23 【紅の炎と、白の氷と・3】
※ 人によってはBLと感じるかもしれない箇所があります。
著作者:なっつ
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笑い声がホールに響く。
壊れた天井の向こうに見えるのは真っ暗な闇。
目の前の彼の瞳と同じ、光をも呑み込んでしまった色。
呑み込まれてしまったのか? 私の、あの人は。
あの闇に。あのドラゴンの意識に。
「後腐れなく死ねるように教えてやろうか? お前を庇ったこいつがどんな制裁を受けたのか。知りたがっていただろう? ……くくく、酷い目にあったようだ、これは口にはしたくないか。被害者としては」
過去を知っているような口ぶりだったのは、偶然の一致などではなく同化することによって青藍の記憶を盗み見たからだったのだろうか。助けを求めたのも本当のことだったのだろうか。
もし本当なら。
あの時……彼が自分などに助けを求めなければならないような状況に追い込まれていたあの時に、自分はなにをしていた?
彼に危険が及んでいることなど知らずに、何をしていた?
遠い未来を夢に見たまま、その未来が誰の犠牲の上に成り立つものだったのかを知りもしないで私は――。
グラウスは右手を一閃させた。
彼を取り囲んでいた氷の檻が音を立てて割れる。メロディを奏でるかのように、高く、低く、波をうつ。
そして1歩。
皮靴の下で、成長しきれなかった小さな氷の棘がぐしゃりと潰れた。
立ち上がった執事に、青藍は呆れたと言わんばかりの目を向けた。
今まで抵抗らしい抵抗もしなかった男が今になって何をするつもりだか、と蔑む目だ。しかしその半面、楽しげでもある。
「まだ戦うと言うのか? 何のために。お前の主はもういないと、」
「取り返します」
グラウスは左足を後方へずらすと腰を落とした。
「なにも教えて頂かなくて結構。あの人が話したがらないことを、部外者にペラペラ喋られるのは不愉快です」
「そんなことを言って。本当は聞きたくないだけなのだろう? 最愛の主がまさか自分のせいで、」
「黙れ!」
声と共に発せれらた気に、青藍は嘲笑を止めた。
「お前にあの人を貶す権利などない!! お前にあの人の何がわかる……っ!!」
全身から冷気が立ちのぼる。
怒声に臆することもなく、それどころか怒りに打ち震えながらも憎悪の目を向けて来る男を吟味するかのように、青藍は目を細めた。
「ほう? お前……氷か」
グラウスの周囲を漂っていた空気が、ただ白く凍りついていく。
「炎の魔王の側近がこともあろうに氷属性とは。普通は近似の属性で固めるものだろうに、あの甘そうな坊やは断り切れなかったのだろうな」
対する青藍のほうは余裕すら感じられる。
空気や床が徐々に凍りついていくさまにも、その氷が自らの足元に及びそうになっていても、避ける気もない。
氷なら負けるつもりはないということだろうか。
甘過ぎるのが魔王の弱点。
青藍の姿をした者が呟く。
人間ごときに情けをかけて。領民だか義妹だか知らないが、喰ってしまえば同じだろう? そう言って笑う。
指摘されるまでもない。あの人は甘いのだ。
甘くて、愚かで、愛おしい。
だから。
自分は今ここにいる。
「……氷ですよ? だからあなたは、私を倒すことなどできません」
「それはお前も同じことだろう?」
青藍は嘲笑を浮かべると舞うように腕を伸ばした。そこから巻き上がったのは炎の花弁ではなく、白く煌めく結晶。
渦巻くそれを、彼は何のためらいもなく目の前の男に打ち込む。
グラウスは右手を閃かせた。
空中に氷塊が現れる。ざっと見で氷の結晶の倍の数はあろうか。
その塊は結晶を叩き落とし、さらに青藍に襲いかかる。と、思いきや、寸前で風が阻んだ。
押し返された氷塊は風に巻き込まれるようにして、階下に着弾地点を変える。突如襲いかかった氷と風に、ガーゴイルたちが悲鳴を上げて逃げ惑う。
「いくらやっても無駄だ。お前が消耗するだけ」
そう言いながら踏み出した青藍の足元を、瞬時に氷が覆った。
常人なら足をとられて滑るか、氷に絡めとられて凍りつくかするところだろう。
だが青藍は難なく飛んでかわした。
