11 【虜囚-トラワレビト-・1】
※本文中に挿絵があります。
著作者:なっつ
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義兄を追って辿りついた玄関ホールは、いつも以上にすごいことになっていた。
まず、屋根がない。
2階部分まで吹き抜けている空間の天井部分が半分ほど消え失せて、綺麗な星空が見える。
残った天井の梁からぶら下がったままのシャンデリアが、自身の重みでギシリ、ギシリ、と左右に揺れている。
壁の灯りは吹き消されたばかりなのか、消えた蝋燭特有の煙と蝋が入り混じった臭いが漂っている。
そして、その真ん中に白いドラゴンがいた。
白い、と端的に言ってしまうのは語弊があるかもしれない。
よくよく見ると全身を覆っているのは半透明の鱗。その表面はところどころ白く粉が吹いたように凍りついてはいるものの、きらりと星明かりを反射する。
その輝く全身に比べ、目のほうは洞穴のように黒く、牙の隙間から見える口腔は紅い。
このホールは勇者と魔王が対峙するのに使う場所だから、そんなに狭い造りではない。それなのに無理やり体を納めているドラゴンを見ると、狭く感じてしまうから不思議だ。
ドラゴンはあたり構わず息を吹きかける。
かかった場所は瞬時に凍りつき、まるで水晶の宮殿にでもなったよう。見ている分には夢の世界のような美麗さなのだが、だが、そうも言っていられない。
どう手を出していいのかわからないのだろう。ガーゴイルたちも遠巻きに取り囲んだままでいる。
あれは、義兄が退治しに行ったというドラゴンだろうか。途中で姿を消したと言う。
何故こんなところにいるのだろう。リベンジにでも来たとか?
ルチナリスは穴の開いた天井を仰いだ。
見えるのは雲ひとつない夜空なのに、何処からか、ちらちらと白いものが降り注ぐ。
「攻撃魔法の威力を高めるために、戦う場を自分に有利なフィールドに変える」なんて話を何かの物語で読んだことがあるけれど、これは酷い。
修繕費が、年間予算が、と頭を悩ませている執事が見たらなんて思うだろう。
『どうする? 貴様の大事なものなのだろう』
あれ? ……今、声がしたような。
ルチナリスは慌ててまわりを見回した。しかし声が聞こえるほど近くにいるのは義兄だけ。そして今のは彼の声ではない。ガーゴイルたちは階段の下にいるから、叫びでもしなければここまでは届かないだろう。
それじゃ、なに?
執事に話しかけていた女性の声を思い出す。だが今聞こえたのは低くくぐもった男性の声だ。
――厨房のおばさんは七つの声を使い分ける人でした。
いや、ありえないでしょ。さすがにそれは。ルチナリスは自分の想像を否定する。
それに彼女は雪が降っている間は帰宅困難ということで城にいたけれど、今日は早々に帰ったはずだ。
「……言われな……ても」
意識があるのかないのかわからないような虚ろな目で、義兄がかすかに呟く。
『早くしないと全部凍りつかせてしまうぞ』
誰と話をしているの?
ルチナリスは義兄を見る。その目はやはり、何も映してはいない。
義兄は大きく息をひとつ吐くと、ゆっくり目を閉じた。
足元から風が巻き上がり、前方に伸ばした手から深紅の炎が揺らめく。炎はやがて腕に巻き付く渦になり、その腕を覆い隠すほどに大きくなっていく。
ふわり、と舞い散る炎の花弁。
それは空から舞い降りて来る白に触れ、ジュッ、と小さな音を立てて霧散する。
ホールを覆うように、花弁はどんどん舞い上がっていく。
至るところで音が立ち、小さく水滴が散る。
水滴は外気に触れた瞬間、白く凍りつき、花弁の熱でまた瞬時に消え失せる。
義兄の腕に巻きつく炎は、それ自体が生き物のように宙にうねる。
炎の竜のよう。いや、本当に竜、だ。
首を持ち上げ、切れ長の双眸にも見えるふたつの空洞がつい、と開く。
義兄がふっ、と視線を向けた時を思い出させる動きで、炎の竜は白い竜を見据える。
巻き上がる風の中で、義兄は閉じていた瞼を開けた。
細く、だが確実に鮮やかさを増した紅が現れる。先ほどまでの儚い眠り姫ではない。あれは、魔王の瞳の色。
『そうだ。全力で敵を倒さないとな』
誰のものかもわからないその声に、嘲笑の色が混じる。
笑っている。魔王を前にして。
この声は、執事を諌めていたあの声とは違う。
もっと邪悪で、もっと禍々しくて、もっと……危険、なもの。
義兄は炎を巻き付けた左腕を頭上高くに掲げた。
まるで舞でも舞うかのように軽く右足を下げ……たと思った瞬間、彼はその腕を閃かせる。
勢いよく腕から解き放たれた炎の竜は、身を躍らせながら白いドラゴンに飛びかかっていく。
その身の丈はドラゴンと同じ、もしくはそれ以上。あれだけ巨大な竜をつくるにはどれだけの魔力を必要とするのだろう。
紅の花弁が舞う。
花弁は白いドラゴンを覆う。
ドラゴンの全身を覆う澄んだ色の鱗が、まるで紅玉のように煌めいた。
「……綺麗」
思わず口をついて出た言葉に、ルチナリスは慌てて口を噤む。
いや、戦っている最中になに呑気なこと言ってるのよあたしってば。
でも、これが義兄の戦い方なのだろう。
魔王ということ、そして義妹に隠してきたことから鑑みてどれだけ凄惨な戦い方をするのかと思ったけれど、想像していたものとはまるで違う。
炎の竜と氷の竜の攻防は、わずかに炎のほうが押しているように見える。
白いドラゴンの鱗が氷のように融けて、蒸発していく。
そのまま消えてしまえばいい。
唇を噛みしめながらルチナリスは思う。
舞い上がる風が彼女の髪を乱し、スカートの裾を翻す。
今更何しに来たのか知らないけど、魔王の城に乗り込んでくるなんで自分の力を過信しすぎなのよ。ただの大きい爬虫類のくせに。
お兄ちゃんは強いんだから。この10年、誰にも負けてないんだから。
あんなよくわからないドラゴンなんかに――!
『全力で――』
何かが。
パチン、と弾けた音がした。





