鍛冶家での報告 1
本編の『駄犬』の後の話です。
鍛冶鑑那視点の話です。
注)鍛冶君の父と兄のフルネームが出てきます。他にも本編では出ていない内容が含まれます。鍛冶君のフルネームはまだ出てきません。
さて、帰ってきたのはいいものの、どうしたものか……。
対価として支払われたものの入った袋を見ながら、私は溜め息を吐いた。
正直、私一人で取引をしたくなかった。それでも、するべきだとも思った。
事後報告になるのは仕方がないのだろう。そう思いながら従叔父の元へと向かった。
私達が働いている鍛冶魔法具製作所は、名前から分かるように鍛冶家が運営している魔法具製作所だ。元々は、依頼があったら、その魔法具を作って販売するようなところで、かなりの小規模ではあった。
それがいつからか、規模を大きくして、魔法具を小売店に卸すようにもなった。
だからと言って、品質を落とすような事は職人として許すような事はなく、常に高品質なものを、求められる以上のものをと作り続けている。
ただ、そうしていると、どうしても金銭絡みの厄介事は発生する。
元々が職人だからか、商売を不得手としているところもあった。
騙されたといった過去もなくはないし、そういった事に加担させられた事もなくはない。
そういった事で清算できていないところが、今回、西雲君に知られてしまった。
私は責任者になるにあたって、ある程度は聞いていた。だが、西雲君はおそらく、私が知る以上にうちの汚点を知っているんだろう。
正直、内海の後輩である時点で全てを知られていると思っておいた方がいいんだろう。
なんせあの子は、情報はまず相手の弱点を知る事からと言わんばかりだった。後輩が同じ考えじゃないとは言い切れない。
ただ、うちだって、そのままというわけではない。
従叔父が今、頑張ってくれているのは言うまでもない。
最初は経理なんてものを真面にしていなかった家だ。売り上げの計算くらいはしても、そこにかかる税金だとか、色んなお金にまつわる事は税理士を雇ってやってもらっていた。
まあ、外部の人間を資格を持っているからで信用し過ぎるのもよくはなかったんだろう。
そんな事もあって、外部に任せられる事と、中で管理した方がいい事を分けて、今では経理を作って管理している。
それと共に、流通だとか、取引だとかとなると、上に立つ者がいた方が都合がいい。
それもあって、私がいるのは飽く迄も製造部門で、従叔父は経理も担っているが、全てを統括していて社長として一番上に立っている。
実際に、会社としての面もある。そこを円滑に回す為にも、社長という存在は不可欠で、それは製造部門のみんなも分かっている。
だからこそ、当主であり、社長でもある従叔父の子供が製造部門でも上に立ってもらいたいというのが一部の考えでもある。
あの子はそれを分かってはいるが、したくはないようだ。
強制する気はないが、作るのが好きなあの子がより自由に作ろうと思えば、今の私がいる場所に収まる方がいいのはいいんだろう。
もし、本人がそのつもりがあるのなら、実力が伴って、譲れると確信ができたら、私はいつだって渡すつもりではある。
未練がないと言ったら嘘になるだろうけど、それでも、私は『私』という存在で、魔法具を作り続けられたらそれでいい。そこに『責任者』という立場が絶対に必要というわけではない。
ただ、今はまだ私がその場にいるのが最善というだけだ。
それは、私だけの考えではなく、従叔父も同じ考えだ。
私だってまだまだ未熟で、直すべきところは多いだろう。それでも、従叔父からは認められているところもある。そう思ったら、十分、胸を張れる。
それでも、今回の件はなかなかにやらかしにも近いだろう。
報告はしなければいけない。それは分かっているけど、かなり憂鬱ではある。
従叔父のいる場所は社長室だ。
そのドアの前で深呼吸をした。
せめて虚勢を張ろうじゃないか。なんて事はない。そんなフリをしよう。
そう思いながらノックをすると、中から入るようにという声が聞こえた。
その声に従うように私はドアを開けた。
「失礼いたします」
そう言いながら入ると、目的の人物じゃない奴が目の前に立っていた。
「なんだ、鑑那か。何か用か?」
その言葉にイラっとした。
「用がないのに来るわけがないだろう?」
虚勢を張る為に笑顔を作っていたが、そんなものは苛立ちと共に剥れた。
「だったら、さっさとしろよ。こっちも暇じゃないんだ」
面倒くさそうに言われるが、暇じゃないのは社長である従叔父であって、お前じゃないだろうと言いたくなったが、ぐっと呑み込んだ。
「悪いが、良一、お前には用はないんだ。用があるのは社長なんだ。退いてくれ」
ドアの前を塞ぐようにしていたからそう言うと、嫌そうな顔をされた。
