25 【紅の炎と、白の氷と・5】
※ 11【紅の炎と、白の氷と・中編】より続いています。
※ 前回に引き続き、多少のBLっぽさが入っております。
※ 本文内に挿絵があります。
著作者:なっつ
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The copyright of this work belongs to me《NattU》。Do not reprint without my permission!
剣は、辛うじて避けたはずだった。
なのに確実に自分の動きが鈍りつつあるのは何故だろう。腕が、足が、一度剣を振るわれるごとに鉛の枷を付けられたように重くなっていく。
「逃げないでよ」
「そう仰られても」
目の前で白銀の刃が軌跡を描く。
青藍が剣技を習得していたという記憶はないが、まさか爬虫類に道具を使う能力などないだろうから、これは彼の技量なのだろう。
片足で着地し、数秒で再び切りかかって来る。こちらが体勢を整える隙も与えてはくれない。懐の内に入り込まれないようにするのを避けるので精一杯だ。
細身ながらも結構な長さのある剣なのに、重さをまるで感じている様子もない。
体力や腕力はドラゴンのものなのだろうか。それなのに魔力は青藍のものだなんて、そんなチートがまかり通っていいはずがない。
「……剣まで使えるとは知りませんでしたよ」
「惚れ直した?」
「ええ。自慢の主です」
今更ながらに青藍を鍛えた誰かに怨み言のひとつも言いたい気分だ。
武力も魔法も持って生まれた才能だけでどうにかなるものではない。云わば才能は原材料、それを食べられるものにするには調理という技術が必要であるように、力を有効に使う術が伴わなければどうにもならない。
動きを見ればわかる。生半可な上達程度で妥協するような師には付いていない。
その誰かのおかげでこの10年、彼の命が繋がってきたことに今までは感謝の念しかなかったのだが……。
「どなたに教わったんですか? その剣さばきは」
「秘密」
「私に隠し事ですか」
「いつものことでしょ?」
ドラゴンが青藍の記憶を覗き見ることができたとして。
この台詞は記憶から生み出されているのだとして。
「そうですか? 隠し事などなかったと記憶しておりますが」
「それはお前が俺の外見だけ見てたから」
「そんなこと、は、」
彼が剣をつかって来るのは、未だ魔法より物理攻撃のほうが効果が高いという証。
今のうちに眠り姫を叩き起こさないと勝機はない。
魔力の制御が完全にドラゴンの手に落ちる前に。
「そうだよ。この25年、ずっと。お前は俺に理想を見てるだけ」
自分を動揺させるための言葉が彼を呼び覚ますきっかけにもなるのなら。
だったら。
「……青藍様」
「なに?」
「どう、か……」
返事を返すことで記憶を――眠っている彼を、揺さぶり起こすことはできないのだろうか。
そんな策略めいた考えに、集中が途切れたのかもしれない。よもや己が凍らせた床に足を取られるとは。
重心を崩した身体は肩から倒れ込み、突き出す棘がそれを貫く。大きなものはあらかた壊してあったから惨事は避けられた……と言いたいところなのだが、ざり、と、のこぎりの刃で擦られたような痛みが身体の側面――接地面に走った。
「営業失敗だね」
倒れたグラウスの上から冷淡な声が降り注ぐ。
ゆっくりと歩み寄る爪先が見える。
「商品価値としてはかなり低いんじゃないの?」
床は凍らせないほうがよかったかもしれない。皮靴では足を取られてしまう。
そんな間の抜けた感想が頭に浮かぶ。
長年愛用している靴だから靴底が擦り減って踏み止まれなかったのか、新品ならこんな失態は防げたのか、それは知らない。
だが生まれつき持ち合わせている魔法属性なのだから、他属性の者よりはその扱いに長けているつもりだった。靴底の状態に関わらず。
が……青藍を見る限り、身体能力の高さというのは装備品や属性の馴染み具合を補って余りあるものらしい。
「ねぇ」
無様に床に転がったままのグラウスを、青藍は剣を弄びながら見下ろしている。
瞳の色は黒に戻っている。
「さっきなにか言ってたね。どうか、なぁに?」
「……ど……うか、」
グラウスは顔を上げる。
自分直視している、その冷たい目を見る。
『眠っている彼を、揺さぶり起こすことはできないのだろうか――』
「戻って来て、下さい……」
それは目の前の相手にではなく。
何処か、自分の手の届かないところで眠ってしまっている、あの人に。
その時。
パシャン、とグラウスの耳元で水音がした。
途端に周囲が青に染まった。
なんだ!?
