに。
ここは高原の民に近い場所ですが……」
ネフザード。
ナイザが以前話してくれた、砂漠地帯を牛耳っているという部族の名だ。
老女はネフザードの者だ。
「我らは風の子。風に導かれればどこへでも行く」
老女はそう言ってまた静かに笑った。
掴みどころのない人物だと無意識に警戒する。
「して、なぜガシュルがここにおる?」
今度は間違いなく問いだった。
ガシュル族は砂漠の南東を領域としている。まるで反対側のこの地にいるのは、ネフザードでなくても不思議に思うことだろう。
ナイザが一瞬こちらに視線を向けて目配せしてきた。口を開くなという合図だ。
オリーはその意味をすぐに理解し、老女から視線を外した。
「娘の洗礼のため、聖域へ向かう途中バシュクに襲われました」
ナイザの話を聞きながら、老女は何度も頷くような仕草を見せた。
それから、「ほお」と返した後で、ナイザを見ながら尋ねた。
「お主、名を何という」
一瞬虚を突かれたような表情を見せたナイザは、すぐに立ち上がって片膝をつくと、頭を下げて名乗った。
「これは失礼を、ネフザードの族長。
私はナイザ、ナイザ・タシュ・ガシュルと申します」
その名を聞いて、族長と呼ばれた老女の動きが一瞬止まったような気がした。
族長は、「そうか」とだけ返し、火に枯れ枝を焚べた。
少し昇った日のおかげで、東の地平線がしっとりと曙色に染まり始めていた。
時折り火の爆ぜる音が聞こえる。
「そっちの娘も起こしてやりなさい」
族長がフレアが眠る鳥馬に視線を投げる。
フレアはまだ、眠っているようだった。




