二十三話ですぜ、旦那!
金の卵を生むガチョウが辺境の国に居るらしい。最近噂の香水や石鹸を始めとし、他にも薬玉やら何やらと、それこそ誰もが挙って欲しがる代物を発明した者が辺境のムーティッヒ国に居るらしいのだ。
その者の人種はヒューマンらしいが、ヒューマンらしからぬ知識を所有しており、その知識で辺境国の公爵まで上り詰め、誰もが羨む不老の身となったとの噂。しかしその噂は真実であり、それが故に聞き捨てられぬ噂である。
「欲しいのぉ。深く広い知識を持つコーターとやらが、欲しゅうて欲しゅうて仕方がないのぉ」
ひと度使えば、その瞬間から花畑にでも居るかのような幻想を抱かせるこの香水を発明したコーターとやらが、喉から手が出る程に欲しくて欲しくて堪らない。
そのコーターを手に入れる為に送った僕は、噂によるとコーターと辺境国の王を侮辱したらしく、コーターとやらが自ら剣を抜いて処断したとか。
そこまでは妾が予想した通りになったが、そこから先が上手くいかなんだ。
「人を苛つかせるマジックアイテムは見事に機能しておったが、コーターとやらの精神はマジックアイテム以上に強かったようじゃな」
「はっ、仰る通りかと。通常であればマジックアイテムによって怒りをコントロール出来ず、コーター卿は全員を殺すだろう筈でした」
「それが何故か失敗した。何故じゃ? 何故コーターとやらは皆殺しにせなんだか?」
「先に仰られた通り、コーター卿の精神がマジックアイテムを上回ったからだと考えられます。或いは、コーター卿の暴挙を発生させる前に、マジックアイテムの効果によって送った人員自体が怒りのコントロールが利かず、その結果コーター卿やムーティッヒ王を侮辱してしまい、それによってコーター卿が失礼千万な物言いに幾分か冷静さを失わずに済んだという可能性もあります、皮肉な事ですが」
当初の予定では、人の怒りという感情を剥き出しにさせるマジックアイテムを持たせた此方の人員との会話で、コーター卿が暴挙に出て此方側の人員を皆殺しにさせる手筈であった。
そしてその後、聖教国として公にムーティッヒ国を非難し、その責任として発明家コーターを差し出させるつもりであったのに、何故かコーターとやらは此方側の司教一人と騎士三人を斬り捨てただけに終わった。
しかも、ただ斬り捨てた訳ではない。あくまでも処断したのだ。聞くところによると、武器を抜いたのが此方側が先であり、それ故に仕方なく対処したのがコーター。
これでは責任を取れとは言えん。此方の送り込んだ人員が生きて証人となっておるし、そういう意味でも責任を取れとは言えん。
「上手くいかんのぉ。……それにしてもじゃ、この香水も素晴らしいが、薬玉なる菓子も良いのぉ。風邪の症状を和らげてくれるばかりか、心を落ち着ける作用まである。それに薬効目的の薬玉以外も今は売られておって、どれもこれも実に旨い。
そなたも口にしたか?」
「はっ。私はマンゴー味というのが好みですな」
「確かにマンゴー味も良いが、妾はレモン味じゃのぉ。あの爽やかで爽快な感じが、えも言われぬ」
全てを妾だけの物にしたい。何やら優れた兵器も造るらしいが、それはどうでも良い。妾が欲しいと願うのは文化面での事。その部分は全て、一切合切全てを妾だけの物としたいのじゃ。
それなのに、送った司教は役に立たなんだか。あれ程に言ってきかせたのにも関わらず、自分自身がマジックアイテムの効果によって先に怒りのコントロールが出来なくなって武器を抜いてしまうとは、ほんに役に立たん穀潰しじゃな。
元々問題ばかり起こしておった輩だけに、使い捨てにするに丁度良いと思って送ったのが間違いじゃったのかもしれん。しかし使い捨てにするのに丁度良い者など他にはおらんし、どうしようもなかったのも事実。
帝国もコーターとやらを狙って動き始めたとの噂を聞くし、早くせねば取られてしまいかねない。もっとも、帝国の狙いは妾と違って兵器を造るコーターであって、文化面で優れた面を見せるコーターではないのじゃろうがな。
