12 【虜囚-トラワレビト-・2】
著作者:なっつ
Copyright © 2014 なっつ All Rights Reserved.
掲載元URL:http://syosetu.com/
無断転載禁止。(小説家になろう、taskey、novelist、アルファポリス、著作者個人サイト”月の鳥籠”以外は全て【無断転載】です)
这项工作的版权属于我《なっつ》。
The copyright of this work belongs to me《NattU》。Do not reprint without my permission!
ドラゴンのいた場所はもうもうと白い水蒸気に覆われている。
柱の陰から様子を窺っていたガーゴイルたちの姿も掻き消されてしまっている。
彼らがそうしていたように目を凝らして乱入者の姿を探していたルチナリスは、ドサリ、と倒れる音に我に返った。
義兄が倒れていた。ほつれた糸のような黒い髪を床に散らせて。
「青藍様!!」
喉から出る悲鳴混じりの声が自分から出たとは思えなかった。
そう思う一方で、やっぱり、との思いも浮かぶ。
やっぱり、無理があったんだ。だって目を覚ましてからの青藍様はどう見ても普通じゃなかったもの。朦朧としたままだし、火花とか散っちゃってるし。
目が見えてるのかも、声が聞こえてるのかもわからないようなあんな状態で、魔法なんか使っちゃ駄目だったのよ。
お医者様からも安静にしてろって言われていたじゃない。
今になって急にいろんな絵が蘇ってくる。
玄関ホールで意識を失くした義兄を。
掻き抱くようにして謝罪の言葉を口にしていた執事の姿を。
そう、よ。いくら強いからって、戦わせたら駄目だったのよ。
早く部屋に運ん――。
その瞬間、腕に痛みが走った。
え?
足が止まる。
腕を見ると、袖がばっさりと切り裂かれている。鋭利な刃物で切られたような傷が腕にまで達し、紅い血がぷくり、と膨らんだかと思うと……弾けるように滴り落ちた。
な、に?
痛みが徐々に広がって来る。
ただの切り傷じゃない。まるでその傷口に毒でも塗り込まれたかのように、鋭い痛みが迸る。
誰?
誰か、誰かが攻撃してきた。
誰?
振り返っても誰もいない。
見回しても人影は見――。
「っ!」
次は足。
黒いタイツが破れて1本の白い筋が走った。
その筋に滲むように赤黒く色を変えていく。
誰!?
この誰かは、「あたし」を狙っている。
腕や足ならいい。でも場所によっては致命傷になるかもしれない。
早く。早く見つけ出さないと……。
足元を見、床を見、周囲を見回し。視線を徐々に上げていく中にそれはいた。
空中に。
小さくて白い、蛇のようなものが。
ルチナリスの目の前で、それはぐにゃりと身をよじった。向きを変えたようにも見える。
そして、ピン! と頭から尻尾まで真っ直ぐに形を変えた。
何をするつもり?
ルチナリスは心の中で問う。口に出したら、本当になってしまいそうで怖い。
その姿は狙いを定める槍か弓矢にも見える。
小さいとは言え人差し指ほどの太さのあるものに貫かれれば無事では済まない。頭や心臓なら尚更。
「ひ……っ!」
そんなこと。
嫌な想像を、彼女は頭を振ることで吹き消そうとした。
が、それは照準を合わせるように頭をルチナリスに向けている。じり、とずれても同じように向きを変えてくる。
誰か。
ルチナリスは周囲を見回した。
階段の下にいるであろうガーゴイルたちは、白い水蒸気に遮られて見ることができない。こちらから見えないということは、向こうからも見えないということだ。彼らは、まさかルチナリスが狙われているとは思うまい。
声を上げれば聞こえるかもしれないが、彼らが辿り着く前に射抜かれてしまうだろう。
誰か。
その瞬間、また痛みが走った。
頬。
焼けた鉄に触れた時のような、熱にも似た痛みの後に、生温かい感触が伝わる。
拭うと、手のひらが朱に染まった。
『魔王の大事なもの。ひとつめ』
歌うような声が聞こえる。
白い矢のようなものが空中で再び照準を定めようと、身を歪めるのが見えた。
あれは。
先ほどまでホールを占拠していた巨大な体躯が溶けて小さくなったのかはわからない。
だが最初は蛇かと思ったそれは、よく見れば確かに見覚えのある形をしていた。
「ドラ、ゴン……?」
頭には氷の結晶のような角。
背には4枚の羽根。
そして全身を覆っているのは小さいながらも鱗。
小さくなったドラゴンは、きらきらと光を跳ね返しながらルチナリスに飛び掛かった。
天国って、なにもないところなんだ。
ぼんやりと思ったのはそんなこと。
あたりは靄がかかったように白い。教会で読んだ本に描かれていた天国は、眩しいくらいに光溢れる場所だった。子供心にこんな場所があるのかと思ってはいたけれど、やはり想像で描かれたものだったのだろう。実際にはこんなに寂しい場所だったなんて。
ほら、白い天井が見える。半分壊れている。天国って案外貧乏臭い……え? 天井?
ルチナリスは跳ね起きた。
そこは先ほどと同じノイシュタイン城のホール。
靄が徐々に薄れてきたのか、あたりがはっきりとしてくる。穴の開いた天井と階段が見える。もう少し落ち着けばガーゴイルたちの姿も見えるだろう。
新たな傷もないようだ。
助かった、の?
でも、何故。あのドラゴンが外すようには思えなかったのに。
『……面白い』
黒い声が再び響いた。
空中には同じようにドラゴンがいる。白く輝く体が薔薇色に染まっている。
淡い薔薇色は、しかし、ジュッ、という音と共に掻き消え、瞬きをする間もなく元の白さを取り戻す。きらりと冷たい光が走る。
あの音は。
義兄の炎が雪に触れたときの音に、似ている。
ならば、あの薔薇色は。
……考えるまでもない。
「青、藍様?」
助けて、くれた、の?
しかし義兄は倒れ伏したままだ。
無意識にルチナリスを守ろうとしたのか、炎を打ち込んだ後で再び意識を手放したのかはわからない。だが、彼がルチナリスを庇ったのは……確かだろう。
『そこまで大事か。その小娘が』
嘲笑混じりの黒い声が響く。
ドラゴンが姿を変える。細く、長く、貫く形に。
『己よりも』
そしてその先は、ルチナリスではなく義兄に向けられていた。
何をしようとしているか、なんて今更問うまでもない。想像できないはずもない。
ただ、あたしをいたぶろうとしたら義兄の邪魔が入った、というのがドラゴンの癇に障ったのは確かだ。小娘をなぶり殺したあとでゆっくり料理してやるぜ、と思っていたけれども気が変わった、みたいな。
駄目。
ルチナリスは手を伸ばす。
駄目!
立ち上がって駆けて行きたいのに、足が動かない。
駄目!!
「青藍様避けてぇぇぇぇえええっ!!」
『無駄だ!!』
ルチナリスの叫びは、あの声に遮られた。
『……もう魔王には、何も聞こえはしない』
その後に続くのは嘲笑。
高らかに、まるで勝利を確信するかのように笑い続ける声が渦を巻く。
吹き付ける風が、霧が、視界を白く遮っていく。
義兄の姿が、白いドラゴンが、見えなくなっていく。





