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私と彼女の物語 -Travelers of the Far Green Road-  作者: ORSBN.shu
第三部・盛陽
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104/112

3-34

サマルの姿はなく、そこに残されていたのは、サマルが持ち歩いていた革の小袋だった。

唯一の手掛かりは、サマルの行き先を暗示しているようでもあった。

──サマルはこの穴に入って行った可能性がある。

それはバシュクも同じかも知れなかったが、彼らが残した荷物の中身を見て、その考えは間違いだと気付いた。

荷物の中身の多くは水や食料だった。

命を繋ぐ水や食料を置いて姿を消すことなどありえない。それは、砂漠の民であればなおさらその重要さを心得ているはずだった。


空の天幕の中で、三人は声を上げることなく黙り込んだ。

肩透かしと言ったら不謹慎な気もしたが、今までの緊張から解放されたことで、皆一様に放心状態にあった。


サマルの小さな手掛かりはあったが、それから続く先には不穏しか見出せないでいた。

まるで濃い霧の中に居るようだ。

誰も口を開かない。

何を話したら良いのか、言葉が浮かんでこなかった。


「とりあえず外に出ましょう」


ようやく口にしたオリーの言葉で、皆天幕から外に出た。


フレアが作り出した石壁が、天幕をぐるりと囲んでいる。

背丈の倍はあるその壁を見て、ナイザが口を開けて呆けている。


「もうすぐ壊れるのです」


あっけらかんと言い放つフレアを見て、一行は急いで石壁を登って退避した。

新しくできた稜線まで移動したところで、石壁は音を立てて崩れ落ちた。

砂の圧力に屈して脆くも崩れ去る石壁は、バシュクの天幕と、不気味な穴もろとも呆気なく姿を消した。


「魔法ってのは、何でもありなのか」


砂煙を眺めながらナイザが呟く。

言いたいことはわからなくもないが、ナイザが呟いたそれは、おそらく現実から目を背けるためのものだったに違いない。

オリーもフレアも、ナイザに答えることはなく、ただ立ち上がる砂煙を見つめていた。


──日はまだ高かった。


まだ動く時間はあった。けれども、どうすれば良いのか見当がつかなかった。

辺りを見渡しても、先刻と同じように炊煙一つ上がっていない。

ここは本当にバシュクの領域なのか……、半信半疑になる。

かと言って、ナイザが嘘をつくはずもなく、砂漠の民である彼が間違えるとも思えない。

八方塞がりな状況を、これからどうすべきか話し合う時間が欲しかった。

一行は一度鳥馬の元へ戻り、ひとまず休むことにした。


砂丘を降り、大人しく三人の戻りを待っていた鳥馬にもたれかかった。

フレアが魔法で出した水を鳥馬に飲ませている。今となってはその光景に驚きもしない。

気が抜けてしまった。


革袋から水を一口含んで口内を潤す。

すっかりと喉が渇いていることに、今更ながらに気付いた。


「ナイザさん、どうしますか?」


おそらく、ナイザの心は変わっていない。

意味がある問いかけではないと思いながら、それでも意思の確認は必要だった。

サマルに繋がる手掛かりはもう無い。

入り込んだ可能性のある穴も、今となっては砂の下に埋もれてしまった。

そうとなれば、残された道は砂丘を奥に進む以外に無かった。


ナイザは少しの間考え込むようにして下を向いていた。

オリーとフレアは黙ってそれを見つめた。

何かを決心して、視線を上げて口にした言葉は、実にナイザらしい答えだった。


「あんたらはここまでで良い。これ以上は、返せるもんが無い」


おおよそ予想していた通りだった。

この旅を通じて、ナイザという人間を少なからず理解していた。


オリーとフレアは旅人である以前に冒険者だ。

冒険者は報酬があってこそ動く。報酬もなく依頼を遂行するなど、どこかの度が過ぎたお人好しのすることだ。

ナイザはそれを気にしている。

おそらく、いつの間にか、ナイザの中で食い違いが起きている。

サマル救出は依頼を受けたわけではない。二人が勝手にナイザに着いてきたのだ。

それはつまり、ただのお人好しがしたことだ。


「きっと、前提が間違っているのです」


フレアが真面目な顔で反論する。


「サマルちゃんの救出は、私とオリーの勝手です。

 どちらかといえば、聖域に連れて行ってもらうようにこっちがお願いしているのです」


言い終えた後で、口角を上げてニヤリとして見せる。

ナイザは呆けた顔でフレアを見つめていたが、すぐに慌てたように口を開いた。


「だが、聖域に連れていける保証もない。

 そもそも、そんな願いを聞いたつもりはないぞ」


ナイザの言うことはもっともだ。

もっともではあったが、ここで素直に頷くわけにもいかなかった。


「それなら、今ここで正式に依頼を受けるのはどうでしょう」


オリーの言葉に、ナイザが開きかけた口を噤んだ。


「聖域まで連れて行ってください。

 そのためにサマルちゃんを助ける必要があるなら、それが済むまで付き合います」


ナイザが息をのむようにしてオリーとフレアを見つめる。

短くはない沈黙の後、ナイザが深く大きなため息をついた。


「はぁぁぁぁぁぁ」


それは何日か前に、サマルの聖域行きを許した時の、肯定を誤魔化す時のそれだ。


「行きましょう」


オリーが立ち上がる。

フレアも立ち上がり、笑顔を見せてナイザを見ている。

何を考えているのか察することはできなかったが、二人はナイザが立ち上がるのを待った。

そして、ゆっくりと腰を上げ、膝に手をついてナイザ立ち上がる。その目が少し潤んでいたのには、気付かない振りをした。

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