二十七話ですぜ、旦那!
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いよいよパーティーが始まる時間となり、会場にムーティッヒ王と共に妾も場所を移す。そしてその会場内を目にして呆然と立ち竦んでしもうた。素晴らしく美しい絵画の数々が、会場内の壁に等間隔に掛けられていたからじゃ。
農民が畑仕事をしておる光景、赤子に乳をやる光景、裸であるが邪な印象は皆無な女体の絵画、他にも様々な絵画が会場内に存在し、パーティーの招待客は挙って絵画の下に集っておる。妾も招待客の者達と同様、その素晴らしい絵画の虜となった。
妾とムーティッヒ王の存在に気付いた貴族達が挨拶してくるが、それをおざなりにしてしまうくらいには見惚れてしまい、側近のシバにそれとなく注意されしまう始末。
しかし、言わせて欲しい。こんな絵画を目にしたら、誰でもこうなってしまうじゃろうからして、妾のこの無礼な行為も今に限って言えば許される筈じゃと。
そう内心でシバへと反論しつつ、ムーティッヒ王と共に絵画を一通り見て回る。そして一頻り眺めて満足すると、この館の主人に仕える執事によって上座の一角へと案内され、そこに腰掛けると執事が笑みを携えて驚愕の言葉を発する。
「主の描かれた絵画がお気に召されたのであれば、お好きな絵をお持ち帰り下さい」
「よいのか!?」
「はい。主から言付かっておりますれば、どうぞお気になさらず」
「そ、そうか! ……しかし悩ましいのぉ。どれもこれも目にした事が無い画風で、出来れば全て欲しいのが本音なのじゃが」
「それでしたら全てお持ち帰りになれば宜しいのでは?」
「全部よいと言うのか!?」
「はい。教皇様が願うなら全ての絵画を土産にしても良いと、そう許可がおりておりますので」
何と懐の大きい男なのじゃろうか。どう考えても、一枚の絵で金貨数百枚……いや、金貨千枚にはなるであろうその絵画を全てタダでくれるとは。
しかし冷静に考えてみれば、全てコーター自身が描いた物であるのだから、これからも好きな時に好きなように描けるのだから既に描いた絵に頓着する必要は無いという事なのじゃろう。
「そ、それなら少し自分でも厚かましく思えるのじゃが、厚意を素直に受けようと思う」
「畏まりました。では、パーティーが終わり次第、絵画の方はしっかりと梱包してお渡し致します」
「コーター卿に礼を言って……いや、妾自身で言わねばならんな。忙しいじゃろうが、パーティーの後で会う時間を取って欲しいと伝えてくれんか?」
「主も喜ぶでしょう。ささ、丁度料理が運ばれて来ましたし、私の方はその間に主へとお伝えしておきます。私の居ない間は、メイドを二名付けておきますので、何かありましたらその者達にお申し付け下さい」
懐の大きさに驚かされるが、それと同時にコーターの多才さにも驚かされる。絵画にも精通しているなど事前の情報には無かったのじゃが、嬉しい誤算とも言えるのでそこに文句など一つも無い。
妾の笑みを浮かべての頷きを見た執事は、メイド二人を妾に紹介すると何処かへと移動して行った。
その執事と擦れ違うように、メイド達が見た事の無い料理が盛られた皿を携えて来る。そしてテーブルの上に洗練された所作で置き、無駄な動き一つ無く一礼すると下がって行く。
それを見届けた妾は、目の前の料理に視線を移し、どう食べれば良いのじゃろうかと思案した。それは妾の料理を毒味するシバとて同じ事で、初めて目にする料理に戸惑い躊躇する姿を露にしてしまう程。
それを察したからか、妾の傍に立っておったミレイという名のメイドが料理の説明を始めた。
「今回のパーティーでお出しします料理は、全て当家の主であるコーター様が創作された料理で御座います。そして現在テーブルの上にありますのが、新鮮な野菜を中心とした天ぷらという調理法で作られた代物となります」