「親父は忙しいんだよ。俺が取り次ぐ為にいるんだ。それも分からないのか?」
その言葉により苛立った。
「お前では無理だから言っているんだ。通してくれ」
そう言うと、良一は何かを言おうと口を開いたが、他の声に阻まれた。
「いい加減に通しなさい。鑑那はこっちに用があるって言っているんだ。仕事の邪魔をするな。あと、親父ではなく、社長だと何度言ったら分かる」
叱責の言葉に良一はぐっと押し黙った。それを見た私はいい気味だと思い、心の中で嗤った。そして、私は良一を押し退けた。
「すみません、社長。お忙しいのに」
作った笑みを浮かべながら言うと、従叔父は私を手招きした。
そして、十分近くに行くと、申し訳なさそうな顔をされた。
「愚息が申し訳ない」
「いえいえ」
笑顔でそう返すが、良一の事を許す気は全くない。ますます嫌いになったはとこの事は心の中でボコボコにしてやった。
正直、同じはとこだとしても、あの子の方が何十倍も可愛い。最近は反抗期のようだが、それでも、幼い頃から見てきたのもあってか、今だって可愛く思う。
それに対して、従叔父の頼みもあって一時期婚約までさせられたこのはとこは、一々私の事を見下そうとするくせに、自分は何もできやしない。
作る側の才もなければ、頭の出来も悪すぎる。要領も悪いし、できる事なんて何があると言いたいくらいだ。
今は、私が心から想える相手と出会ったのもあって、婚約は無事に破棄して、今の旦那と結婚もできたから良しとしよう。
それに、従叔父は私の尊敬する人の一人だ。婚約していた当時の事は、従叔父の顔に免じて許してやろう。今の事は許さないけど。
「それで、鑑那。何か急ぎの報告があったから、ここに来たんじゃないのか?」
従叔父にそう尋ねられ、報告しようとしたが、どう話したものかと迷ってしまった。
虚勢を張ってでもと思っていた時は、勢いだけはあったものの、その勢いも萎んでしまった上に、苛立ちを感じていたのもあってか、上手く考えが纏まらない。
「えっと、その……」
そんな私の様子に良一は舌打ちをした。
「親父だって忙しいのに」
不機嫌なその言葉は言われずとも分かっている。
「良和おじさんが忙しい事くらい分かっているよ」
つい不機嫌に返してしまった。
因みに、ここでは親戚のほとんどが働いているのもあり、実のおじやおばでなくとも、自分の親世代の男性をおじさん、女性をおばさんと呼んでいる。
だから、従叔父も例にもれず、私は幼い頃から『良和おじさん』と呼んでいる。
「二人とも、無意味な言い合いはやめなさい」
従叔父に言われ、私は「すみません」と謝り、良一は不機嫌そうに黙った。
「それで、鑑那。報告に来たのは間違いないね?」
従叔父の確認に素直に頷いた。
「はい、そうです」
「報告しにくい内容なのか?」
従叔父は、私なんかじゃ足下に及ばない程に頭も切れるし、察する能力も高い。おそらく、内海とも簡単に渡り合えるだろう。
そんな事を考えながらも、切り替える事にした。
「少しばかり、厄介なものを依頼されたのと、相手も少々、といったところです」
「……詳しく頼む」
深刻な顔をする従叔父に申し訳なくなった。
「あの子が、最初に話を持ってきたんですよ。その時は遠回しに断っていたんです。
ですが、今日、あの子の通う学校に呼び出され、依頼を受ける事となりました」
私がそう言うと、良一が「あいつの所為かよ」と、吐き捨てるように言った。
私と従叔父はそれを無視した。
「あの子の学校という事は如月の関係か……」
従叔父の言葉に良一もようやく理解したのか、顔を強張らせた。
「如月が直接依頼してきたわけではありませんけどね。
ただ、如月からであったなら、それは依頼ではなく、命令になっていたでしょうね」
そう言うと、従叔父は困ったように髪を掻き上げた。
「如月からとなれば、どのみち断れないだろうが、命令にならないだけよかったと思うしかないか」
溜め息が漏れそうな言葉に私は困ったような顔しか返せなかった。
「まあ、いい。少し待っていてくれ」
従叔父はそう言うと、椅子から立ち上がり、ドアに向かって歩いて行った。ドアを開けると、近くにいた人に、あの子が帰ってきたらここに来るよう伝えるようにと言っていた。
それだけを伝えると、従叔父は椅子のところに戻ってきて、盗聴防止の魔法具を発動させた。
「すまない、途切れさせて」
「いえ、必要な事だと思いますので」
あの子も同席した方がいい。それは私も思う。
「それでも、聞いておけるところを聞いておきたい」
「はい」
「一体、何を依頼されたんだ?」
それが一番答え難いが、一番伝えなければいけないものだ。従叔父が盗聴防止の魔法具を発動させたのは流石だ。
「……神杖を依頼されました。そうは言っても、核は不要ですが」
