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魔王様には蒼いリボンをつけて  作者: なっつ
Episode 5:夢の続き
93/626

9 【ユメ ノ トビラ・1】

※過去話です。

※本文内に挿絵があります。

※ややBL風味が入ってきます。

著作者:なっつ

Copyright © 2014 なっつ All Rights Reserved.

掲載元URL:http://syosetu.com/

無断転載禁止。(小説家になろう、taskey、novelist、アルファポリス、著作者個人サイト”月の鳥籠”以外は全て【無断転載】です)


这项工作的版权属于我《なっつ》。

The copyright of this work belongs to me《NattU》。Do not reprint without my permission!



挿絵(By みてみん)




 巨大な城の片隅で「僕」と「彼女」が出会った夜から15年が()った。



 ザイムハルツ執事養成学校には、首席で卒業した者のみの特権として「好きな勤め先を指名できる」というものがある。

 新人が上級貴族の城で執事長を務めることも理論上は可能だ。無論、実力が伴わなければ翌年には降格させられるかクビになるだろうし、学校側の信用問題にも関わるので無謀な希望は説得されて断念させられることが多いのだが。

 いくつも存在する養成学校の中でも、優秀な執事を数多く輩出してきた実績があるからこその特権と言えるだろう。



 私が希望先を出した時、担当教官の顔色が変わった。

 蒼白なんてものではない。唸り声を上げながら青くなったり赤くなったりするさまに、教官にはカメレオンの血でも入っているのかと思ったほどだ。

 他の教官ともひそひそと話をし、やっと戻って来た彼は、珍妙な笑顔を顔に貼りつかせたまま希望先を変えるようにと言って来た。


何故(なぜ)ですか? どこでも好きなところを選ぶことができると伺っておりましたが」

「いや、そうなんだがね。ここはちょっと特殊で、」


 教官は口籠る。


 わかっている。

 私が指名したのは……もう言うまでもない因縁のあの家。正規ルートで勤めようとするなら数十年に1度の募集時に応募し、書類選考を経たあと文武両方の審査をいくつも繰り返し、数倍の希望者を蹴落とさなければならない。

 いくら特例措置だからと言って、初心者マークが付いた学生あがりを「はいそうですか」と気軽に受け入れる家ではない。


「まぁ、伺いは立ててみるが……他の希望も考えておきたまえ」


 薄ら笑いに社会の薄汚さすら感じる。

 しかし他の希望先に何の意味があるだろう。正規ルートで乗り込めば確実に書類選考で弾かれるであろう私は、特例に賭けるしかない。






「その顔じゃ、良い返事はもらえなかったな?」


 教室に戻って来た私に級友たちが声をかけて来た。既に皆、今後の身の振り方は決まっている。あとは卒業を待つばかりだ。


「こだわらなけりゃもっといい待遇のところはいくらでもあるだろう? あの家での失態は命にかかわるらしいぞ。俺なら行かないな」

「ああ、聞いた。ここ最近、使用人の失踪率が異様に高いらしい」

「無理、無理。こいつ最初っからあの家目当てだし」


 (なか)ば馬鹿にしたような声を聞き流しながら、私は窓の向こうに目を向けた。

 青い空を背景に、1羽の鳥が飛んでいる。


挿絵(By みてみん)


 この特例のことを知ったのはいつだっただろう。

 ああ、そうだ、あの人とすれ違った後だ。海のような蒼い瞳をした、とても綺麗な……何の感情も無くただ動くだけの自動人形(オートマタ)

 あの人を見た時、私はそんな表現しか思いつかなかった。

 まるで彼女を模して作り上げたような、「彼」を。




                挿絵(By みてみん)




 あれは父の代理で魔界の本庁に出かけた時のことだった。

 本庁、というのは人間界への魔族の出入りを管理している役所のようなものだ。正式名称があまりにも長ったらしいので略称のまま定着している。


 人間界に住む魔族は、その生死を把握するために魔界から年に1度送られてくる書類を埋めて返送しなければならない。送らなけば全員が死亡したものとして爵位から何から抹消されるので、ある程度の階級持ちは否応なくその義務を負う羽目になる。

 僕の家はその貴族制度が嫌で魔界を出たと聞いていたのだが、その書類だけはきちんと出していた。子孫のために爵位を残しておくつもりだったのか、なんだかんだ言って未練があるのか……父を見る限りでは後者ではないかと思う。気にしているからああも悪口を言うのだろう。