あの粗暴な国の者達であれば、コーターの素晴らしさが分からんのじゃろう。日常のひとこまに心地良い時間をと考える者など非常に少なく、ましてやこれ程に素晴らしい代物の数々を生み出す者など非常に稀じゃ。
あの粗暴な国の者達には勿体無い。コーターは妾が所有してこそ真に輝けるのじゃ。
その為にも次なる一手を考えねばならんのじゃが、良い案が中々思い付かぬ。
「何やら上手い手はないものか……。いっその事、ムーティッヒとは少し距離があるが同盟を結びコーターを招くという策を使っても良いかもしれんな」
「ふむ。それならば、丁度良い時期かもしれません」
自身で呟いた案だったが、心証が悪くなっておる現状では難しかろうと思っていると、殊更声色を良くして家臣が丁度良いと言うものだから、思わずテーブルから身を乗り出しつつその根拠を問う。
「丁度良いとは?」
「何でも、普段表には決して出ないコーター卿がパーティーを開く用意をしているとかで、そのパーティーにはムーティッヒ国に滞在する全知神教の司教達にも招待状が来ているらしく、紛れ込んで様子を見るのも一興かと」
「ほう、それは良いのぉ。いつじゃ? そのパーティーはいつ開かれるのじゃ?」
「半年先になります」
「随分と先の話になるのぉ。しかし、好都合じゃ。この聖教国からムーティッヒ国まで移動するのに四ヶ月は掛かるからのぉ」
何故パーティーを開くだけの事に半年も時間を要するのかは疑問じゃが、妾の信頼出来る者を送るには実に都合が良い。天運とも言える。
「はっ、仰る通り。ですが、少々問題もありまして」
「何じゃ? 有能な人材を送るのに否定的な事を申すのか?」
「いえ、そうではありません。現地の司教達が、コーター卿に対して邪教の信徒だとか邪悪の化身だとか悪い噂を流しておりまして、コーター卿から全知神教への評価がすこぶる悪くなっておるかと」
「はぁ?! 妾はそんな指示を出しておらぬぞ! どうなっておる!!」
「現地の司教達の独断で御座います。奴らはそうする事で目立ち、その結果、聖教国での地位を得ようと画策しているのだと思われます」
「そんな戯け者など要らんわ! 折角問題行動が目立つ馬鹿な司教を消したばかりだと言うに、何故またぞろ要らん人員を増やさねばならんのじゃ!」
成人に満たないおなごに手を出すのは御法度。子供の体では出産に耐えられんという単純明快な理由があるからじゃ。
それなのに件の馬鹿は成人に満たないおなごばかりを狙って手を出しており、あまつさえ妊娠させた人数たるや百人以上にもなるとの報告を目にしておる。
そんな馬鹿を使い捨てにする事で消し去ったばかりだと言うに、またその馬鹿に匹敵するような愚物を全知神教の中心に据える筈もない。
もしそんな馬鹿がこの聖教国に再び現れたならば、その時は容赦せずに妾自らの手で処断してやるわ。コーターとやらがそうしたように、少々手荒いがもう容赦せずに処断してやるつもりじゃ。
「何故こうも馬鹿が沸くのじゃ? まるで虫ではないか!」
「この聖教国は中庸の位置を取っております。そしてその位置をバランス良く乗りこなしながら、今では大国の仲間入りを果たしました。一切何処の国とも戦争せず、一切何処の国の肩も持たず。
そうして苦労という苦労をせずに大きくなってしまった弊害でしょう、馬鹿が虫の如く沸くのは」
「何事にも一長一短があると言いたいのか?」
「はっ。その一短が馬鹿ではないかと」
非常に腹立たしいが、一理あると言えば一理ある。本当に嫌になってくるが、確かにそうであるのだろうな。
しかし、しかしじゃ。その消し去った馬鹿に匹敵する馬鹿達のせいで、今もコーターとやらから全知神教への心証が悪くなり続けておる現状は看過出来ん話じゃ。
「こうなってしまえば、妾自ら出向くべきかもしれんな」
「そ、それは流石に不味いかと」
「何故じゃ? 馬鹿の件の詫びも含めて来たと言えば、向こう側の心証が悪くなる事はなかろう。そして、向こうで独断専行が目立つ者達を黙らせれば、余計に悪くなる事はないと考えられるのじゃが? 寧ろコーターだけに限らず、その他の貴族達からの心証も回復すると思える」
「……それは、まぁ」
