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交渉後の魔法具制作部の部室

時系列としては、本編の『駄犬』の直後の話です。

視点としては、魔法具制作部の名前もついていないとある女子生徒です。

鍛冶の家についても少しだけ出てきます。

 副会長が部室を去ってから、鍛冶が鬼怒川先生に話し掛けた。

「副会長って、最初からあの契約は破棄するつもりだったんスか?」

「いや、そんなつもりはなかっただろうな。

 寧ろ、最初の感じで、全部の契約を結びきる方が西雲にとっちゃ都合がよかったと思うぞ」

「けど、それって、副会長が悪役っぽいじゃん。脅すような真似までしてさ」

 鍛冶は少し不貞腐れたような顔をした。

「それでよかったんだよ、本当は。

 ただ、お前らもいる手前で、話も思うように進められなくなったから、どうせボロが出るならもういいってなったんだろうよ。

 まさか契約書を破るとは思わなかったがな」

「なんか不都合があるんスか?」

「あれは理事長の管轄だ。

 契約を結ぶ結ばないは西雲の自由だし、契約破棄をしてはいけないわけじゃない。

 それでも、理事長の管理下にある契約を破棄するっていうのは少なからずデメリットがあるはずなんだよ。まあ、俺も詳しく知らんし、想像でしかないがな」

「デメリットって?」

「だから想像だって言っただろう?

 契約破棄に関して何かしらはあるはずだっていうこっちの勝手な想像だ」

「じゃあ、別にデメリットはないかもしれないって事?」

「まあ、あいつがどういう風に理事長と話しつけてあの契約書を使ってるのかも知らんからな。

 けど、契約と結ぶメリットとデメリットはあるんだろうよ」

「正直、機密を漏らすもなにも、それって副会長に関係ない気がしたんスけど……」

「ああ、別にあいつは如月の人間じゃないからな」

「じゃあ、なんであんなお互いの命かけるような契約するんスか?」

 副会長が結ぶ必要のない契約を副会長が結ぶというのに納得がいかないのはこの場にいる人間全員が思う事のような気がした。

「……敢えて言うのなら、西雲が理事長と何かしらを交わしていて、それによって何かしらを得られるんだろう。

 俺も詳しくは知らん。

 それでも言える事があるとしたら、あいつはどういう形であれ、如月から保護を受けている」

「けど、命を懸けさせられてるんでしょ?」

「ああ、保護を受けている命というのは、言い方は悪いが、如月が所有している命でもあるんだよ。その使い道を持ち主が決めても誰も文句は言えんよ」

「それ、おかしくないっスか?」

 鍛冶が怒っているのを感じた。

「……西雲の保護を望んだのは如月の令嬢である如月弥生だ。だが、実際に保護をするのに力を貸すのは如月当主だ。

 色々とややこしいんだよ。

 俺らがどう足搔いても介入はできんし、当事者である西雲もだ。

 これに関しては身分もある。口出しはできねぇんだよ」

「納得いかないっス」

「だとしても、それが現実だ」

 受け入れろと言わんばかりの言葉に鍛冶は不機嫌そうな顔をした。

「お前が不貞腐れようが何をしようが現実は変わらんよ」

 鬼怒川先生は偶に突き放すような言い方をする。これはこれ以上聞いてくるな、とか、この話はここでおしまいといったような意味を含んでいる。

 それでもしつこいようなら怒られる事もある。

 それは鍛冶も分かっているから話題を変えるようだった。


「鬼怒川先生は副会長と約束取り付けてたみたいっスけど、ガチで行くんスか?」

「ん? ああ、招かれたんだ。この機会を逃すほど馬鹿じゃねぇよ」

「やっぱり滅多に行けない場所なんスか?」

「まあ、そうだな。俺は一生行く機会がないと思ってたからな」

「へ~、俺らも行くのは難しいんスよね?」

「招かれないと無理だと思うぞ。場合によっては、侵入者として排除されるだろうからな。

 よっぽど、商談だとか、何かしらの理由がないと無理だろうな」

「副会長って、最初にその地に踏み入れられたのって、『よっぽどの理由』があったんスか?

