13 【観察者は隣に潜む・2】
※過去話です。
著作者:なっつ
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「放ったらかしじゃないすか。仕事のひとつも言いつけられなくて何のためにいるんだろう、って悩んでるっすよ? るぅチャン」
「るぅちゃん?」
「坊、反応するところ違うっす」
勝手に付けられているあだ名をおうむ返しに聞き返す主に、ガーゴイルたちは頭を抱える。
自分たちが言いたいのは名前のことじゃない。
「だいた、」
「”ル”は”聖なる”、”ティナ”というのは”一番最初の聖女”の名前らしい」
ガーゴイルの声を遮るように青藍は呟いた。
「ル」は「聖なる」、
「ティナ」は「始まりの聖女」の名、
「リイス」は「光」「永遠」
人間たちの間では、信仰の象徴として「聖女」というものがあると言う。名付けの際にどこまで考慮したのかは知らないが、聞き慣れない名だ。全く意味もなく付けられたとは思えない。
「誰が付けたか知らないっすけど、随分重い名前っすねぇ」
それは普段から何も考えてなさそうなガーゴイルでも思ったらしい。
「そういうのは名前負けする奴が多いっすよ?」
「俺に言うな」
最初に聞いた時、変な名前だと思った。
しかしきっと祝福を込めた名前なのだろう。
人間は魔族と違って生まれた時に付けた名を一生背負っていくのだと聞く。適当に端折っていいものでは……。
「じゃ、やっぱ”るぅチャン”って呼ぶのがベストっすね!」
「名前負けしたら可哀想っすよ!」
……そうなのだろうか。
もともと呼び名を重視しない魔族の悲しさ、断言されるとそんな気もしてくる。
そう断言しているガーゴイルたちにしても、魔族の、しかも個々で呼び名すら分けないような種族。名前負けするか否かなど、考えたこともないと思うのだが。
「しかしまぁ、そこまで調べておいて、なんで本人にはそんなに無関心なんすかねぇ」
ガーゴイルは羽根をぱたぱたと忙しなく動かす。
「そう?」
無関心でいたつもりはないのだが、なんせ就任に際しての手続きが多すぎて後回しになっていたことは認める。こういったあたり、執事なり事務方なりがいれば違うのだろうが。
急きょ決まった使用人第1号が年端もいかない人間の娘、と言うことで、本家側で用意していた使用人リストは白紙に戻った。
第二夫人――青藍の母であり、前当主の妻――が決めたこととあっては、無下にもできなかったのだろう。
そして、なるべく早く用意する、と言う本家執事長の申し出を保留にしているのは自分。
なんせ人間だ。
他の「魔族の」使用人たちに、あの幼女が食べられてしまう心配も多少はあるが、些細なことから正体がバレるかもしれない、ということへの懸念のほうが大きい。
基本的に石像でいることのほうが多いガーゴイルや姿を見せない精霊とは違って、自分や他の使用人は人として彼女の前にいることになる。何処でどんなボロが出るか知れない。
それならいっそのこと全て自分でやったほうが楽ではないか、という考えに至りつつもあったのだが……その結果「無関心」と言われ、思われるようになるとは。
母も面倒を押しつけてくれたものだ。
「るぅチャン、メイド服着てくるくる回ってたっすよ」
「ベッドにダイブもしてたな」
「チェストの取っ手が硝子製だったのに目ぇ輝かしてたっす」
ガーゴイルたちが口々に言う。
よく見ているものだ。ほとんどプライバシーなんてものはないかもしれない。青藍はそんなことを思う。
しかし、彼らが言うどれも「自分」は見たことがない。
彼女が喜んでいるらしいメイド服は母の指示だと聞いているし、調度品は備え付けのもの。雇い主である自分が選んだわけではない。
そんなふうだったから、無関心だと言われても仕方はないのかもしれないのだけれども。
「どことなーく、坊の子供の頃に似てるっすね」
「……俺はお前らに会った覚えはないが」
「本家にもいたでしょ? 俺らの仲間。俺らは一心同体っす! 身も心も!」
ガーゴイルたちは胸を張る。
要するに本家にいた石像と記憶を共有しているらしいのだが……名前どころか記憶まで一緒の連中にルチナリスの名前をどうこう言う資格などあるのだろうか。という疑問も逆に浮かぶ。
「で、俺にどうしろと」
「坊にはるぅチャンの気持ちがわかると俺らは信じてるっすよ!」
「わからないから聞いている」
どこからが本題なのかわからないお喋りにいい加減飽きながら、青藍は口を挟んだ。
彼らがルチナリスに好意的なのはいいことだが、だからといって「かわいいるぅチャン」を延々と聞かされるほど暇ではない。
「興味は持ってるみたいっすから、それを態度で示しましょうよ」
「あのお年頃は”自分のもの”が増えるのが嬉しい頃っす。なんかプレゼントでもして、放ったらかしじゃないんだよアピールを、」
結局なにがしたいのかよくわからない提案に、青藍は黙ったまま背を向けた。それを慌ててガーゴイルが囲み直す。
「これから何年か顔突き合わせることになるんすから!」
「それを見るたびに、”青藍様はあたしのこと忘れてないんだから”とか勝手に思ってくれるっすよ」
「坊だって今まで貰った中で忘れられないものとかあるっしょ?」
たった3匹だというのに、烏の群れの中に放り込まれたようだ。ここは早めに話を終わらせよう。
ギャアギャアと喚き散らす声の中で、青藍は彼らが満足しそうな答えを探してみる。
忘れられない、もの。
水に濡れたまま差し出された手のひらと、金色の――。
「痛、っ」
その途端、頭に尖った痛みが走った。
「坊!?」
「……大丈夫だ。なんともない」
突然の頭痛にこめかみを押さえたまま、青藍は一瞬だけ見えた絵を思い返す。
何だったのだろう、今のビジョンは。