 それが。

 今回は郵便事故で遅れたために、郵送返却が間に合わなくなってしまった。

 なので此処まで出向く羽目になったというわけだ。

  挿絵(By みてみん)


 ざわざわとしたとりとめのない雑音と、大量の紙やインクの匂い。等間隔に並ぶ柱の間には、同じ形をした机と各窓口を表示したプレート。ひよこの分別でもするように淡々と来庁者を(さば)いていく様は、人間界も魔界も変わらない。

 魔界だからと言って、無駄に角や骸骨を(かたど)った城で書類が宙を飛び交っていたりはしない。


 魔界という名の響きに憧れを抱く者が見たら予想に反しすぎていて落胆しそうな光景だろう。

 だが、そんな人間界と大差ない場所でも空気だけは違う。この空気を吸うとあの夜を思い出す。

 彼女はもう社交界に慣れただろうか。不器用なところはそのままだろうか。隣には……誰かいるのだろうか。


 窓の外を馬車が行き交う。豪奢(ごうしゃ)な飾りを施した馬車もある。彼女が乗ってはいないだろうか、と無意識に目で追ってしまう。

 しかし、そんな豪奢な馬車が此処に止まることはない。

 役所に書類を出す仕事は使用人の役目。貴族様が――上級を冠する貴族様が御自(おんみずか)ら足を運ぶことはない。



 遠路遥々やって来たわりに手続きは簡単なもので、窓口の担当者がポン、と判をついただけで用件は終わった。「控え」と左上に記載された紙切れを返してもらう。

 担当者の態度がぞんざいなのは、こうして手続きに来るのがほぼ自分(担当者)と同格か、もしくは格下だということを物語っている。僕もそうだと思われていることだろう。


 溜息まじりに紙切れに目を落とす。判までが「本庁」なのには思わず噴いた。

 適当すぎる。こんなもののために丸1日(つぶ)されたのだと思うと情けなくなってくる。


 そんな時だった。ざわりと空気が変わったのは。

 担当者が時計を見る。手が空いているらしい職員が廊下側の窓へ走り寄る。




 「彼」は――そこに、いた。 




 前を歩いている豪奢な金髪の青年は、言うまでもなくメフィストフェレスの当主。

 以前見た時と何ら変わらない……いや、威厳が出てきたかもしれない。


 夜会の時は黒地に金の縁取りが付いた豪華な衣装だったが、今日の出で立ちは白を基調にした比較的シンプルなものだ。だが比較的、と言ってもその比較対象が夜会服なので本庁の廊下に集まりつつある大衆とは雲泥の差がある。

 軍服かもしれない。彼の瞳の色を模したようなマントの緋色が、(ひるがえ)るたびに目に眩しい。


 そして、その後ろを歩いて行く人は、当主とはあまりにも対照的だった。

 漆黒の髪を後ろで結い、服も黒みがかった濃紺。それが顔や手を余計に白く見せている。線も細いし顔立ちも中性的で、触れただけで壊れてしまう硝子(ガラス)細工のような印象を受ける。



「青藍様だ」

「珍しい。紅竜様が滅多(めった)に外に出さないと聞いていたが」


 青藍。

 僕は噂話に興じる声を聞きながら、人だかりのせいでちらちらとしか見えないふたりに目を凝らす。

 当主の少し後ろを歩く彼は、とても彼女に似ている。漆黒の髪も、蒼い瞳も。

 彼は背を向けたまま前を行く人の話に無表情に顔を上げ、またなんの感情もない中に堕ちていく。



 あれは誰だ?

 あれは。



「紅竜様の弟君さ。前に見かけた時は子供っぽかったけど随分と化けたもんだ。先代を骨抜きにしたって言う第二夫人の血は伊達じゃないねぇ」


 弟。

 ということは男か。

 僕はそんなあたりまえすぎる感想を今更のように抱く。

 兄に似ていないのは母親が違うからなのかもしれない。上級貴族の兄弟姉妹で母親が違うのは普通だ。家同士の繋がりのために複数の妻を(めと)ることがあるからだ。


 ……彼女のように。


 数年前に別れたきりの姫の面影は未だ鮮明に残っている。

 僕が恋い慕う彼女は、いつ何時、紅竜様のものになってしまうかもしれない人。だが、どれだけ気に入られていたとしても、家柄はともかく純血ではないらしい彼女がメフィストフェレス当主の正妻になることはない。

 あの青藍と呼ばれた弟君の母も、第二夫人という呼称から言って2番目……正妻ではないのだろう。


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◆◇◆

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