26 【白銀の狼・1】
※ 少量ですが人によっては残酷表現と思われるかもしれない箇所があります。
※ 本文中に挿絵があります。
著作者:なっつ
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ガシャァァァァァン!!
支えを失ったシャンデリアが落下した。大音響が響き、地震かと思うような揺れが走る。
共に剥がれ落ちた天井や梁の一部分が少し遅れて床に叩きつけらた。
もうもうと上がった砂煙が視界を白に染めた。
それからどのくらい経っただろう。
砂煙が徐々に引いていく中に現れてきたのは、粉々になった硝子の残骸と鉄の骨組み。床一面に大小の破片がばら撒かれ、キラキラと煌めいている。
しかし、それだけだ。
ガマガエルのように圧し潰したはずの人影は何処にも見えない。
ジャリ。
青藍の足元で音が鳴る。骨組みだけになったシャンデリアでもこの大きさなら十分に殺傷能力はあるだろう。が、避けられれば意味は無い。
床に広がっている血溜まりは剣による出血だろう。色からいって数十分は経過している。シャンデリアに潰された際のものではない。
……階下に逃げたか?
青藍は視線を巡らせる。
柱の陰からこちらを窺っているのは喰らい損ねた人間の娘。
その背後に先ほど見かけた羽根の生えた悪魔が3匹。少し離れたところに――あの男を助けるために集まって来ていた連中だろうか――さらに百数匹。
しかし、そこにもあの執事の姿はない。
何処へ行った。
あれだけ偉そうなことを言っていたのだ、尻尾を巻いて逃げ出したりはしないだろう。いや、言っていたからこそ逃げ出すこともあるかもしれない。
主無き今、奴がこの場所に留まる理由など何処にも無い。あの小娘を守る理由も無い。
「……口ほどにもない」
相手がいないのであれば、こちらも敵陣に長居などせず帰ったほうがいいのだろう。だが、それでは腹の虫がおさまらない。完成間近の玩具を取り上げられた気分だ。
あの男は消し損ねたが……青藍は再び階下に目を向ける。
あの小娘でも弄り殺して貪ればすこしは楽しくなるだろうか。
魔王のお気に入りと聞いていたが、泣き叫ぶしか脳の無さそうな娘だ。
血祭りに上げ、見せしめに四肢を引きちぎって城下町にばら撒いてやろうか。巣に持ち帰って氷漬けにし、引きつる顔を眺めながら屠るのも面白い――
そんな残虐な想像をしていた時だった。
一塵の風が飛びかかって来たのは。
狼。
ルチナリスは息を呑んだ。
それは白銀の毛並みを持つ1匹の狼だった。かつて住んでいた村で見たものよりも一回り以上大きい。
義兄に襲い掛かったからと言って味方だとは言えない。何処から入り込んだのだろう。
ドラゴンだけでも手一杯なのに。
執事の姿も見えない今、新たな敵の登場は勘弁したいのに。
「大丈夫」
ルチナリスの耳元でまたあの声がする。
なんだろう。ガーゴイルたちとは違う、そう、お姉さんが肩に手を置いて支えてくれているような、そんなイメージが浮かぶ。
「あれは、グラウス様です」
「はあ!?」
だがしかし。
続いて聞こえた突拍子もない台詞に、ルチナリスは思わず振り返った。振り返ったところで誰もいないのはわかりきってはいるものの。
今、なんて言った?
執事!?
