第5話『闇ギルド』
空気が静まり返り、微かな月明かりが闇を照らす。
床に落ちている、乾いた血のついた紙を拾い上げ、一文字ずつ読み進める。
その内容はおおよそ察してはいたが、確かに俺の平穏を脅かすものだった。
「ケイスの次は"闇ギルド"……か」次から次へと襲ってくる面倒ごとに、空気に溶かすような小さな声で言い放ち、紙を優しく握って、ポケットに詰め込む。
「まったく、面倒だな」そう小さく吐き捨てながら、路地から顔を出すと、死にかけの間抜け顔が目に入る。
ほんの一瞬見てないだけで、10歳くらい老けた顔をしたケイスが、まるで浮浪者のように低い声で話す。
「助けてくれーーッ……」
その隣では、フローシアが鬼の形相をしてケイスの首襟を掴んでいた。
俺が近づこうと足を動かした瞬間、フローシアの標的が俺に変わった音が聞こえた気がした。
その場で足を止め、ケイスたちを見つめ、小さくため息を吐く。
「用事ができた。お前らは宿に行って休んでて構わない」ケイスたちを背中に、ゆっくりと反対方向に足を進める。
月に影が掛かり、一際暗くなるのを感じながら、フローシアの殺気が離れていく。
「ちょっと待ちなさい」
そう思ったのは気のせいだったが、振り返ってフローシアの瞳を見つめる。
「どこへいくつもりよ。この私を差し置いて」
思ったよりも率直な質問に思わずため息が喉に詰まった。
「関係ない」といつもなら非協力的な姿勢を見せていたが、何を思ったのか「邪魔をしないなら着いてきても構わない」と口走った。
訂正したいと思ったが、俺には世界を変える力なんて持っていない。
非常な現実を前に、月の光が再び照らす。
「な、何言ってるのよ……」
月を見つめていると、フローシアとは似ても似つかない声が聞こえる。
「やっぱ着いてくるな」と言おうと思い、フローシアを見つめると、思わず言葉を失う。
月光に照らされたフローシアの顔は、ペンキで塗られたかのように赤く染まっていた。
「ケイスと一緒に……じゃなくて!ケイスに説教できる機会を逃すにはいかないのよ……ッ!」
俺は何も言っていないのに、振り返ってケイスの方に走り出し、その勢いでケイスの背中を強く突いていた。
「イダーーッ……!」とケイスの悲鳴とフローシアの説教が聞こえた気がしたが、正直俺にはどうでもいいことだった。
「俺はくだらない茶番に付き合わされていたのか……」と思わずため息と同時に吐き捨てた。
◇◇◇
フローシアたちの背中を見送り、路地裏を何度か渡り歩いているうちに、気づけば空は蒼くなっていた。
人は増え始め、昨日と同じような喧騒が耳をつんざく。
そんな中、血のついた紙を見つめる。
「ここだな」視線を上げると、小さく古びたカフェが不気味なオーラを帯びていた。
殺気か、もしくは魔力か、知ったことではないが、明らかにヤバい場所ということは本能で察知できる。
「チリン」と小さな鈴の音が鳴り、中には一人の店員と、複数人の客がコーヒーを口にしていた。
「案外普通の場所だな」と内心思いつつも、黙々と豆を挽いている店員に話しかける。
「"闇ギルド"……知らないか」できる限り低く、冷たい声を出して、店員を脅してみるが、店員は何の間もなく「そんなものは知らない」と吐き捨てた。
だが、野生の勘が店員は嘘をついていると言う。
「本当に知らないのか」そう吐き捨て、ゆっくりと店員の前のカウンター席に座る。
「この目を見てもそう言えるのか」目に魔力を集中させる。
空気は微かに震えているが、他の客たちは一切気づけないほどの微弱な震え。
「超越する魔法――」
これは確かにエクセインド。
だが、明確な違いがある。
空気が落ち着き、小鳥のさえずりがよく聞こえる。
小鳥が黙ると、店員が空気を割くように口を開く。
「この扉を降りますと、闇ギルドの本部に向かえます」そう言って店員は扉を開けて、俺を招き始める。
俺は店員を避け、地下に続く階段をゆっくりと降りる。
「久しぶりに使ったが……やはり便利だな」
超越する魔法。能力は周囲にある一番強い魔力を分析し、超越する。
超越の定義は自分でもわかっていないが、『最強に勝つ』みたいなものだろう。
そして、もう一つの能力。
それは魔力の無い者。もしくは俺との魔力量に大きな差がある者に対しては洗脳できる。と言うものだ。
階段を降り切ると、大きく分厚い鉄の扉が道を塞ぐ。
その先からは微かに人の盛り上がっているような声が聞こえる。
「まったく……前と変わってないじゃないか」そう吐き捨て、ゆっくりと扉に手をかける。
扉は小さく呻くと、鈍い音を立ててゆっくりと開く。
扉の隙間からは、微かに人工的な光が漏れ出していた。
手に光が触れると、扉の先から「待て、お前は誰だ」と男の声が耳に入った。
扉が完全に開き切ると、巨大で明らかに力が強いとわかる筋肉隆々な肉体が俺に影を作る。
「名乗るつもりはない」そう答え、男の隣を通ろうとするが、鋭い目つきで俺を睨みつけている。
「待て、合言葉は」その言葉に足を止め、静かに、その合言葉を風に乗せる。
「言わない」俺はそう言って男の隣を通り過ぎる。
後ろを振り向かなくてもわかる。足音は聞こえない。
「相変わらず変わってないんだな」と思いながら、見慣れた岩道を踏み締める。
だんだんと明るくなり、人の声もより鮮明に聞こえるようになってきた。
足を止め、金属の扉に手を当てる。
ゆっくりと力を込めると、封じられていた喧騒が一気に溢れ出す。
思わず耳を塞ぎたくなったが、両手を扉から離さずに、扉を開き切る。
視界を埋め尽くすほどの人集り。
古びた劇場の観客席はほぼ満員。
多くは明らかに悪人という面をしているが、中にはケイスと同い年くらいの男や、こんなところにいるとは思えない美人が舞台を見つめていた。
思わず「これは酷い」と口から漏らしていた。
軽く見渡して、舞台に一番近い空席を見つけ、そこに向かう。
その途中も喧騒は絶え間なく、中には殴り合いをしている連中もいた。
しかし、誰も助けないし、誰も気にしていない。
闇ギルドではこれが普通だからだ。
ゆっくりと席に腰を下ろすと、突然照明が全て消える。
同時に喧騒は消え、喧嘩していた者も黙る。
そこには足音だけが響き、スポットライトが点灯する。
スポットライトは舞台の上に立っている一人の男を照らすと、その男は間も無くして口を開く。
「本日は『ダーク・リヴァーオークション』にご出席していただき、誠に――」
「感謝申し上げます」




