契約書はよく読みましょう
なぜ私が魔族の教師になっているのかというと、全ては一枚の契約書のせいである。
私は大学卒業間近の就活生であり、なかなか内定をもらえていなかった。
合同説明会を終えた後、今度はどの会社の入社試験を受けようかと考えていた矢先に、凛とした声が聞こえた。
「ねぇ、そこのお嬢さん」
廊下を歩いていたのだが、壁沿いに一つだけ部屋があり、扉は開かれていた。
長い黒髪を一つに結い、人の良さそうな笑顔でこちらに微笑む男性がいた。
「よろしければ、こちらにお越しくださいませんか?」
個室のブースなんてあったかな?と少し疑問に思ったけど、就職に悩んでいた私は躊躇なく部屋に足を踏み入れていた。
履歴書を持っていたら見せてほしいと言われ、カバンから履歴書を手渡した後、椅子に座るように促される。
男性の目の前の椅子に座ると、その男性の容姿の良さに驚いた。
目鼻立ちが整っており、細身だけど体格もギリシャ彫刻のようで、ワイシャツ姿が特別な衣装に見える。
こんな男性が説明会にいたら女性たちは浮き足立つに違いないのに、見かけた覚えがない。
私が疑念を持つ前に、男性はにこやかに微笑みながら好条件を持ちかけた。
「今まで文学を学び、教員免許もお持ちなんですね」
「はい、バイトで塾講師もしていました」
「なるほど。もし、まだ就職先が決まっていなければうちで働くのはどうですか?家庭の事情で恋愛方面を学ばなければならない生徒がおりまして、恋愛文学などを参考文献にしていろいろと指導してほしいのです」
「えっ…と…国語の授業ということですよね?私自身そんなに恋愛経験ないですし…教えるほどでは…」
一瞬顔を曇らせたが、男性はすぐににこやかな顔に戻った。
「あっ…はいその通りです、先生としてぜひというね。まずはバイトとして働いていただいて、合うようでしたら正社員として働いてみるのはどうでしょう?」
少し雲行きが怪しかったけど、給料が桁違いに良かったため、金欠で焦っていた私は疑いもなく喜んでしまった。
「はい!私で良ければぜひ」
「素晴らしい!それではこちらにサインをしてください」
契約書に名前を書き終わると、男性が腹を抱えて笑っていた。
「愚かな娘だ!」
急いで契約書を確認すると、契約したときには空白だったスペースに文字が浮かんできた。
『魔族の生徒たちが人間世界に紛れても気づかれないように、教師として指導し続けること』に同意していることになっている。
私が『魔族』という文字に困惑しているうちに、会社名が掲載されていた旗は紫色の炎で燃え尽き、床に魔法陣のようなものが浮かび上がった。
悲鳴を出す前に口を塞がれ、黒い角が二本生えた男性に耳元でささやかれる。
「さあ、私とともに魔界に来るのです」
私はこの悪魔、ユタにまんまとだまされたのである。
国語の塾講師ではなく、恋愛指南役として、しかも魔族に教えることになるなんて夢にも思わなかった。
ちなみに、異世界転移やら無理な契約やらで、悪魔の契約としてもあまりに乱暴な契約だったからか、魔界に来た途端に契約が成立せず、契約書が燃え尽きそうになっていた。
そのため「面倒ですね」と舌打ちしながらユタは、『ずっと指導し続ける』のではなく、『少なくとも一人は合格者が出ればいい』という契約書に書き換えていた。
それでも私にとっては寝耳に水の契約となったのだった。
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