い、いや、奴だって魔族なんだから姿かたちが変わったところでおかしくはない。
義兄でさえ魔王の時は角と羽根が生えていた。目の色が紅だの紫だのに見えることなんて慣れてしまって、もはや珍しいとすら思わない。
それから考えれば、執事だけずっと人間形態のはずがない。
「あの人、獣化するっすか!?」
ざわり、とガーゴイルたちの間にも動揺が走る。
思えば、ルチナリスが初めてホールに足を踏み入れたあの日も、執事は書類綴を抱えていた。
獣に文字は書けない。そこから推測するに、彼らの前でも執事が姿を変えることは無かったようだ。
義兄の左手で氷が渦を巻いた。それを狼に向けて放つ。
放つと同時に自らも剣を振るう。
狼はその大きな体が醸し出す印象とは裏腹に、易々と氷の飛礫と、そしてて刃をかわしていく。
胸を刺されて息も絶え絶えだったのに、何処にそれだけの力が残っていたのだろう。
本来の姿に戻ることでリミッター解除にでもなったのだろうか。
巨大化は負けフラグだけど、獣化なら大丈夫だろうか。
ルチナリスの頭の中を、そんな諸々が右から左へと流れていく。
「ねぇ」
目はずっと狼を追ったまま、ルチナリスは一番引っ掛かっている疑問を口にした。
「服ってどうなってるの?」
「……は?」
場違いすぎる質問にガーゴイルが一斉に振り返った。3匹揃った動きは訓練を受けたマスゲームのようで、その揃い過ぎた動きに、はた、とルチナリスは我に返る。
「だ、だって気にならない? ああやって変化するのはいいけど、あれで戻ったらどうなるの?」
素朴だが核心を突いた疑問に、ガーゴイルたちは顔を見合わせた。
だってそう思うでしょ!? 思うはずよ!
ほら、よく物語でも獣や鳥に化ける話ってあるじゃない? 取りたてて描写もないけど人間に戻った時には普通に服着てるみたいだし、どうなってるんだろう、って思ったことあるでしょ!?
ものによっちゃ変身するたびに服がビリビリに裂けるけど、後で普通にその服着てて「ええー!?」って思うようなのもあるでしょ!?
「るぅチャン……なに考えて生きてるっすか……?」
ガーゴイルが残念そうな目を向ける。
なによ! その変質者を見るような目は! あたしは別にアダルトな展開を期待してるわけじゃないわよ!!
「……大丈夫です」
無言のガーゴイルの代わりに答えてくれる気になったのか、また女性の声がした。
子供の頃、ガーゴイルが姿を消したままずっと傍にいたように、彼女も見えないまま近くにいるらしい。苦笑しているのか呆れ果てているのか、なんだか頭を抱えているようにも取れる声色だが。
「早着替えというものをご存じですか?」
「ああ、よく舞台でおネェさんがパッパカパッパカ衣装を変えていくアレ?」
「簡単に言えばあの要領で脱ぎ着しているわけで」
要するに素早く脱いで変身して、また変身して素早く着る、ということらしい。普通すぎる。
ペラペラの舞台衣装に比べて執事服がそう簡単に脱げるのかとツッコミたくなる回答だが、そのあたりは魔力か魔道具を駆使して可能にしているのだろう。脱いだ服を何処に仕舞ってあるんだ、ということも。
相変わらずご都合主義満載な気がするが、とりあえず戻った時に目のやり場に困るような展開は心配しなくていいらしい。
そう!
目を凝らしてたら見えちゃいました、とか、ちょっと手間取っちゃって間に合わなかった……なんて不慮の事故は期待しない。していない。
あたしは執事の裸になんか興味はないのよ!