後方ではなく、相手の懐の内に。
「グラウス」
妖艶な笑みのまま青藍はグラウスを至近距離から見上げる。
漆黒の瞳がゆらりと紫がかって見える。
なにも映さない色のままであればドラゴンだと思うことができたのに、色が付くと途端にわからなくなる。
これは。
月の下で微笑んだあなたを、忘れたことなど1度だってなかった。
この目はあの時と同じ。あの蒼い瞳に月の光を溶かしこんだ、あの時の色と。
『――お前を庇ったこいつがどんな制裁を受けたのか』
あの後。
私を逃がした後で、あなたは。
グラウスは瞠目する。
そんなグラウスに青藍は目を細め、甘えるように囁く。
「……俺が、倒せる?」
その声に、グラウスの周囲に再び浮かび上がりかけていた氷塊が、力を失ったかのように床に落ちた。
カリン、と透き通った音が響いた。
「倒すんじゃありません。私はあなたを……守るために」
「じゃあ守って」
青藍はそのままふわりとグラウスの首に腕を回す。
「ね……守って。俺の言うことを聞いて」
ただ話しかけられているだけなのに、体が硬直したように動かない。
手も。足も。
青藍はグラスの耳元に唇を近付ける。
「……ねぇ」
グラウスはとっさに青藍の肩を掴むと、腕の伸ばせる限り引き離した。
暗示が解けるように体の自由が戻った。
だが、今ので心理攻撃の効果を実感したのだろう、青藍はその潤んだ目のままでグラウスを見上げてくる。
拒絶されたことを悲んでいるようにすら見えるその顔から、グラウスは目を逸らした。
「俺が、嫌い?」
それは義妹相手に言う台詞だろう!?
予想すらしていなかった台詞の連続に、平静さがどんどんと削られていく。
義妹に後ろから抱きついては彼がそうやってからかっているのを、幾度となく見せつけられた。
見ていても腹が立つと言うか……いや、これはただ単に魔族であり上級貴族でもあるあの人が人間の小娘をかわいがるなんて立場を考えるべきだ、という意味での苛立ちであって、だから。
「そ、んなこと、は、」
「じゃあ好、」
「うわああああああああああああああ!!」
執事失格な絶叫と共に、グラウスは慌てて青藍の口を押さえた。
なにを言い出すんだこの人は!
いや、これも心理攻撃。
思い出せ。これはあの人じゃない。これはドラゴン。これはドラゴンっっ!!
グラウスは必死で暗唱を繰り返しながら、横目で階下を窺い見る。
いる。
暗闇に紛れてギラギラした目と、白いエプロンドレスがはっきりと。
「ふぅん」
そうしている間に口を塞いでいる手を外される。にやりと笑う目が怖い。
マズい。動揺しているのが確実にバレた。
そう思う間もなく腹部に鈍痛が走る。
痛みに耐えつつ下に視線を向けると、脇腹に1本の裂傷ができている。切り裂かれた衣服の周囲が薄く凍りついている。
眠り姫め。だから部屋から出したくなかったのに。
あれだけ言い含めておいたのだ、ルチナリスが連れだしたわけではないだろう。でも出て行こうとするのも止めてくれなくては困る。
攻撃してくるにしろ、せめていつもの顔で来てくれればまだ対処のしようがあるというのに。こんな……。
以前、青藍が熱を出した時の修羅場が脳裏をよぎった。
色事には疎過ぎる彼の何処にそんな引き出しがあったのだろうと思うほど、熱を出した時の彼の状態は普通ではない。
あれは夢遊病の一種なのだろうか。
獲物を色香で惑わせ操ったとされる、伝承の悪魔たちから続く古の血がそうさせるのだろうか。
人形のように大人しくしていてくれるだけならいいのだが、ひとたび動き出すと収拾がつけられなくなる。と言うか、平常との落差が大きすぎて対応が間に合わなかった。
そのせいでガーゴイルたちに見られ、妙な仇名を付けられ……本人とルチナリスにだけは言うなと口止めしたのが昨日のことのよう。
何もない時ならいくら変わってくれても甘えてくれても構わないが、義妹までもが見守っているようなところで迂闊なことはさせられないし、喋らせるわけにもいかない。
薬を飲ませてからそろそろ8時間。いい加減熱も下がってくれないものだろうか。
どうにかして、ドラゴンを切り離すこともできないものだろうか。





