第6話『月明かりに照らされ』
男が壇上で頭を下げると、波のように次々と照明が点灯する。
「それでは早速1人目――」
男が大きく手を振り上げると、アシスタントが布を被せた箱状のものを男の隣に運ぶ。
「隣国"メドゥシアン"の魔法学園、副会長のメリッサーーッ!」
男は勢いよく布を払い飛ばすと、中から檻と、檻の中で手足に枷をつけられた一人の女が姿を現す。
それと同時に、競売人が立ち上がり、歓声が当たりを埋める。
間髪入れず、主催の男は次々と『魔法使い』を舞台に出していく。
その間も絶え間なく歓声という名の喧騒が広がっていた。
「そして最後に――」その言葉を聞いて、ゆっくりと目を開く。
俺が一番見たかったもの。おそらく、歴代で5本指に入る『大物』。
男の合図とともに、他の檻とは比べ物にならない大きさ、豪華さの布に隠された檻が運ばれ、男の背中に止まる。
「皆様、見て驚かれること勿れーーッ!」男が勢いよく布を取っ払う。
「ななななんとッ!アフィネス王国の第三王女――」
「ルアナ・ティナ・アフィネスだーーッ!」
次の瞬間、想像を絶するほどの大歓声が俺の鼓膜に直接攻撃してきた。
俺は目を細めて大きな檻に目を凝らす。
そこには透き通った金色の髪のカーテン。その先に微かに見える王家の象徴『アフィネスアイ』が、赤い光を発していた。
喧騒が絶え間ない中、主催の男が沈黙の合図を送ると、一気に静まり返る。
「それでは!まずは1人目の」男はそう言って一番最初の檻に近づこうとする。
俺はゆっくりと立ち上がり、静かに口を開く。
「ルアナ王女殿下は俺が貰う」ゆっくりと、席から離れ、目線の先にある壇上に飛び乗る。
同時にガタイのいい男たちが俺を囲む。
観客席からは、嘲笑や野次、罵声などが耳に入る。
さらに主催者の男は「その男を殺せ」と声をあげる。
その言葉を聞いた警備の男は、手に隠し持っていたバールのようなものを取り出して振り上げる。
「悪いな。俺は喧騒が苦手なもので」地面が歪むと、男たちはバランスを崩してその場に膝をつく。
七色の魔力が俺の体に集まり、虹を形成する。
「あいにくこの場は俺にとってベストコンディションなんだ」
魔力が激しく散ると、散った魔力が水へと変化して、魔法使いたちもろとも、競売人を流す。
俺はゆっくりとルアナ王女殿下が入っている檻の上に腰を下ろし、流れるままに身を委ねる。
◇◇◇
あれから数十分が経過しただろうか、喧騒は完全に聞こえなくなり、辺りを満たしていた水は、地面に吸収されてほとんど残っていなかった。
入り口の鉄の扉は、錆びて開かないのか外から何度も扉を叩く音が聞こえている。
「まったく。お前らが檻なんて用意するからだろう」下を覗くと、座っている巨大な檻が鉄の扉を防ぎ、他の魔法使いが流されるのを止めていた。
ゆっくりと檻の上を渡りながら地面に着地する。
俺は檻を振り返らずに、舞台の方に向かおうとしたが、魔法使いたちの声に足を止める。
「……静かにしてろ」そう吐き捨て、錆びた檻を一つずつこじ開ける。
魔法使いたちは怯えながら、俺から距離を取るように舞台上に向かったが、俺は黙々と檻をこじ開け続けて、最後の大きな檻をこじ開ける。
そのまま舞台に足を乗せる。
魔法使いたちは、肩を縮ませながら、道を開く。
「俺は帰る。お前らは好きにしろ」そう言って、舞台裏のカーテンを捲る。
しかし、彼女が俺を帰らせなかった。
「待ってください」その言葉にため息を吐きながら振り返ると、金色の湿った髪を肩に貼り付けているルアナ王女殿下が俺を見上げていた。
俺は帰りたくて仕方なかったが、ルアナ王女殿下は王族らしい鋭い瞳で俺を見つめている。
俺はルアナ王女殿下の目と会わないように視線を逸らしながら「話せ」と静かに言う。
ルアナ王女殿下は戸惑うことなく「まずは、感謝をしたいです」と静かに答えた。
俺は半ば会話を片方の耳から流していたが、それでも王女は口を開き続けた。
「お父様に貴方を讃えてもらいます」その言葉に、思わず口が開く。
「それだけは御免だ」俺はルアナ王女殿下を睨みつけながら、ゆっくりと舞台裏のカーテンをくぐり、先の見えない通路に足を踏み入れる。
背後からはルアナ王女殿下の声が聞こえるが、俺は無視し続け、気づけば声はほぼ届かなくなっていた。
同時に、魔力がほとんど感じられなくなり、俺は悟った。
『追尾魔法』がかけられていたことを。
俺はため息を吐きながら、月明かりが照らす梯子に手をかける。
◇◇◇
梯子を登り切ると、そこは王国の周りを囲っている城壁の繋ぎ柱の一部だった。
空を見上げると、あたりはすっかり暗くなっており、雲ひとつない空に月一つが浮かんでいた。
「……どうしてそこまで俺を讃えたい」そう言うと、後をつけてきたルアナ王女殿下が梯子を登り切って俺の隣に座る。
「貴方は、私の命の恩人だからです」
その言葉に、いや、その声にどこか既視感があったが、喉の奥に堪えて、上着を脱いでルアナ王女殿下にかける。
「そうか。それなら、恩人の願いくらい叶えて欲しいものだ」そう言いながら、ルアナ王女殿下を見つめると、思わず口が開く。
その姿を一言で表すなら『女神』と俺は思った。
月明かりに照らされた彼女は金色の透き通った髪をなびかせ、彼女の魔力がさらにその美しさを引き立たせていた。
「やはり、小汚い血が通っているな」そうルアナ王女殿下に吐き捨て、ゆっくりと腰を上げる。
「俺の願いは一つ。"平穏に暮らさせてくれ"」そう言って城壁から飛び降りる。
その時のルアナ王女殿下の顔は見えなかったが、さぞ恐ろしかっただろう。そう思いながら俺はケイスたちが居るであろう宿に向かった――
◇◇◇
「あの人……」
急に現れた男の人の背中を見つめる。
「気になることがいっぱい……」
月明かりに照らされながら、ただ男の人に目線を奪われていた。
目元が熱くなる。
「……私の目を知っているの?」