「ほう、創作料理とな? しかし、妾は天ぷらという料理をそもそも知らんのじゃから、その調理法での新たな創作料理と言われてもピンと来ぬのぉ」
「いえ、天ぷらという調理法そのものですらがコーター様が生み出した調理法で御座いますれば、知らぬのもの無理からぬ事かと」
「なんと!? 天ぷらというのがムーティッヒ国独自の料理という訳ではないのか?!」
驚きながらムーティッヒ王へと視線を向けて見れば、数メートル離れた席でメイドの一人から食べ方をレクチャーされておるのが妾の目に映った。それはつまり、メイドの話す事が真実であるのだと証明しておると言えるじゃろう。
新たな調理法を生み出したとは驚きじゃ。新たな画風の絵画にも心底驚いたが、ここで新たな調理法すら出てくるとはのぉ。
「天ぷらには二種類の食べ方がありまして、先ずは塩を振り掛けて食べる方法と次にツユへと浸して食べる方法になります。これは好みの話になりますので、お好きな方法でお食べ下さい」
「なるほどの。シバよ、早くせぬか」
「は、はっ。……では、先ずは塩から頂きます」
どんな味がするのか待ちきれぬ妾は、側近のシバを急かした。毒味役のシバが先に食べねば妾が食べられぬのだから、急かしたとて仕方がない。
そうして妾の指示に従ったシバが、最初に塩を選択し恐る恐る口にする。あれは見たところ、恐らくは椎茸じゃろう。
天ぷらという調理法はコーターが新たに生み出しただけに初めてとなるのは当然じゃが、椎茸の味などそうそう変わらんであろうからして、その味は容易に想像出来る。それ故に、シバもあまり表情に変化は無かろうと思っておったのじゃが、シバの反応は予想もしないものじゃった。
椎茸の半分を齧った直後、目玉が溢れ落ちんが程に瞼を大きく開くと身震いするように唸ったのじゃ。
「こ、これは………!? あぁ、何と表現すれば良いのか分かりません。ただただ美味であるとしか言えませんな!」
「天ぷらに合うお酒は此方の二つとなり、金色の物がビール、無色透明の物が清酒と言います。どちらを選択されますか?」
「そ、それでは、噂に聞くこのビールとやらを」
「畏まりました。では、こちらのビールをご堪能ください」
「う、うむ。では、先にツユの方で残った椎茸を━━━ッ!?!? これまた旨い!!」
メイドの一人がシバへと酒を渡すその間に、シバはツユの方で残っていた半分の椎茸を食べる。その瞬間、またもや目玉が溢れ落ちんが程に瞼を大きく開くと、ほぼ叫んでいると表現しても良い声音で天ぷらを絶賛した。
シバがこれ程に旨いと唸るとは驚きじゃ。早く妾も口にしたくて堪らん。
それなのにも関わらず、毒味役のシバはフォークを一向に手放す素振りを見せん。何のつもりなのじゃろうかと怪訝に思い、妾はシバをグッと睨んだ。
「おい、毒味は済んだであろうが! いつまでフォークをガッシリと握り締めておるつもりじゃ!」
「教皇様、まだです! まだ少しのご辛抱を!」
「何がもう少しの辛抱を、じゃ! ……あれじゃろ、そなたがフォークを離さん理由は、他の物も食べたいだけであろうが」
「何をおっしゃいます! 見てください、これは怪しいですぞ!」
「どう見てもただのピーマンじゃ! 怪しくも何とも無いわ!
毒味の必要はもう無かろう、早く渡せ!」
半ば無理やりにフォークを奪うと、シバは捨てられた童子のような表情で渋々ビールを手に持つ。普段は妾に忠実なシバがこうなる程の料理とは、どれだけ美味なのじゃろうかと期待が膨らみ、情けない姿を見せるシバがビールを口にする様子を横目にしつつピーマンをツユに浸して口に運ぶ。
あぁッ、何じゃこのサクサク感は!? そしてこの味!! ただのピーマンが、これ程に変化するとは!!
