11 【海のある町・2】
※過去話です。
※挿絵があります。
著作者:なっつ
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ガタガタと揺れながら馬車は進む。
窓の外の景色は先程までの木々から崖のような岩肌に変わっている。
道が細いのだろうか、迫り出した岩が時折、窓硝子に当たる。
随分長く乗っている気がするけれど、何処まで行くのだろう。
ルチナリスは切り立った岩肌を見上げる。
こんな荒々しい岩は見たことがない。この馬車は、きっとミバ村へは向かっていない。
本当に助かったのだろうか、という不安はずっとぐるぐると渦を巻き続けている。
彼が何も言わないのは、この先に待ち構えているものが悪夢だからではないのだろうか。
でも聞けない。
あの目で見られたらまた動けなくなりそうで怖い。
「……お前は俺の召使いって扱いで連れて行くことになった。不本意だろうが食われるよりはましだと思っとけ」
言いたげな気配を感じ取ってくれたのだろうか。彼はぽつりと呟いた。
召使い?
馴染みのないその単語にルチナリスは再び固まった。先ほどとは違う意味で。
うわ、この人いっぱい侍らせていそう。爪の手入れをする召使いとか。
長椅子に寝そべって召使いに爪を磨かせているところなんか容易に想像できる。
背中に薔薇まで背負っちゃったりし……だ、駄目よルチナリス! いくらなんでも初対面の人にこんな想像したら!!
「……なに?」
彼は怪訝な顔をルチナリスに向ける。
「え、あの、えっと」
どうしよう。
薔薇の中で爪を切らせている光景を想像しました、とは言えない。
「名前は?」
「ル、ルチナリス、です」
「ふーん」
動揺したままこちこちになって答えるルチナリスとは逆に、彼はだるそうに呟く。
これもさっきの「ありがとう」の効果なのだろうか。しかしやっぱり興味を持っている様子はない。
でも。
食われるよりまし、ってことは、あたし、もう食べられないの、よ、ね? ルチナリスはおそるおそる彼を見上げる。
それで何でだかよくわからないけれど、この人の召使いになった、と……。
……………………なんで?
言っちゃなんだけど、あたし子供よ?
それでもいいの?
そういう趣味なの!?
駄目だ。子供の理解の範疇を超えている。
どうやら命は助かったらしい、ということだけは確かなようだけれども。
「あの、これからどこに行くんですか?」
そう。助かったのだ。あたしだけ。
あたし、ひとりだけ。
一緒に捕らわれた人々の顔がよぎった。
彼らはどうなったのだろう。生きているのだろうか。助け出されたのだろうか。
でももし違っていたのだとしても、彼らも助けてくれ、とは言えない。
いやだ。
あたし、自分だけ助かったっていうのに、ほっとしてる。
あたし、嫌な、子。
彼は煩わしげに前髪をかきあげた。
指からするりと抜けた黒い髪がそのままさらさらと額に流れ、定位置に納まる。
さっきと全然変わっていない。と言うより今の仕草って、あたしの愚痴を拒否したような、そんな唐突な所作だった。
聞きたくない、って言われたみたいな……。
「ノイシュタイン」
「ノ、イシュタイン……?」
唐突に声が聞こえた。
顔を上げると、彼が黙って見下ろしている。
「ノイシュタイン」
それがこの馬車の行き先なのだろうか。
村が世界の全てだったルチナリスにとって、それは全く知らない名前。
「俺のことは青藍、と呼ぶといい」
「青藍、様?」
青藍様。ルチナリスは心の中で何回も復唱する。この名前は憶えておかなきゃいけない。大事な、あたしの新しいご主人様になる人の名前なんだから。
それにしても、自分の名前も大概だと思っていたが、さらにその上を行きそうな名前だ。この横文字ばかりのご時世にそれが本名? 源氏名とかじゃなくて?
わからない。
本当に全然わからないけれど、全然興味もなさそうなんだけれども、でも、今のあたしにはこの人しかいないのだ。
この人にいらない、と言われたら、あたしはまたあの悪魔たちのところに返されるかもしれない。変わった名前だけど、そんなところを指摘して機嫌を損ねるわけにはいかない。
ルチナリスは青藍と名乗った人を窺う。
「あの、」
発した声と同時に、突然、窓の外がひらけた。光が差し込む。馬車の中が明るくなる。
窓の外に現れたのは――
「海! 青藍様、海ですよぉ!!」
ルチナリスは思わず青藍の腕を掴んで揺さぶった。
「うわぁ! はじめて見ました! うわ、きれいっ!!」
『――あたしはきっと、一生海なんて見ることなどないのだろう』
これが海。
村にあった池とは全然違う。
ただ水が溜まっているだけ、ではなかった。こんなに広くて。こんなにきらきらしていて。
『おひっこし先はね、海の近くなんですって』
メグもこの海を見たのかな。どう思ったのかな。
海の近くの町なんて数えきれないほどあるから、ノイシュタインで会うことはないだろうけれど。
ああ、その前に。
ルチナリスは口を噤んだ。
メグは、無事なのだろうか。
「これからは毎日見られる」
新しい主になる人は頬杖をついたまま、そう言ってかすかに笑う。
その笑みにルチナリスも笑みを浮かべる。
そうだ、今は笑っていなくては。過去を思い出して暗くなっているわけにはいかない。いつも明るく元気よく。大人はそういう子供が好きなのよ。この人だってきっとそう。
大丈夫。
上辺だけで笑ってみせるのは得意分野だわ。
「……う、わぁ」
ルチナリスは上を見上げたまま口を開けた。
城。
到着して馬車を下ろされた彼女の目の前にそびえたっていたのは、石造りの古めかしい城だった。
鬱蒼と茂る木々も伸び放題の庭も、どう見たって長い間誰も住んでいませんでした、としか思えない半分廃墟のような城だが、城であることには間違いない。
それをまたとんでもなく高い鉄柵がぐるりと囲んでいる。泥棒よけにしたって高すぎる。
まるで牢屋の檻のよう。そうルチナリスは思う。
彼はどうやらこの城に越してきたらしい。
そして自分はこの城で召使いをするらしい。
それは察しがついたのだが、他の召使いはもう来ているのだろうか。
突っ立っていても誰かが出迎えに出て来る様子はない。
窓にも庭にも人影は見えない。
誰か来ているのならこんなに庭が酷い状態のはずがないから、これから来るということなのだろうか。
もし召使いなんだからこの城をひとりで掃除しろ、だなんて言い出したら……。
って。
「ま、待って下さい! 青藍様ぁ!」
あたりをきょろきょろと見回している子供など忘れてしまったかのように、さっさと歩いて行ってしまう彼をルチナリスは慌てて追いかける。
城への道の両端には異形の石像。
羽根の生えた化け物の姿は村を襲った悪魔に似ている。
それがずらりと従う中を歩いて行く後ろ姿はまるで……。





