エミールの過去
エミールが控室に行くタイミングで、少し話ができないか尋ねてみたところ、「構わない」と言ってくれたため、私は控室に入った。
ルイとバルトは学園長のユタに引率してもらっている。
席で待っているだけでは暇で何かしら喧嘩の発端になりそうなため、会場内を見学してもらっているのだ。
エミールの様子はというと、少し傷心しているように見えるけど、心配をかけないように努めているようにも見えた。
「ねぇエミール。実はね、放課後たまに歌の自主練しているのを聴いちゃったことがあるの」
「えっ……」
エミールは驚いた様子だった。
忘れ物を取りに行こうとしてたまたま教室に戻ったら、エミールが歌っていた。
透明感があって艶やかな歌声。
人魚の歌声は女性のイメージが強いけど、それに負けずにエミールも圧倒的に歌が上手い。
「人前では歌えないって言ってたから、こっそり聴かれていたら嫌かなと思って、言えずにいたの。黙っててごめんなさい。でも、素晴らしい歌声だった!!ずっと聴いていたいぐらい。船乗りたちが人魚の歌声に聴き惚れるのってこういうことなのかなって思ったの」
頭を下げながら話していたから、無言のエミールの表情がわからなかった。
怒っているのかと思い、しばらくしてエミールの様子を伺うと、なんと驚いた顔をしていた。
「そうか……良かった」
「もちろん、無理して歌わなくてもいいと思う。ハープだって他の楽器だってすごく素敵だから。ただ、さっき歌声が恥さらしって言われてたのは許せなくて……すごく良かったから……」
エミールの澄んだ瞳が私を見つめ、嘘がないかどうか確かめているようだった。
そして、重い口を開いた。
「先生。昔、何があったかを話してもいいか?」
エミールは思い出を辿るように、ぽつぽつと話し始めた。
エミールはオンディーヌ王家の側室の息子であり、正室には娘のミラベル王女しかいない。
女王も珍しくはないけど、優れた歌唱力があるエミールをミラベル王女は疎ましく思っているようだ。
国の様々な行事や外交でも歌唱力は必要であり、国の威信に関わるため、王位継承戦にも影響がある。
幼かったエミールは母が褒めてくれることがうれしくて、歌や楽器の演奏に励んだ。
父王は外交でしょっちゅう不在にしており、王宮内のことには全然関与しなかった。
病で母を亡くし、エミールには側付きの執事ウォルターや一部のメイド以外に味方はいなかった。
母を亡くして間もない頃、義姉のミラベル王女が成人し、そのお披露目の際、エミールが歌うことになった。
しかし、当初歌う予定ではなかった曲に差し替えられており、声変わりの最中だったエミールには歌うことが難しいものだった。
上手く歌えなかったのをいいことに「なんて醜い歌声なのか」とミラベル王女に国民の前で罵倒され、以前のように人前で歌えなくなった。
ミラベル王女の差し金だと気づいていたが、王宮内でもミラベル王女派閥が多く、事件を未然に防ぐことはできなかった。
幼かったときのような高い歌声は出せず、王宮一だと母が褒めてくれたようなパフォーマンスができない。
塞ぎ込むエミールに畳みかけるように、陰湿な嫌がらせも続いた。
歌わなくなったエミールにようやく危機感を感じた父王は、王族でありながらも寮生活になることで、心身を癒すように配慮したということだった。
エミールの過去を聞いた私は、かける言葉も見つからず、ただ涙がこぼれていた。
その様子にエミールは驚き、私のすぐ傍まで駆け寄った。
「先生、泣いてくれているのか?」
「ごめんね、エミールが一番泣きたいだろうに私が泣いちゃって……」
ハンカチまで添えてくれて紳士的だ。
本来私が慰める立場なのに、立場が逆転してしまって恥ずかしい。
「ねえ、エミール。確かにだれかの評価を気にするのも、上手くなるためには大事。でも、どんな上手い歌でも全員が気にいるわけじゃない。だれだって好みはあるの。だから、やれるだけ頑張ったら、あとは音を楽しんで。好きな人や大切な人を想って、届けたいという思いで歌えばいい。あなたがお母さんのために歌ったように。どんなにあなたを否定する人がいても、私はあなたの歌が好き」
エミールは驚いて目を見開いていた。
そして、今まで見たことがないような、穏やかな笑顔になった。
「先生、ありがとう」
「でも、急には難しいだろうから、今回の音楽祭は無理せず楽器の演奏でいいと思う」
「ああ、そうだな」
心配してあれこれ言う私に、エミールは終始笑顔のままだった。
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