8 【罪深きは我か。それとも無知なる君か・2】
※過去話になります。
著作者:なっつ
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ガッ!
と大きな音がした。
その直後、サイクロプスは後方へ吹き飛ばされていた。
人影ごと幼女を踏み潰すつもりだった。
どうせここまで運ぶ間に数人は駄目になっている。逃げようとしたり疲労で動かなくなったりと要因は様々だが、上も多少のロスが出ることは承知している。
こんなチビひとり減ったところでたいして変わりはない。傷んでしまえば廃棄するしかないのだから、自分たちに回って来るかもしれない。
第一、疲れているのは自分も同じだ。獲物をなだめすかして歩かせるなんて面倒なこと、やっていられるか。
と、そう思ったのに。
まさか自分のほうが吹っ飛ばされるとは。
そして、吹っ飛ばされたのは十中八九、先程入り込んで来た人影のせいだ。
「なにすんだテメェ!!」
サイクロプスは憤りの声を上げた。
威嚇するように手にしていた曲刀を一閃すると、周囲の植え込みから白い花弁が散った。
さらにドシン、と足を踏み込む。
砂埃が舞い上がる。
周囲の木々から鳥が逃げるように羽ばたいていく。
漂う砂埃の向こうに座り込んだままの人影は動かない。その様子にサイクロプスは舌なめずりをした。
怖気づいたか?
今さら命乞いをしても遅い。あの小汚い小娘と一緒に切り刻んでやろうか。
いや、ただ殺すのでは面白くない。手と足を断ち、ケルベロスの巣の中に放り込んでやろう。生きたまま貪り喰われればいい。
先の戦ではあまり腕を振るう場面がなかったから血が見たい。丁度いい。
だが。
「待て!」
惨たらしくも血が湧く想像に顔を歪ませたサイクロプスだったが、しかしその想像を実現させることはできなかった。
この騒ぎを聞きつけたらしい別の兵士がなにか叫んでいるのが聞こえた。列の半ばを守っているので離れることができないからだろう、腕を振り、必死に声を張り上げている。
「待て! そいつは、その方は……!! 青藍、様、だ!」
青藍?
曲刀をゆるゆると下ろしながらサイクロプスは砂埃を凝視する。
その呼称を与えられた者はこの城にはひとりしかいない。魔界中を探しても、多分、ひとりだけだろう。
引いていく砂埃の中、白いシャツが見えた。
次いで、黒い髪と、蒼い瞳。
間違いない。
幼女を庇うように片膝をついてこちらを見ているのは、確かにメフィストフェレスの次男坊。
怖気づきもせず、命乞いをする気も全くない、強い光を湛えたままの瞳がサイクロプスを射抜いていた。
「困りますな青藍様。……邪魔されるなら貴族様だとて容赦しませんよ」
曲刀を持つ手のひらに唾を吐きかけ、サイクロプスは下卑た笑いを浮かべた。
現当主のお気に入りと噂されているだけのことはある。男とは言え、これはかなりの上玉だ。
たとえ相手が上級貴族だとしても……いや、上級貴族だからこそ。踏みつけ、痛みつけるさまを想像するのは自由。表立って手を出すことなど到底不可能な相手だけに、獰猛 さを性 とする彼らの中には1度は苦痛に歪む顔を見てみたいなどと思う輩も多い。
魔王役に就任が決まったとはいえこんな細腕。
何度も遠征に出て実戦馴れしている自分と、せいぜい模擬戦程度の貴族様とでは比べ物にもなるまい。
サイクロプスは舐め回すように獲物を見る。
その顔じゃ戦うと言っても、閨に呼ばれて別の意味で……ってところじゃないのか? 当主を始め、お偉方に可愛がられているんだろう?
そんな淫らな想像を感じ取ったのか、青藍は不快そうに眉を寄せた。
「少々、お相手頂けますかね」
ターゲット変更。
サイクロプスはじりじりと間合いを詰める。たっぷりと楽しんだ後で不慮の事故とでも報告しておけばいい。
間の悪いことに鎮静作用のある花は散ってしまった。
自分のこの攻撃衝動は花がなくなってしまったせい。偶然居合わせたこの坊ちゃんの不運は、ただ嘆くしかない。
本当に。
本当に、なんて運の悪いことだろう。
「下衆が」
青藍の双眸にゆらりと紅い光が灯った。
片膝をついたままの足元で風が渦を巻きはじめる。
掴みかかろうと伸ばしたサイクロプスの手は、紅く揺らめく炎に退けられた。
「なん……だ?」
目の前の獲物が変わっていく。
腕の細さや女のような顔はそのままだ。だが。
その名を表わしていたはずの蒼い瞳は既にどこにもない。穏やかな海のような色の代わりに彼の瞳を支配するのは、燃えるような紅。
青藍はすっと左腕を真横に伸ばした。
伸ばされた腕に目と同じ色の炎が浮かび上がる。渦を巻くように腕を覆っていく。
幾重にも、幾重にも絡みつき、勢いを増していく。
そして。
絡みつき、さらに行き先を探すように揺らめいた炎が、ふいにサイクロプスに向けて鎌首をもたげた。
それは巨大な竜の形。
青藍の身体の数倍もある巨体が、空中でとぐろを巻きながら鋭い眼光を投げかける。
火の粉が、まるで花弁のように舞い上がった。
「はいはい、そこまで」
手を叩く音にサイクロプスは我に返り、慌ててあたりを見回した。
ほんのわずかな間ではあったが相手に呑まれていた。もしその間に相手が攻撃をしかけてきていたら……。
背中を冷たい汗が伝う。鎧を着込んでいるせいで拭うこともできないのが、さらに不快感を増す。
こんな女みたいな顔のボンボンに威圧されて動けなかったなど……違う。動けなかったんじゃない。間合いを取っていただけだ。これから攻撃するところだったんだ。それなのに邪魔が入っただけなんだ。
そう、邪魔が――。
少し離れたところで黒髪の女性が呆れた顔で自分達を見つめている。
あれは前当主の奥方。第二夫人。
前当主が権限を全て長男に譲ってしまっているので奥方と言ってもなんの力もないが、それでも無下に扱っていい相手ではない。
彼女は足下に無残に散った白い花を拾い上げると、その瞳をサイクロプスに向けた。
凪いだ海の色。
しかし予想外の魔力の一端を見せつけられたばかりの目には、そんな穏やかな色にも薄ら寒いものを感じる。
「ごめんなさいね。この子、預からせてもらえるかしら」
ごめんなさいと言うわりには悪びれた様子もなく、第二夫人は冷ややかな目を向けた。
自分より上背のある、その太い腕で張り飛ばされれば一撃で自分など殺してしまうであろう醜悪な化け物を前にして。
「そのほうが、あなたのためよ?」
彼女は笑みも浮かべず、そのまま手を握る。
くしゃり、と白い花弁が潰れた。
「……仕事の邪魔をされると困るんですがね」
サイクロプスはしぶしぶという顔で曲刀を下ろした。
戦意が削がれたのは花のせいだ。決してこのふたりに気圧されたからじゃない。





