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サマルの姿はなく、そこに残されていたのは、サマルが持ち歩いていた革の小袋だった。
唯一の手掛かりは、サマルの行き先を暗示しているようでもあった。
──サマルはこの穴に入って行った可能性がある。
それはバシュクも同じかも知れなかったが、彼らが残した荷物の中身を見て、その考えは間違いだと気付いた。
荷物の中身の多くは水や食料だった。
命を繋ぐ水や食料を置いて姿を消すことなどありえない。それは、砂漠の民であればなおさらその重要さを心得ているはずだった。
空の天幕の中で、三人は声を上げることなく黙り込んだ。
肩透かしと言ったら不謹慎な気もしたが、今までの緊張から解放されたことで、皆一様に放心状態にあった。
サマルの小さな手掛かりはあったが、それから続く先には不穏しか見出せないでいた。
まるで濃い霧の中に居るようだ。
誰も口を開かない。
何を話したら良いのか、言葉が浮かんでこなかった。
「とりあえず外に出ましょう」
ようやく口にしたオリーの言葉で、皆天幕から外に出た。
フレアが作り出した石壁が、天幕をぐるりと囲んでいる。
背丈の倍はあるその壁を見て、ナイザが口を開けて呆けている。
「もうすぐ壊れるのです」
あっけらかんと言い放つフレアを見て、一行は急いで石壁を登って退避した。
新しくできた稜線まで移動したところで、石壁は音を立てて崩れ落ちた。
砂の圧力に屈して脆くも崩れ去る石壁は、バシュクの天幕と、不気味な穴もろとも呆気なく姿を消した。
「魔法ってのは、何でもありなのか」
砂煙を眺めながらナイザが呟く。
言いたいことはわからなくもないが、ナイザが呟いたそれは、おそらく現実から目を背けるためのものだったに違いない。
オリーもフレアも、ナイザに答えることはなく、ただ立ち上がる砂煙を見つめていた。
──日はまだ高かった。
まだ動く時間はあった。けれども、どうすれば良いのか見当がつかなかった。
辺りを見渡しても、先刻と同じように炊煙一つ上がっていない。
ここは本当にバシュクの領域なのか……、半信半疑になる。
かと言って、ナイザが嘘をつくはずもなく、砂漠の民である彼が間違えるとも思えない。
八方塞がりな状況を、これからどうすべきか話し合う時間が欲しかった。
一行は一度鳥馬の元へ戻り、ひとまず休むことにした。
砂丘を降り、大人しく三人の戻りを待っていた鳥馬にもたれかかった。
フレアが魔法で出した水を鳥馬に飲ませている。今となってはその光景に驚きもしない。
気が抜けてしまった。
革袋から水を一口含んで口内を潤す。
すっかりと喉が渇いていることに、今更ながらに気付いた。
「ナイザさん、どうしますか?」
おそらく、ナイザの心は変わっていない。
意味がある問いかけではないと思いながら、それでも意思の確認は必要だった。
サマルに繋がる手掛かりはもう無い。
入り込んだ可能性のある穴も、今となっては砂の下に埋もれてしまった。
そうとなれば、残された道は砂丘を奥に進む以外に無かった。
ナイザは少しの間考え込むようにして下を向いていた。
オリーとフレアは黙ってそれを見つめた。
何かを決心して、視線を上げて口にした言葉は、実にナイザらしい答えだった。
「あんたらはここまでで良い。これ以上は、返せるもんが無い」
おおよそ予想していた通りだった。
この旅を通じて、ナイザという人間を少なからず理解していた。
オリーとフレアは旅人である以前に冒険者だ。
冒険者は報酬があってこそ動く。報酬もなく依頼を遂行するなど、どこかの度が過ぎたお人好しのすることだ。
ナイザはそれを気にしている。
おそらく、いつの間にか、ナイザの中で食い違いが起きている。
サマル救出は依頼を受けたわけではない。二人が勝手にナイザに着いてきたのだ。
それはつまり、ただのお人好しがしたことだ。
「きっと、前提が間違っているのです」
フレアが真面目な顔で反論する。
「サマルちゃんの救出は、私とオリーの勝手です。
どちらかといえば、聖域に連れて行ってもらうようにこっちがお願いしているのです」
言い終えた後で、口角を上げてニヤリとして見せる。
ナイザは呆けた顔でフレアを見つめていたが、すぐに慌てたように口を開いた。
「だが、聖域に連れていける保証もない。
そもそも、そんな願いを聞いたつもりはないぞ」
ナイザの言うことはもっともだ。
もっともではあったが、ここで素直に頷くわけにもいかなかった。
「それなら、今ここで正式に依頼を受けるのはどうでしょう」
オリーの言葉に、ナイザが開きかけた口を噤んだ。
「聖域まで連れて行ってください。
そのためにサマルちゃんを助ける必要があるなら、それが済むまで付き合います」
ナイザが息をのむようにしてオリーとフレアを見つめる。
短くはない沈黙の後、ナイザが深く大きなため息をついた。
「はぁぁぁぁぁぁ」
それは何日か前に、サマルの聖域行きを許した時の、肯定を誤魔化す時のそれだ。
「行きましょう」
オリーが立ち上がる。
フレアも立ち上がり、笑顔を見せてナイザを見ている。
何を考えているのか察することはできなかったが、二人はナイザが立ち上がるのを待った。
そして、ゆっくりと腰を上げ、膝に手をついてナイザ立ち上がる。その目が少し潤んでいたのには、気付かない振りをした。