「そうであろう? 馬鹿を黙らせつつ、全知神教の心証を回復させる一石二鳥の策じゃ」
「し、しかし、流石に教皇御自ら向かわれるのはどうかと」
「此方から予め使者を送り、公式な謝罪として妾が出向けばムーティッヒ王も気分を良くする筈じゃ。ムーティッヒ王とは面識が無いが、賢君として名高い御仁なのは知っておる。そんなムーティッヒ王ならば邪険にはせんだろう。それに、この機に良からぬ事を企むとも思えぬ」
先程も言っておった一長一短というやつじゃな。妾自ら公式な謝罪として出向く事で心証を回復させられるのは間違いないが、大国である聖教国の国主であり全知神教の教皇でもある妾が中堅国家のムーティッヒへと出向き謝罪するのは拙い側面も確かにある。
しかし、この状況が妾の行動を是とするのも確か。その理由は至極単純で、コーターを手に入れる為ならば今妾自ら動かねばならない程に状況が逼迫しておるからに他ならない。それと、この危機的状況に思える時こそが、一番向こうからの心証を操作し易い状況である事も加味して、最も効果的じゃと思えるからでもある。
それを良く理解しておるからだろうが、家臣は苦い顔をして黙りこくっておる。こ奴は賢過ぎるからか、一度に沢山の事を検討出来るからのぉ。メリットとデメリットを考え、迂闊に動けなくなる時がある。
「なに、それ程に心配する必要も無かろう。民の者は、愚かな司教が仕出かした事の尻拭いに自ら出向く尊敬すべき君主として思うじゃろうし、他の国々の平民も同様の価値観でもって受け入れる筈じゃ。そうなれば、聖教国が軽んじられる事も無いと思える」
「そう上手くいくでしょうか?」
確かに、何事も自身の思惑とは別に物事が進んでしまうものじゃ。実に腹立たしいが、それが現実というものであるのだから仕方がない。
しかし、昨今の全知神教へと向けられる民草の心証が悪いのは事実であり、それを回復せねばならんのも事実。その一石を投じるかもしれん事が今回の事であると考えれば、試してみるのも一興。
「そなたはどう思う?」
「どう、とは?」
「昨今の民草が全知神教へと抱く心証じゃ」
「ここ数年……いや、悪くすればここ十数年、悪化しているかと考えます」
「そうじゃろうな。それもこれも、愚かな司祭や司教が増えたせいじゃ。年端もいかぬ小娘に手を出したかと思えば、満足に治癒させず、わざと病を根治させずに何度も高い心づけを目当てに治癒を中途半端に施す。
そんな事をしておいて、何が神々を信奉する信徒じゃ。寧ろ邪悪の権化は妾達ではないか」
「何を仰いますか! そのような馬鹿は、貴女様が一掃されたではありませんか!」
「然り。しかしそれは、民草に伝わるまで少しの時間を要するじゃろう。それまでは邪悪の権化として見る者達が存在し続ける事と他ならん」
「それは……そう、かもしれません」
「事実は受け止めねばならん。コーターとやらの事もそうじゃな」
「……と、言いますと?」
「本音を言えば妾の手元に置いておきたい。が、しかし、ムーティッヒ王が噂に違わぬ賢君ならば、コーターとやらがムーティッヒ王へ仕える現実も受け入れねばならんじゃろうな」
兵器面でも明るいコーターであるが、妾がコーターを欲するのは文化面での事。そんなコーターを手にすれば、きっと妾の国は笑顔が絶えぬ国になるであろう。
しかし、それが叶わぬとなれば、本当にムーティッヒと同盟を結び、共に笑顔が絶えぬ国づくりに励むのも一興じゃ。その現実を受け入れる覚悟があるのならば、妾の国だけが富むという幸運は逃す事になるが、少なくとも今以上に国が明るくなるのは間違いない。
妾の国は今まで、中立の立場を取ってきた。であるからして、兵器など要らん。兵器を造るコーターも要らん。
必要なのは、民草が笑える日常を築くコーターなのじゃ。そのコーターの力を得る為ならば、妾の国よりあらゆる面で劣るムーティッヒとの同盟も悪くはない。
「シバよ、ムーティッヒ王へ使者を出すのじゃ」
「はっ。畏まりました」
とうとうドゥーマ国の内乱が終結した。意外にも泥臭い戦いとなり、王族の全員が始末されるまで長い時を要する結果となった。