「こ、これは━━」
「うッまい!! 口の中に残っていた椎茸の味がビールによって更に変化し、最高の幸福感を与えてくれる! しかもこの喉越したるや、えもいわれぬ!」
妾が天ぷらの感想を口にしようとするその時に、無粋にもシバがビールの感想を叫ぶ事で妾の発言は中断されてしもうた。
こやつは理解しておるのだろうか? 妾が料理の感想を呟くだけで、その国に住む者達への、つまり今回の場合で言えばムーティッヒ国の貴族達になるが、その者達への感謝の一つの形として妾が表せる礼であるのだと。
いや、普段のシバなら理解しておるだろう。しかし未知なる料理や未知なる絵画のせいで、驚きの連続によって脳の機能が著しく低下しておるとしか思えん。
本来ならばこの場面で妾が料理を誉める事により、通常であればそれを礼の一つとして表し、そして聖教国のイメージを良くするという二重の意味を含めた戦略となるのじゃが、味方がそれを邪魔するとはのぉ。
だが、そうやって内心で愚痴を呟きつつムーティッヒ国の貴族達へと視線を向けて見れば、誰も彼もが妾に視線を向けてはおらず、全員が料理や酒に集中しておるのだから、例え妾が料理の感想を呟いたとしても意味は無かったかもしれん。
そう思いながらふと視線を手元へと移せば、何故か皿に盛られていた筈の料理が消えておった。不思議な事なのじゃが、何一つ残ってはおらん。
何が起きたのかと驚きながら視線をさ迷わせておると、シバの前には何故か新たな皿が用意されおり、それをシバが一心不乱に食べておった。
「おい、いつの間に料理が運ばれて来たのじゃ?」
「これですか? これは毒味役の私へと用意して頂いた料理だそうです。いやぁ、有り難い気配りで嬉しい限りです」
「……そうか。それはそうと、妾の目の前にある皿を見て何か思う事があるじゃろう?」
「そうですねぇ………何やら考えながらバクバク食べておられましたが、早食いは体に悪いかと」
「ちょ、ちょっと待て。すると何か? 皿に何も無いのは妾が全て食べたからだと?」
「貴族席を見ながら食べていたではありませんか。それがどうかしましたか?」
ちょっと待て、本気で言っておるのか? いや、どう見ても本気で言っておるな。妾は自分でも気付かぬ内に食べてしまっておったのか?
これまでの長い人生でこれ程に美味なる料理を口にする事は無かったのじゃから、自身でも気付かぬ内に口にしていたと指摘されたら簡単には否定出来ん。何せ心底旨かったからのぉ。
しかし、その美味なる料理を側近の一人がバクバク食べておるのを眺めなければならないとは、これは可笑しな話じゃろう。側近なら気を遣って「此方をどうぞ」と差し出す気概を見せてくれても良い筈じゃ。
それなのにも関わらず、シバは天ぷらを口に運ぶと次にはビールでそれを胃へと流し込み、それはもう幸せそうに「ハァ〜〜〜旨い」と感想を口にしておる。それを見ておると、純粋に腹が立ってきたのぉ。
「おい━━」
「教皇様、次の料理が来ましたので皿を下げさせて頂きます」
「そ、そうか。では、頼む」
シバに一言注意してやろうと思った瞬間、メイドのミレイから喜ばしい報告を受けて一旦シバへの説教は後回しとした。そして妾の前に新たに並ぶ料理の数々を目にしてしまうと、最早シバへの腹立たしさなど消えてしもうた。
雅な料理の数々を前に、妾は息をするのも忘れたように食い入るように見つめる。どの皿に盛られた料理も、妾は見た事が無い代物じゃった。
その中で一番気になったのは、コーターが発明した石鹸のような見た目の物。勿論、石鹸は食べ物ではないのじゃから、小皿に盛られた白い物は石鹸とは別物じゃと理解すれど、本当に食べ物かという疑問が浮かんで仕方ない。
他にも気になる物が幾つかあり、それが真っ白いスープや土色のスープになる。これも石鹸のような見た目の食べ物と同じで、これを口にして良いものかと気後れしてしまう程の見た目じゃ。
他には、まるで毛が生えたかのような魚の料理と、どれもこれもが初めて目にする物ばかりで、妾だけではなくムーティッヒ国の貴族達やムーティッヒ王でさえもギョッとしておるのが妾の目に映った。