 だって、招かれてはないっしょ?」

 鍛冶の疑問は分からなくはない。

 当時の当主を殺しに行くのは招き入れられたわけじゃないだろうし、如月の命令だからといって、そこの人達が事前に踏み入る事を許可したとは到底思えない。

「あ~、難しいなぁ」

「何がっスか?」

「あの地は住むにしても、『合わない』と住めないようになってるんだよ」

「どういう事っスか?」

 意味が分からなさ過ぎて、鍛冶だけじゃなく私達も首を傾げた。

「あの地にはあの地を守る神が住んでいると言われているんだよ」

「はあ?」

「だから、招かれざる客は辿り着く事さえもできないと言われている。

 逆にその地の者が招いていないのに辿り着くのは、その地に住む神に呼ばれた者って言われているんだよ」

「えっと、それって、副会長がその地の神に呼ばれたって事?」

「まあ、そうじゃなかったら、如月の人間が行ってたか、他の人間に任されてただろうよ。

 ただ、如月の人間はどうも『合わない』らしく、辿り着けないんだよ。

 俺も無理だし、内海先生も過去に行こうとしたらしいが無理だったらしい。

 正直、西雲が行ける保証はなかったから、無理ならそういう定めだとして、のさばらせてただろうからな」

「けど……」

「ある意味選ばれし者なんだろうな。

 だが、あいつ自身はあの地に定住する気はないし、それを強要できる人間はいない。

 まあ、神様とやらが本当にいるのなら、あいつを離そうとしないかもしれんな」

「なんか、人間に好かれるより厄介な気がするんスけど……」

「まあ、そうだろうな。

 けど、それを言うのなら、毛嫌いしていたお前はえらく興味持ったじゃないか」

 何になんて言わなくても分かる。鬼怒川先生はにやにやしていた。

「興味は確かにありますよ。じゃなきゃ、関わんないっスよ」

「えらく素直だな」

「素直って言うか、事実なんで」

「なんで興味持ったんだ?」

「……模擬戦の時に、なんか『ああ、この人も人間なんだ』って思ったから、かな。

 それまでは人間離れし過ぎって言うか、こっちが関われるような存在じゃないって言うか、威圧を恐怖に感じてたのもあって、近付かない方がいいって思ってんスよ。

 けど、ちゃんと人間らしい理由で怒れるんだと思ったら、自分が今まで見てこなかった副会長の『人間』としての面ってどん何なんだろうって思ったんスよ」

「そうかよ。

 それでも、そんなに怖がっていた相手によくもまあ軽い口調で話し掛けられるな」

 鍛冶は今もだけど、かなり軽い口調で話している。

「え~、だって、どのくらい許されるか分かんないじゃないっスか。

 だったら、怒るとか叱るを優先できないとこで試せば、こっちの被害は減るじゃん」

 どうやら計算しての事らしい。

「つまり、お前は俺にも怒られないと思って、その話し方ってわけか」

「だって、先生、怒んないっしょ?」

「まあ、どういう話し方でも基本的には怒らんが、度を超してたり、場に合わなさ過ぎるようなら、流石に言うぞ」

「分かってますよ。

 けど、さっきのも、鬼怒川先生は普段の延長だったじゃないっスか。だから、怒らなかったんでしょ?」

「まあ、最初っからそんなだったら拳骨食らわせてたかもしれんがな」

 最初は緊迫していた感じはしていたし、鍛冶だって身内が命をかけるような契約を結ぶって時はかなり焦っていた。流石にあの時は副会長に対して怒りも覚えていたようだったけど、鍛冶は一時の感情だけでその人の全てを判断しない。