「神杖とはまた……。しかし、核が不要というのはどういう事だ? 核なしでは発動しないだろう?」
「核になるものを向こうが持っているんですよ」
そう答えると、従叔父はこの上ない程に目を見開いた。
「賢者の石を持っている? 本当にか?」
「実際この目で見ました」
そう言うと、従叔父は頭を抱えて黙った。
その様子に良一は不安そうな表情を浮かべていた。
従叔父は暫く黙っていたが、姿勢を正し、私の方に向き直った。
「今回、依頼という事は、ちゃんと対価は貰ったという事でいいんだね?」
「勿論です。と言っても、お金ではなく、ものでの支払いでしたけど」
そう言うと、従叔父は眉をピクリと動かした。
「一体、何を対価として受け取ったんだ?」
「えっと、ここで出してもよろしいですか?」
「出す? まあ、構わないが……」
従叔父としては、小さくともかなりの価値のあるものと判断したようだ。
予想とは全く異なるものだが、許可は貰った。私は、空間魔法の組み込まれた袋から、対価を取り出した。
次々に取り出されるものを見て、従叔父も良一も唖然としていた。
「これで全てです」
全てを取り出してからそう言うと、従叔父は端正な顔を歪めていた。
「……正気か?」
絞り出された言葉に同意しかない。
「これは全て、依頼者が自身で作られたものです」
「有り得ない」
従叔父はそう言ってから、額に手を遣り、俯いた。どうやら目の前の現実を受け入れられないようだ。
「私も有り得ないと思いましたよ。けど、目の前のものは全て鑑定眼で視ています。
それを信じないという事は、自分の目を疑う事になります」
「それはそうだ。だが、良一、念の為、お前も視てくれ」
従叔父の言葉に良一は驚いた。
「えっ、鑑那が視てるんだから、要らないんじゃ……」
鑑定眼で言うと、良一より私の方が精度はいい。良一もそれは自覚している。そして、従叔父は、鍛冶の直系ではかなり珍しく、鑑定眼を持たずに生まれている。だから、こうして誰かに頼む。
「鑑那が視ているからと言って、ダブルチェックが不要なわけではないだろう?
勿論、鑑那の鑑定眼は信用している。それでも頼めるな?」
そう言われて断れる人間なんていないだろう。
その考えは良一も一緒だ。良一は「分かった」と言ってから、鑑定に取り掛かった。
その間に、対価としてもらったものの品目が書かれたものを含む契約書を従叔父に渡した。
従叔父は勿論、契約を結んだ相手の名前を見落とす事はなく、信じ難いといった顔で私を見ていた。
「何から聞いたらいいのか、分からなくなるな」
「ですから、どう報告すべきか悩んでいたのです」
そう伝えると納得された。
そんな会話をしている間に良一は鑑定が終わったようで、目を押さえて俯いていた。
「鑑那、お前、よくこの量視たな」
一度に鑑定し過ぎた所為か、良一は顔色が悪くなっていた。
「かなり頑張ったんだよ。あまり時間を取るわけにはいかなかったから、できる限りの最速で」
「お前も十分化け物だな」
そう言いながら、良一は吐き気と戦っていた。
良一は、精度こそいまいちではあるが、視る速さは今いる鍛冶家の人間の中で一番を誇る。
速ければいいわけではないと言われるが、それでも速さが必要な場面も多い。そうなれば、腕さえ磨いて、精度を上げてくれればかなり重宝される。
だが、良一の精度が上がる事は今までなかった。きっとこれからもなんだろうと周囲は諦めている。それでも、実の父である従叔父だけは、事あるごとに良一に鑑定眼を使わせている。それだけ期待はしたいのだろう。
良一を呆れた顔で見ていると、従叔父は咳払いをした。
「どうだった?」
従叔父のその問いに、良一は吐き気を振り払い、答えた。
「えっと、箱状のものはどうもアイテムボックスみたいで、鑑那しか使えないように設定されてるみたい。
他のものは――」
良一は対価品目を見たらしく、それを順に指でなぞった。
「あー、ここに書いてあるの全部が揃ってるし、ここに書かれている通り、全て固定済みで合ってる。
ただ、これらが魔力で作ったものじゃなく、本物って言われても遜色ないくらいに本物に近いよ。
正直、作られたものって聞いてなかったら、本物って断定してたかもしれない」
良一の言葉に従叔父は眉を寄せた。
助け舟を出してやるつもりはなかったけど、これは流石に可哀想だ。
「それは本当に、本物より本物らしいものですよ」
「どういう事だ?」
従叔父は私の言葉に怪訝な顔をした。
「魔力の質、作る者の腕、全てが一級品。その所為か、本物と見分けがつかない程に品質が良すぎるんです」
「……有り得るのか?」
「有り得ているんですよ。今、この目の前で」
私の言葉は真剣そのもので、従叔父も納得せざるを得ない様子だった。




