第14話:プロの分厚い壁
トップチームの練習初日。ウォーミングアップを終えると、すぐに「8対8+フリーマン」の変形ミニゲームが始まった。
ピッチのサイズは狭く設定され、ボール回しのスピードと判断の遅れは即座に失点に繋がる。ユースでのプレースピードが「スローモーション」に感じられるほどのプレッシャーが、榊 迅を取り囲んだ。
「ジン! 入れ!」
トップチームの指揮官、マルクス監督の声と同時に、迅は攻撃側のピッチへと投入された。ポジションはCF。マッチアップするのは、先ほど冷ややかな視線を送ってきた元ドイツ代表CB、シュミットだ。
中盤から迅の足元へ鋭いパスが入る。
(ファーストタッチで前を向いて、一気に加速――)
迅は右足のインサイドでボールを流し、一瞬のスピードで前を向こうとした。しかし、次の瞬間。
ドツッ!
雷が落ちたかのような衝撃が背中に走った。シュミットが迅が前を向くタイミングを完璧に予測し、体を当ててきたのだ。176センチの迅の身体は、いとも簡単に弾き飛ばされ、芝生の上に転がった。
「甘いな、ガキ」
シュミットはボールを拾い上げ、鼻で笑った。
「足が速いだけの奴なんて、ここには山ほどいる。前を向かせるわけないだろ」
審判役のコーチの笛は鳴らない。これがブンデスリーガのプロのコンタクトレベルであり、日常だった。
立ち上がった迅は、ユニフォームの汚れを払いながら、自身の思考を急速にアップデートさせていた。
(身体を当てられたら勝てない。前を向くフリすら読まれている。なら、最初から身体を触らせない位置取りと、タッチの回数を極限まで減らすしかない)
迅の眼光が冷たく冴えわたる。
次のプレー。中盤でボールが回る中、迅はシュミットの目の前にどっしりと構えるのではなく、あえて相手の視界から完全に外れるようにバックステップを踏んだ。
シュミットがボールホルダーへ一瞬視線を切った、そのコンマ数秒の隙。
迅は爆発的な加速でシュミットの脇のスペースへ飛び出した。パスを要求する手すら挙げない。無言のランニング。
中盤のMFから、低く鋭いパスが迅の走るコースへ供給される。
シュミットが慌てて長い足を伸ばして寄せてくる。だが、今度の迅はボールを収めようとはしなかった。寄せてくるシュミットの体重移動を見極め、流れてくるボールに対して右足のアウトサイドで「ちょん」と触れるだけのダイレクトパスを選択した。
ボールはシュミットの股間を抜け、逆サイドから走り込んできた味方のウイングの足元へ完璧に繋がった。
「なっ……!?」
シュミットの足が止まる。
迅はパスを出した勢いのまま、さらに加速してペナルティエリア内へと侵入していた。
(触らせなければ、体格差なんて関係ない)
目標やプライドなんていらない。この最高峰の壁を、己のインテリジェンスとスピードで攻略していく感覚。迅の胸の中で、ストライカーとしての歓喜の火が静かに熱く燃え上がっていた。
ブクマよろしくお願いします