 多分、今回の事を通して、副会長の事はかなり評価してるし、気に入ったんだと思う。

「流石にあんな中でこんな態度は無理っスよ。

 けど、まあ、途中、あまりに素で副会長に怒鳴った時は鑑那さんに怒られましたけど」

「そりゃ、お前のはとこにとっちゃ、西雲は客だ。それに怒鳴れば怒られるだろう」

「それはそうなんスけど……」

 他の失礼な発言とかは見逃したのにとでも思っているんだろう。鍛冶は不貞腐れていた。

「まあ、後は言われたように目上に対しての態度じゃなかったからだろ。

 西雲は気にしていなかったようだが、魔法具に対しての事で、お前にとっては目上の相手、自分にとっては客、そんな相手にあの態度はいかんって話だ。

 だからだろう? 魔法具以外ではそこまで咎めなかったのは」

 鍛冶のはとこさんが実際にどう考えていたのかは分からない。それでも、そう考えるのは何も不思議ではないと思う。

「……魔法具に関しては、まあ、そう、っスね。

 俺の当たり前を押し付けて、実際に実現してるものに対して、『できてるしじゃねぇよ』って言い方は、よくなかったかも」

 鍛冶としても反省はしているようだ。

「あいつの規格外は今に始まったわけじゃない。

 こっちの常識が通用しないのは滅茶苦茶あるし、おかしなところもある。

 だからと言って、お前がそれを指摘する権利はないんだよ。

 まだまだ未熟なひよっこが、『常識』を語っちゃいかんよ」

 鍛冶は鬼怒川先生にそう言われて不貞腐れたような顔で黙った。


「……護宮に対してのあいつは怖く感じなかったのか?」

 鬼怒川先生のその問いに、鍛冶は不貞腐れた顔をやめた。

「別に、俺に向けられたものじゃないのに、怖がる必要ないじゃないっスか」

 鍛冶のその言葉には同意しかねた。

「威圧は怖かったんだろう?」

「あれは俺……正確に言ったら、俺も含めたここにいる生徒全員に向けられたものじないっスか。

 自分に向けられたら怖いっスよ。

 けど、俺に向けられてないし、俺自身は安全なところにいる。なら、怖がる理由なんかないっスよ」

 鍛冶はそう言うが、人を恐ろしいまでに冷たい顔で踏みつける様子は十分怖いと思う。

「お前はなんだかんだ言って肝が据わってるなぁ」

 鬼怒川先生は妙に感心したような声で言った。

「そんな事はないっスよ。怖いものは怖いし」

「だとしても、あの様子を見て、怖いと思わないというのは普通とは言い難いよ。

 まあ、お前のはとこもだけどな」

「鑑那さんっスか?」

「ああ、なんせ、お前と同じで、自分に被害がないと分かっているといったような顔で傍観していたからな」

「そう言えば、そうだったような気も……」

「お前は興味深そうに見てたがな」

「まあ、どんな感じの態度とるんだろうって気になって……」

「それは構わないが、あまり下手に首は突っ込みすぎるなよ。危ないのは確かだからな」

「は~い」

 真剣さの全く感じられない返事はきっと首を突っ込むんだろうと思わされた。

「……まあ、いいが、お前のはとこは数年もしたらより化けるぞ」

「化けるって……」

「ある意味狸だろうよ。

 自分の手札がそこまで多くない、もしくは、自分の家の格を把握しているからこそ、誤魔化しも必要になる。それが分かっているからこそ、平然を装えるんだろう。

 全てを感情のままにしない術を学んできているんだろう。

 あれは経験をより積めば、上の階級の家でさえも交渉を成功させてみせるだろう。

 まあ、今回は損得の判断と、自分の周辺の事と西雲の事を考えて折れたから契約を結んだんだろうがな。

 メリットとデメリットを考えて、自分の命さえも賭けれる辺り、十分に肝が据わってるよ」

 それは褒めているんだろうか? 私には判断がつかなかった。

「それって、鬼怒川先生は鑑那さんを評価してるって事っスか?」

「評価云々ではなく事実だよ。

 あの手の人間には極力関わりたくない。内海を筆頭にな」

 鬼怒川先生は、きっとより厄介であろう内海さんと同等とまではいかずとも、将来的には同等になり得ると思っているもかもしれない。

「鑑那さん、やっぱ副会長との契約、結びたくなかったんスかね」

 鍛冶としても自分が遠回しだろうと断られているのだから、断りたい話だという事は分かっていたんだろう。

「西雲と契約を結ぶか、如月に強制的に働かされるかを天秤にかけたんだろうよ。

 それなら、まだ西雲と契約を結んだ方がうまみがある。そういう判断だろうよ」

 そうでなければ断っているという事なんだろう。

「俺じゃ、たぶん契約だとか交渉だとかはまだ無理っスね」

「まあ、ぼちぼちだろう。どうせ、その内、経験はするだろうよ」

「え~、面倒な気がする~」

 鍛冶は心底避けたいと言わんばかりだった。

「仕事を引き受けるかどうかを決めるのも契約を結ぶ結ばないにあたるんだ。

 面倒でもがんばれよ」

 それは鍛冶だけに向けられた言葉じゃない事はみんな分かった。


「そう言や、お前、『はとこ殿』なんて呼ばれてるんだな」

 鬼怒川先生に言われて、鍛冶か苦い顔をした。

「別に誰が強要したとかではないんスけどね」

「……あの人は、その場だけの仮の責任者なのか?」

 おそらく、鍛冶のはとこさんがそう呼んでることからの判断なんだろう。

 あまり身内に『殿』なんてつけて呼ぶ事はない。それに、あの人は女性だ。まあ、責任者は男性である事が多くて、それと対等でいなければいけないというのもあるから、そう呼んでいるのかもしれない。