グラウスはまわりを見回した。
何が起きたのだろう。誰もいない。
いや、そればかりではない。刺さるにしろ傷つけるにしろ自分の身体を支えていた氷漬けの床までもが消え失せている。身体はふわふわと頼りなさげに浮いている。そんな感覚がある。
広がっているのは一面の水。
海だろうか。上のほうは明るく、下のほうは暗い。
これは夢なのだろうか。
しかし、眠ってなどいないのに。何故。
波間を潜るようにして、途切れ途切れに歌が聞こえる。
懐かしいと思ったのは、以前何処かで聞いたことがあるからかもしれない。
けれど、それが何処かは、思い出すことができない。
グラウスはその歌に導かれるように下を見た。――そして。
ずっと下のほう、ほとんど光の届かないほど暗い場所に沈んでいる人影を目にした時、全ての音が消えた。
目を閉じ、眠るようにして漂っている。
力なく漂う手が、襟元から見える首筋が、闇の中で一際白い。
あれ、は。
漂う人に手を伸ばす。
水は黒く揺らぎ、その人を絡げては奥へ引き込んでいく。
伸ばした手が虚しく水を掻く。
何度も。何度も。
掴もうとしているのに、その手は水と一緒に揺らいで消える。
「 !」
叫んだ。でもその声は音にはならない。
指先をすり抜けた手が沈んでいく。
深く、深く。
「 ! ! ……!!」
待って。
駄目だ。戻って来て――。
「一途だね、お前」
その声にグラウスは我に返った。
今いる場所は見慣れた城のホール。その中央にある階段の踊り場。
そして目の前に立つのは、水の底に沈んでいくのを止められなかったあの人。の、器だけ。
今のは、なんだったのだろう。
あれが深淵と言うものか? もっと落とし穴的な深い穴をイメージしていたのだが。と言うことはつまり、今の海のようなものは自分の脳が生み出したものではない、と言うことで……?
未だ夢から覚めきれていないような顔のグラウスを前に、青藍は剣を持つ手を下ろした。それどころか屈み込み、愛おしそうに頬に触れてくる。
その手の感触に、今失ったばかりのあの人を思う。
掴むことのできなかった手を思う。
今の映像はドラゴンが見せたのか?
否。
では、今、目の前にいるのはドラゴンではないのか?
青藍は微笑む。
「ほんの気まぐれで助けてやっただけなのにそこまで惚れ込めるって、すごいねぇ」
ドラゴンが知る由も無いことを、目の前の彼は簡単に口にする。
25年前のあの日のことを。
10年前にあの人が、「知らない」と跳ねのけたことを。
あなたが言っていることは、「あなた」の記憶ですか?
「あなた」の中には、まだその過去が残っていてくれるのですか?
いつも以上に手が重い。
持ち上げようとするだけでかすかに震えるのがわかる。
その重い手をどうにか持ち上げ、頬を覆うその手に重ねた。
はぁ、と期せずして息がひとつ漏れた。
「……姫、」
私は、まだ――。
ザシュッ! と鈍い嫌な音がした。
グラウスの背中から突き出た剣の切っ先。青藍は彼に手を預けたまま微笑んでいる。
その笑みのまま、彼は口を開いた。
「言ったろ? 嫌々やってるんじゃ隙が出来る、って」
青藍のもう片手は、剣を握っていた。
その剣は、グラウスの胸に深々と突き立てられていた。
「グラウス様!!」
ルチナリスは思わず声を上げた。
義兄は笑みを浮かべたまま立ち上がる。握ったままの剣が、ずるりと引き抜かれる。
その足元に、スローモーションのように執事の身体が倒れていく。
剣から滴る紅を指先ですくい上げた義兄は、恍惚にも似た表情を浮かべた。
「ほら、言わんこっちゃない!」
「だぁからひとりじゃ無理だって言ったのに」
「言ってない言ってない」
執事が動きを止めたのを皮切りに、ガーゴイルたちが口々に言いながら飛び出して行く。
制裁どころの話ではない。いけすかない執事だが、あのまま見殺しになどできるはずもない。
丁度いいから貸しを作っておこう、という目論見も混ざっているであろうことは疑いようがないけれど。
ルチナリスも一緒になって飛び出しかけた。
が。
「お待ちなさい!」
背後からの強い制止の声がその足を床に縫いつけた。
だるまさんが転んだ状態で一緒に止まってしまったガーゴイルたちがそれでもまたすぐに飛び出して行く中、ルチナリスだけは金縛りにあったように動くことができない。
「ルチナリス様が行ったところでグラウス様が余計に不利になるだけでございましょう?」
誰?
