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第2話:セカンド・チャンスと「個」の証明

入団テストのミニゲームで見せた、あの鮮烈なカウンターから3日。さかき じんの元に届いたのは、「アイントラハト・フランクシュタット U-19」への正式入団……ではなく、3ヶ月間の『練習生契約』という保留の通知だった。

「あのワンプレーは素晴らしかった。だが、ここはドイツだ。1試合を通じて戦えるタフさと、チームの戦術にアジャストできる柔軟性がなければ、正式な契約は結べない」

スカウト責任者の言葉を、通訳アプリの機械音声越しに聞いた迅は、ただ「分かりました」とだけ答えた。ショックはなかった。むしろ、それだけ簡単にはいかない世界だからこそ、ヒリヒリするような感覚が心地よかった。

練習生としての初日。迅が通されたのは、U-19のセカンド(Bチーム)のロッカー室だった。そこには、テスト生上がりの荒削りな選手や、トップ昇格の崖っぷちに立たされている地元ドイツの若者たちがひしめいていた。

「おい、日本のスピードスター」

声をかけてきたのは、テストの時に同じチームだったボランチのクリスだった。彼もまた、同じ練習生契約を勝ち取った一人だ。

「お前の足は確かに速い。だが、このチームの監督であるヘスラーは、ただ走るだけのFWを一番嫌うぞ。戦術理解度の低いエゴイストは、すぐに荷物をまとめて帰らされる」

「戦術?」

「そうだ。うちは基本、ボールを保持して崩す『ポゼッション』がベースだ。カウンターだけじゃ、ここでは生き残れない」

クリスの忠告は、その日の午後に行われた紅白戦ですぐに現実となった。

セカンドチームの監督、ヘスラーは元ドイツ代表の強固なセンターバックだった男だ。鋭い眼光でピッチを見つめる彼の前で、迅は再びCFの位置に入った。

「ジン! 落ちてこい! スペースを空けろ!」

中盤でボールが回る中、ベンチからヘスラー監督の怒声が飛ぶ。

迅はいつものように、前線で相手DFの裏のスペースを狙って身構えていた。しかし、対戦相手のディフェンスラインは深く設定され、迅が突っ込むための「裏のスペース」は完全に消されていた。

相手のセンターバックは188センチの巨漢。後ろから激しく身体を寄せられ、前を向くことすらさせてもらえない。

(カウンターが打てない……!)

味方からの縦パスを受けても、フィジカルの差で潰され、ボールを失うシーンが続いた。テストの時の輝きは消え、ピッチ上で完全に孤立していく。

「前線でボールが収まらないぞ! 何をやっている!」

味方のMFからも不満の声が上がり始める。クリスも、マークの厳しい迅にはパスを出さなくなり、チームの攻撃は完全に停滞した。

前半が終わり、給水のためにベンチに戻った迅は、冷たいスポーツドリンクを喉に流し込みながら、じっと自分の足元を見つめていた。

(身体の強さじゃ勝てない。裏のスペースもない。なら、どうする?)

頭をフル回転させる。迅の中には「こう戦いたい」というプライドはない。ただ、目の前の試合で勝つために、ボールに触り、ゴールを奪うための最適解を探すだけだ。

(相手DFは、俺が裏に抜けるのを警戒して下がっている。だったら――)

後半のホイッスルが鳴る。

ピッチ中央、クリスがボールを持った瞬間、迅は急激にスプリントを開始した。誰もが「また裏へ抜けるキック&ラッシュだ」と思ったその瞬間、迅はピタッと足を止め、逆にクリスの方へと鋭く突進するように「落ちて」きた。

相手DFは迅のスピードに引っ張られ、一瞬対応が遅れる。

「クリス、出せ!」

迅は相手DFを背中でブロックしながら、クリスからの鋭いパスを右足のインサイドで優しく受け止めた。ワンタッチでボールを自分の足元に完璧に収める(ポストプレー)。

すかさず、背後から188センチのDFが強烈なタックルを見舞ってきたが、迅はそれを予測していた。衝撃をいなすように身体をわずかに傾け、ボールをキープしたまま、右足の裏でボールを横へと転がす。

そこへ走り込んできたのは、2列目から飛び出してきた味方のサイドハーフだった。迅の正確な落としのパスが、完璧なタイミングで繋がる。

「ナイス、ジン!」

そこから流れるようなパスワーク(ポゼッション)が始まり、最後はサイドからのクロスに味方が合わせてゴールが生まれた。

迅自身が得点したわけではない。しかし、ヘスラー監督はベンチで小さく頷いていた。カウンター一辺倒だと思われていたアジアの少年が、瞬時に相手の守備を読み、チームの歯車として機能してみせたのだ。

「フン、少しは頭を使えるようだな」

通りすがり際、クリスがニヤリと笑って拳を突き出してきた。迅も無言で、自分の拳をそこに合わせた。

明确なゴールはまだない。だが、ドイツの固い盾を、自分の技術とスピード、そして思考でこじ開けていく感覚。その圧倒的な快感に、迅は今、確実に魅了されつつあった。

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