16 【星に願いを、月に祈りを・1】
※過去話です。
※本文中に挿絵があります。
著作者:なっつ
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「青藍様ぁ!」
誰もいない廊下で、ルチナリスは声を張り上げた。
彼の主は結構な頻度で姿を消す。1日1回はこうして探しているのではないだろうか。
当然執務室になどいるはずもない。
村にいた時だってひとりになることは何度もあったのに。
この城に来てからもずっとひとりだったのに。
こんなふうに毎日付きまとわれて、親でもなんでもないあの人が鬱陶しく思ったって無理はない。
それはわかっているけれど、でも。
なんせ、ひとりになるとあの声が来るのだ。
姿を見せないあの声が。
町長との一件以降、その声は毎日のように話しかけてくるようになった。悪意は感じられないのだが、やはり声だけがするというのは気味が悪い。
なにもないところからいきなり現れた、あの悪魔たちを思い出してしまう。
だから探すのだろう。たった1度助けてくれただけのあの人を。
あの人ならこの見えない声からだってきっと守ってくれる、って……。
あの人にはそんな義務などないのに。
「坊なら屋根行ったっすよ」
そして、決まって声をかけてくるのは避けているはずの「あの声」なのだ。
ルチナリスは耳を両手で塞ぎたいのを我慢する。
いくらなんでもあからさまに「聞きたくない」という態度を見せれば、相手も気分を悪くするだろう。
ひとの心は気まぐれだ。今まで親切に話しかけてくれていた人が、手のひらを返すように冷たくなることなどいくらでもあった。
親がいないから、なんて陰口はいくらでも聞いた。
だから黙って笑って聞くことを覚えた。
そうしていれば大人は機嫌がいい。素直な子、良い子、と言ってくれる。
この見えない誰かも、きっと同じ。
「屋根はねぇ、窓から行くっすよ。執務室の窓からが一番近いかな」
そう、同じ。
素直な子を演じておけば、聞きもしないことまで教えてくれる。
ルチナリスは得た情報を頼りに執務室の窓を開け、上を見上げた。
高い。
ほとんど垂直な壁の先に、とんがり帽子のような屋根の裾だけが見える。
石で組んで作られた壁にはわずかな隆起があるだけで、手をかけるところもほとんどない。あの人はどうやって上ったのだろう。
「青、藍、様ぁ」
窓から身を乗り出すようにして何度か声をかける。
背中に、息をつめて見られているような視線を感じる。
もし、自分が避けていることをあの声が察していたとしたら。
この視線は、嫌って逃げ回っているくせに言うことを鵜呑みにするような馬鹿な子供が、この窓から落ちる瞬間を待っているのかもしれない。いい気味だって笑うために。
青藍様だってそう。お茶ひとつまともに淹れられないメイドなんかいらないって思ってる。だから、仕事らしい仕事もくれない。
知ってる。
いらない人はお仕事をさせないようにして、その場所にいられない気持ちにさせるんだって。
自分から辞めていくようにするんだって。
あの人は領主様だもの。
こんな子供を追い出したら世間から何を言われるかわからないもの。
だからあたしが自分から出ていくように仕向けているのかもしれない。
なのに。
なのに、あたしは。
「……なに?」
黙り込んだルチナリスの頭上から声が聞こえた。
あの声ではない、別の声が。
いた。
目頭がジン、と熱いのは寂しくて泣いているわけじゃない。それができるのは甘えることが許されている子供だけだってことくらいわかっているもの。
あたしはいらない子なんだって、それだって……ちゃんとわかっているんだから。
しばらく黙ったままルチナリスを見下ろしていた青藍は1度だけ引っ込み、それから器用に屋根と壁を伝って下りてきた。
ああやって上ればいいのか、と思う一方で、子供の手足では絶対的にリーチが足りないという事実をも突きつけられる。
なのに。
「おいで」
恐ろしいことを簡単に口にしながら彼は片手を差し出した。
おいで、って、ここを上るんですか!?
どうしよう。落ちたら絶対に助からない。
ルチナリスは窓の下を見る。真下には一応植え込みがあるけれど、この高さからならクッションにもならない。それどころか剪定した枝の切っ先に刺さって百舌鳥の速贄状態になってしまうだろう。
手を差し伸べている人は相変わらずの無表情で、何を考えているのか想像もつかない。
でも。
探していたから手を差し伸べてくれたのだろうに、その手を取らないというのは失礼だ。喋っている人の前で耳を塞ぐのと同じくらい。
だからあたしはあの声の言うことを信じなきゃいけないし、この手も取らなきゃいけない。
あたしは。
あたしは、此処にいるためには良い子でいなければ。
差し出されている手に手を伸ばす。
あとちょっと、というところで体がふわりと浮いた気がした。宙に浮いているのに誰かが支えてくれているような安心感。
手を握る。
風にスカートが翻る。
まるで空を飛んでいるみたいだ、なんて思った。
発想が子供っぽい、と思った。





