11 【ユメ ノ トビラ・3】
※過去話です。
※本文中に挿絵があります。
※BLっぽい表現があります。
著作者:なっつ
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警備員室で取り調べを受けて、身分証やら何やらいろいろ提示して、それでやっと解放されたのは閉庁間際のことだった。
きっと父にも連絡が行っているだろう。帰ったら怒られる。
いやその前に、もう最終列車にも間に合わない。
足止めついでに魔界観光でも……という気分にはなれそうにもないが、頭を冷やす意味でも宿を探す意味でも、少しぶらついてみようか。どうせあと10分少々で此処からも追い出されるんだし。
ぶらついたからといって、偶然あの人に出くわした、なんてことは間違ってもないけれど。
足取りも重く廊下に出ると、窓口が並んでいる反対側に紅い絨毯の敷かれた通路が見えた。
昼の光景がよみがえった。
この廊下を歩き去って行った黒い髪が。
祭壇の扉は閉まり、その前に2本の支柱に渡された紅く艶やかな紐――パーテーションスタンドと言うのだろう――が、封鎖されていることを表すように置かれている。
儀式は終わったのか。
彼らは……彼は、もう帰ってしまったのだろう。ひとの気配はない。
固く閉ざされた扉の前に立ち、行く手を阻んでいる紐を指で辿る。
あの弟君に双子の姉か妹がいるのだろう、ではなく、何故本人だと思ってしまったのか。
でも確信は揺らがない。
振り返ってくれなかったのは、気付かなかっただけだろうか。
兄と一緒だから聞こえないふりをしたのだろうか。何処で知り合ったか追求されたら、あの日、僕を逃がしたことが知られてしまう。
そうだ。
そもそもあの時は何故、女の格好などしていたのだろう。僕のように騙される馬鹿な男を笑うためだろうか。上級貴族どもが余興に考えそうなことだ。
あの庭には人影もなかったが、まとわりつくような気持ち悪さは感じた。何処かで見ていたのかもしれない。
僕は、騙された。
彼女に。
彼に。
田舎者が自分に夢中になる様は、見ていてさぞ面白かっただろう。
それなのに僕はまた会いたいなんて思って、勉強して……後生大事に耳飾りまで持ち歩いて。完全に馬鹿じゃないか。
ポケットに手を突っ込んで、指に当たったものを取り出す。
取り調べの間もずっとこれだけは出さなかった。メフィストフェレスの紋章が刻まれている耳飾りなんて、見せたら最後、没収されるに決まっている。
こんなものを大事にして。
僕は耳飾りをきつく握ると、投げ捨てようと腕を振り上げ――
『ありがと』
彼女の、心底嬉しそうな笑みが脳裏に浮かんだ。
――そのまま、手を下ろした。
騙された。それは、事実。
でもきっと彼女……いや、彼が話してくれたことは嘘ではない。
誰かが来た時に僕を逃がしてくれたことも。
「畜生……」
馬鹿だ。騙されたって知って尚、僕は――。
どんなに綺麗な顔をしていても、どんなに同情を誘う境遇だったとしても、「彼」は恋愛対象にはならない。それどころか、そういう対象として見たと思われただけで変質者扱いされるに違いない。
魔族は齢が長いが故に色事に関しては寛容だ。
人間の数十倍もの時間があるのに知り合う面子には限りがあるからか、人間ならアブノーマルのカテゴリーに括られるような性癖に対してでも。歳の差も異種族も同性も、含めれば出会いは何倍にもなる、ということらしい。
だが、だからと言って誰も彼も皆、理解があるわけではない。自分だって男色の趣味はない。
それなのに。
腕の中に収めたら、目を見開いて僕を見上げてくれるだろうか。
甘い砂糖菓子のような笑みを浮かべてくれるだろうか。
僕があの時の僕だと知ったら、はにかんだような笑みを一瞬だけ見せて俯いてしまうのだろうか。
あの日のように。
あの夜のように。
こんなことを想うのは間違っている。
でもあの自動人形のような彼が自分の腕の中で感情を蘇らせていくさまを想像すると、どうしようもなく胸が疼く。想い続けた時間が長すぎて、きっとどうかしてしまったに違いない。
それでも彼が同性でも受け入れてくれるならまだ救いはあるだろう。
だがあの手の顔はそれがコンプレックスになっているのも確かだ。男扱いされないことに拒絶反応を起こすことだって考えられる。現にあの顔のせいで好き勝手なことを言われている。
ああ、その前に上級貴族様だ、し……
いや。
何を考えているんだ僕は。
何だか思考が変な方向に行っている気がする。
思い出せ! 彼は男だ。
いくら顔が可愛くても! 表向きはしっかりしているように見えて、裏じゃ不器用で天然で危機管理が全然なってなくて、どうにも庇護欲を揺さぶられてしょうがないとしてもっ!!
こんな、こんな……
「これじゃただの変態じゃないかっ!」
畜生! あんな顔をしているのが悪い!!
彼は――そう、「彼」は。だから僕の手を取らなかったんだ。
僕のために。
現ではない、一夜の夢として消えるために。
あの月の夜に出会った「彼女」は夢の中に住まう人。夢は、いつかは覚めるもの。
昼間の噂話では、彼が公に出て来ないのは兄に気に入られているからだと言っていた。
夜会で弟に何故あのなりをさせたのかは知らないが、決してその姿を晒して笑おうという意図ではなかったはずだ。そう……あの「彼女」を見ていた紅竜様の目を見ればわかる。
可愛がっていた。
溺愛しているといってもいいかもしれない。そんな雰囲気だったから、娘を連れて来ていた大勢の客も彼に娘を紹介するのすら諦めて帰路についたくらいだ。
「彼女」は自分と親しくすると殺されると言っていた。
あれは、もしかしなくてもあの兄のことを指していたのだろう。あの兄は今や魔界の王と呼ばれても遜色ないほどの権力を持っている。使用人だろうが貴族だろうが、気に入らなければ手を軽く払うだけで処分することができる。
僕だって罰せられてもおかしくなかった。
現に、制約を破った僕をメフィストフェレスの手の者は確実に追って来ていた。