これは偏に、ドゥーマ国の貴族が脆弱だった事に他ならず、予想外に傭兵達が精強だった事に他ならない。金銭で雇われた傭兵も馬鹿に出来ないと言ったところだろう。
まぁ、それは兎も角として、疲弊しきっていたドゥーマ国の貴族どもは、あっさりとアスト将軍が率いる軍に駆逐された。
その時の様子を報告の者から聞いたのだが、何故我々を攻撃するのだと喚き散らしておったらしく、死ぬその時まで被害者面をしておったとか。
ほんに呆れる連中だ。自身が仕える王を裏切った愚か者達を、儂らムーティッヒ国の者が信じて迎え入れるとでも本気で考えていたのだろうかと疑問に思うしかない。
ともあれ、これで問題は全て片付いた。まぁ、後処理で色々と苦労する事になるが、それは優秀な者をドゥーマに送れば苦労も軽減するのだから、やはり問題は無い。
喫緊の問題は、コーター卿の館に来た馬鹿についてだな。コーター卿には問題無いとは言っておいたが、国家間の問題になったら大事だ。その可能性はまず無いとは言え、絶対に無いとは言い切れないのも実情。
どう考えても聖教国の差し金であろうが、何を意図して馬鹿を送り込んだのかが分からん。どうやら感情を揺さぶる類いのマジックアイテムも使っておる様子だし、細心の注意を払っておくに越した事はない。
しかしそう考えて身構えておったのだが、向こうから何も声明が出されず、此方としては肩透かしを食らった気分だ。儂としては公式な非難の一つでもあるだろうと思っていたのだが、何一つ無かったからな。何を考えておるのか心底分からんのが本音だ。
そしてもう一つ分からんのが、コーター卿がパーティーを開くと言って沢山の者達に招待状を送っておる事。人目に出る事を嫌うコーター卿が、貴族達だけではなく司教達にも招待状を送っている理由が全く分からんのだ。
何を考えておるのか分からない聖教国も不気味だが、今までとは打って変わった様子を見せるコーター卿もある意味では不気味。その変わりように陛下ですらが心配した程だったからな。
だが、その理由も本人に聞けば納得出来たので、それはまぁ良い。不治の病の一つを撲滅するとあって、陛下も理由を耳にして満足そうにしていたのだしな。
ただ分からんのが、何故パーティーを開くのが半年も先なのかという事。別に一週間後やら二週間後やらで良いと思えるのだが、どうしてか本人が用意する事柄が沢山あるからと言って利かず、半年も先になってしもうた。
「何を考えておるのか分からん奴だ。しかし、パーティーを開く丁本人は何故か楽しそうにしておったな」
いつもなら苦い顔をしてパーティーの出席を断る癖に、何故か今回は楽しそうにしておる。満面の笑みで楽譜に何か書き込んでいたかと思えば、それを楽団に渡して練習しておけと言い、そうかと思えばコーター卿自身が雇うコックに様々な創作料理を教え、また違う時にはギター(コーター卿が作った楽器)を片手に何やら練習しておった。
儂はそんなコーター卿を、コーター卿が作ったスコッチを飲みながら眺めておったのだが、その忙しさと知識の広さには舌を巻く思いだった。薬玉や酒などを作っておったから料理にまで知識が深いのは納得出来たが、まさか音楽にまで造詣が深いとは思わなんだ。
しかも、あの見事な絵画は素晴らしいの一言。様々な事柄を同時進行で着実に推し進めながら描いたあの絵は、見る者の心を揺さぶる事間違いなし。
少なくとも、あの絵を見た儂は感動で涙した程。余りにも感動し過ぎて、コーター卿に許可を貰って陛下に見せようと持ち込んだくらいには感動してしまった。勿論、陛下も感動してしまい、その結果、買い取ると言う始末だった。
何やら絵の具ですら自作らしく、そのせいか誰も見た事の無い絵画となっていたが、それも頷ける出来であった。まるで目の前の光景をそのままキャンバスに閉じ込めてしまったかのような絵は、本当に素晴らしかった。そしてその絵は一つだけではなく、人物画や風景画など多岐に渡り、全てがリアルで心が踊る作品ばかり。
パーティーが終わったら儂の人物画を描いてくれと、そう密かに頼んだ儂は極悪人かもしれん。陛下にバレたら本気で怒られるかもな。余の分は何故頼まんのだと、そう言われるのがありありと想像出来る。