 そうじゃなくても、目下か同等の存在に対して使う敬称を身内が使うという時点で何かあると思うのは当然だろう。

「別に、家の中ではそう呼ばれてないし、俺は鑑那さんが責任者だと思ってる。そんな、仮に据えられてるなんて思ってない。けど……」

 鍛冶がこの学校にいるというのは、跡取りのつもりなんだろう。

 そして、鍛冶のはとこさんは、それでいいと思っているというのを周囲に示しているのかもしれない。

「お前のところもややこしいのか?」

「……うちの方が本家なんスよ。で、鑑那さんの方は傍系なんスよ。

 元々、経営とか云々を当主がするっていうのはなくて、本家の跡継ぎが製造責任者してたんスよ。

 けど、うちの父親は、なんか、作る方に向いてないらしくて……」

「それは周囲の評価か?」

「俺は本人がそう言ってるって事しか知らないっスよ。なんせ、父親が魔法具作ってるとこなんて今まで一度も見た事ないんスから」

「はあ。お前はまだ上手い方だがな」

「だからなんでしょ、たぶん」

 それは鍛冶の家としては、鍛冶を跡取りとして考えているって事なんだろう。

「けど、お前の父親は、あの人を製造責任者として認めてるんだろう?」

 鬼怒川先生の問いに鍛冶は頷いた。

「当主の意向に従わんのか?」

「元々、本家が製造責任者してたって言ったじゃないっスか。

 俺の父親は経営の方に回ったから、このまま本家が継がないんじゃないかって話も出てたんスよ。

 けど、物心つく前から製造所に出入りして、当たり前のように魔法具に興味持って、それで、初めて魔法具作った時なんか、周囲が褒めそやすような存在が本家に生まれたら、そりゃ、期待もされますよ」

