第16話:夢舞台の足音
マルクス監督から告げられた「週末のベンチ入り示唆」の言葉は、またたく間にクラブハウス内を駆け巡った。
17歳でのプロ契約、そしてブンデスリーガ公式戦への帯同。ユースの選手たちにとっては喉から手が出るほど欲しい千載一遇のチャンスだ。だが、トップチームの練習場に残された数日間は、これまで以上に過酷で冷酷なサバイバルとなった。
「おいジン、浮かれてんじゃねえぞ」
翌日の紅白戦、迅と同じポジションを争う22歳の控えウイング、マイヤーがギラついた目で睨みつけてきた。彼はここ数年、トップとセカンドチームを行き来している崖っぷちのプロ選手だった。17歳の若造にシートを奪われるわけにはいかないという執念が、その全身から溢れ出している。
ピピッとホイッスルが鳴る。
試合が始まると、マイヤーをはじめとする相手チームの選手たちは、迅に対して容赦のないプレッシャーをかけた。ボールを持てば二人がかりで囲い込み、激しいスライディングで削りに来る。ユースの試合とは比較にならないほど、勝利と生き残りをかけた「執念」の泥臭さがピッチを支配していた。
(みんな、必死だ……。人生をかけてボールを追ってる)
激しいタックルを受け、ピッチに倒れ込みながらも、迅の心はどこまでも静寂を保っていた。
プロになりたい、名声がほしい、大金を稼ぎたい――そういったギラついた欲求は、今も迅の中にはない。けれど、この生き馬の目を抜くようなヒリヒリとした世界で、自分の頭脳と右足だけを武器に強者たちをねじ伏せる。その絶対的な快感だけが、迅の全身の血を沸き立たせていた。
後半20分。中盤でボールを拾った迅に、マイヤーが猛烈な勢いで体を寄せにくる。
(力で抑え込もうとしている。僕の体の向き、重心の残し方……全部見えている)
迅は相手の圧力を全身で受け止めるフリをしながら、接触の瞬間にふっと力を抜いた。相手のパワーを利用するようにクルリと体を反転させる「マルセイユ・ルーレット」。
「なっ……!?」
マイヤーの巨体が空を切り、迅は一瞬でマークを置き去りにした。
そのままトップギアでペナルティエリアへ侵入。飛び出してくるキーパーのタイミングを完全に外し、右足のインサイドでゴール反対側のサイドネットへ吸い込まれるような美しいシュートを流し込んだ。
ネットが揺れる。
ピッチ上に静寂が訪れた後、マイヤーは悔しそうに顔を覆い、マルクス監督は深く頷いた。
「そこまで!」
練習終了のホイッスルが鳴る。汗を拭いながら引き上げていく選手たちの中、マルクス監督が迅を呼び止めた。
「ジン。明日の遠征メンバーのリストに、お前の名前を書いた。背番号は『39』だ。準備をしておけ」
ついに掴み取った、プロの公式戦へのチケット。
17歳のストライカー・榊 迅は、静かにスパイクの汚れを落としながら、明日訪れるであろう「最高峰のピッチ」に想いを馳せていた。
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