15 【観察者は隣に潜む・4】
※過去話です。
著作者:なっつ
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ルチナリスが考え事をしている間も話は一方的に弾んでいる。
「で、娘さんは今おいくつで?」
「いえ、彼女は」
よく見ようよ。普通、自分の子供にメイド服着せてお茶運ばせないでしょ? あたしだってパパなんて呼びたくないわよ。
ルチナリスは心の中で抗議する。
「ああ失礼、まだご結婚なさる歳ではありませんでしたか。妹さんですな」
妹にもメイド服は着せない。
「いやあ、かわいい妹さんですな。歳が離れていると余計にかわいいでしょう。うちの子たちもよく手伝いだといって珈琲を運んで来てくれたりしますがね。あのこぼさないように緊張しながら歩いてくるのがかわいいと言うか、真剣な顔もかわいいと言うか。ああ、今度個人的に遊びにいらっしゃって下さい。実際に見て貰ったほうがうちの子たちのかわいらしさもわかるというものです。なんせ私は口下手で、」
「……はあ」
下手に説明でも入れようものなら倍以上になって戻って来る。それが面倒になったのか、主は途中から町長に言われるまま相槌を打つ係に徹し始めた。
付き合いは短いがなんとなくわかるようになった。ご主人様はとんでもなく面倒くさがりだ。
しかし。
こういうことは適当に流したら駄目なんじゃないの?
さすがに子供心にも心配になってくる。
彼が言い出せないのなら自分が訂正すべきだろうか。あの町長さんは子供には甘そうだし。
だが、思い返せば昔、大人の会話に子供が口を挟むものじゃない、と言われたことがあった。ただのお喋りにしか見えないけど、これでも一応は「町長さん」と「領主様」の会話なんだし……。
「そう、出しゃばるのは良くないっす」
またどこからともなく声がした。
目の前の大人たちには聞こえないくらいの小さな囁き。
「るぅチャンの行動ひとつでお兄ちゃんの躾がなってないとか言われるっす。ああ見えて、あの狸は狡猾っすよ? 坊に隙ができるのを狙ってる」
狸。
うまい表現だ。いかにも腹鼓が上手そう。
ルチナリスは視線だけを隣に向ける。しかし、予想通り、そこには誰もいない。
「ここの領主は今までずっと町政になんか関わって来なかったっすからね。あの狸としちゃあ坊に出て来られたくないんでしょ? だから牽制しに来たってとこかな」
「ちょうせい? けんせい?」
いったいこの声は誰なんだろう。
透明人間? それともお化け?
前の領主様のことも知っていそうな話しぶりだし、このお城に長くいるのだろうか。何十年も……もしかしたら何百年も、何千年も。でもそんなの、人間とは言わない。
あたしの隣にいるの、なに?
悪魔は人間の中に紛れているんだ、って誰かが言っていた。
ミバ村があんなに山奥なのに襲われたのは、村に紛れ込んでいた悪魔が反撃もできない村だってことを仲間に知らせたからだ、って。
その話が出た時のみんなの目が怖かった。
あたしも捕まっているのに、その捕まえられている人たちの中でもあたしだけが敵みたいな目で見られていた。
村全部が家族みたいな小さな村で、たったひとり余所者のあたし。
あたしだけ助かって……今頃みんなは「やっぱりあの子は悪魔の仲間だったんだ」って噂しているのだろう。
でも、本当は。
悪魔は、こんなふうに姿を消していられるのだとしたら。
姿が見えなければ紛れるのも容易い。こうしてすぐ隣にいたって気づかれない。
あたしの隣にいるのは、もしかしたら。
大丈夫よ。すぐ近くにあの人がいるんだもの。ルチナリスは視線を青藍に戻す。
助けて、って言えば……ううん、言わなくてもまたあの時みたいに助けてくれる、よね?
おぼろげな記憶。
砂埃の中に見えた、白いシャツと、黒い、長い髪。
あれ。変だな。
あたし、なんで最近知り合ったばかりの人をそんなに頼りにしてるんだろう。
じっと領主を凝視しているメイド姿の幼女に、町長は目を向けた。
目尻が下がると本当に優しいおじさんに見えるのだけれども、でも、狸。あの声を信じていいのかすらわからないけれど、この町長にも気を許すわけにはいかない。
「うむ。どことなく領主様に似ていらっしゃる」
これは社交辞令だろう。子供にだってわかる。
どこがどう似ていると言うのだ。あ、もしかしてあたしを利用しようって魂胆なの?
ルチナリスは先程の声を思う。きっとまだ隣にいる。
『行動ひとつでお兄ちゃんの躾がなってないとか言われるっす』
隙を見せちゃ駄目。
それがお兄ちゃんのた……………………お兄ちゃん!?
や、やだ。つられてなに考えてるのよ。あの人はあたしのご主人様。間違ったってお兄ちゃんじゃないわ。
隙を見せない。
隙を見せなぁぁぁい!!
「利発そうなお嬢さんだ。将来が楽しみですなぁ」
心の中で何やら念じ続けているルチナリスに何をどう感じたのか、町長はうんうんと頷く。うちの子たちも賢いんですよ、と相変わらずのうちの子自慢になだれ込みながら紅茶を一口啜り、今度は盛大にむせ込んだ。
「め、珍しい茶葉をお使いですな」
「そうですか?」
始終退屈そうに話を聞いていた青藍だったが、むせ返る町長の様子に首を傾げると、口をつけないまま放置していた目の前の紅茶を手に取った。ちらりとルチナリスに視線を送り、すっかりぬるくなってしまっているであろうカップを口に運ぶ。
かすかな苦笑いが浮かんだ。
なんですか、その顔。
初めてちゃんと言いつかったお仕事だもの、腕によりをかけて淹れたんだから!
これでも毎日神父様にお茶を淹れていたのよ? なんて言ったって、あたしのお茶は神父様を笑顔にするお茶なんだから。
神父様は毎日美味しいって、違う、最初のうちは珍しい味がするね、とか新鮮だね、って言って。それからだんだん飲むたびに笑うようになって……あれ?
「もう1杯如何ですか?」
主はこんな顔もできるのかと目を疑いたくなるような満面の笑みを浮かべてポットを手に取る。
領主様が手ずからお茶を注ぐことに対してなのか、それとも別の意味なのか、町長は慌てて両手を振った。
「あ、いや、ええと。ああ! 随分と長居してしまいましたな! 私としたことが!」
町長はそそくさと席を立った。
動く様子のなかったお付きのふたりも、少し遅れて慌てて後を追う。
町長さんも今、珍しい、って言ったよね?
青藍様、お茶飲んで笑った、よね?
……それって。
「すげぇ。るぅチャンのお茶、あの町長を追い出したっすよ」
隣から感嘆の声が聞こえるが褒められているようには聞こえない。
もしかして美味しく、なかった?
もしかして……神父様は、いつもあたしのお茶を不味いと思いながら飲んでいたの?
ただ、その事実だけがルチナリスに重くのしかかる。