此度のパーティーで出される料理の全てがコーターによる創作料理と最初に聞かされたが、その言葉に嘘偽りが無い事をパーティー会場に居る全ての者の反応から理解出来たと言えるじゃろう。
天ぷらという料理の時とは違って嘘のように静寂に包まれる中、メイドのミレイが静かに料理の説明を始めた。
「これらの料理の説明をさせて頂きます。先ずはこの小皿に盛られた白い物、これは当主が豆腐と名付けた代物で、豆が主な材料となっており大変体に良い料理で御座います。
次に紹介しますのは、この二種類のスープ。白い方はホワイトシチューと申しまして、横に添えてあるパンを付けながらお食べ下さい。そして茶色のスープの方はカレーと申しまして、此方もパンと一緒にお食べ下さい。因みに、当家の当主が自ら創作した料理となりますので、料理名は当主が名付けたものに御座います。
そして最後に紹介しますのは、魚料理の二種類。一つはまるで毛の生えたように見える料理ですが、実はこれ、毛ではなく鱗で御座いまして、調理の過程で毛が逆立ったように変化するのです。ですが御安心を。鱗と聞けばそのまま食べられないと思われるでしょうが、そのまま食べられるように調理されてありますので、どうぞそのままお食べ下さい。鱗のバリバリとした食感が新しい感覚を生み出し、不思議な食感を与えてくれる料理となっております。
それからもう一つの魚料理は、皆様であれば口にした者が少ないかもしれない鰻です。下魚として有名であり、そして最も不味い魚としても有名な鰻でありますが、当主がその鰻を高級魚並に美味なる魚料理として昇天させました。平民ですらが忌避するその鰻ですが、騙されたと思って食べてみて下さい。きっと今日を境に、鰻の虜になるでしょう」
シンとしたパーティー会場にメイドの言葉が響き渡り、誰もがその説明に従って視線を次から次に料理へと向けるが、最後に紹介された鰻で少なくない悲鳴が上がった。身分の高い者なら絶対に口にした事は無いであろう鰻じゃが、貴族であっても貧乏な者というのは居るもので、そういう者は鰻を口にした事があるのじゃろう。
そんな者達とは反対に、大半の貴族達は小首を傾げておる。少々の悲鳴を聞き、更に疑問が深くなったようじゃ。それ程に不味いのかと、そう思ったのじゃろうな。
妾には悲鳴を上げた者達の気持ちが良く分かる。何せ妾が幼児の頃、いや、成人するまでは貧乏じゃったので、鰻は頻繁に口にしていたのじゃ。
殺人的な不味さじゃったと、ある意味ではそう思わざるを得ない思い出深い料理じゃな。実際、鰻を食って死んだ者も多くおるし、悲鳴を上げるのも充分に理解出来る。
しかしながら、何故鰻を食って死ぬ者と死なぬ者がおるのかは分かっておらん。個体によって毒を持つヤツが居ると、そう噂されておったがその真偽は不明じゃからな。
「どうやら鰻を食べた事がある方がいらっしゃるようなので、もう少し詳しく説明致します。当主の話によりますと、鰻の血には毒があるそうで、毒が含まれる血を綺麗に処理せず食べた場合、最悪死に至るそうで御座います。大半の者は腹を下すくらいなのですが、体力の無い幼児やお年寄りなどは死に至る可能性が高いとか。
ですが御安心を。此度皆様が食される鰻は、当主自ら調理する者に手解きをしておりますれば、毒にあたる心配は御無用。何の心配もせずにお食べ下さいませ」
ほう、血に毒があったとは初耳じゃ。しかしそれで納得出来た。鰻を処理する時に、綺麗に洗っておった者とそうでない者の差で死者や体調を悪くする者がおったのか。
これはかなり有用な知識となるが、外様の妾に教えても良かったのじゃろうかと疑問が浮かぶ。何せこの情報一つで金貨数千枚の価値はあるからのぉ。
しかしそれを外様の妾の前で披露したという事は、コーターにとってはとるに足らぬ小さな情報の一つに過ぎぬという事なのじゃろう。そう思うと改めてコーターの有能さが浮き彫りになる。
「なんと! 教皇様、豆腐なる物の柔らかさは驚きですぞ!」
妾がコーターの有能さを確信しておる中、シバはいつの間にやら毒味も忘れて自分の分を口にしておる。こやつはこの国に来てから、いや、この館に足を踏み入れてからポンコツになってしもうたのぉ。
