第9話:不協和音と共鳴の兆し
このままいけば週間100位は行けそうです。
ありがとうございます
プレシーズンマッチの後半。スコアは0-0のまま動いていなかった。
アイントラハト・フランクシュタットのピッチ上には、明らかな「ノイズ」が生じていた。
前線を組む17歳の榊 迅と、新加入のエティエン。個々の能力の高さは誰もが認めるところだったが、二人の関係性は崩れたパズルのピースのように噛み合っていなかった。
エティエンはボールを持てば力任せの強引な突破を繰り返し、迅がスペースを作ってもそこにパスを送る気配すら見せない。逆に迅がポジションを落として組み立てもこなそうとすると、エティエンとエリアが重なり、お互いの長所を消し合ってしまう。
「ジン! エティエン! 前線の距離感が悪すぎるぞ!」
ベンチからヘスラー監督の怒声が飛ぶ。
給水タイムの際、エティエンは迅と目を合わせようともせず、粗い息を吐きながらスポーツドリンクを煽っていた。
「おいガキ、邪魔なんだよ。お前がチョロチョロ動くから、俺のスピードに乗れるコースが消える」
拙いフランス語混じりの英語で、エティエンが吐き捨てるように言った。
だが、迅の顔に焦りも怒りもなかった。汗を拭いながら、冷徹な思考でエティエンの「特性」を整理していく。
(エティエンは、自分が前を向いて加速した状態の時だけ『世界最高レベル』になる。だけど、最初から背負わされると判断が遅れる。なら、あいつに前を向かせた状態でボールを持たせればいい)
迅の中にあるのは、チームの調和を守りたいという道徳観ではない。
単に「相手を活かすことで、結果的に自分の右足でゴールを奪う状況を作る」という、ストライカーとしての冷酷なまでの計算だった。
後半25分。試合が動きかける。
中盤でボランチのクリスが相手のパスをカット。ボールが迅の足元に入る。
相手のオランダ人ディフェンダーは、迅の俊足とテクニックを警戒して一歩距離を取った。
普段の迅なら、ここから一気に前を向いてスピードに乗ったドリブルを仕掛ける場面だ。
だが、迅は右足でボールをトラップすると同時に、あえてピッチの中央ではなく、左サイドのスペースへ向けて身体を向けた。
「エティエン!」
迅の短く鋭い声。
迅が左へ相手DFを食いつかせたことで、中央の広大なスペースがぽっかりと空いていた。迅はそこへ、相手DFの背後を通る低く速い斜めのパス(ダイアゴナルパス)を右足で通した。
エティエンの目の前に、彼が最も得意とする「前を向いて加速できる広大なコース」が出現する。
「……ッ!」
エティエンの目が輝いた。爆発的なスプリントでスペースへ飛び出し、スピードに乗ったままボールを収める。そのまま相手のセンターバックをあっさりと抜き去り、ペナルティエリアへ侵入していった。
エティエンは右足を振り抜き、強烈なシュートを放つ。
ボールは相手キーパーの手に当たって弾け、ペナルティエリア内へ高く跳ね上がった。
(来る――!)
迅はエティエンがシュートを打つ直前から、すでにスプリントを開始していた。
エティエンの「個」がDFを破壊し、キーパーの手を弾くことまでを織り込み済みで、こぼれ球の落ちる位置へと一直線に走り込む。
空中から落ちてくるボール。相手DFは足が止まっている。
迅は176センチの身体を鋭くねじり、跳ね返ってきたボールに対して右足をコンパクトに振り抜いた。ダイレクトでのコントロールショット。
ボールは綺麗に弧を描き、キーパーの頭上を越えてゴール右隅のネットを揺らした。
「ゴーール!」
1-0。ようやく生まれた先制点に、スタンドから歓声が上がる。
ゴールを決めた迅は、大声を上げることもなく、ただ息を整えながら着地した。
そこへ、シュートを打ったエティエンが歩み寄ってくる。彼は迅の顔を複雑な表情で見つめた後、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「……あんなパス、頼んでない」
「でも、一番走りやすかったろ」
迅が淡々と答えると、エティエンは一瞬呆気にとられたような顔をし、それから小さく口元を緩めた。
「……次は俺が直接決める」
目標なんて特にない。けれど、癖のある怪物たちを己のインテリジェンスで操り、最後に自分の右足で仕留める。2年目のシーズン、榊 迅のプレイメイキングとストライカーとしての才能は、新たな次元へと踏み出し始めていた。
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