第7話『天才王女』
朝日が昇り、静かだったアフィネス王国を照らす。
「ん……朝」そんな声が聞こえたが、俺の視界には長文の小説しか映らない。
ふと顔を上げ、髪がボサボサのフローシアを見つめる。
フローシアと目が合い、しばらく見つめあっていると、フローシアと同じベッドの布団の中から、もはや原型を留めていない髪をしたケイスが体を起こした。
「んーーッ……もう朝か?」
ケイスは呑気に腕を伸ばして、目を擦りながらトイレに向かっていった。
ケイスがトイレに行き、静寂に包まれた空気が徐々に変わっていくのを実感した。
「どうした、そんな顔をして」フローシアは顔を真っ赤にして、強い殺意が部屋を包んだ。
俺はゆっくりと小説を閉じて、静かに、そして逃げるようにその部屋を後にする。
直後に、部屋から「わ、私はケイスのことが大っ嫌いなんだからーーッ!!」と、耳鳴りが残るほどに大きな声がアフィネス国民の目を覚まさせた。
◇◇◇
少し歩いて、前に来たカフェとは違うオシャレなカフェに足を運ぶ。
「チリン」と、透き通った鈴の音が耳鳴りを掻き消すと同時に、甘い匂いが鼻を通る。
一通りケーキの種類を見渡し、店員を呼ぶ。
「ビターチョコレートのケーキと、カフェラテを一つ」値段なんて気にせずに注文をして、店内の一番端のテーブルに座る。
しおりを挟んだ小説を開いて、ケーキを待つ。
「このヒノキの芳醇な香りに……心が落ち着く穏やかなBGM……」あまりに居心地が良く、小説を読む手が止まっていた。
気づけば目の前にケーキとカフェラテが揃っていた。
固唾を飲んでその二つの神器を見つめ、ゆっくりとフォークを手に取る。
「俺はコレをするために生きてきたと言っても過言ではない」ゆっくりとフォークでケーキを一口サイズに切り分けて口に運ぶ。
そのカカオが舌に触れた瞬間、素材本来の苦味、さらにチョコらしい甘さも微かに感じる。
「やはり……コレだ」フォークを置き、カップいっぱいに注がれたカフェラテを口に含む。
その一瞬が最高に至福だった。
「もう死んでもいい」そう思うほどに、ケーキの苦味とカフェラテの甘味が混ざり合い、より深いコクを感じさせた。
「最高だ……これが無料で味わえるなんて」と今朝、どさくさに紛れて盗んできたケイスの財布を眺める。
「俺の平穏を奪ったんだ。もう少し自由させてもらうよ」
◇◇◇
あれから複数のカフェを回り、ケイスの財布はほとんど底を尽いていた。
空はオレンジ色に染まり、喧騒も次第に薄れていく。
「そろそろ帰るか」ケイスの財布をポケットにしまいながら道を歩いていると、背後から声をかけられる。
その声はちょうど昨日聞いた上品で澄んだ声。
「あのーー昨日の方ですよね?」
振り返りたくなかったが、最高の1日を過ごした俺は思わず振り返ってしまう。
「……人違いだ」そう言ってその場を乗り切ろうとしたが、王女の目は鋭く、俺の腕を掴む。
「私、貴方のことが気になります」
彼女はそう言って俺の手を離そうとしない。
俺は振り解こうとするが、上手く力を出せない。
「……頭が痛い、話なら後でだ」そう言って無理矢理足を進めるが、ルアナ王女殿下は引きずられながらも俺の腕を離さない。
「嫌です。私は第三王女なんです」
王女殿下は地面に靴跡を擦りながら、子供みたいに俺の腕へしがみついていた。
「……知らん。こんな時にケイスたちに見つかったらひとたまりも――」言葉を失う。
それもそのはず、ケイスと目があったからだ。
ケイスは俺を見るや否や、口角を上げ、走って迫ってくる。
「ルトゥーーッ!」
ケイスは俺の肩を力強く叩き、デカい声で「ギルドの申請拒否られたからメンバー探すの手伝えーーッ!」と俺の耳元で言った。
一拍置いて、ケイスが叩かれる。
「うるっさいわね!」とフローシアが颯爽と現れ、ケイスの後頭部を力強く叩いた。
俺はただ茫然と眺めているしかなかった。
平穏とは程遠い現状に目を背けたくなった俺に追い討ちをかけるように――
「あの……」
ルアナ王女殿下が静かにケイスの手を取る。
「私で良ければ、貴方達のギルドに入れてください」
そして同時に理解した。
俺にはもう二度とあの時の平穏が戻ってこないと。