ガーゴイルが「ここでそんなこと考える余裕があるなんて大物っすねー」と笑う。
大物なのだろうか。
でもきっと明日にはこのことも執事に伝わっているのだろう。
嗚呼。奴の冷めた目が今から想像できるようだ。
義兄の顔に張り付いていた笑みが消えた。
歯ぎしりをすると手を閃かせる。再び飛礫が現れる。
少しずつ魔力を制御できるようになってきたのかもしれない。先程よりも氷を発現させる時間が早い。
先程、剣に付いた執事の血を舐めていたようだが……氷の魔力を帯びた血には、同じ氷属性の魔力を増幅させる効果でもあるのだろうか。
逆に狼のほうは一切、魔法を使わない。
魔力を温存しているのか、使いすぎて枯渇してしまったのか。
ただ、自身のスピードだけで打ちつけられる氷を避け、体当たりを繰り返している。
「このまま押せば、」
「…………いいえ」
ガーゴイルたちの期待に満ちた声をあの声が遮った。
「グラウス様のほうは、……もう」
床に点々と紅い染みが散らばっている。
白銀の毛並みを見れば、腹のほうが赤黒い。
動きも、先程に比べると落ちてきている。
そう言えば言っていなかっただろうか。
氷属性のドラゴンは執事に勝つことができないが、それは執事にとっても同じことだ、と。
同属性同士では魔法は相殺されてしまう。それ以外で勝機を掴まなくてはいけない。だから狼は魔法を使わないのだろう。
執事は氷属性のドラゴンではこれ以上義兄の魔力を制することはできない、とも言っていた。
義兄も最初は氷の剣ばかり使っていた。
だが今、義兄が繰り出す魔法攻撃は、威力が上がって来ている。
相手の動きが悪くなってきたことで的中率が上がってきたからそう見える、というだけではない。
巻き上がる飛礫は量も増えてきているし、大きさも最初の頃に比べれば倍近い。
相殺されるはずの同属性での勝算。それは、魔力の量の違い。
そして、それ以前に執事は腹と胸に重い傷を負っている。
「傷、開いてきてるっすね」
「……仕方ありません。あれを使いましょう」
「いいっすか?」
ガーゴイルが声のするほうに、ふ、と視線を向けた。珍しく逡巡するような顔をする。
戦いへの緊張やいつもの浮かれた馬鹿騒ぎとは違う、小さな小さな……何かわからないまま、それはルチナリスの胸にほんの小さな穴を開ける。
小さな、でも真っ暗な穴を。
「でも姐さん、」
「責任は私が」
彼女はいったい誰なのだろう。
しかしその指示に、ピイン、と空気が張りつめた。
遠く離れていても聞こえたのだろうか。少し離れたところにいる一団も同じように緊張した面持ちで、こちらに向かって頷き返す。
「1度きりです。いいですね」
「計算を間違えたようだな。貴様が偉そうに垂れ流した高説は、所詮机上の空論に過ぎぬ」
唸り声を上げて突進してくる狼を義兄は避ける。
かわされて手薄になった背中に、氷の刃を振るう。
重心が崩れたところへ、宙に控えさせていた飛礫を叩き込む。
飛礫は腹を――ぱっくりと傷が口を開けているその肉をさらに切り裂き、抉った。
ぐらりと横に倒れた獣は、その体躯を床に打ちつけた。
ところどころ残ったままの氷の棘が突き刺さり、その身を紅く染め上げた。
床に、再び紅い染みが広がっていく。
「どうした? もう終わり?」
義兄は狼に歩み寄る。
「主人が消えることまでは計算に入れなかったとは、くく……、ここの連中は揃いも揃って甘過ぎる」
ドラゴンが義兄の魔力を使えるようになっている、ということ。
それはつまり、囚われている人が消えかかっているということ。
狼は顔だけ持ち上げて主人の姿に目を向ける。
まるでその姿を目に焼きつけておこうとするかのように、ずっと、身じろぎもせず。
そのじっと動かない狼を前に、義兄は1メートルほど空けたところで足を止めた。獣化した執事を前に見せた動揺は既に霧散し、顔に浮かぶのは勝利を確信した笑みだけ。
「最後は、俺の手で死なせてあげるから。ね」
執事がずっと呼び続けた主の声で。主の口調で。
義兄はゆっくりと左手を前に差し出す。
狼は、くぅ、とか細く喉を鳴らした。
深緑の瞳が揺れた。
「……おやすみ」
差し出された左の手のひらから氷の竜が躍り出た。
精巧な硝子細工のようなその体は、煌めく結晶を撒き散らしながら舞い上がる。
それは。
紅蓮の花弁を纏っていた魔王の竜にとても酷似して――。
読んで下さる読者様にはご迷惑をおかけ致します。
この度、当作品が中国の海賊版サイトに転載されていることが発覚致しました。機械式に本文を丸ごとコピーしているようなので、著作権表記を本文冒頭に貼らせて頂きます。
詳しくはEpisode9-14【級友は嗤う・前編】の前書き及び、2018/04/04の活動報告をご覧ください。





