3-30
その日、日があるうちは鳥馬を走らせ続けた。
それでも、バシュクに追いつくことはなかった。
サマルの呼び笛の魔法を見ることもなく、捜索は難航していた。
一日中気を張り詰めていたせいで、頭の中まで疲労困憊だった。
さらには、明日中には砂丘に到着するというナイザの言葉に、余計に緊張を強いられるようだった。
何もない砂漠の真ん中で、月明かりを頼りに野営を張る。
闇の中にあって、それでもお互いの顔が見える程度の明るさはあった。
バシュクを警戒して、冷え込む夜にも関わらず火を熾すことは叶わず、一行は鳥馬の羽毛に潜り込んで暖をとった。
本格的な冬になれば、鳥馬の羽毛だけでは凌げないだろう。冬の入り口の、今の時期だからこそ耐え得るのだった。
ふと、宿屋の主人が言った『荷物』という言葉を思い出して身震いする。
穀物粉を練って焼いただけの、すっかり冷えた乾燥パンに、ほんの一欠片の干し肉を挟んで食事を済ませた。
フレアのおかげで水は心配ないとも思えたが、それでも極力温存することを選んだ。
考えたくはないが、サマル捜索が長引くことも想定しておく必要があった。
食事を終えて、鳥馬の羽毛のおかげで程良く身体が温まってきた頃に、ナイザがまるで独り言のようにポツリポツリと話を始めた。
「昔からサマルは元気な子だった……」
オリーとフレアは、黙ってナイザの話を聞いた。
「何にでも興味を示して、よく質問攻めにされた。
元気が良すぎてしょっちゅう怪我もしたが……、それでも泣かない子だった」
一瞬の沈黙。
風もなく、しんと静まり返った夜だった。
「小さい頃に母親と離れたのが原因だろうな。
あの子なりの気遣いか、迷惑をかけまいとしたんだろう。まったく、ませた子供だ」
ナイザが笑う。
ひどく乾いたような笑い声だった。
「サマルちゃんのお母さんは?」
オリーの問いにナイザは少し戸惑うような表情を見せ、一呼吸置いてから口を開いた。
「あんたたちにどこまで話したか……」
夜空を見上げながら、ぼんやりと浮かぶ月を眺めている。
「洗礼が部族に縛られる儀式というのは話したと思うが……。
戦士として皆に祝福されて部族を出て以降、デルの消息は掴めていない。
デルを見たって話を……、一度も聞いたことがない」
ナイザが静かに水を口に含む。
「ヤシュムは閉ざされた名だ。
ヤシュムを選び戦士となった者は、砂漠を出て世界を巡るなんて話も聞くが、ヤシュムが何なのか、それを知っているのはヤシュムだけだ」
残酷な話だ。
ヤシュムとなったサマルの母デルは、その生存すら知り得ないのだ。
「女神の洗礼は、ガシュル族だけの儀式ですか?」
フレアが不思議そうな顔で問いかける。
少なくとも、ザルハンは聖域を『何もないところ』と言っていた。そんな所で、ザルハンが洗礼の儀式を行うとは思えない。
ナイザは少し考えるような仕草を見せたあと、フレアに視線を向けて答えた。
「砂漠地帯には八つの部族があるが、大昔は一つだったらしい。
その大昔に、砂漠の民と高原の民が争い、砂漠の民は高原の民に屈服させられたらしい。
その時から高原の民は贄を要求した。
それが、女神の洗礼という儀式の始まりだと伝えられている。
もう誰も覚えていない、年寄りしか知らない戯言みたいな話だ。
まあ、古くから受け継がれてきた儀式だからな、生真面目にそれを守る部族も多いが、ザルハンみたいな新しい部族は、それを守る意識もないんだろう」
言い終えて、ナイザは首を垂れたまましばらく動かなかった。
「何が本当なのか今じゃ誰もわかっちゃいないが……、ちゃんと聞かせてやればよかったんだな」
深い後悔がナイザを打ちのめしている。
ナイザの話の通りだとして、『洗礼』の目的が何なのか分からなくなる。
誰も知り得ない、形だけが残った儀式。
真意はどうであれ、子を守るためならば親は抗うだろう。
そして、ナイザの話が真実だとすれば、放浪の魔女が示した西の地が、『聖域』を指している気がしてくる。
──贄からの解放。
確信は無い。
ほとんど希望でしかなかった。




