第26話『メメント・モリ』
静かになった王座の間に、血の海を歩く音を響かせながら、ゆっくりと王座に近づく。
王座の前に倒れている、ケリオスの亡骸を蹴り飛ばし、王座に腰をかける。
「これが……全てを超越した者の視点か」心の底から溢れ出した感想を、そのまま口に出す。
「悪しき王家を討ち滅ぼし、残ったのはこのRebelのみだ」高らかに宣言するが、讃えるものは誰一人としていない。
反対の声も、賛成の声も、私には一切届かない。
そう思っていた。
「なにが……討ち滅ぼした……よ」
血の海に倒れていたリアナ第一王女が、体を震わせながら、静かに顔が上がる。
「ルアナにも……こんなこと……して……」
王家の血に塗れた彼女の顔を蔑みながら、ゆっくりと腰を上げる。
そして、足をリアナに向かって進める。
「君のお陰で、メルートゥを暗殺することに成功したよ。よくやった」ナイフを振り上げ、動けないであろうリアナを見下ろす。
しかし、リアナの表情を目にして腕が硬直する。
「なによ……"私のせいで"……になるのよ……」
リアナの口角が引き攣っていくのを見下ろしていると、背後から異常なまでの魔力を感じる。
「超越する魔法――」
その言葉は、私が振り返る間に発せられ、光に視界を包み込まれた。
◇◇◇
「くだらんな……まさか、ルアナの魔力が一番強いとはな……」血が吹き出す腹部を抑えながら、Rebelの仮面に触れる。
手の先に集中したルアナの魔力が激しく光を放つと、一瞬にして、王座の間が海へと早替わりした。
うっすらと血が混じった海に浮かぶ三人の王女と、ケリオス。その先で壁に体をめり込ませたRebelの姿をハッキリと目にした。
「メ……メルートゥッ……生きていたのか……」
Rebelの震える声が微かに聞こえる。
俺は、腹部の痛みを堪えながらも、口角を引きつらせながら
「やり返しだ……不意打ちされたからな……」そう言い放ち、水面に飛沫を上げながら、壁に埋まるRebelに飛びかかる。
手中に高密度の水球を形成して、Rebelに向けて手をかざす。
「地獄でケリオスとやってろ」そう言い放った瞬間に、空間が歪んだような感覚に陥る。
「記憶を操作する魔法――」
その瞬間、脳内に無数の記憶が流れ込む。
ケイスに初めて会った日のアイツの顔、ケイスを引っ叩くフローシア、そして牢に閉じ込められていたルアナの顔。
一瞬の動揺、その直後に視界を覆ったのは一本のナイフだった。
「ッ……」首を横に傾けて、ナイフは俺の頬を軽く裂きながら、天井に突き刺さる。
ナイフに意識が向いた、その一瞬の隙に、足元の水が全てなくなっていた。
「後ろだ」
低い声が、背後から聞こえ、振り向く頃には奴の手のひらが視界を覆った。
同時に、無限にも近い情報が脳内に流れ込み、一切の思考を封じられた。
「女王の死を忘れるな」
その言葉が言い終わるのと同時に、一人の女の声が脳内に響いた。
『メディエット……メルートゥ……プラトゥナ……愛してる』
強烈な頭痛と共に、視界が激しく揺らぐ。
「メルートゥ、これが君の弱さだ」
Rebelの低く冷徹な声が耳の奥まで響き、脳を震わす。
体はゆっくりと大理石の床に落ちていったかと思えば、鈍い音を立ててその場に倒れる。
「メルートゥ……と呼ぶな」絞り出すような声で、体を起こす。
骨が折れたことによる激痛を堪えながら、立ち上がり、Rebelを見上げる。
「誰がなんと言おうと……俺は『ルトゥ』だ」震える両手を組み合わせ、Rebelの仮面に照準を合わせる。
手の内が湿り始め、だんだんと冷気を纏う。
風の音すら聞こえないほどの、濃い魔力。
「冷気を操る魔法――」
自分でも認識できないほどに、それは音をも置き去りにした。
手の先から一直線に伸びた氷柱から、赤い液体が伝って指先に落ちる。
「ッ……かはッ……」
氷柱はRebelの胸部を貫き、開放的な壁のその遥か先にある月をも刺す。
ゆっくりとRebelの顔から仮面が剥がれ落ち、大理石の床に音を響かせる。
氷柱が溶けて、彼女の身体は宙を舞った。
「……」彼女の体を受け止め、顔を覗く。
爽やかな青みのかかった黒髪、王家特有の赤い瞳、初めて見た顔のはずなのに、なぜがか『記憶』を感じた。
「ふふっ……やっと見て……くれた」
彼女は震える声で、俺の目を見つめながらそう言い放つ。
「ごめんな……さい……私のわがままで……」
彼女は震えた腕で俺の肩を掴み、倒れる王女たちを指差す。
俺は彼女の言葉も、表情も、何もかもが理解できずにいた。
「……それが遺言か」俺の低く言い放った言葉も、彼女にとっては幸福なのか、弱々しい笑みを浮かべて口を震わせる。
「最後に……名前を呼んでくれない……かな……私の大好きな……『お兄様』」
突如として、激しい頭痛に襲われる。
まるで、狙撃されたかのように、脳内に無数の声が流れ出す。
しかしどれも統一して一つの名を呼んでいた。
「……プラトゥナ」無意識のうちに、その言葉を発していた。
それが彼女の名前なのかもわからず、けれども、彼女の表情でそれが真実だと気付いた。
「ありがと……私にとってのハッピーエンド……」
彼女の真の目的がわからない。
しかし、その真の目的が語られることも無くなった。
そっと彼女の体を血の海に浮かばせる。
「これで、よかったのか――」激しい耳鳴りが脳内に響き、同時に体の自由が無くなった。
最後に見たのは、プラトゥナの『笑顔』だった。




