9 【罪深きは我か。それとも無知なる君か・3】
※過去話になります。
著作者:なっつ
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「見た目に似合わず喧嘩っ早いわね」
去っていくサイクロプスから目を離し、母は苦笑まじりに息子を見た。
助けても無駄なことは重々わかっているのに蓋を開ければこれだ。自分の甘さにもだが、つれない態度をとっていた息子までもが簡単に動いてくれたことにも、つい笑みがこぼれてしまうのは否めない。
「戦えとは言わなかったわよ」
「それは向こうに言ってください」
手のひらに付いた砂を払いながら、青藍は無表情に呟く。
「そうね」
第二夫人は倒れたままの幼女の傍に身を屈めた。
怪我は此処に来るまでについたのであろうかすり傷が少々。今の争いで新たについたものはなさそうだ。意識がないのは疲れ切っているからなのだろう。
争いを見られなかったことは良しとしようか。腕から炎が出たなど、子供の目からしても人間技だとは思うまい。
「でもよかったわ。あなたは全然変わってない」
「性格は変わったのでしょう?」
「ええ。冷たくて誰にも興味を持たない嫌な子になったと思ったわ。でも違う。ちゃんと自分より弱い者に救いの手を差し伸べることができる」
実際、止めていなければあのサイクロプスは再起不能になっていた。いや、それよりも狩りの獲物を奪い取ったことをどうやって隠そうか。人間狩りの獲物を巡って城内で争ったなど、しかもそれを勝手に取り上げたなど、いくら前当主夫人の指示であってもしていいことではない。
当主である紅竜が知ったら……せっかく幽閉を解かせたばかりだというのに、また刑罰を科して来られては元も子もない。
「そうでしょう?」
「差し伸べたのは母上でしょう」
母の言葉を息子は否定した。
弱者を救うのは美徳かもしれないが、それにだって限度がある。しかもこの場合は救うべきではなかった。
人間を狩るのもここまで連行してきたことも、全ては家の意向。自分達の行為はそれに反している。
そして。
悪魔に救われたって、この子供は喜ぶまい。
そこまでわかっていたのに、しかし動いてしまった。
サイクロプスが幼女を踏みつけようとした一瞬、母が自分の名を叫んだことを思う。
命令か懇願かは知らない、ただ、助けたいという意思。
だからと言って、母ひとりに責任を押しつけるわけにはいかないのだが。
息子の咎めるような呟きには答えず、ふふ、と母は笑う。
「ほんと、いやぁね。かわいい子をいじめるなんてクズよ、クズ」
サイクロプスに聞こえたら顔を真っ赤にして駆け戻ってきそうな台詞だが、どうにか聞こえずに済んだらしい。鎧姿は振り返ることもなく遠くなっていく。
「あ、かわいい子ってところにはあなたも入るわよ」
「そう言う説明はいらないです」
「ここ、笑うところ」
息子の冷めた眼差しに、寒い空気が吹き抜けていった。
「それよりこれ、どうするんです?」
青藍は足元に倒れ伏している幼女を見下ろす。
母に言われるまま助けに入ってしまったが、あのサイクロプスも黙ってはいないだろう。所詮、回収されるのがオチだ。
自分達のしたことは正義の味方ぶってみただけの、ただの自己満足でしかない。
助けたところで、この幼女の死期がほんの少し伸びるだけ。
ほんの、数日か、数時間。
それなら「もしかしたら生き延びることができるのでは」などと期待させるほうが可哀想だ。あのサイクロプスには上級貴族に剣を向けた、という気の毒な事実だけ残ってしまうことになるが、意識のない間に返したほうがこの娘にとってはいいのではないだろうか。
「そうね……」
第二夫人は少しの間思案するように小首を傾げていたが、しばらくしてわざとらしく手を叩いた。気のせいだろうか、目の中に星が見える。
「あなた、お世話係要るわよね」
「はい?」
「ノイシュタインに行ってからのお世話係。まだ決まっていないのでしょう?」
ノイシュタインとは魔王城のある人間界の町。
そこで魔王に仕える使用人は魔界から連れて行くことが通例になっている。
彼の地で新たに雇っても構わないのだが、城主が魔王であることを知っていてもなんら問題のない同族のほうが余計な気苦労がない。
「この子供を?」
青藍は口元を歪ませて母を見、それから改めて幼女を見下ろした。
ちょっと待て。いくらなんでも幼すぎる。これじゃどっちが世話をするのだかわからない。
それにこの娘は人間だ。自分のことすら満足にできないような子供の上に、人間。連れて行っても足手まといにしかならないことはわかりきっている。
「お部屋余ってるんだからいいじゃない。ほらこんなに可愛いんだし」
「かわいければいいってもんじゃないでしょう?」
呆れ顔の息子に母は畳みかける。
「かわいい子がいたほうが生活にも潤いが出るものよ。これも運命だと思って」
「運命って、」
本当に何がさせたいのだろう。
そうでなくても人間ばかりの世界で、自分が裏では魔王であることを隠して暮らしていいかなければならないのに。
人間界まで連れ出せというだけなら荷物に混ぜて連れて行けばいいのだが、母の言い方ではどうもこの娘と一緒に暮らせと言っているようにしか聞こえない。
人間と。
人間の娘と。
青藍は警戒の色を含んだままの目で母を見る。
そりゃあこの娘を助けた責任を母に押しつけるわけにはいかないとは思ったけれど、だが、自分ひとりに押しつけられても困る。
「運命の人って信じる?」
母は遠く、城を振り返る。
あそこには兄が、父がいる。
「信じません」
「あのね」
さらりと返すと母は恨みがましい目を向けた。
どうせこの娘とも運命がナントカと言い出すのだろう。少女向け小説の読みすぎではないのか?
青藍はそっぽを向く。
何もなければ適当に相槌を打つのも付き合いだとは思うが、この流れはどう考えてもこの娘を押し付けようとしているとしか思えない。
つい助けてしまったものの、後々扱いに困るのは母とて同じこと。この城を出て行く自分に押し付ければ証拠隠滅できる、とまで思っているかもしれない。
「この子がそうだとは言わないけれど、」
運命なんてものが本当にあるのなら、その人は兄だろう。
自分の一生はあの人のものだ。間違ってもこの娘ではない。
「あなたにもそんな人が見つかるといいわね」
そんな息子の心の内など知りもしない顔で、母は微笑む。
くだらない。
青藍はそっぽを向いたまま、その先の空を見上げる。鳥が2羽、連れ立って羽ばたいている。
外の世界とこの城とを遮っている城壁も、空までは遮ることができない。あんな小さな羽根でも……。
……本当に、くだらない。
それを言うなら、母にとって父は運命の人だったのだろうか。生まれ育った場所を捨て、たったひとりでこの城に来るほどに。
妻という肩書きだけ与えて、子を生した今はもう顔を見せることもしないあの父が。
運命など、あるはずがない。