いつもの有能さは何処に消えたのかと、そう思い溜め息を吐きながらシバの言う豆腐を食べて驚く。何と見た目にそぐわぬ柔らかさであろうか。しかも舌触りも柔らかく、その味も舌触り同様非常に優しさに満ち溢れておる。
旨い。一言にそう感想を終えてしまう程に、あまりにも旨い。聖教国に帰ってからも毎日この豆腐を食べたいと思うくらいには旨い。
「これもまた旨い! ホワイトシチューは非常にまろやかで、カレーは非常に辛いものの、両者ともに甲乙付けがたい旨さ! これは毎朝食べたくなる味!」
妾が豆腐を食べ終わったばかりと言うのに、シバは既にスープを口にしておる。そして妾が感想を口にする前に言うとは、ますますポンコツさ加減に拍車がかかっておるのぉ。
まぁ、今日は仕方がない。妾ですらが絵画や料理の虜になっておるのじゃから、シバが冷静さを失うのも当然とも思える。ポンコツになるのも致し方無かろう。
そう、何事にも免疫があるのなら対処出来るが、免疫の無い事には驚き冷静さを失ってもそれは必然だと言えるからじゃ。全ての生物に共通する事じゃろうからして、今回はシバのポンコツさには目を瞑るとしよう。
それ故に、妾も少し羽目を外したとて神はお怒りにはならんじゃろう。そう思いつつ妾は次々に雅な料理を口に運ぶ。
「おぉ、これは不思議な香りじゃ。カレーとは味も香りも深いのぉ。それとは正反対に、ホワイトシチューは分かりやすい味じゃな。しかし旨いのは共通しておる。どちらもシバの言う通り、甲乙付けがたい。
そしてこの魚料理は実に奇々怪々じゃ。何故鱗がこれ程に美味く感じる? そもそも何故鱗が食べれる? どうしたらこんな調理法を思い付けるのじゃ? 分からぬ、何もかもが分からぬが、しかし旨い。旨すぎる! それに何より、この料理にビールが不思議な程に合うのも気になる。まるでこのビールの為に存在するようではないか。いや、逆か? いやいや、何にせよ素晴らしい! 最高じゃ!」
コーターの生み出す全ての物が素晴らしいのは理解した。口にする料理然り、目にする絵画然り、気分を一新させる事が出来る香水を筆頭とした代物然り、健康を維持する為の物然り、コーターが生み出す文化面での人類への貢献度は歴史上で類を見ないレベルじゃと言える。
まるで、嘗て神がこの世に遣わした聖人の再来じゃな。いや、本当にそうなのかもしれん。事実、全知神教の上層部連中はコーターの事を噂の一つとしてそう評しておったし、コーターの生み出す石鹸などを筆頭とした代物の数々は、嘗ての聖人の伝説に重なる部分が多い。
まぁ、コーターが本当に神が遣わした聖人の再来かを断定するのは早計じゃが、コーターの生み出す物が妾の国に広まれば殺伐とした雰囲気が和らぐのは間違いないじゃろうと思う。そしてそうなれば、きっと心も豊かな国となろう。
「━━様? どうかしましたか教皇様?」
ムーティッヒ国と同盟を結んだ後の自国の様子へと思いを馳せておると、シバが不粋にも声を掛けてきた事で思考が現実へと引き戻される。
そのせいで少し不機嫌になるものの、それを顔には浮かべず視線を向けてみれば、シバは妾に声を掛けつつ視線は一つの料理へと集中していた。
それに気付いた妾は、怪訝に思い尋ねる。
「何じゃ?」
「いえ、何やら物思いに耽っていらしたように見えたので、余ほどに鰻が食べたくないのかと疑問に思いまして」
シバの言葉で目前に並ぶ皿へと目を移せば、鰻料理以外は全て空になっておった。どうやらまたしてもいつの間にか食べていたようじゃ。
口にした全ての料理が旨かったからのぉ、これは仕方がない。そう思いつつ、最後に残った鰻料理を見つめる妾に、シバが更に言葉を続ける。
「食べないのであれば、私が食べましょうか? 残すと折角ここまで上手くいっている現状が勿体ないので」
確かにシバの言う事も一理ある。ここまで上手くいき過ぎてるように感じられる外交に、一つの禍根を残すかもしれんからな。
世辞は言っておったが鰻料理を残していきやがったぞ、と、そんな風に思われたとしたら今回の外交全てにケチが付くかもしれん。
そうなる事を危惧したのじゃろうシバは、漸くいつもの優れた側近に戻れたらしい。少々平静を取り戻すまで時間が掛かったようじゃが、まぁ良い。
