穏やかな音楽祭になるわけがなかった
いよいよ音楽祭が始まる。
私は控室から来賓席に移動し、学園長のユタたちと合流した。
エミールの父親である、シーザー・オンディーヌ王が挨拶を務めた。
私もしばらく控室にいたが、シーザー王が会いにくることはなかった。
今回の音楽祭のことをどう考えているのだろう。
最後の幕を飾るのはミラベル王女であり、その手前でエミールが演奏することになる。
エミールたち以外にも歌手や演奏者は多数参加していて、人語も話せるイルカやタコ型の魚人など様々な種族もいるが、審査員は身分の高そうなマーマンや人魚ばかりで構成されていた。
その様子を見て、バルトは面白くなさそうに頬杖をついていた。
「人魚の演者にばかり得点を高くしてねぇか?」
芸術に採点をつける場合、審査員の好みもある程度反映されることもあるだろう。
「珍しく意見が合うな。あの王女お抱えの審査員どもでは、このままだとエミールの採点もどうなることやら」
ルイもこの審査員たちに懸念があるようだ。
ルイは芸術に対しても審美眼があり、それは学園長のユタの折り紙付きだ。
いつも品がある服装を好み、物の良し悪しを見極めることが得意で、エミールの演奏に対しては珍しく手放しで褒める。
エミールに不当な審査が下るのでは無いかと、私も心配になってきてしまった。
そんな中、エミールの出番がくる。
ロイヤルブルーのロングジャケットに、金色の刺繍が装飾されていて、品がある。
本来のマーマンの姿に戻っているため、足は鮮やかなコバルトブルーの尾びれになっている。
普段は人間のような姿に薬で擬態しているため、人魚の姿を初めて見ることになった。
腰のあたりにキラキラとした粉のような物が見え、その魔法のおかげで空中を泳ぐことができているらしい。
その姿はまさに人魚の王子そのものだった。
ステージにはいくつかの楽器が用意されていたが、エミールは指を鳴らし、魔法で自分のハープを召喚していた。
もともと用意された楽器だと、いたずらされて壊れているかもしれないし、英断だと私も思った。
舞台の上のエミールと目が合った気がしたが、私やルイたちに対してなのかはわからなかったため、とりあえず小さく手を振って応援した。
エミールの演奏は素晴らしいものだった。
他の演者の演奏も良かったが、惹き込まれるものがある。
ずっと聴いていたいと思えるのはエミールの演奏だけだ。
それだけに審査員たちが点数を決めるのに時間がかかった。
審査員は100点満点中、90点を出した。
なかなかの高得点である。
私はうれしくて拍手したが、学園長のユタは舞台に現れたミラベル王女をじっと見つめていた。
「エミールさんはベストを尽くしたようですが……王女の方の採点はどうなりますかね」
ユタの言葉に不安を感じていると、まもなくミラベル王女の歌が始まった。
ミラベル王女は人魚の美声を生かし、音楽祭の由来に沿って優勝を狙うようだ。
ミラベル王女の歌も上手い。
でも、上手いだけで心を揺さぶられない。
これは私だけの感想かもしれない。
しかし、審査員たちは全員が満点を出した。
ルイやバルトは不服そうで、もともとミラベル王女が勝つように仕組まれていたに違いないと思っていただけに、予想通りの結果となってしまった。
シーザー王は、無色透明なお酒の入った瓶をミラベル王女に差し出し、ミラベル王女は満足げに受け取った。
海の近くまで側に寄り、ミラベル王女がお酒を手に歌う。
するとみるみる色が変わり、赤い色のお酒に変化した。
七色に輝くお酒は伝説で、実際は色が変わるだけなのかなと思っていた次の瞬間、ステージの近くの海に渦潮が現れた。
「そんな酒では不味くて呑めんわ」
地響きのように響く低い声。
あまりの声量の大きさから、会場内のだれかではなく、渦潮の中から聞こえたことがわかった。
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