ともあれ、病の一つを撲滅する為に開かれるパーティーに、何故あそこまでの壮大に様々な事柄の用意をしているのかは一切不明。それだけは分からん。
もしかしたら、あ奴は参加する方は苦手であるのかもしれんが、パーティーを開く側になるのは好きなタイプなのかもしれんな。たまにそういう変わり者が居るのは儂も知っておるし、そう考えるとそれ以外には考えられんようになってきた。そうでなければ、パーティー一つの為にあそこまで忙しなく動き回れんだろう。
「意外な一面を見た、と表現すべきだな」
この一言で全てが集約される出来事だったと言えるだろうな。そう、この時まではそんな一言で済ませられる程度の平和なひと時だったのだ。
その平和な時間は、とある国からの使者によって唐突に終わりを告げた。
その使者の出身地は、大国として名高い聖教国。一度も戦争を経験せずに大国へと至った希有な国であり、全知神教の総本山でもある。
そんな国からの使者が、コーター卿の下に来た馬鹿が仕出かした謝罪の為に教皇自ら出向くという報告の一大事の報告であった。
どう考えても裏があるとしか思えぬが、それを断れる状況でも立場でもない。確かに聖教国の馬鹿が馬鹿な事を仕出かしたし、今も全知神教の馬鹿が馬鹿な事をしているし、大国の国主であり全知神教のトップに立つ者が謝罪の為に自ら出向くと言われれば、道理である為にとても断る理由が無い。
儂はその使者が帰還した後、直ぐに主だった貴族を集め協議した。聖教国の目的が何かを探る為に。
だが、誰も何も情報を持ち得なかった。マルコス子爵でも分からんらしいし、裏の存在である忍も何の情報も掴めていなかったのだ。
そうとなれば此方側としては何の対策も取れず、憶測だけが蔓延する結果となる。やれコーター卿が狙いなのではとか、やれ新兵器を探りに来るのではとか、やれコーター卿が生み出した国家事業を探りに来るのではとか、そんな風に証拠も何も無い憶測ばかりだ。
その状況の中で、一際冷静だった陛下が唐突に口を開く。
「噂によると、アナスタシア教皇は堕落した司祭や司教を立場に関係無く処罰していたと聞く。無論、それは独裁主義の下に行われたものとは大きく異なり、悪逆非道の行いを公に晒した上での裁判の結果だと報告を受けている。つまり、アナスタシア教皇は為政者としてだけではなく、宗教家のトップに立つ立場も含めて、全ての悪事を許さない御仁だという事。
そんな者が果たして、お主達が危惧するような事を企むだろうか? いや、真の為政者ならばコーター卿の叡智を求めるのは当然であるが、聖教国の立場を危うくしてまでするとは思えん。少なくとも、此度の謝罪は本気でするつもりであり、出向いて来るのに裏工作の類いは無いと考えられるのではなかろうか?」
陛下が落ち着いた声色で思いを語られると、誰も彼もがその考察を脳内で反芻させ、そうする事で協議の場が冷静さを取り戻した。かく言う儂もその一人で、陛下のお陰で冷静さを取り戻す。
すると、確かに馬鹿な司教をコーター卿の下に送って来たのは何やら思惑があったのだろう事は明らかだが、それにしたって自身の国の立場を危うくしてまで何か行動するとは思えないという発想に辿り着く。
この場に居る全ての貴族達が同様の着地点に到達したのか、頻りに小さく頷く様子を見ていればそれが察せられた。流石は陛下だ、としか他に何も言えんな。
「どうやら余の考えと同じ結論に至った様子。であるなら、アナスタシア教皇を快く招こうではないか。いっその事、コーター卿が開くパーティーに余と共に出席するのも悪くなかろう。
どう思う、宰相?」
「はっ。教皇が此方に出向く理由の原因になったのがコーター卿でありますれば、確かにコーター卿の開くパーティーに出席して貰うというのは良い策かと思います。
ただし、良い意味でも悪い意味でもかなり大きな反応があると考えられるのですが、それは宜しいでしょうか?」
「反応、とな?」
