10 【ユメ ノ トビラ・2】
※ 過去話です。
著作者:なっつ
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「しかしご兄弟揃ってこんな辺境になんの用だ?」
「知らないのか? 今度の魔王役、あの弟君がやるらしい」
僕が聞き耳を立てていることも意に関せず、彼らの話は続く。
先日、魔王役が倒された、と。次の魔王役に選ばれたのが彼だ、と。
「魔王」とは、人間の中でも腕に自信がある「勇者」と戦う職種。魔族に対する恨みを全て引き受けるための標的。
その危険性もあって普通は平民階級がなることが多く、あってもせいぜい下級貴族。それも家督を継ぐことのない次男以降の者、と相場が決まっている。上級貴族がする仕事ではない。
決して王になどなり得ない者が、偽りの「王」となり人間の世界に君臨する。シュールな話だ。
と言うことはあの弟君は人間界に来るのか。
ずっと魔界という温室で育った貴族様が人間ばかりの世界でやっていけるのだろうか。
僕は歩くたびに背でしなやかに揺れる黒い髪を眺める。
彼らが本庁に来たのは就任手続きのためであるらしい。
書類関係は執事なり事務官なりそれ専門の者がいるだろうから、此処に本人が来てすることと言えば儀式をもって他にない。
魔族は、こういったやらなくても大勢に影響がない形式的な儀式を大々的に執り行うのを好む。稲妻が走ったり炎が燃え上がったりという「魔法」を思わせるものが「魔という名を頂いた種族」らしくて良いらしい。日常生活であまり魔法を使う機会も無くなりつつあるから、余計にそう思うのかもしれない。
職員が妙に浮足立っているように見えたのはこのせいか。
今日は随分と混んでいるな、と思ったのも、きっと。
彼らが向かう廊下の先を見ると、巨大な扉の脇に見学希望者なのか既に行列ができていた。最後尾と書かれた看板を持った職員が、走って来た女性に近寄って何やら話しかけている。
今から行っても見ることはできなさそうだ。それを少し残念に思う。
あの扉の奥は祭壇と呼ばれている部屋。
本庁の最奥にあるその部屋は、いつもは立ち入ることすらできない。魔王役の就任儀式はそこで行われるのだろう。
魔族の祭壇と聞くと真っ黒なものをイメージしがちだが、その部屋は白で統一されている。
床や柱は大理石の、それもマーブル模様すらほとんどわからないような白い石。立ち会う魔界の重鎮たちが着るローブも白い。
そんな明るい部屋だが、儀式が始まればさすがに灯りも落とされ、窓も遮光される。頼れるのは祭壇に灯された13本の蝋燭。そして床に描かれた魔方陣から立ち上る淡い光。
部屋の白さはその魔方陣の発色を引き立たせるためであるらしい。
光の色は魔王役の魔力に応じて発色が異なるという。
彼は何色だろう。イメージ的には青なのだが、そうなら部屋全体が海の底のような神秘的なものになるに違いない。
そんな中で魔王の正装だけが漆黒。それを纏って光の海の上に立つ彼は、まるで1枚の絵のように見えるのではないだろうか。今日ばかりはあの兄をも引き立て役にして。
あの夜を思い出した。
太陽のように煌めく髪の青年に寄り添う、月の夜を湛えたような漆黒の髪の少女。
お互いの足りない部分を互いに補い合うようなふたりの姿を。
「しっかし魔王役なんて上級貴族様がするような仕事かねぇ」
「もう長いこと幽閉されていたらしいし、外に出してもらえる、って飛びついたんじゃね?」
幽閉とは穏やかではない。何をしでかしたのだろう。
血を分けた弟でなければ今頃は、ということだろうが物騒な話だ。そんな罪を犯すような顔には見えなかったが。
まぁ何にせよ、幽閉を解いてもらえたのなら良かったじゃないか。
……いや。
本当にそうだろうか。
紅竜様の弟ということはメフィストフェレス直系の血筋だから、魔力もそこそこあるだろう。詠唱から発動までのタイムラグも短いだろうし、戦術の組み立て方も自身の白兵戦の技術も、勇者と呼ばれて粋がっている連中より詳しいかもしれない。
でも、それはあくまでも「かもしれない」だ。
「魔王」は1度でも負ければ、それは死を意味する。
最近は人間の武器も威力が上がっているから、魔法が使えるというだけで優位に立つことはできないし……しかも、たいていの勇者は複数人で連れだって来る。
魔王役の任期は平均5年。
その中には2度と魔界の地を踏むことなく、彼の地で消滅したものも含まれる。
そんな死地に赴くことが幽閉よりましだなんて、とても言えない。
「お兄様の不興でも買ったんじゃないの? 床あしらいに失敗したとか」
「今まで出て来なかったのだって、お兄様が手放さなかったかららしいしな。まぁ、あの顔だし」
人混みの何処かで下卑た笑いが起こる。
声をかけることもできない相手だからこそ、そうやって貶める。
自分に自信のない連中がやりそうな雑言だ。自分に向けられているものではないとは言え、耳を塞ぎたくなる。
彼がお前らに何かしたのか? そんな根も葉もない噂を立てて陰で馬鹿にされるようなことを。
たとえ上級貴族やあの家自身に恨みがあったとしても、それが個人を馬鹿にしてもいいという理由にはならないだろうに。
僕は彼らに背を向けた。
帰ろう。此処へ来た目的は終わっている。急がないと最終列車に間に合わない。
――シャリ……ン……。
その時、何か金属が当たるような音がした。
小銭でも落としたのだろうか。僕は足元に目をやった。
転がっているのは金色の釦のような……違う、耳飾り。あの夜、彼女が僕に持たせてくれた魔力を帯びた紋章。あの日以来、この耳飾りはずっとポケットの中にある。
持っていればいつか再び彼女に会えるのではないかと、この小さな飾りがもう1度彼女に引き合わせてくれるのではないかと。そんな願いと共に。
それが何故。
何時の間にポケットから飛び出し……
「……っ!?」
振り返った。
人混みを掻き分けて最前列に出る。でかいだの見えないだのと罵られたけれど、それどころじゃない。
通り過ぎて行った後ろ姿は、突きあたりの扉に吸いこまれるところだった。
「待っ、」
飛び出したところを警備員に四方八方から押さえつけられる。
周囲の野次馬が何事かとざわめく。
「待って!!」
伸ばした手は空しく空を掴む。
雑音に阻まれて、僕の声は届かなかった。
あの人は振り返りもしなかった。
でも。
あれは。
あれは。
…………彼女だ。





