第19話:プロの洗礼
本日2話目
「ジン! 入るぞ!」
後半22分。タッチライン際でビブスを脱ぎ捨てた榊 迅に、マルクス監督の鋭い声が飛んだ。
ボードに表示された数字は『39』。1-2と1点ビハインドの状況で、17歳の迅がブンデスリーガのピッチへと送り出される。
「頼んだぞ、ガキ」
ベンチへ下がるベテランMFが、迅の背中を強く叩いた。
足を踏み入れた瞬間、5万人を超える観客の歓声と大ブーイングが耳を突く。芝生の感触、相手DFの纏う圧倒的な威圧感。ベンチから見ているのとはまるで違う「本物のプロ」の圧力が、全身の皮膚に重くのしかかってきた。
(大丈夫だ。いつも通り、相手の隙を見極めて――)
迅は呼吸を整え、冷徹にゲームの絵を描こうとした。
だが、ピッチ上の現実は、迅の頭脳の演算速度を遥かに凌駕していた。
パスのスピード、相手の寄せの速さ、コンタクトの強さ。すべてがユースでの常識を軽々と吹き飛ばすレベルだった。
後半32分。最大のチャンスが迅に訪れる。
中盤でボールを奪ったクリスからのクリアボールが、相手DFラインの背後へ高く上がった。迅の目の前には、広大なスペースが広がっている。
(抜け出せる――!)
迅は爆発的な加速でDFを置き去りにした。得意のカウンター。落下点へ完璧に入り、跳ね上がったボールを右足でコントロールしようとしたその瞬間。
ドドンッ!
背後から追いついてきた相手の大型センターバックが、ファウルギリギリの絶妙な体回しで迅の肩口へ体重を預けてきた。
ほんのわずか、数ミリの体の軸のズレ。
「くっ……!」
ボールの下を右足が空を切った。まさかのトラップミス。ボールはそのまま相手キーパーの手の中へと収まった。
「何やってんだ、ガキ!!」
観客席から怒号が飛び、ベンチのマルクス監督が頭を抱える。
決定的な得点機会の逸失。
追いつくはずだった一瞬のチャンスを、迅自身のミスで潰してしまったのだ。
「甘いな、17歳」
通り過ぎる相手DFが、嘲笑うように迅の肩を叩いた。
迅はピッチの上に立ち尽くし、空振りした自身の右足の感覚を何度も確かめた。
頭では完璧に理解していた。コースも、タイミングも読めていた。だが、プロの極限状態におけるわずかなフィジカルの圧力と焦りが、迅の精緻な狂いを引き起こしたのだ。
そのまま試合終了のホイッスルが鳴り響く。
1-2。チームは敗れ、迅のブンデスリーガデビュー戦は、苦い敗北と決定機逸失という最低の結果で幕を閉じた。
ロッカールームへ戻る途中、迅は静かに自分の拳を強く握りしめた。
悔しさで胸が潰れそうだった。しかし同時に、その失敗の感触すらも、彼のストライカーとしての本能をより深く、熱く刺激し始めていた。
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