 きっと鍛冶はその期待が嫌だったんだろう。

 当主である父の意向より、一族の期待の方が大きくなった結果、自分に掛けられる期待が大きくなったんだろう。

 鬼怒川先生はそれは分かったようだった。それでも、納得はしていない。

「お前の父親は、お前を跡継ぎだと言ってるのか?」

「言ってないっスよ。『好きなようにしなさい』ってさ」

「えらく優しいな」

「俺の父親、結構俺に甘いっスよ。たぶん、わりと遅くにできた子供だからっていうのもあるからっスけど」

「なかなか子供ができなかったって事か?」

「いんや、俺、次男坊っスよ」

「あ? そうだったか?」

 鬼怒川先生もちゃんと把握していなかったが、私も知らなくて驚いた。

 正直、この学校に通うのは長男長女が多い。だから、次男で跡取りというと色々勘繰られる。

「うちの兄貴、マジで才能ないレベルで魔法具作んの向いてないんスよ」

 その言葉に色んな意味が含まれているのは言わずとも分かってしまった。

「つまり、周囲は落胆していたところにお前が生まれたってわけか」

「そういう事。だから、周りだけが盛り上がってた上に、俺は運がいいのか、この学校に入学できちまったんでね。まあ、そうなりゃ、ね」

 はっきりと言わなくても、周囲の期待がより大きくなってしまった事は容易に想像できた。

「あの人自身はお前の方が責任者に向いてると思ってんのか?」

「分かんないっス。大体笑って誤魔化されるんで。

 でも、普通は嫌だと思うんスけどね」

「まあ、それはそうだろうな」

「ただ、まあ、うちの馬鹿兄貴はどう思ってんのかっスよ」

「自分の兄に馬鹿って言うか?」

「……うちの兄貴、鑑那さんと同い年なんスよ。

 で、ことごとく比べられて育ってるから、まあ、色々と嫌な感じなんスよ。

 俺は正直、嫌いっスよ」

 鍛冶は自分の兄より断然、はとこさんの方が好きなんだろう。それは誰が何も言わずとも分かった。

「兄弟で、製造面も経営面ってなれば、本家の威厳は保たれるってとこなんだろうな」

 鬼怒川先生はなんて単純な思考だと言いたげだった。

「俺は作る側は好きっスよ。けど、それと跡を継ぐのは違うと思うんスよね」

「まあ、なあ」

「ただ、鑑那さんの子供、女の子なんスよね~」

「女で跡を継げないわけではないと証明した人間の子供だろう?」

「まあ、そうなんスけど……」

「なにか? お前の婚約者にでもされんのか?」

「それはないっスよ。オレ、幼女趣味はないっス」

 どうやら、はとこさんのお子さんはまだ小さいようだ。

「一回りくらいなら十分あり得るだろう」

「やめてくださいよ。いくら、俺が色んな女の子と付き合った事があるって言っても、年下はほぼないっスよ。

 それに、流石に鑑那さんの子供とはちょっと……」

 鍛冶も気まずい相手くらいはいるようだ。まあ、選り好みというか、告白してきた相手全員と付き合った事があるわけではないようだし、鍛冶としても相手は選んでいるようだ。

「お前でもそう思う相手いんだな」

「流石に女の子なら誰でもじゃないっスよ」

「……因みに確認だが、美人なら同性でもではないよな?」

 鬼怒川先生がそう尋ねると、鍛冶は軽蔑するような冷たい目を鬼怒川先生に向けた。

「俺、冗談でもその類の事言われるんの嫌いなんで。

 俺の恋愛対象は飽く迄も異性なんで」

 少し空気がヒリついたけど、鬼怒川先生は何とも思っていないようだった。

「冗談じゃなくて確認だよ。

 ほら、異性愛者を狂わせそうな奴がいるだろう?」

 それが誰と言わずとも、この場にいる全員が思い浮かんだ。

「……副会長の事っスか?」

「あれはちょっとばかし問題だろう。

 正直、ふいに浮かべる表情で惑わされる奴がいるんだよ」

 いるという時点で、過去に何かあったのかと思ってしまう。

「……それは副会長は大丈夫なんスか?」

「あいつがそういうのに気付いてるのかどうかは知らんが、実害はないな。

 なんせ、何かあるようなら、あいつは容赦なく攻撃できるからな。

 自分の邪魔になると判断したら、簡単に排除するぞ」

 つまり排除されたくなかったら、邪な感情を抱くなという事なんだろう。

「いくらあれだけの美人でも、男は男なんで、俺の守備範囲外っスよ」

「それなら安心だな」

「安心って……」

「これからも関わるのなら、釘差しとかんと、如月が恐ろしいんだよ」

 そう言われて誰もが納得した。

「副会長はヤバい人に好かれてるんスね」

「まあな。つーか、お前はそういう類でも冗談なら受け流すとか、上手い事すると思ってたよ」

「あ~、わりとその系統を言われる事もあるんスよ。

 正直うんざりなんスよ」

 鍛冶は辟易とした顔でそう言った。

 冗談でもそういう事は鍛冶には言ってはいけないというのは、鍛冶と関わりのある人間の間では暗黙の了解だと思っていた。正直、鬼怒川先生が知らないのが意外だった。

「よく言われでもしたのか?」

「……幼馴染にわりと顔の綺麗な男がいるんスよ。

 そいつと一緒にいたら、そういう事を言われる事があるんで嫌なんスよ」

「関わりを断とうと思わなかったのか?」

「関わり断つなら、幼馴染の方じゃなく、そういう馬鹿な冗談言ってくる奴らにしますよ」

「そういう馬鹿な事言ってくる奴らの中に、家にとって利益を生むような奴がいてもか?」

「代わりはいくらでもいるでしょう?

 利益なんか、別に一つの方法で生むわけでもないんだし」

「そうか。まあ、大切な縁なら、そっちの方が切らんで済むようにしたいわな」

「そうっスよ」

 鍛冶のこういうところがなんだかんだ言って好かれるところなんだろう。

 誰でもよくて、それなりの付き合いをできればじゃなく、切りたくない縁をちゃんと持っていて、それを大切にする。そんなところがあるから、鍛冶は好かれるんだろう。


「俺の事は置いといて、鬼怒川先生はこれから忙しくなるんスか?」

「あ?」

「だって、奇跡の石花の対価に何か引き受けたんでしょ?」

「あ~、あれなぁ。まだ内容見てないから何とも言えんが、面倒だろうなぁ。

 それでも、学校に来ないとかはないと思うし、部活禁止とかにさす気はないよ」

 それを聞いて私たちは一安心した。

「まあ、別件で何かあって、動かにゃならん時は行き成り休止とかになるかもしれんが、なるべくないようにはするよ」

 その言葉で私たちは一気に不安になった。

「先生、俺らだって部活したいんで、なるべく部室にいてくださいよ。

 じゃないと、俺ら、副会長に強制的に部活禁止か制作以外の何かに変更されるじゃないっスか。

 一回や二回はまだいいっスけど、何回もは勘弁スよ」

 鍛冶のその言葉はみんなの気持ちの代弁だ。

 それは鬼怒川先生に伝わったようで、フッと笑われた。

「分かってるよ」

 その言葉にあまり信用はできなかったけど、私たちは信じるしかなかった。

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