「はっ。それと言いますのも、コーター卿に慣れた儂ですら驚愕する内容ばかりでして、アナスタシア教皇には毒になる可能性もあります」
「それ程にパーティーの内容が驚く事ばかりなのか? あの絵画だけではなく?」
「仰る通りに御座います」
陛下が驚きながら絵画と口にすると、何が何やら分からぬ貴族の面々が疑問符を浮かべ小首を傾げた。
然もありなん。あの絵画を見ていない者には陛下の驚きが伝わらんだろうからして、その気持ちを察して儂の発言内容を理解しろなどと無理からぬ事。
「そこまでとはな……少々困った。コーター卿にパーティーの質を下げてくれとは言えんし、どうすれば良いものか」
パーティーとは、言うなれば貴族の威厳を示すバロメーターである。パーティーの質が高ければ高い程に、その主催者がどれだけの力を有しているのかを内外に示す場なのだ。
それなのに、その大事なパーティーの主催者に質を落とせなどと軽々しく言える筈も無い。あまつさえ陛下が言ったとなれば、良からぬ前例を作ってしまう事になる。
何故なら、権力者が権力によって圧力を掛け、自分の主催するパーティーより目立つなと言いのける馬鹿が今後出現しかねないからだ。その馬鹿な言い分に、陛下も同じ事をしたから良いだろうと言われれば何も反論出来やしなくなってしまう。
だからこそ、そんな事を陛下から頼めないし、儂も同様に頼めない。少なくとも、裏でひっそりと頼む事は出来るが、それをしてしまえばこの場に居る貴族達には知られてしまうだろうし、後々の事を考えるとやはり悪手だ。
「何が何やら分かりませんが、それならいっその事、コーター卿が開くパーティーをそのままにしておけば良いのでは? 陛下と宰相様の御様子から察するに、パーティーの内容が素晴らしいとの事でしょうから、ムーティッヒはこんなに凄いのだぞと、そう宣伝する場にしてしまえば宜しいではありませんか」
「マルコス子爵、そなたの言う事ももっともであるが、それは難しいだろうと儂は思う」
「何故です?」
「きっと誰もが口を開けっ広げて呆けるからだ。料理も音楽も飾られている絵画も、何もかもが隔絶した物ばかりなのだ。それを耳にして目にして口にしても尚、素知らぬ振りを誰もが出来るのならムーティッヒ国ではこれが普通ですと装えるが、少しでもパーティーの内容に心惹かれた様子を見られれば意味がなかろう」
「それ程に素晴らしいのでしょうか? 我々だとてかなりパーティーには出席するのですよ? こう言ってはなんですが、コーター卿はパーティーに出るような御仁ではありませんので、いくらあの天才でもパーティーとなったら……その、ねぇ?」
「いや、分かるぞ。言いたい事は十二分に分かっているつもりだ。しかしな、そなた達はアレらを見ておらんし聞いてもおらんし口にもしておらんから、そんな風に暢気に言えるのだ。
そうだな、一言で表現するのならば、天国だ。コーター卿が開くパーティーは、正に天国なのだ」
儂が本心からの感想を伝えるものの、儂の目に映る者達からは失笑しか帰ってこなかった。やはりアレを口で説明するのは無理だな。
そう思いどうすれば伝わるかと考えていると、陛下が諦めた様子で口を開かれた。
「宰相よ、あの絵画の素晴らしさを言葉で伝えるのは不粋。そして、そもそも言葉で伝える事は不可能であると余は考える。
もう諦めよ。パーティーの方はこのままで良い。ただ一言、余とアナスタシア教皇が出席すると伝えるだけに留めよ」
違う、違うのだ。何もかもが違う。陛下はあの絵画一つしか見ておられないからそう言われるのだろうが、音楽も料理も次元が違うのだ。
しかし陛下ご自身がそう言われるのだから、儂としてはこれ以上に何か申し上げる事は不敬となってしまう。しかも、確かに他にどうしようも無いというのも事実であるし。
だからであろうか、儂は苦虫を口一杯にしたかのような心境で承知しましたとしか言えなかった。
ムーティッヒ王「確かに、あの絵画の素晴らしさを伝えるのはムズいだろうなぁ。宰相の気持ちも良く分かるよ」
宰相「違うんだよぉ、そうじゃないんだよぉ。確かに絵画も素晴らしかったけどさぁ、それだけじゃないのぉ!」