しかし振り返ろうにも首が動かない。
「ひとには向き不向きがございます。身の程をわきまえて下さいまし」
言葉遣いは丁寧だけれど、暗に「役に立たない」と言われている気がする。
そりゃあ魔法も武器も使えない自分が何の役に立つかと問われれば、なんの役にも立たないことくらい嫌でもわかるけれど。しかし、あんなに血を流して倒れているのに自分ひとりがのうのうと安全なところにいるというのは……。
と。
それより、この女性の声は誰だろう。いや、知っている。知っている、と言うか、聞いたことがある。
義兄が出て行った後、飲まず食わずで待ち続ける執事を叱責していた声。
厨房のおばさんか? 女体化ガーゴイルか? とあらぬ想像をしかかった声。
「で、でも」
「グラウス様をお信じ下さいませ」
その声と同時にガクン、と金縛りが解けた。
慌てて振り返るも、そこにいるのは数匹――ルチナリスの護衛役と思われる――のガーゴイルがいるばかり。
「今、の、」
誰だ? あの声は。
言っていることは正論だけれども、だけど、全く知らない相手に指図されてもはいそうですかとは言えない。
あたしだって。無駄なことかもしれないけれど、あたしだって何かできるはず。
例えば戦場に舞い降りた白衣の天使的なこととか。怪我人を引っ張って来る人手のひとつくらいには。
「今のって、」
振り返った先にいるのはガーゴイルだけ。だが。
こいつらは知っている。
あの声を。声の主を。
「あ、あーっと、と、そ、ソレハ ワタクシガ イイマシタノォ~」
上ずった声で真似て見せるから余計にわかる。
今のはこいつらじゃない。第一、こいつらは「ルチナリス様」とは言わない。
「ホ、ホラァ~ ルチナリスサマハ ドウゾコチラヘ~」
あ、言った。
いや違う。言ったけどそれは違う。
そうこうしてる間にわけがわからないまま背中を押され、階段からさらに離された階下の柱の陰に身を潜めさせられてしまった。
あたしだって、と思った矢先に自分だけは安全な場所に隔離されてしまうのは釈然としない。
あのガーゴイルたちが、あっさりとあの声の意思に従おうとしているのも納得できない。
「今の声、誰?」
睨みつけながら問うても、黙秘権を発動した彼らは黙ったまま首を横に振るばかり。
緘口令でも敷かれているのか?
放っておいても義兄の正体をペラペラ喋り出したあのお喋りが……ありえない。
青藍は指先についた血を舐め取ると、向かってくるガーゴイルたちを一瞥した。
紅い舌がちろりと唇を撫で、その唇が弧を描く。
左手をガーゴイルたちに向かって閃かせる。
氷の魔力を宿した血を取り込んだせいだろうか、さっきよりずっと激しい氷の渦が巻き上がり、近付こうとする者を次々とその白い嵐の中に呑み込んでいく。
それでも執事にまで辿りついた者たちはいた。
なにぶん、数だけは多い。あっという間に黒山の「生きている盾」ができあがる。
「グラウス様、しっかりするっす」
「……大、丈夫、です」
グラウスは苦しそうに呟く。
咳き込むと、口元を覆った手のひらにべっとりと血が付いた。
剣で貫かれたのだ、内臓に傷も付くだろう。
「あなたたち、は、下がっ、」
「あとはもう俺らに任せて!」
床に手をついて尚も立ち上がろうとする執事をガーゴイルたちは口々に止める。
腕を掴んでその場を引き離そうとする者もいる。
「血は、もう……止まりました」
回復に回す魔力など残ってはいないはず。そうは思ったものの本人が言い張るのではどうしようもない。この状況で無理矢理脱がせて「止まってない」などと証明してみせる意味もないし、そんな暇はきっと与えてはもらえない。
ガーゴイルはちらりと背後を見る。
不快そうな表情を浮かべたまま、青藍が見下ろしている。左手からは再び氷の飛礫が渦を巻き始めている。
「や、気持ちはわかるっすけど! ここは一旦引いて!」
「黙りなさい!!」
後方へ連れ出そうとするガーゴイルたちの手を、グラウスは振り払った。
「青藍様を、お守り、するのは……私、の、役目です。命、に代えて、も、取、り返します」
グラウスの視線がガーゴイルの壁の先を彷徨う。
先ほどまでいた位置に、青藍の姿は無い。
キィ、と軋む音に、グラウスは上を見上げた。ガーゴイルたちもつられて上を見る。
ぱらぱらと細かな瓦礫が降って来る。
そして。
いた。
辛うじてぶら下がっているシャンデリアに足をかけ、真下にいる彼らを見下ろしている。
「偉い人って高いところ好きだよな」
そんな揶揄が見上げている中から聞こえたが、笑う者は誰もいない。
崩れかけた天井と梁にはシャンデリアの重量を支えるだけで限界なのだろう。ギ、ギ、と嫌な音を立てながら揺れている。ぱらぱらと落ちる瓦礫が、まるで雪のように降り注いでくる。
「そろそろ終わりにしようか?」
妖艶な笑みを浮かべたまま、青藍はシャンデリアを支えている鎖に蹴りを入れた。
ガシャン! と激しい音を立て、凍てついた鎖がいとも脆く砕ける。
硝子と氷の破片がキラキラと舞った。
「……愛してるよ、グラウス」
それは、己の中に眠る人へと向けられる想いを嘲ったものだろうか。
シャンデリアは真っ逆さまに落ちていく。その真下の人影へと。
読んで下さる読者様にはご迷惑をおかけ致します。
この度、当作品が中国の海賊版サイトに転載されていることが発覚致しました。機械式に本文を丸ごとコピーしているようなので、著作権表記を本文冒頭に貼らせて頂きます。
詳しくはEpisode9-14【級友は嗤う・前編】の前書き及び、2018/04/04の活動報告をご覧ください。