そう思いつつシバの前に並ぶ皿の数々を見てみれば、既に鰻料理が盛られてあった皿も空になっており、それを理解してシバの顔へと視線を移すと、シバの視線は妾の鰻へと集中していた。
うむ、どうやらまだ平静さを取り戻してはおらなんだか。
「そなた、正直に鰻料理の感想を申してみよ」
「………教皇様が苦手なのでしたら、私が食べますので心配されなくとも大丈夫です」
「そうかそうか、気を使わせてすまんな。それはそうと、鰻料理の感想は?」
「……初めて食べましたので、これが鰻なのかぁと、そう思うしだいでして」
「うむうむ、妾の聞き方が悪かったな。簡潔に旨かったのか旨くなかったのか、それを聞くとしよう」
「………………………」
ジト目で見詰めると、シバは額に汗を浮かべ始めた。それを見て理解する。この鰻料理は余ほどに美味であるのだと。
であるからして、妾は無言でフォークを手に持ち、そのフォークを鰻に突き刺すとそのまま口に運ぶ。シバが「あっ」と悲しそうな表情を見せるが、それを無視してかぶりつく。
「驚いた! これは真に鰻なのか?! あの泥臭くて生臭い魚とは思えん!」
「あぁ〜……。そんな一気に食べてしまうなど、何と勿体無い」
妾の家臣のクセに、美味なる料理を独り占めしようなどとは笑止。万死に値する所業じゃ。
それに何より、これは妾の為に出された料理であるからして、妾がどんな風に食べようとも文句を言われる筋合いは無い。一気に食べたとて何が悪い。
しかし旨いな。これが鰻とは思えん程に心底美味じゃ。鰻に掛けてあるタレが旨く感じさせておるのか、それともタレもそうじゃが鰻その物が調理法によって美味になっておるのか、それが判断つかん。
ほんにコーターは凄い男じゃな。益々もってその認識が間違いでないと思わされた。
「教皇様、食後のデザートが参りましたので、皿を下げさせて頂きます」
妾の食事のペースを見計らっておったのじゃろう。メイドのミレイが空になった皿の数々を持って行く。
そして新たに並ぶ三つの皿には、それぞれ色が違う球体の物体が乗せられていた。その見た目はまさに雅で、赤、白、緑、と実に美しい配色。
それを見て堪らんとばかりにスプーンを手に持つ妾は、最早毒味など忘れて食べてしもうた。
「驚いた! これは氷菓子か?!」
冬でなければ食べられん氷菓子が、何故今の季節に食べられるのか心底疑問じゃ。いや、魔法を使えば可能じゃが、料理の為に魔法を使うなど通常はあり得ん。何せ、氷属性の魔法使いなぞそもそも希少じゃし、もし氷属性の魔法使いを料理の為に繰り出したとしても、このパーティー会場に居る全員分の氷菓子を用意出来る程に魔力が保つとは思えん。魔力の消費が最も多いのが氷属性と言われておるからな。
そう考えると、これは恐らく魔法を使用せずに作られた氷菓子なのじゃろうが、それをどうやって作ったのかは皆目見当もつかん。そもそも、魔法を無しに氷菓子を作れるのか?
コーターの存在が恐ろしく思えてきたのぉ。もし本当に魔法を使用していなかったとしたら、どうやって氷菓子を用意したのじゃ?
「この赤いのは、イチゴの味がするのぉ。そしてこの白いのは、乳か? 緑のは、これは苦味が少しあるもののそれが爽やかじゃな」
不思議じゃ。この季節に氷菓子というのも不思議じゃが、この目の前の氷菓子の味も不思議その物。今回のパーティーで出された全ての料理、その全ての調理法を教えてくれんだろうか?
いや、それを願うのはあまりにも無作法に過ぎる。まだ公式に同盟を結んだ訳ではないが、いくら同盟を公式に結んだ後でもそれは礼儀に反するじゃろうな。
しかし知りたい。そう思える程に、そう思ってしまう程に、謎ばかりが浮かぶ調理法の数々。それは料理だけではなく、絵画についても同様じゃ。
あの美しい絵画に使用されてある絵の具、あの鮮やかな青色や赤色を生み出す絵の具の素材は何じゃろうか? 妾は知らぬ。何もかも知らぬ。
あぁ、此度の外交は教皇となってから最も最良な出来事じゃったと言える。コーターに出会えた事に感謝を。いや、コーターがこの地上に生まれた事実に感謝を。
神よ、嘗ての聖人が唱えた理想が、叶うやもしれません。




